彼は愉悦に満たされていた。
闘争。それも果てしなき闘争がここには用意されているのだ。
この酸鼻たる鉄火場において、それこそが唯一にして無二の規範。
吸血鬼
アーカードは目の前にある憧憬に、まるで無邪気な子供のように破顔した。
「とはいえ、だ。この場にインテグラが呼ばれていることが気に食わんな」
闘いを好むアーカードであれど、自らの主たる存在を、このような場で蔑ろにすることはできない。彼女は強い女性だ。吸血鬼たる自分に恐れることなく命令を下せる強靭さを、その心に持つ。されど、同時に彼女は弱い。闘争に関しては、化け物(フリークス)と比べれば処女(アマチュア)も同然なのだ。故に彼女の命を最優先に動くべきか。そう考量すれど、それにも些かの疑問をアーカードは覚えてしまった。心配をし過ぎれば、それはそれでまたあの矜持の高い彼女から叱責をかってしまうのが予想できたからだ。憂慮しなければ不興を買い、したらしたで勘気をこうむる。アーカードは我儘なレディを思い浮かべ、苦笑した。取り敢えずは、危険人物を排除しながら適当にインテグラを探すか、と無難な考えを抱き、歩を進めようとする。しかし、それは僅かな歩みで止められることとなった。
「そこの者、止まれ」
吸血鬼の感覚で以っても僅かな気配を感じさせることなく、男が目前に現れたのだ。その所行にアーカードは思わず感嘆の息を漏らした。
「ほー、何の用だ、ヒューマン?」
「貴様からは闘争を求める獰猛たる気を感じる。貴様はこの殺し合いの中、どう動くつもりだ?」
アーカードは口角を吊り上げた。見た所、男の双眸は光を映していない。額から目を通って両頬に大きな傷跡がある。恐らくはそれにより失明したのだろう。だがそれにも関わらず、アーカードの気性をすぐさま看破してみせ、尚且つそれに恐れることなく対峙することを選んだのだ。アーカードは、目の前の人間がただの犬でないことを知り、無上の喜びが心の内に溢れ出るのを感じた。だから、であろう。
「屍血山河の争いを経て、眼前に死屍を累々と築き上げるのが、このパーティーの醍醐味だろう。それがこの戦場での
ルールだ。そしてそれこそが化け物の在り方だ。それはいつだって、どこだって変わらんよ」
アーカードが挑発とも取れる言葉を弄したのは。
勿論、これに反応しないようであれば、何もしない。逃げるだけの犬になど、アーカードは何の興味も湧かないのだ。だけど、男がその内にある牙と爪を向けてきたなら、どうか。答えは簡単。振りかかる火の粉は、はらわなければならない。それは例えこのような戦場でも変わらない。そして、念願の甘美なる闘争の始まりだ。
尤もアーカードには相手の反応など、予想できたことだった。ただの犬ならば、とっくの昔に逃げている。それほどアーカードが放つ死の香りは濃厚なのだ。だから、アーカードは期待に胸を膨らませて、男の返事を待った。
「ならば、ここで貴様を打ち倒すのみ」
「面白い。やってみせろ、ヒューマン」
ああ、素晴らしい。心の中で拍手喝采を相手に浴びせながら、アーカードは喜色満面に彼を迎え入れた。
「南斗白鷺拳奥義 誘幻掌」
最初に動いたのはアーカードの前に立つ男であった。
南斗白鷺拳とは108派ある南斗聖拳の内、随一とされる南斗六聖拳の一つに連なる拳法である。そして今アーカードと相克しているのが、その南斗白鷺拳の正統伝承者
シュウ。繰り出された奥義は、自らの気配を断ち、敵の間合いを測らせなくすること。更にそこに両の掌による独特の動きを加えることによって、敵の視覚をも幻惑させる恐るべき技である。実際、相対するアーカードには、無数の掌が自分の周りを回っているように見えた。そしてその光景を視認したアーカードは、ますます笑みを深めていった。相手の技が、自らが誇る吸血鬼第三の目を惑わさんとしてきているのだ。
BANG! BANG!
