冬が近づく幻想郷。
 森の入り口に、十数名の人間が集まっている。いずれも、虐待お兄さん(お姉さん)と呼ばれる酔狂人だ。
 また、中には見知らぬ顔もいる。
 狭い里の中であるのに、見知らぬ顔――その意味するところは、それが人間ではないということだ。
 しかし、だからといって何か問題があるだろうか?
 種族が違えど、趣味嗜好、年齢や性別が違えども集まった人々の願いは一つ。
”ゆっくりをゆっくりさせないこと”、それが彼らの行動原理だ。

「えー、全員そろいましたね。それでは行きましょう」
 この会合の幹事である男が号令をかけ、より人目につかない森の中へと移動する。
 五分ほど歩いたところで男は立ち止まり、重そうに背負っていた風呂敷包みを下ろした。
 包みを解くと、中身ががちゃがちゃと音を立てながら衆目にさらされる。
「今回の定例会は、これを使います」
 風呂敷包みの中身は、胴付きのれみりゃを模した人形だ。
「この人形には風穴がいくつも開けられており、笛と同じ原理で音がなります。
……製作された工匠さんによりますと、れみりゃの鳴き声に近い音を出すのに苦労したとか。
 また、ばねとぜんまいによって例の踊りを再現するようにもなっています」
 幹事の説明に皆がどよめく。
「そう!今回の定例会のテーマは……!
『冬篭り阻止☆ゆっくりこごえていってね!』death!」





 冬篭りの、ほんの少し前の出来事
(麻雀でいただいたお題:ゲスパチュリー)

                by ”ゆ虐の友”従業員




「それでは、開始!」
 幹事の合図とともに、参加者達は散ってゆく。
 いずれ劣らぬ熟練の兵(つわもの)たちである。ゆっくりが冬篭りに選びそうな場所は、もちろんすべて頭に入っている。

「よっ……と」
 配られたからくりれみりゃ人形を岩場に突き立てる。
 ここは一見なんでもないように見えるが、石の隙間にゆっくりぷれいすを孕む絶好の場所である。
 これでもう、ゆっくり達はこの岩場を使えない。

「おうお前さんか」
「あんたももう終わったのかい?さすがだね」
 驚くべきことに、すべての参加者が昼すぎには人形を立て終えて再集合した。
「あとは見学するだけですね」
「楽しみですねえ」


 * * * *



「ゆぅ……ゆぅ……」
「ちゅかれたよぉー!!」
「おかーさんゆっくりさせてね!れいむはつかれたよ!」
 親れいむと二匹の子れいむは疲れきっていた。


 数時間前。
「おちびちゃん!ふゆごもりのおうちをさがしにいくよ!」
 親れいむは子れいむを引き連れて、篭り巣の探索へと出発した。
「ゆっゆっゆ……れいむはかしこいから、いちばんゆっくりしたおうちでゆっくりするよ!」
 親れいむが自信満々に言うと子れいむ達は雀躍する。
「おかーさんすごい!」
「とってもゆっきゅりだにぇ!」
 事実、篭り巣の確保は早期に行うことが肝要だ。
 多くのゆっくりが秋の豊穣をいつまでも続くものと思いゆっくりするところを、この親れいむはあえて巣の確保に乗り出した。
「これからゆっくりできないふゆさんがくるからね、あったかーいおうちでゆっくりしようね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってにぇ!」

 しかし、親子はわずかに間に合わなかった。
「ゆっく、ゆっく……たしかこっちによさそうなおうちがあったよ!」
 狩りの際に目星をつけていた、岩の隙間。この冬はそこですごそうと親れいむは思っていた。
「もうすぐゆっくりできるよ!」
「ゆっきゅちたのちみだよ!」

 しかし、その場所へたどり着いた一家は愕然とした。
「うー!うー!」
 風に吹かれて手足をばたつかせ、れみりゃによく似た音を立てる人形が、岩場に陣取っている。
「れみりゃだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ゆぅぅぅぅぅぅ!!!???」
「ゆぴぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 これもゆっくりのカルマなのか――一家は、虐待お兄さんたちの陰湿なパーティーの開催よりもほんの少しだけゆっくりしてしまったのだ。
 あと一日早ければ、この一家はおうちを手に入れられただろう。
「ゆっくりおちついてね!ゆっくりにげるよ!」
「ゆぅぅ……ゆっくりちかいしたよ!」
「そろーり!そろーり!」
「ゆっきゅ!ゆっきゅ!」
 相手が本物のれみりゃならばとても逃げおおせることなどできないような鈍足で、一家は岩場から離れていった。

