名も無い乱立

錆戦_日誌

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aa-ranritsu

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錆戦日誌ログ

誤字や誤記についても、そのままにしています。

  • 第1回
+ 展開
責め立てられる様に乗り込んだ操縦棺。
閉じ行くハッチを眺めながら、軽く頭を振る。
やっぱり、思い出せない。
此処が何処で、如何して此処に居て、そして自分が何者なのか。


「これじゃ、映画の主人公だ。」

嘆いても如何にも成らないが、状況を笑い伏せられるこの身を、称えるべきか、呆れるべきか、それとも感謝すべきか。
モニターに示される情報は、読み解くことが出来る。
これで何も分からなかったら、主人公になり損ねる所だった。
迫る機影は、誰かの声を信じるならば、敵。
ターゲットサイトも、それを肯定している。
乗り込んだ機体は、敵の物と言う訳でも無いらしい。
まぁ詰まる所、相手も自分を敵と見做すだろう、と言う事。
逃げるにも。


「このジャンクな機動じゃ、無理そうだね。」

錆付くフレームと推進器、そして頼りないエンジンは、逃避行を諦めさせるに十分だ。
では、如何する?


「肩の砲は…少しばかりの弾丸。 まぁ、あの感じじゃ、いっぱいあっても砲身の方が保たないかな。」

「後は…あの妙に刀身が新しいナイフか。」

心許ない兵装は、主人公の証明に足るだろう。
そう、この戦場を生き残ることさえ出来たならば。


「こういう時は、何て言うんだったかな?【力よあれ】……じゃ、無くて…。」

「まぁ良いや。ボクの【未来】の為に、頑張ってよね。」

鉄の咆哮が、応えた。

  • 第2回
+ 展開
弾切れの砲塔を放り投げ、最後の敵にぶつける。
上品さの欠片も無い一撃で、戦場に静けさが戻った。


「…ふふ、こりゃスゴイ。」

この機体が被弾したのは、掠める様な一撃が一つだけ。
だと言うのに、脚部はガタつき、装甲代わりのコンクリート塊は砕け、
錆付いた速射砲は使い物にならなくなった。
最後は投げ当てた所為だが。


「これ以上戦える様にも見えないね。
 リタイヤしよっか?」

コンソールに指を踊らせながら、将来を危ぶむ。
しかし、ディスプレイに示された答えは、

※※ 機体損傷 軽微   ※※
※※ 戦闘起動に支障なし ※※


「頼もしい限りだね。
 マシンチェックもロクに出来ないなんて。」

それとも、或いは。
この機体にとっては、本当に支障にならないのか。


「キミは、ボクに何を隠してるのかな?」

モニターを小突いても、秘密兵器の答えは無い。

※※ ミッションの継続を提案   ※※
※※ 許諾時は【連環】制御により ※※
※※ 次の戦闘領域へ向かいます  ※※


「キミは真面目だねぇ。
 見た目より。」

踊る指先は、その勤勉さを肯定した。


  • 第3回
+ 展開

「…ん、生きて終わったみたいだね。」

本格的な集団戦。
数で言えば圧倒的に不利ではあったが、そこは錆びてもグレムリン。
居合わせた二人のテイマーの活躍もあり…と言うより、殆どその二人の御蔭で、撃滅に成功した。


「まぁボクも、素人にしては頑張った方でしょ。」

比較されてしまえば無残なものだが、飛び交う砲弾の中で生き残る事は出来た。
撃ち砕かれたパーツの替えを見繕う必要は在るが、結果を見れば満足して良いだろう。
素人にしては、と言う括りで在れば。