試しに愛銃ジャッカルにて銃撃をしてみるが、まるで当たる気配がない。人間が僅か数歩程の距離で吸血鬼の感覚の眼を誑かすなど、一体どれほどの練磨を己にかければいいのか。アーカードはその苦行に思いを馳せ、深い崇敬の念を相手に抱いた。しかし、アーカードにも吸血鬼としての自負がある。そして死力を尽くしての戦闘戦斗。その果ての自分にこそ、本当の思慕を寄せているのだ。故にアーカードもいつまでも手をこまねいるわけにはいかない。アーカードは自身の第三の目に意識を集中し、シュウの気配を探る。目の前にある無数の掌をシャットアウトし、闇の中に溶け込むシュウの姿を見つけ出さんと、一縷の隙間もなく空間を検める。
闇夜を統べるのは吸血鬼。夜陰において、その王の目を完全に誑かすことなど、所詮は不可能だ。そして程なく、アーカードは背後にシュウの顔を認めた。
「見つけたぞッ! ヒューマンッ!」
アーカードの狂気の混じった歓声。すぐにでも反撃の狼煙を上げてやろう。されど、それはすぐさま血に染め上げられることになった。アーカードの言葉と同時に、シュウの諸手突きが彼の胸を背後から貫いたのだ。胸から生えるシュウの丸太の如き両腕は、どれほどの損壊を内臓にもたらしたかを、如実に教えてくれる。そしてそれを示すかのよう、アーカードは込み上げる血を口から大量に吐き出した。
これで終わり。
シュウは確信と共に突き刺した両腕を引き抜こうとする。しかし突如として、自分の腕がアーカードに掴まれたことを知覚した。そして次の瞬間、猛烈な痛みが肉と骨の砕ける音と一緒にシュウを襲ってきた。
「貴様! 腕をッ!」
アーカードは、自らの身体に穴を開けたシュウの片腕を掴み、文字通り握り潰したのだ。勿論、アーカードはそれだけで満足するはずもなく、更に背後にいるシュウに追撃をしかけようと身体を回転させて、吸血鬼の膂力そのままを乗せた裏拳を放つ。経験したことのない激烈たる痛みは、ただそれだけで人の心と身体を硬直させる。そこへの攻撃はかわせるはずはない。
アーカードは自らの拳が、相手の頭蓋を跡形もなく吹き飛ばすことを確信した。だが、不思議とアーカードの手に残った感触は、ただ空気を殴るだけのものだった。
「何ッ!?」
アーカードの疑問の声。そしてそれに答えるかのように、新たな衝撃が自分を貫いたことをアーカードは知った。それは剣のようだった。それはまるでアンデルセンの銃剣のようだった。
恐ろしいほどの切れ味を持った何かが、自分を切り裂くのを感じたのだ。
その正体こそ、南斗白鷺拳 烈脚空舞。
迫る攻撃を上体を後方に反らすことによって回避し、その勢いのまま足を蹴り上げて相手を攻撃する攻防一体の技。そして南斗白鷺拳の鍛えられた足技は、鋼鉄をも容易に切り刻む。結果、アーカードは正中線を境に、血煙を上げながら左右に倒れていった。
「ハァ、ハァ……恐ろしい相手だった」
南斗白鷺拳の伝承者としては似つかわしくないほど、息を荒げてシュウは呟いた。胸を貫かれても、全く怯むことなく反撃してくることなど、一体誰に予想できよう。シュウはその恐るべき行動を可能にした相手の凄まじい執念に、ただただ戦慄した。だけど、シュウのその考えは全くの見当違いのものだった。
成る程、確かにアーカードの持つ執念は、壮絶なまでのものだろう。それほどまでに闘争にかける想いは強い。しかし、アーカードが反撃できたのは、そんなものが理由ではない。
それはもっと簡単で、単純で、そしてどうしようもないもの。胸に風穴が開くことなど、身体が二つに分かれることなど、アーカードには何ら痛痒ではないのだ。アーカードは吸血鬼。そんなことでは死なないのだ、殺せないのだ。だから、シュウの攻撃は何の意味も成さなかった。ただそれだけのことなのだ。
パチ、パチ、パチ、と元通りの身体に復元したアーカードは胸に押し寄せる喜びのまま拍手を送った。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、ヒューマン! 腕を潰されても、たじろぐこともなく、それどころか、技のキレは鋭くなるばかり」
「バカなッ! 貴様は何故生きているッ!?」
「簡単だ。私は吸血鬼。吸血鬼を殺すには、ここだ。ここを抉るしかない」
トンッ、と自らの心臓の部分を指で指し示す。それは偉大なる指導者のように何ら気後れを感じさせないほど昂然たる様であった。とても自らの弱点を教える姿ではない。しかし、シュウがアーカードから感じていたのは、自分に向けられる殺気ではなく、ただ子供のような純粋さ。それが闘争に根ざしている故に、どうしようもないほど危険な存在であることに変わりないが、同時に闘いにおいて虚偽を用いることはない。シュウには不思議とそう思えた。
