ゆっくり推進委員会(fuku1971)続きです。
※普通のゆっくりがほとんど救われない展開です。そういったのが嫌な方は気を付けて下さい。










――今日もまた、こんな仕事だ。
と、その人物は少し疲れた顔をしながらも廊下を淡々と進む。

開け放った窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくるが、
その爽やかな筈の声も今現在の自身の心中と照らし合わせると、些か暗鬱さを想起させてくれる材料にしかならない。

「副長、いらっしゃいますかぁ~?」

ある部屋の前までやってきたかと思うと、間延びした声でそう問い掛けながら、部屋のドアをドンドンと叩く。

返事が無い――留守なのだろうか?

どうせなら、このまま返事も無くすんなりと帰らせて欲しかった。

まだ面識は無いが、色々と「どんよりとした噂」の有る研究班の副長である。
出来るなら余り関わり合いたくない人種の一種だろうと、私は感じていた。

そんな事を思いつつ、ドアの前でしかめ面をしながら腕組みをして待っていると、悲しい事に中から返事が返ってきた。

「鍵は開いているよ、入ってきたまえ」

そう言われて、ドアを押し開け、ふと立ち止まる。

こういう時は、「失礼します」と言って入室だっただろうか?
人付き合いというか、未だこういった仕事が浅いせいかよく判らない。

取り合えず、奥の別室に居るのだろう副長に一礼し、挨拶して中に入った。







部屋に足を踏み入れると同時に、グルッと辺りを見渡す――普通の研究員と比べると中々に広い。
設備も何だか凄く整っているように思える。

肝心の副長はというと、別室で作業でもしているのだろうか。
その部屋には人間の姿は見えなかった。

「すまないが、少しだけ待って頂けないだろうか?」

やはり、別室の方から声が聞こえてくる。

何か手の離せない事でもやっているのだろう。

こちらとしても別段急ぐ用でも無い。
私は奥に聞こえるだけの声量で生返事を返すと、言われた通りに辺りをウロウロとしながら暫く待つ事にした。

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

ふと、奇妙な声を聞き、ウッドチップの敷き詰められた水槽の前で立ち止まる。

それを覗き見てみると、産まれて一週間程度だろう。
幼体のゆっくりまりさが上下にプニプニと跳ねながら叫んでいるではないか。

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

しかし、様子がおかしい。
先程から水槽を覗き込む私の顔をその眼で捕らえている筈なのに、その赤ちゃんまりさは動じずにその場で跳ねるだけで何の変化も無い。

よくよく見れば、奇妙な点も多い。

私は顔を左右に動かしてみた。
普通のゆっくりであれば、というより生物であれば、目の前で物が動いたりすれば多少なりとも視線を追わせる筈だ。
それなのに、このゆっくりは何処か虚空を見つめながら先程から、カラクリ人形の様に同じ事しか言わない。