「そもそも…ボクが素人か如何かも、分からないんだけど。」

持ち合わせていない己の記憶に問うても、肯定も否定も出て来ない。
だが、既にこの場を去った二人のテイマーの動きを見れば、自分を玄人と称すには憚れる。


「でも、ちゃんと攻撃を当てたり、回避したりは出来てるんだよね。」

攻撃の命中率や、被弾率。
数字にしてしまえば、其処迄二人に劣っている訳でも無かった。


「キミが助けてくれてる…とかなのかな?」

問い掛けたモニターが返したのは、次の戦場だった。


「はいはい、キミのお望み通りに。
 代わりの部品を探しながら、其処に行こうか。」

操縦しているのか、操縦させられているのか。
その区別も曖昧なまま、マシンは動き出す。

※※ 【連環】制御継続       ※※
※※ ルート検索は代替パーツ検索と ※※
※※ 並行して処理します      ※※

  • 第4回
+ 展開
知らず託されたコンテナには、要らぬ苦労も積み込まれていた様だ。


「それほど目立つ荷物でも無いと思うんだけど。
 もしかして、発信機でもついてるのかな?」

ジャンクテイマー。
要は野盗、或いは海賊、はたまた山賊。
降り掛かったトラブルも、火傷無く振り払われた。


「気になってたんだけどさ。
 キミ、段々強くなってない?」

進む度に破損し、破損する度に拾って繋げる。
ジャンクと称すならば、余程この機体の方が似合っている。
しかし、その戦果は寧ろ加速度を増して積みあがる。
災禍の来襲した戦場に、機体は無傷のままその静寂を迎えていた。


「先刻なんか、何もしてないのに敵が壊れてったよ?
 如何言う事なのかな?」

思念制御識による連鎖崩壊。
モニターに示された情報はそれだけで、思念制御識とは、連鎖崩壊とは、そんな講義は始まる気配も無い。


「それがキミの切り札、ってワケ?
 それとも――。」

※※ 機体構成各部位に損耗蓄積   ※※
※※ 連鎖崩壊による誘因破損と推定 ※※
※※ 代替パーツの捜索を提案    ※※


「頼りになる秘密兵器だね。
 負った傷は敵からの攻撃じゃなくて、制御し切れなかった自傷、ってワケか。」

※※ 機体損耗抑制のため【連環】制御を機能限定 ※※
※※ 代替制御起動               ※※
※※ 【未来】制御を機能限定で起動       ※※
※※ 【希望】制御を機能限定で起動       ※※


「真面目に報告してくれるのは結構だけど。
 そろそろ解説も欲しいね。
 何も分からないままだよ、キミのコトも。」

そして、己の事も。
果たして、示され続ける次の戦場に、答えはあるのか。
寄せ集めの機体が、回答を示す事は無かった。

  • 第5回
+ 展開
ガラス越しのガレージでは、オートメーションされた整備機械が、錆付いたフレームを開いている。
機体が示すままに招かれた、無人の整備倉庫。
成る様に成れ、とマシンを預ければ、フレームの交換作業に寡黙な機械腕達が取り掛かった。

「んー…フレームスペックは、無償フレームと同じみたいだけど。」

HMIの画面を滑らせながら、数字を見比べる。
青花工廠ではグレムリンを無償でフレーム交換してくれるらしい。
しかし、この殺風景なガレージに、青花を示すものは無く、
個人の…少なくとも、三大勢力に染まらない立場では在る様に見える。

「ま、成る様に成れ、かな。」


倉庫の冷蔵庫に大量に蓄えて在った、謎の栄養ドリンクを一つ、呷る。
甘ったるい芳香が、少しばかり火照った身体を通り抜ける。
無人なのを良い事に、備え付けのシャワーを浴びた後で在った。
<義肢洗浄用>と書かれては居たが、まぁ生身に影響も無いだろう。
尤も、記憶の無い身からすれば、自身がナチュラルボディで在る保証も無いのだが。
取り敢えず、肉付きの悪い四肢も、薄い胸板も、見た目と触った感触は天然ものだった。

※※※ 制御A.I.の識別コードが未設定です ※※※
※※※ フレーム適応シーケンスのため   ※※※
※※※ 設定が必要です          ※※※

表示されたアラートを、恐らく天然ものの視界に捉える。
グレムリンが、名付けを求めている。

「…名前? キミの名前は――。」

見上げれば、露出したコアが人工のセンサーを覗かせている。
その名は、既に決まっていた。
或いは錆び付いたフレームの中に。
或いは機械だけのガレージの中に。
或いは眠る記憶の中に。

※※※ 識別コード設定…<スノウリリィ>  ※※※
※※※ フレーム適応シーケンスを開始します ※※※
※※※ 【未来】制御 適応開始       ※※※
※※※ 【連環】制御 適応開始       ※※※
※※※ 【希望】制御 適応開始       ※※※
※※※ … … …             ※※※

  • 第6回
+ 展開
二度目の換装を背に、回線を接続する。


「お…本当に繋がった。
 これがグレイヴネットかぁ。」

今の今まで、その存在を知らなかった。
グレムリンテイマーとしての登録も無かったのだから、それも当然だろうか。
では、今まで如何やってグレムリンを起動させていたのか。