「ならば、その心の臓を砕くまで!」
シュウは自らの服の裾の部分を引きちぎり、それで失った右腕の部分の止血する。片腕の損失が、どれほど拳法の技や奥義に悪影響を与えるかは、容易に想像できることだ。しかし、シュウはそれをおくびにも出さず、より力強くアーカードへ宣した。
「フハハ、面白い。だが、このままの姿で、貴様の相手をするのは、些か失礼だ。貴様の強さは、カテゴリーA以上と認識する」
対するアーカードも、シュウの悲惨な怪我に同情することも、見くびることもなく、自分の真なる力を見せることにした。
「拘束制御術式『クロムウェル』――第3号第2号第1号、開放」
その言葉を聞き終えると同時に、シュウはアーカードの気配が無数に増えていくのを感じた。
もしシュウの目が見えていたら、眼前に起こっていることが、理解はできなくても、受け入れることはできただろう。アーカードの血肉が、暗闇に変貌を遂げ、そしてそれが数限りない獣や虫へと成り代わっただけのことなのだ。しかし、肝心のシュウは盲目。目が見えぬ故に、周囲の状況を想像で補うしかないのだが、全くの同一固体がアメーバのように増殖することなど、シュウにとって完全に埒外のこと。このありうべからざる現象に、この全く想像できない光景に、シュウはいまだかつてない恐怖を覚え始めていた。
南斗白鷺拳において、恐怖とは気配を生み出すものとされている。いわば、恐怖の克服は南斗白鷺拳の要たるものなのだ。だが、恐慌とも取れる感情を抱いてしまったシュウは、自然と濃厚な気配を作り出し、自らの拳法の礎を揺らした。必然、それは相手に付け入る隙を与えることとなる。
直後、アーカードの分身たる多数の闇が、シュウの身体に喰らいついた。犬は腕に牙を立て、百足は足に噛り付き、蝙蝠は頭に噛み付く。僅かな時間で、おびただしいほどの流血が、シュウを彩ることになった。片腕だけでは、自分の身体に纏わりつく異形に対処するのが、難しかったのだ。しかし、それでも負けじと手刀で一体づつ切り刻み、何とか己の身体の自由を確保しようとする。
「どうした、ヒューマン? 貴様はその程度なのか?」
「舐めるな、吸血鬼!」
ほんの一瞬、アーカードの分身からの支配を押し退けた隙に、シュウはすかさず南斗白鷺拳の奥義を放つ。
「南斗烈脚斬陣ッ!」
残った片腕で地面に立ち、それを支柱として、下半身を飛燕の如く素早く旋回。シュウの天稟によって磨かれたその技は、空気をも切り裂き、衝撃波を発生させる。瞬く間にアーカードが生み出す闇は、細切れにされていった。
しかし、それは結局の所、単なる徒労であった。
シュウがどれだけ攻撃を加えても、アーカードの気配は減ることなく、それどころかシュウが奥義を展開するほどに、アーカードは益々意気軒昂となっていく。まさしくジリ貧だった。そして終わりの鐘のよう一発の銃声が鳴り響く。
BANG!
アーカードから生み出された黒い犬(バスカヴィル)から、腕が突然と生え、シュウを銃撃したのだ。シュウが万全の状態だったなら、それは容易くかわせたことだろう。しかし、全く見当がつかない攻撃方法という恐怖に、それによって負った手傷からの失血は、確かな形でシュウのに肉体と精神をすり減らしていたのだ。アーカードの銃、ジャッカルから発射された大口径の弾丸は、物の見事にシュウの残された片腕に着弾。その威力は凄まじく、弾痕をシュウに残すだけでは飽きたらず、シュウの腕そのものをもぎ取っていった。
「貴様の攻撃の主体は足であれど、その攻撃を支えているのは、あくまで貴様の腕だ。これでもう貴様は翼をもがれた鳥も同然。最早、飛ぶことはできまい。さあ、どうする、ヒューマン? 闘うか、逃げるか、それとも無様に許しを請うか? さあ、どうするんだ、ヒューマン?」
これ以上ないほどの勝利の確信をもってアーカードは不敵に問う。そこからこぼれる笑みは、憎たらしく、不快なものだったが、それも当然と言えた。シュウは既に満身創痍。シュウの腕からは、瀑布のように血が流れ落ち、足元に大きな血溜まりを作っていた。それは云わば、死の決定事項。もう逃れる術はない。シュウもそのことを自然と理解した。だけど、それでもシュウは目の前の暴虐とも言える力の固まりを無視することなどできなかった。このままアーカードを放っておけば、聖帝
サウザーのように多くの人に死や悲しみを降り注ぐこととなってしまうからだ。