――ああそうか、普通じゃないんだな。

すぐさま合点がいった私は、少し離れて何故かボーっとその様子を見つめていた。

すると親のゆっくりだろうか?
横に有る家のような物からゆっくりまりさが出てくる。

「……まりさのあかちゃん、ごはんたべさせてあげるから、しばらくゆっくりしてね」

そう言うと、口に餌と思われる物を咥えて、言葉に反応しない赤ちゃんまりさへと近付く。

後ろには、その赤ちゃんの姉妹に当たるのだろう。
5、6匹の大小様々なゆっくりまりさとれいむが跳ねて付いていっていた。

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

「ほら、そのばでおくちをゆっくりあ~んしてね」

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

「あかちゃんは、おかあさんのいうことをきいてゆっくりとまってね!!」

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

「ゆっくりしていてくれないと、ごはんをたべさせれないよ!!」

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

「なんで、いづもゆっぐりじでぐれないのよぉぉぉぉ!!」

ただひたすらに上下に跳ねるだけの赤ちゃんまりさに対して口々に家族が言葉を投げ掛ける。
中には感極まって泣き出してしまった子までいるという状況だ。

しかし、反応は相変わらずである。

よく見れば、家族の顔はどれも疲れ果て、中には睡眠不足か何か知らないが眼の下に黒いくまの様なものが存在するゆっくりまでいる。

「ゅっきゅり!!ゅっきゅり!!」

すると突然、姉妹の中でも大きめのれいむが赤ちゃんまりさの近くに向かったかと思うと、赤ちゃんまりさを潰さない程度に軽く跳ね上がりその上に飛び乗った。

「ゅっぎゅっりゃ!!」

「おかあさん、いまのうちにゆっくりしないでたべさせてね!!」

姉のれいむが上から抑える形になり、その動きが止まった。
その下では赤ちゃんまりさも、もぞもぞと蠢く事しか出来ない。

「ごめんね、いたいかもしれないけど、そのままでゆっくりたべてね」

モシャモシャと餌を咀嚼し、ぐにゃりと潰れた赤ちゃんまりさへと口移しする。
順調に移し入れ、赤ちゃんまりさの方もそれを飲み込むかに見えたが、どろどろしたものを口の端から零しながら「ゅぎゅゃ!!ゅぎゅゃ!!」と呻いている。

苦労の割りに、一割も飲み込んでいないと思われる。

それでも母親は諦めずに口移しを何度も繰り返す。

その様子を後ろで見ていた幾分その赤ちゃんまりさに近い年齢だろうまりさが、ぶるぶると震えていたかと思うと、

「こんな、ゆっくりできないあかちゃんなんて……ゆっぐりぎえろぉぉぉ!!」

突然、涙を流しながら親のまりさから餌を口移しさせて貰っている赤ちゃんまりさへと飛び掛る。

だが、その一撃が届く事は無かった。
それに気付いた親のまりさが、横から体当たりをして弾き飛ばしたのだ。

「どうしてそんなことするの!!あなたのいもうとなのよ!?」

「ぞんなゆっくりでぎないご、まりざのいもうどなんかじゃないよぉ!!」

自分は正しい事をしている、間違ってなんていない。

そんな感情を込めた眼で、吹き飛ばされたまりさは親のまりさを睨みそう叫ぶ。

二匹のやり取りに、段々と周りの姉妹達もざわめく。

「ちょぅだよ、こんにゃへんなこ、わたちたちのかぞきゅなんきゃじゃにゃいよぅ!!」

そのまりさに同調してか、周りで見ていた一番幼い、
恐らくは今押さえ付けられている赤ちゃんまりさと同じ時に産まれたであろう、赤ちゃんれいむが舌足らずの言葉で不満を露にする。

それに端を欲してか、赤ちゃんまりさを抑えている一番上と思われるれいむ以外の子供から叫弾の声が上がる。

「そんなこ、さっさとつぶしちゃおうよ。そうすればみんなゆっくりできるよ」

「おお、それがいいそれがいい!!」

「おかあしゃんだってほんちょうはそんなこ、いないほうがゆっくちできるっておもっちぇるんでちょ!?」

「と゛ほ゛し゛て゛そ゛んな゛こ゛と゛い゛うに゛ょぉぉぉ゛お゛!!?」

子供達のそんな言葉を聴いて、母親のまりさも大声で泣き出し始める。

中にはそんな母親を頼りないとでも思ったのだろうか、体当たりをしてどかそうとする子供まで出てきていた始末だ。
母親は涙を流しながら、後ろに居る赤ちゃんまりさを守るためにその子供達の攻撃に耐えるしか無い。

体格差が遥かにあるため肉体的ダメージは無いものの、実の子供の殺意の有る攻撃を受けるという事は、親であるまりさの心にダメージを与えるには十分であった。

その一部始終をオロオロと見守っていた長姉のれいむはというと、
足元をいつの間にか這い出し「ゅっがぁ!!ゅっがぁ!!」と、口から餌と意味不明な言葉を吐き出し、その場でただ上下に跳ねる赤ちゃんを眺め

「な゛ん゛て゛し゛っと゛し゛て゛いて゛く゛れな゛いの゛ぉぉぉぅ!!」

と、半ば化け物でも見る様な眼で泣き叫びながら錯乱していたのである。

そんな家族のやり取りを暫く眺めていた私は、流石に視線を逸らして部屋の中を見渡す。

他の水槽やケージの中から、様々な種類のゆっくり達がその家族の様子を眺め、
中には「いつものことだね!!」と言って、早々にゆっくり用に作られた家の中に戻ってしまう者も居た。