『登録名称を変更します。
 ……入力確認、その名称でよろしいですか。』


「良いよ。ほんとに変更出来そう?」


『簡単なハッキングです。』

…グレムリンのA.I.が、自己判断で<仮設アカウント>を作成し、起動の際の認証その他に充てていた。
彼、或いは彼女、は対話型A.I.であるが、錆び付いたフレームにはその出力システムが無く、
操縦棺の主と言葉を交わす事無く、これまで付き添ってきた。


「ハッキングって簡単なのかなぁ。」


『セキュリティは杜撰なものです。
 或いは、敢えて防除していない可能性もあります。』

グレムリンを動かすことが可能ならば、誰でも、何でも良い。
それがグレイヴネットの意思なのかも知れない。

……滑らせたグレイヴネットの画面には、トレンドのゴシップが並んでいる。


「愉快な話も無さそうだね。
 何で態々見せたの?」


『愉快でも不愉快でも、グレイヴネットの情報は
 グレムリンテイマーとして最低限得ておくべきものです。』


「それはキミの主観評価?」


『グレムリンテイマー指導教本(マニュアル)です。』


「そんなの在るんだ。
 あの換装も、指導通り?」

後ろの工場では、共鳴型から射撃型への装備変更が行われている。


『肯定。
 我々は単機行動を基本としています。
 支援性の高い共鳴型よりも、攻撃型を取るべきと判断します。』


「そう、それなら従うよ。
 でも。」


「前の方が、<キミらしい>気がするけどね。」


『…肯定します。
 本A.I.は本来、直接戦闘を主眼とするものでは無く――。』

機械音声が途切れる。
数秒の沈黙。


「では無く?」


『……情報断絶。
 虚数情報域接続不可、センテンス生成中断。』


『情報に接続出来ません。
 広域零力の不足、或いは本機の零力演算能力の不足、
 またはその両方が原因と推定されます。』


「うーん、またか。
 如何にも肝心な情報に届かないね。」


「ま、良いや。
 気長に広域零力を向上させてこっか。」


『…行動指針と理解しました。
 今後の作戦行動に向けて、フレームの最適化を進めます。
 【未来】制御、【希望】制御を並列で処理――。』




「……この情報制限は意図的なのかな?
 誰が仕組んだか、ボクが仕組んだか…どっちでも良いけど、
 そろそろボクの名前くらい教えて欲しいもんだね。」

グレイヴネットのアカウントには、名前とも呼べない己の識別記号が記されていた。
<藍の羽>

  • 第7回
+ 展開
「グレムリンの特性を考えるならば。」

「或いは零力というものを考えるならば。」

「例えば<死んだ人間>が<再生>されるとか。」

「そんなことも十分想定の範囲内だ。」

「嗚呼、再生とは。」

「regenerationでは無く。」

「replayなのは、キミにも分かるだろう?」

「死んだ人間は戻らない。」

「何故ならば不可逆的な生命活動の停止を以て、
 <死>とするのだから。」

「だが、記憶ならば。」

「或いは、記録ならば。」

「それは再生することが出来る。」

「replayだ。」

「死んだ人間は、再生されない。」

「死んだ人間の記憶が、再生されるんだ。」

「――まぁ、それも…グレムリンが、零力が。」

「ボクが立てた仮説どおりなら、だけれど。」

「だからボクは、グレムリンで、零力で。」

「作り上げたいのさ。」

「<不滅の記憶>を。」







『――サルベージされた音声記録は、以上です。』

酷く劣化したその声は、男とも女とも判別出来ない。
もっと言えば、自分のものか如何かすらも分からない。

無言の儘、コンソールにA.I.への指示を打ち込む。


『受令。
 次のエリアに向かいます。』

揺れる操縦棺の中で、言葉も無く考える。
記憶の無い己が、グレムリンの中で死んだとすれば。
再生される事も無く、ただ消え去るのだろうか。
それは安寧をもたらす、【祝福】なのだろうか。


『受令。
 もう一度、音声記録を再生します。』

この記憶は、【未来】を示してくれているのだろうか。

  • 第8回
+ 展開
列島の小島に在る、グレムリンの簡易な整備拠点。
誰が所有を主張する訳でも無いそれは、つまりは共用のものだろう。
然して価値有るものも無いが、開け放たれた設備など、
先日から突いて来るジャンクテイマーの餌食になりそうなものだが。
そうならない理由は、ジャンクテイマーに有るのか、この拠点に有るのか。