南斗白鷺拳シュウの宿星は仁星。それは他人を救うために、己を犠牲とすること。何とも馬鹿らしい宿命を与えられたものだと、今更ながらにシュウは思う。もっと自分本位に生きていたら、こんな苦労も痛みを背負うことなく、幸せに生きていけたことだろう。だけど、それではあの光の輝きを見ることは、きっとできなかったはずだ。あの温かく、優しく、そして太陽のように力強い光を。これからの世は、
ケンシロウのような光を持つ物が必要となってくる。そしてその輝きをこそ、地獄の底にも光を届ける太陽なのだ。
その陽だまりの中は、皆が楽しく笑い、幸せに過ごせる場所。息子が、仲間が、多くの人々が、殺しあうことも、奪いあうこともない楽園だ。そこにはもう自分はいられない。だけど、その陽だまりを守るためなら、己の命など欲しくはない。皆のために命を張る。確かに、この地獄では馬鹿なことだ。だけどそれこそがが、自らを大地に立たせるシュウの誇りなのだ。
「南斗の鳥は、例え翼がなかろうと、例え己の身が砕けようと、空を舞うことができる! 貴様に南斗聖拳の究極奥義を見せてやろう!」
「素晴らしい。実に素晴らしい。吸血鬼を前にしても、腕を潰されても、死を目前にしても、尚諦めることなく、その姿を輝かせる。ああ、そうだ。やはり、人間だ。人間はそうでなくてはならん」
シュウから発せられる気迫は、今までにないほど壮烈で鬼気迫るものだった。肉体が押し潰される。そう幻視してしまほど圧倒的なものが、対峙するアーカードへのしかかった。
「相打ち覚悟か……」
悲壮な決意がシュウから滲み出ている。その様から、アーカードは相手の目算を見て取った。相手は満身創痍なれど、自らが死とは遠くかけ離れているとえど、そこに油断できる余地などない。アーカードは自身の闇をより濃くし、そこに更なる力を注ぎ込んだ。そしてそれを合図かのように、シュウは渾身の力を込めて大地を蹴り上げて、空高く舞った。
それは人間賛歌だった。力の彼我は明らか。だが、それでも化け物に恭順することなく、人間として闘う。それは己が求めてやまなかった愛すべき敵だ。化け物を否定して、人間を肯定してくれる愛しい寄せ手だ。
だからアーカードは全身全霊を以って、自らの宿敵を殺した。
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アーカードはシュウの死体に牙をたて、血を飲む。
血液とは魂の通貨、意志の銀板。アーカードの脳裏に、シュウの半生がコマ送りとなって流れる。
「サウザー、レイ、シン、ユダ、
ユリア、
ラオウ、トキ、そしてケンシロウ。素晴らしい。実に素晴らしい。まるで夢のようだ。まるで『彼ら』のようだ」
核戦争に世界荒廃といった背景は、アーカードにとって全く訳の分からないものだったが、そこで織り成される人の、人間の生き様は極上のもの。彼らこそ、彼こそ、自らの宿敵となって、目の前に立つことに違いない。そしてその先にこそ、あの憧憬が待っているかもしれないのだ。だから、その喜悦は主たるインテグラの存在を押し退け、アーカードでも制御することができないほどに、自身から溢れ出させてしまう。
「我が主よ、早く私に命令(オーダー)を寄こせ。さもなければ、微塵の躊躇いもなく、一切の後悔もなく、一片の容赦もなく鏖殺(おうさつ)してしまうぞ。さあ、Hurry! Hurry! Hurry! Hurry! 可愛いお嬢さん(インテグラ)!」
【シュウ@北斗の拳 死亡】
【一日目 深夜】
【現在地 C-3】
【アーカード@ヘルシング】
【状態】健康、喜びで胸が一杯
【装備】ジャッカル@ヘルシング(残弾 3/6)
【道具】武器支給品、ランダム支給品×2、支給品一式×2
【思考】
基本 インテグラの命令がくるまで全力で闘争を楽しむ
1. 次の敵を探す
2. インテグラを……
【備考】
※北斗の拳の世界観を知りましたが、どうでもいいと思っています
※シュウの知識(北斗の兄弟、南斗六聖拳のこと)を得ました。
※今はインテグラより闘争の方に心が傾いています
【支給品説明】
アーカード専用装備の黒い拳銃。正式名称は「対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル」。
全長39cm、重量16kg。装弾数6発。純銀製マケドニウム加工弾殻に法儀式済み水銀弾頭、装薬にマーベルス化学薬筒NNA9を用いた専用の13mm炸裂徹鋼弾を使用する。
最終更新:2012年02月27日 00:46