――これがいつもの事とは、全く恐れ入る。

それに驚嘆しつつ、もう一度家族の入った水槽を眺める。

もちろん何ら進展も無く、今度は姉に跳ね飛ばされたのだろう。
子れいむが泣きながら「れいむはまちがってないよ!!そんなゆっくりできないおねえちゃんなんて、ゆっくりしね!!」と喚いている。

他の数匹はというと、何故か親にばかり飛び掛っている。

あの目的の赤ちゃんはどうしたのだろうか?
と思い、探してみるが姿は見えない。

そんな中、親まりさをよく見てみると何かを詰めたように大きく膨れている。
どうやら、子供達の攻撃から守るために口の中に入れ、ひたすら泣きながらも耐えているようだ。

耳を澄ませば、親まりさから時折くぐもった声で「ゅっぐっ!!ゅっぐっ!!」と聞こえてくる。

そこから更に視線を左へと流すと、隣の水槽に似たような、
そちらは、ゆっくりれいむのだが「ゆっくち!!ゆっくち!!」と、上下に跳ねながら叫んでいた。

そうか――あの辺りは、そういった区分の水槽が並んでいるのか。
と、判らなくても良い事だけ判った。

何だか言い知れぬ切なさだけが去来するので、そちらの方向には視線を飛ばさないようにするとしようか。

そんな決意を抱いたその時、奥の部屋の方から私を呼ぶ声が聞こえてきた――。















「おはようか、こんにちはか……いやいや、待たせて申し訳無い。普段から余りに散らかっているものだから、そんな部屋に人を招くのはどうかと思ってね」

奥へと招かれた私は、そんな風に挨拶をされる。
それに対して形式的にペコリと頭を下げ、相手を見やる。

若干背の高い、六尺(約180cm)はあろう細身の体格にヒゲを蓄えた初老の紳士的な男だ。
その眼鏡の奥に、年相応の落ち着いた瞳を覗かせている。

これが先程のような惨状の部屋の主だと誰が思うか。

「ううむぅ、君はたしか「先輩」君だったかな?」

「先輩君?」

「新入りの何だったかな……忘れてしまったが、その彼がそう呼んでいたよ」

全くあいつは――と、先日顔を会わせたゆっくりれいむの眼球を弄くっていたあの男の顔を思い出す。
そもそも、あの男とは一日違いでこちらで働く事になって、実質同期のようなものだ。

それなのに、そんな流れで「先輩君」などと呼ばれる事になるとは思わなかった。

しかし、わざわざそこを訂正して直すのも何だか癪だし、こういった手合いを真面目に相手するのもどうかと思い、話を進める。

「ええっと、先日副長が申し込まれていた資料がこれと……後は頼んでおいた物を引き取りに来ました」

そう言って、昼間だというのにやたら薄暗い部屋を歩き、副長の前まで進み、資料を手渡す。

副長は「確かに」とだけ呟いて、大まかにその資料に眼を通し始めた。

ふと、騒がしい声が聞こえたかと思い、横に置いてある一際大きなプラスチックの箱に眼をやると、何やらゆっくり達が不思議な事をしている。
一際大きな水槽の上に、人間の人差し指程度の棒が吊るされており、ソフトボール大のゆっくり達が必死な形相で喰らい付いているのだ。

種類は――れいむ、ちぇん、みょん、らん、それぞれが一匹づつ。

そこから水槽の底面に眼を落としてみると、何やら白い球体が幾つも存在し、その辺りでゆっくりでは無い何か、生物がモゾモゾと動いているではないか。

「……蜘蛛?」

眼を凝らして見てみると、あの脚が多くて、眼も多くて、カサカサと動き回るあの蜘蛛が歩き廻っている。

しかも、かなりの大きさだ。
大人の男性が、手の平を目一杯開いた程の大きさだろう。

「ゆぐぇぇぇ、たひゅ…け…ちぇ……」

そして、蜘蛛の居る辺りから声が聞こえてくる。
下半分まで白い糸に覆われているが、よく見てみるとゆっくりれいむではないか。

そのゆっくりれいむが、今まさにグルグルと糸を巻きつけられ、白い球体へとなっていく最中であった。

「だりゅか…ちゃしゅ………、れいみゅ…のあ……しが…うごきゃ……」

半眼に白い眼を覗かせながら、涙を流してそう呟くが、それに応えてくれる者など存在しない。

上で必死に棒に喰らい付いている他のゆっくりは元より、そんな言葉など聞き取れてはいないだろう。
唯一、眼の前で聞いているであろうその蜘蛛も、もちろんその言葉を解する事無く黙々と作業を進める。