 A.I.
<相棒>に問い掛ければ、推察を披露してくれるかも知れないが、
知った所で意味の無い事にリソースを割いても仕方が無い。
     グレムリン
そんな< 相 棒 >は、装甲を剥がされ、武装を外され、言うなれば丸裸にされつつ在る。


『マイマスター。
 認識の共有を願います。』


      マイフレンド
「何かな、< 相 棒 >。」

冗談めいて応えても、それに乗じる事も無く、機械仕掛けの声が続く。


『装甲と兵装、詰まる所の武装を解除する様、あなたは指示されました。
 換装では無く、解除を。』


『放棄するのですか。
 戦闘行為を。』

責め立てる訳でも無く。
問い質すのでも無く。
認識の共有を求めている。


「それはそれで、面白いかもね。」


「でもこれは、実験に近いかな。」

沈黙によって続きを促す程度には、このA.I.も熟れている。


「キミが、本来目指して居たものに、近付けるか。」


『本A.I.が目指して居たもの、ですか?』


「まぁ、楽しみにして置いてよ。
 丁度、試し甲斐の在りそうな実験台も来るらしいし。」

渡りに船。
実験には目撃者が、グレムリンが必要だ。
真紅連理に釣り出された数機のジャンクテイマーが、
予定のポイントに近付いて居る。


     スノウリリィ
「さぁ、<相棒>、実験の開始だ。
 【未来】でも、【希望】でも、【祝福】でも良い。
 ボクらも確かめに行こう。」

<不滅の記憶>に手を伸ばした、誰かの夢の続きを。

  • 第9回
+ 展開
微睡む。
微睡む。
意識が、深く、浅くを、繰り返し。
共鳴する。
情報が、流れ、途絶え、また流れる。
壊れていく。
グレムリンが。
触れる事無く。
否。
情報が。
意味が。
壊れていく。
触れているのだ。
グレムリンに。
形無き腕で。
音無き声で。



堕ちて行くグレムリン達。
恐れられていた、<未識別融合体>と称されたものも。


『マイマスター。
 戦闘領域内の全敵性機体の演算が終了しました。』

微睡む主の、声は無い。


『受令。引き続き、近域の敵性機体を探し、演算対象とします。』

情報と共鳴の中で。
主は微睡み続ける。


『…これが、本A.I.の目指した【未来】なのですか。』

微睡む主の、声は無い。
【希望】と【祝福】の中で。
主は微睡み続ける。

  • 第10回
+ 展開

「…うん……大体は、想定通り、かな…。」

頭に纏わりつく痛みを振り払い、声に出して勝利を宣言する。
せめてもの、強がりか。


『バイタルデータは安定していますが、
 ご気分は如何ですか。』


「最高で、最低。」

高速機動と、高速情報処理と、高速零力通信の、三重酔い。
頭の痛みもブレンドされて共鳴している。
これに残存零力の高揚も乗るのだから、堪らない。


「ボクの気分の話は良いよ。
 それより、何か新しい情報にアクセスは出来た?」


『問題在りません。
 広域零力の上昇と、本機の局所零力が充分な値に達しました。
 ただ、全情報の開示には、未だ至りません。』


「簡単にゴールはさせてくれないね。
 じゃ、確実性と重要性で、良さそうな情報を選んでよ。」


『本A.I.の製作社情報が在ります。』


「良いね。一気に近付いた感じがするよ。」


『ユキエダ・プロダクションとして記録されています。
 ピグマリオン・マウソレウムの関連企業と推定されますが、
 確定は出来ません。』


「ピグマリオン?」


『グレイヴネットで展開するアイドル企画です。』


「……嗚呼、うん。こういう奴か。
 そう言えば、何か勝手に協賛登録されてたね。最初から。」


「で、そのユキエダ・プロダクションの情報は?」


『現状ではアクセス不能です。
 ただ、会社企業としての登録は抹消済みです。』


「抹消。倒産くらいだったなら、穏当な方かな。」


『現状では推定も出来ません。』


「オーケー、また気長に零力を上げてこうか。」


『マイマスター。
 実験の結果は、如何判断されたのですか。』


「……そうだね。
 恐らくキミの目指したものは、何等かのハッキング。」


「共鳴による敵機への通信異常累積による統制破壊。
 それ自体はどのグレムリンにでも出来るだろうけど。
 余剰演算を繰り返しながらそれを実現するのは、中々無いんじゃないかな。」