「ゆっくりたすかったよ!」
「さすがはゆっくりしたおかーさんとれいむだよ!」
「きょわかったよぉ……!」
 一家は安堵のため息をつく。
「あそこはれみりゃがいてゆっくりできなかったけど、おかーさんはほかにもおうちをしってるよ!
 ゆっくりいこうね!」
「ゆっくりいくよ!」
「ゆっ…ゆっきゅりー!」
 一家は気を取り直して、次の目的地へと跳ねる。

 だがそこにも――
「どぼじでれみりゃいるのぉぉぉぉぉ!!!!???」
「にげるよ!!」
「ゆえーん!ゆえーん!」

 その次も――
「れみりゃだぁぁぁぁぁ!!!!」
「どぼじでぇぇぇぇぇ!!!???」
「ゆーん!ゆーん!」

 一家は、どこまでいってもゆっくりぷれいすを見つけることはできなかった。


 * * * *


「ゆー……」
「さむいよおかーさん……」
「かぜさんゆっきゅちちてよぉー!!」
 結局あらゆるゆっくりぷれいす候補地はれみりゃ(人形)に占拠されていた。

 親れいむは、このゆっくりできない川原を寝床として選ばざるを得なかった。
 あたりは開けていて、冷たい風が親子に襲い掛かる。
「おちびちゃん、こっちにきてね」
「ゆゆぅ……」
「ゆーん、ゆーん……!」
 一家は身を寄せ合わせて寒さを耐えしのぐ。


 そこへ一匹のぱちゅりぃが通りかかった。親れいむよりも大きく成長した個体で、とてもゆっくりした貫禄を備えている。
「むきゅ、こんなゆっくりできないところでどうしたの?」
「ぱちゅりぃ!?ゆっくりしていってね!」
「むっきゅ!」
 話を聞くと、ぱちゅりぃも同じ境遇らしかった。
「こまったわね…」
「このままじゃおちびちゃんがゆっくりできないよ!」
「おにゃかすいたよぉ~!」

「おちびちゃん?おなかがすいたの?」
「しょうだよ!
 むらさきのおねーちゃん、れいみきゅおにゃかすいたよ!」
 ぱちゅりぃは言った。
「むきゅ、あっちにおいしいむしさんのおうちがあったわ!
 れいむたちもいってくるといいわ!」
「ゆゆ!」
「むしさんたべちゃいよ!」
 れいむはぱちゅりぃの親切さに感激した。
「ありがとうぱちゅりぃ!」
「ありがとうおねーちゃん!!ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしていってにぇ!」
 ぱちゅりぃは跳ねていく一家を見送った。


 * * * *


「ゆー…ゆー…」
「まだにゃのぉぉぉーー!!」
「おなかすいたよ!」
 一家は、ぱちゅりぃにおしえられた場所をさまよう。しかし一向においしいむしさんのおうちは見つからない。
「つかれたよ!ゆっくりしようよーー!!」
「もううごけにゃいよぉぉーー!!れいみゅここでゆっきゅりしゅるよぉーー!!」
 泣き言をいう子れいむを親れいむは叱咤する。
「ゆゆ!わがままいわないでね!むしさんたべてゆっくりするよ!」
 思うがままにゆっくりするだけではいずれゆっくりできなくなる。そのことを身をもって知る親れいむは、
 餡子を鬼にして子れいむを牽引する。
「きっと……もうちょっとだよ……」
「むしさんはやくゆっくりさせてね!」
「ゆゆぅーーーん!!」
 森に響き渡るれみりゃ人形の声におびえ、迂回や後戻りを繰り返しながら一家は進む。
 しかし、ついにむしさんのおうちは見つからなかった。


 * * * *


 命からがら一家は川原に戻ってきた。
「ぱちゅりぃ!!むしさんなんかいなかったよ!」
「ゆえーん!ゆえーん!」
「おにゃか……しゅいた……」
 川原にはあの”親切”ぱちゅりぃと、その子供と思しき二匹の子ぱちゅりぃが跳ねている。
「むきゅ、むきゅ」
「むっきゅぅぅーーん!!」
「むきゅーん!」