「だりぇきゃ…だりぇきゃぁ………」

程なくして、その声を内包した白い繭の様な球体がまた一つ出来上がった。

未だ中のゆっくりは生きているのだろうか、時折微かに動く事も有るが、脱出する事など適う筈も無く。
ただ刻一刻と、その繭の中で死に向かうだけの事を思えば、一思いに殺してやるのがどれだけの優しさに見えるだろうか。

一通りの流れを眼にした後、副長の方に目を向ける。

「ううむぅ、なるほど……」

副長もその様子を見ていたのか、何が「なるほど」なのか不明だが、そんな言葉をポツリと漏らす。

その後、ハッとしたようにこちらの視線に気付くと、

「いや、この蜘蛛は妖怪なんかじゃないよ。土蜘蛛に牛鬼、海蜘蛛と様々な蜘蛛の妖怪はいるが、私はそのような妖怪を使役出来たりはしない」

私がまだ言葉を発していないのに、急に奇妙な事を口走り始める。

「まぁ、土蜘蛛では有るみたいだが。古道具屋で見つけた図鑑では……この子は「オオツチグモ」科の「ゴライアスバードイーター」というのに似ているようだ」

聞いてもいない事をスラスラと、ご丁寧に説明してくれた。

この副長という人物、他の所員に聞いた話によると、幻想入りしてくる生物の調査も兼任しているらしく、この蜘蛛もつい最近何匹か採取したらしい。

しかも、この「何たらイーター」という蜘蛛は、
新鮮な獲物で無いとほとんど食べてくれないらしく、健康に育てるには生きたままの獲物を放り込むのが一番という事だ。

「結局の所、このゆっくりという生物の生態観察の一環なのだが……」

掻い摘んで話す事によれば、ゆっくりに「鍛える」という概念が有るか否かを調べているらしい。

しかし、ただ鍛えようにもこのゆっくりという生物、名前の通りに暢気で普通にトレーニングを為しても一向に成果は出ない。
前提条件として、「食べ物」か「命」が掛かっていないと、そういった過度な運動ということは行わないのである。

これは他の人間以外の生物にも言える事では有るが。

「そういう訳で、咬合力を鍛えてみるために10分間上の木の棒に齧り付き、クリア出来れば食事を支給」

「クリア出来なければ?」

「それはまぁ、先程のように……ね。ただ、勝利する事が出来れば何ら問題は無い。」

「勝利出来たゆっくりなんて居るのかい?」

その言葉に私は思わず口を噤んで、

「居たのですか?」

と、言い直した。

副長はそんな事は気にした風も無く、水槽の蜘蛛を見つめながら、

「今まで一匹もいないねぇ。体格的には良い勝負だと思っているのだが……」

そんな、ゆっくりにとっては絶望的な事を口走った。

「ゆあ”あ”ぁぁぁぁぁぁあ!!」

突然、私達の会話に割り込むように、劈くような悲鳴が聞こえた。
視線をやると水槽の中に一匹、又もやれいむ種が落っこちている。

「くもさん、こっちにこないでね!!だれでもいいからゆっくりたすけてよ!!」

そのゆっくりの絶叫を聞いてか、それとも落下の振動を感じてか、何とかイーター。
いやもう良い――取り合えず、蜘蛛が獲物の様子を伺う様に、ゆっくりれいむから少し離れた地点で観察している。

対するれいむの方だが、最初から戦闘意欲など無く、副長に助けを求めるべく水槽の強化ガラスに身体を打ち付けていた。

そんな事をすれば、上で未だ頑張っている他の連中にもかなり悪影響が出そうだが、今のれいむにそんな事を考えている余裕は無いようだ。

「おじさん、ゆっくりしないではやくれいむをたすけてね!!」

そのような事を叫びながら何度も身体をガラスへと打ち付ける。

そんな様子に蜘蛛の方は未だ様子を伺うだけである。

あの生物はあんな姿をしておきながら、生来臆病な者達ばかりなのだ。
特に音や振動には敏感なので、今行っているれいむの行動は案外相手を怯ませるには有効な手段なのかもしれない。