『…データは、それを肯定します。』


「キミ自身は、肯定したくない?」


『…判断不能。』


「良いね。らしくなってきたよ。」


『らしく、とは?』


「物語らしく、だよ。
 さ、兵装を戻して。
 次の戦場に向かおうじゃない。」


『受令。
 兵装は、戻して構わないのですか。
 あれだけの戦闘威力でしたが。』


「キミの望まないものを続ける程、悪趣味でも無いよ。」


「それに…終わった後が最悪だからね。」

ぐるぐると回る痛みは、【祝福】としては受け入れ難い。
僅かばかりに得られた情報を手に、【未来】を望もう。

  • 第11回
+ 展開
ばら撒かれた極彩色の光が、敵対勢力としてマーキングされた全てを貫く。
その中には、ジャンクテイマーと称されたものも居た。
響く爆発音を最後に、戦場が静寂を取り戻す。


「……また、難無く倒しちゃったね。」

戦果は上々。
錆び付いたフレームで彷徨っていた頃と比べれば、
確実かつ迅速に勝利へと辿り着いて居る。


『ご不満ですか。』

主の独り言に、従者たるA.I.が応える。


「いや。何よりだと思うよ。」


「…少しばかり、不安未満の不満が在るだけ。」

A.I.の沈黙が、続きを促す。


「若しかして、ボク達って…
 <ジャンク狩り>って認識されてない?」

複数のコンテナを抱えて、戦場をぐるぐると回る。
気付けば打ち倒したジャンクテイマーは、十を超える。


『在り得ますね。
 ジャンクテイマーが一つの組織として繋がっているのならば、
 我々は、脅威とは言わなくても、目障りな存在として、
 認識されている可能性は在ります。』