「ゆ……!ゆ……!ゆ……!?」
 れいむは驚愕した。ぱちゅりぃ達は、れいむがおうちと定めたその場所で自分たちのおうちをつくっているではないか。
「むきゅ」
 れいむに気づいたぱちゅりぃは、ゆっくりと振り向くと言った。
「ここはぱちゅりぃのおうちよ!れいむはゆっくりでていってね!」
「むきゅ!」
「ここはぱっちぇのおうちよ!」
 れいむは怒った。
「なにいってるの!?ここはれいむのおうちだよ!ぱちゅりぃこそでていってね!」
 ぷくーと膨れて相手を威嚇する。
 いつもならば、こんなゆっくりできない場所は明け渡したところでもったいなくもなんともない。
 しかしこの夜に限っては、ここが一家の唯一の安息の地なのだ。
「むきゅーん!」
 ぱちゅりぃも膨れて応じる。身体能力に劣るぱちゅりぃに威嚇されたことで一瞬ひるんだれいむだったが、
「もうおこったよ!
 ちびちゃん!ゆっくりたたかうよ!ゆっくりおかーさんについてきてね!」
 家族のため、相手が身体能力に劣るぱちゅりぃといえども手心を加えるつもりは一切ない。
 膨れるのをやめ、戦闘態勢に入る。あんよに力をこめ、砂利や小石を踏みしめて突進する。
「むっきゅ、むきゅ。やれるもんならやってごらんなさい!」
「おばかなれいむなんかにはまけないわ!」
「むっきゅー!」
 対するぱちゅりぃ達は動かない。膨れたままでれいむを待ち受ける。
 三匹のれいむはぱちゅりぃに肉薄する。
「ゆっくりできないぱちゅりぃはしねぇぇぇぇぇ!!!!」
「あのよでゆっくりしていってねぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆるしゃにゃいよぉぉぉぉ!!!!」
 後退を許さない速度で至近距離へと迫る三匹のれいむ。
 必殺の間合いに入ったれいむは、相手を踏み潰すための最後の一跳ねのために地面を蹴り――
「ゆぐっ!!」
「ゆぴぇ!!」
「いぢゃいぃぃぃぃ!!!!!」
 今まで感じたことのない痛みに、悶絶して転がった。
「むっきゅっきゅ!」
「やっぱりおばかさんね!」
「ぱっちぇのわなにひっかかったわ!」

「いだいぃぃぃぃ!!!」
「ゆあああああ!!!!!!」
「ゆゆゆゆゆ!!!!」
 転げまわるれいむ。その底部には、餡子にまで達する深い傷が開いている。
 木の棒や尖った石を使った単純なトラップだ。
「でいぶのあんよぉぉぉぉ!!!!」
「ゆっぐりでぎないぃぃぃぃ!!!!!」
「ゆぴ……ゆぴ……」

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 れいむはそう思った。
 もし自分が死んでしまったら、まだ幼い二匹のおちびちゃんはどうなるのか。
「おかーしゃーん!!!いだいよぉぉぉぉ!!!!」
「ゆぴぃぃぃ……!!」
 親れいむはだくだくと餡子を流しながらも、痛みを堪えてわが子へと這い寄る。
「ゆぅ……ゆぅ……ゆっぎゅりじだいよ……!」
「もうやだよぉ……!おうちかえる……!」
 おうち。そうだ。
 おちびちゃん……せめて、おちびちゃんのためにおうちを……
「おちびちゃ……ゆふっ」
 その背後からぱちゅりぃがゆっくりと近づく。
「むきゅ、ゆっくりしんでね」
 大きく跳びあがり、れいむへとのしかかる。
「ゆびぇ!!?」
 黒い餡があたりに飛び散った。
「おかー……さん……?」
「ゆぅぅぅ!!!!おかーしゃぁぁぁぁーーーん!!!!」



 * * * *


「まさかぱちゅりぃが勝つとは……」
 その様子を物陰から見つめていた男はつぶやいた。
「おうちという拠点を失ったことで行動能力が等しく制限され……
 その結果としてぱちゅりぃの知性が勝利した……そういうことなのか?」
 罠を増築し、風よけのために草木を集めるぱちゅりぃ。
「むっきゅ!むっきゅ!」
「むっきゅぅぅぅーーん!!」
「むきゅー!」
「ま、どうでもいい。
 予想外の演し物が見れたので、俺は満足だ」








 おしまい。

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最終更新:2022年04月16日 22:49