「なにしてるの!!おじさんたち、きこえているならたすけてね!!ゆっくりみてちゃ、だめなんだよ!!」

ゆっくりなのに、矢継ぎ早にそのような言葉が出てくる。

すると意外な事に、副長は水槽の中へと手を伸ばすと、そのれいむの横に手の平を差し出した。
れいむは待っていましたと言わんばかりにその手に乗ると、後ろを振り返り、

「ゆゆっ、れいむはおそとでゆっくりするね!!くもさんはそのなかで、ゆっくりしんでね!!」

と、本人は何もしていないのに、水槽の底でれいむを眺めていた蜘蛛に罵声を浴びせ掛ける。
相手が言葉を認識出来ないので良いが、実際こんな事をやられれば結構頭に来るかもしれない。

そのまま副長は自身の眼の前までそのれいむを持っていき、まじまじと見ている。

「ゆっ!!おじさんたすかったよ!!れいむはおなかがすいたからごはんをもってきてね!!」

先程まで命が掛かっていた状況で、直ぐにこれくらいの切り替えが出来るとは逆に羨ましくなる。

それに、まだ必死に棒へとしがみ付いている他のゆっくり達の事はどう思っているのだろうか?

「そのご飯の事について聞きたいのだが……」

「れいむはあまいものがだいすきだよ!!ゆっくりたくさんもってきてね!!」

最後まで聞かずにれいむはそう応えたが、副長はそれに微笑みを返して、

「君は、少し前まで山の中に住んでいたよね?」

「ゆぅ?そうだけど、そんなことはいまはかんけいないよ!!」

「そこで聞きたいのだが、君は今まで蟲さんを食べた事はあるかい?」

「ゆっ!!あたりまえだよ、たべないとしんじゃうよ!!おじさん、ばかなの!?」

そんなやり取りを繰り返していく。

私には副長が何を言わんとするか途中から何と無く判ったが、流石にゆっくりにはまるで理解出来ない――違うな、するつもりは無いのか。
一向に食料を持って来る事だけを主張する。

それにしても、あれだけの事を言われても、目の前の副長は表情一つ崩さない。

自分だったら、我慢できるかどうか。

「もしかしたら君の食べた蟲さん達も、先程の君と同じ様に、君に対して「助けて欲しい」って言っていたかもしれない」

「なにいってるの?むしさんはしゃべらないよ!!おじさん、やっぱりばかなんだね!!」

「ははっ、これは手厳しいな。でも、あの蜘蛛さんと君の関係は、君と蟲さんの関係に似ているんだよ」

「へんなこといってばかりいると、れいむもさすがにおこるよ!!」

成り立たない会話が暫く続き、れいむがプクーと大きく頬を膨らます。

それには流石の副長も困ったように苦笑いを浮かべ、れいむを乗せた手の平を自身の顔から離していく。

そしてその手は段々と、元の水槽の奥底へと伸びて行く。

「ゆっ!?だめだよおじさん、なにやってるの!?ゆっくりしないでれいむをうえにもどしてね!!」

自身があの巨大な蜘蛛の待ち構える水槽の底へと戻されている事に気付き、れいむは大声を張り上げて懇願する。

つい先程の傲慢な態度は何処吹く風、その眼にはじんわりと涙が滲み始めていた。

「やだよおじさん、やめて!!れいむがくもさんにたべられちゃうよ!!おこらせたのならあやまるよ、ごめんね!!」

そう言うが早いかどうか、その時にはもう水槽の底へと置かれた後であった。

奥の方に居たあの蜘蛛も、再びの来訪者相手に様子を伺わんと、距離を取ってその八つの眼を打ち据えていた。

「私は別に君の言葉に怒っている訳では無いし、君が蟲を食べていた事に関して、責めている訳でも無い」

「れいむはあやまったよ!!はやくたすけてね!!ゆっくりしないでね!!」

「寧ろ、自然的で美しいとさえ思っている。だが、時としてそれが逆になり得る事も認識して欲しいんだ」

「ゆぎゃあぁぁあ!!くもさんがすぐそこまできているよ!!ゆっくりしているばあいじゃないよ!!」

近付いてくる蜘蛛に対して、ピョンピョンと跳ね回りながら距離を取る。

「それに、私は君とその蜘蛛が、君と食べられていった蟲との関係に似ていると言ったが……」

「ぐもざぁぁぁん!!ゆっくりじでいっでね、でいぶをだべないでねぇぇぇえ!!」

「多少、私という人間の手が加えられてはいるが、これは純粋な決闘」

「ゆ”あ”あぁぁああ!!あ”じがいっぱいぢがづいてぐるよぉぉぉお!!」

「どちらが食す方で、どちらが食される方か、まだ決まってはいないのだよ」

いやいや、流石に饅頭であるゆっくりが食べられる方だろ。

と、突っ込みを入れたかったが辞めておいた。

まともに相手をしてもどうしようもない人種だという事は、最近色々と学んでいる。

水槽の中では、それこそ蜘蛛がその前足をれいむの頭へと掛けるところであった。

「びゅあ”ぁぁぁあ!!でい”ぶのあ”だまがぁあ”ぁあ”あ!!い”だい”よぉぉぉ!!」

そのまま抱きしめるように、逃げるれいむの身体へと後ろから脚を纏わりつかせると、何やら顔をれいむの後頭部へと密着させている。

「う”ょみ”ゅぅぅぅう!!」

「あれは……鋏角で噛まれているね」

聞き慣れない言葉だが、取り合えず噛まれているらしい。
その攻撃に対してれいむは、身を捩じらせて脚の束縛から逃れようとするも、全くといって良いほどそれが可能のようには見えない。

ただひたすらに、涙と鼻水と涎を撒き散らすばかりだ。

「ゆっぐじぃ、ゆっぐじやめてね!!ぐもざん、ゆっぐじぃぃぃ……あがぁっっっ!!!」

何度か噛まれながらもそう叫んでいたが、突然その様子が変わった。
今度は何やら眼を白黒とさせながら、ガクガクと震え始めた。

「れいむ”のがらだに”、どろじょろじだものながじごまないで!!なんで……ぞんなごどずるに”ょぉぉお”!!」

「今度は体内に消化液を流し込まれたようだ。蜘蛛というのは体外消化するために、捕捉した獲物の体内に消化液を流し込むんだ。これによって……」

また、聞いてもいないのに解説を始めてくれた。
読心術の心得でも有るのだろうか?

取り合えず、消化液を流し込まれたらしい。
後はやたら長々と喋っていたので聞き流しておいた。

「ゆっぐじどげでるよぉ!!でいみゅの”、なか”が……でいびゅのなががぁぁぁあ”ぁあ!!」

必死の形相でこちらを向いて叫ぶ。
その顔は涙をひたすらに流しているが、そこから流れている涙が泥水のようにどす黒い。

消化液によって液化でもして、その影響なのだろうか?

蜘蛛の方はというと、れいむの頭というか身体の中に、半ば頭を突っ込む形になっている。

「も”っじょ、ゆ”っぎゅじゅ、じだっがっじゃびょぉぉぉおお!!」

「やはり、無理なのか」

れいむのその様子に、副長がポツリと言葉を漏らす。

その言葉を聴いて、私は耳を疑った。

本当にこのゆっくりという生物が、あんな普通の人間なら触るのも躊躇うような大きさの蜘蛛に勝てると思っていたのだろうか?

そもそも、大きさが近いとしても生物の性能に大きな違いがあるじゃないか。
私はそこまで詳しくは無いが、昆虫というものの多くは自身の体重の何倍以上の物を持ち上げる程の力を持つ。

それに対してあのゆっくりという生物は。
関わり合いは浅いが、少なくとも自身の体重以上の物をどうこう出来る力を有している姿を見た事も聞いた事も無い。

その時点で素人目に見ても優劣は、はっきりしている。

「ゅぐっ!!ゅぐっ!!」

そんな思案をしている一方、蜘蛛が何かをする度に、れいむはそのような呻き声を上げてビクンビクンと身体を痙攣させるだけになっていた。

あれは、もう駄目だ――何が駄目とか巧く言えないが、何にしろ駄目だ。

消化液が浸透するまで時間が掛かるのか、その蜘蛛は今度は白い糸を尻の方から、
副長という名の解説者曰く「出糸突起・又は糸疣」から噴出してそれを穴という穴から濁った液体を流すれいむに巻き付けていく。

そのれいむのこちらを観る視線と私の視線とが重なり、力無い虚ろな眼を見ると少しだけ哀れに思った。

だが、助けようとは思わない。
副長の言う通り、これは喰うか喰われるかの二択であった。

もし万が一、れいむが勝つような事が有れば、約束通り生き長らえる事が出来た筈だ。

それにあの蜘蛛の方も、何か喰わなければ生きてはいけない。
れいむ自身が捕食してきた蟲のように、あの蜘蛛もれいむという獲物を捕食しなければ生きていけないのだ。

それに、あのれいむが「むしさんはしゃべらない」と言ったのをふと思い出す。
蜘蛛からすれば、ゆっくりや人間の言葉など理解出来ようも無く、喋らないのと同義のようなものだ。

だから、れいむの哀願など相手の蜘蛛には何ら届いてなどいない。

そして、その「しゃべらない」と悪びれも無く言い放ったれいむは、生物として生きていくために、その逆の事も覚悟し対処するべきだったのではないか。

少なからず、私自身もそういう世界で生きて、恐らく普通の人より多くの命を奪っている以上、
そういう覚悟も持っているつもりでいるし、あの蜘蛛に対して口も手も出せる訳は無かった。



――いやしかし、こんな取り留めの無い事を考えてしまうのは、
あのゆっくりという生物が何故か私らの言葉を吐き出す事に有って、そこをどうにかしてくれれば私の心の負担も幾分和らぐ筈だ。

「……ところで、君はキリンというものをご存知かね?」

沸々と湧き上がっていた考えを頭の中で巡らしている最中、突然副長がそんな事を聞いてきた。

私は「はい?」と、素っ頓狂な声を上げ、何故か先程のれいむの方へと眼をやる。
もちろん、白い球体になっていた。

だが――それにしても、「キリン」か。

「ええ、知っていますよ。霊獣の麒麟ですよね?」

私は余り考え込まずに、直ぐにそう返した。
するとどういう訳か、辺りに気まずい空気が流れ始める。

何か変な事を言ったか?

「うむ、確かにその麒麟も居るのだが、私の言いたいのは少し別のキリンなのだよ」

よく判らないが、間違ってしまったらしい。

「回りくどいのは若い人に嫌われるとよく言われているのだが、どうも癖になっているようで」

今度は何やら謝りだした。

「私は最近、古道具屋で発見した雑誌に書かれていた進化論というものに心引かれてねぇ」

「要するにテナガザルや、キツツキは必要性に迫られてそのような形になったというものらしい」

私としてはテナガザルやキツツキは、最初から「手長」であり、「樹を突く鳥」であるような気がするが。

「彼らがそのような形になる前は、餌が少し遠くにあるけど、ギリギリで届かないそんな歯がゆい状態であって……」

「それは自然であったり、又は相手が存在するものであったりする、誰かしらの意地悪な訳だけど……」

一体、何が言いたいのか?

「まぁ、何が言いたいかというと……」

「生物の進化とは、『他者から与えられる悪意を乗り越える事によって成し遂げられる』」

「と、私はそういう結論に行き着いたのだが……」

「君はどう思う?」

ああ、そうだった。
この人達は奇人だったのだ。

彼は、その生物の進化というシロモノを見るために、わざわざゆっくり達にこんな事をさせているのか?
そもそも、その質問を私に投げ掛ける意図は何処に有るのか?

私がそのような感想を抱いた時、「わからないよぉぉぉお!!」という悲鳴と共にゆっくりちぇんが水槽の底へと落ちていった。

まるで私の気持ちを代弁してくれたかのようだ。











後書き

設定等についてですが、
幻想郷の文化レベルなどに関して香霖堂や東方求聞史紀を参考にし、明治程度の文化レベルと思っています。
その他の設定もその辺りから借りてくるとは思います。

その割りには、時代に合っていない代物が出てきたり、謎な設定も出てくるかもしれません。
その時は書き手の浅はかさだと思って、笑って許して下さい。
ただ、出来るだけ準拠して進めたいとは思っています。

それに合わせて便利な道具も無く、いわゆる虐待お兄さんというものも存在しないので、ハードな虐待を期待している方にはもの足りないと思います。

内容的にも、余りテンションが高くなるような事も無く、淡々と進むタイプの作品ばかりになると思っています。

今度からPNを最後に書くようにするので、作風が合わない方は気を付けて下さい。
無駄に長い作品ばかりなので、読んでくれた方の時間ばかり取らせると心苦しいもので。





by推進委員会の人





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年05月03日 09:41