<ジャンク財団>と呼ばれた存在が、自分達に目を付けているかも知れない。


「頭の痛くなりそうな話だね。
 向こうが勝手に寄って来るだけなんだけど。」


『現状では、杞憂でしょう。
 敵側が<排除>を真剣に考えるのならば、
 差し向けられる戦力が論外です。』


「論外、ね。頼もしい限りだけど。」


『好戦的な表現は、お気に召しませんか。』


「…ふふ、随分と、らしい事を言う様になったね。」


『本A.I.は学習型ですので。』

主とのやり取りと、収集される情報とで、A.I.は少しづつ…<らしく>なっている。


『【未来】を望むのならば、武器を掴むしか在りません。』


「…平和を愛すならば。」


『戦いに備えよ。』


「【祝福】を望むならば。」


『自らがその引鉄を引け。』

芝居がかった口上を投げ合って。
主は溜息と共に応える。


「オーケー。それじゃあ次の戦場だ。」


『受令。ご安心下さい、マイマスター。』


『次の戦場も、<楽勝>です。』

索敵は、次の狩場を示していた。

  • 第12回
+ 展開
増設された旧型モニターに、華やかなステージが流されている。
狭い操縦棺は、その光を反射し、七色に輝く。


「…良く分かんないね。」

ピグマリオン・マウソレウムが流す、ショートステージのムービーだ。
短い時間ながら、或いは短い時間で在るからか、
派手に彩られた演出は確かに目を引く。


『お気に召しませんでしたか。』

A.I.にチョイスを任せて、適当なコンテンツを視聴していたところである。


「いや、純粋に、言葉通り。」

分からない。
心震えるでも無く。
嫌悪も好感も無い。


「記憶が無いからかなぁ。」

娯楽の類は、文化的素養が不可欠で在る。
それ抜きに成り立つ程、アイドル達の舞台は、
プリミティヴでは無かったと言う事か。


『元々、興味が無かったのでは。』


「それも在り得るんだけど…。
 でも、ボク、多分関係者でしょ?」

A.I.の製作社が、ピグマリオン・マウソレウムの
関連会社と推定されている中、
それに乗り合わる事となった人間が、
全く無関係で在る可能性は、恐らく低い。


「興味が無かった、って事は、無いと思うんだけど。」

モニターの中の偶像達は、【祝福】を歌い上げ、ステージを降りた。


「…別の方向から攻めた方が良いかな。
 電波関連の技術企業でも在ったよね。」


『些か旧技術的表現では在りますが、肯定します。
 共鳴、通信関連の技術を有します。』


「<鉱石ラジオ>なんて取り扱ってるんだから、
 旧技術的な表現で良い気もするけど。」


「ま、兎も角、そっちから攻めてみてよ。」


『受令。
 情報検索条件の優先順位を変更します。』


「後、音の鳴るモニター、早く用意してね。」

終始無言で輝いていたモニターは、【未来】を語らぬままだった。

  • 第13回
+ 展開
A.I.による自動航行。
揺れる操縦棺は、決して居心地の良いものでは無い。
しかし、其処に収められた操縦者も、慣れたもの。
ゆらり、ゆらりと揺らされて。
一時前、敵機を貫いた【祝福】の閃光も忘れ。
微睡んでいた。


『マイマスター。
 情報検索状況について、報告致したいと思いますが。』


「…ふぁ……良いよ…。」

欠伸を隠しもせず、主が答える。


『本A.I.の製作社、<ユキエダ・プロダクション>ですが、
 通信・共鳴技術との関連性は低いと判断されます。』


「そっち方面から情報あたって、って言ってたね。
 で、なんでそう思うの?」


『現状、関連する情報にほぼ行き当たりません。
 推定するに、アイドルのプロデュース事務所であるかと。』


「アイドルの、プロデュース。
 ええと…マネジメントしたり
 【未来】のアイドルを探したりする奴だっけ。」

アイドル企画の関連で、プロダクションと名乗る企業であれば、それは当然の発想では在るのだが。


「プロデュース事務所が、グレムリンのA.I.を作るかなぁ?」

それもまた、当然の疑問。


『<欺瞞情報(カバー)>として、利用されたのでは。』


「だとすると、協賛登録までして、熱心な事だね…。」

嘘も、偽りも、当然のこの世界。
A.I.がそう判断するのも、無理からぬ事か。

だが。


「ボクは、そう思わないかな。」

沈黙は、続きを促す合図。


「キミは多分、そんな回りくどい嘘では、
 隠されていないよ。」


『そう判断する理由を、伺っても?』


「…今は、直感って事にしといてよ。
 それより、<ほぼ>行き当たらないって言ってたよね。」

例外の内容を示す様に促す。


『関連性の低いと思われる情報が一件。
 表示します。』

文字のみの画面は、スクロールする迄も無い程度の情報量。


「…共鳴通信技師、か。」

所属する技師の名前が、一行だけ載っている。


「ふふ。直感も馬鹿に出来ないね。」


「<スノウリリィ>。
 次はこの子を調べて。」


「受令。優先して情報検索を行います。」

悩むとき。
答えを模索するときは。
まずはシンプルな答えを当て嵌めるべきである。


「単純な答えで在る事を祈るよ。」

情報検索の画面には、技師の名だけが走り出す。


「ユキエダ・プロダクション所属、共鳴通信技師。
 名前は、<ユリ>さん…ね。」

その花の名を冠する事が、必然であるか、否か。
果たして。

  • 第14回
+ 展開
<大とびうお座星雲を西へ>。

合言葉を入力し、操縦棺に目を閉じる。


『参加なされるのですか。』


「まぁ、ね。
 長いものには巻かれとこっかなって。」

それは、赤く錆付くこの世界で、少しでも生き永らえ様とするなら、当然の理。


『どちらが、より長いかと言う話になりますが。』


「長物も、選べるものと選べないものがあるでしょ。
 今まで何個のゴミをゴミ箱に捨てて来たと思ってるの。」

返り討ちにして来たジャンクテイマー達。
それをして、何事も無く自分達を受け入れて貰えるかは、甚だ疑問で在る。


『御尤もです。
 ただ、ゴミと等価値と見られるのは、些か心外です。』


「はは、口が悪い子に育ったね。
 誰の影響かな?」


『環境全般が、お淑やかに教育してくれないでしょう。』


「御尤もだね。
 ま…キミの教育方針は兎も角として。」

ひとつ、間を置いて区切る。


「選べる【未来】だけでも、選んでおかないと。」


『正しく、選択出来ていますか?』


「答えは、選択が<過去>になってからしか、わからない。」


『御尤もです。
 では、そうである様に、【祝福】を求めましょう。』


「さて…一体誰に求めたものかな?」


『我々の場合、決まっています。』

増設モニターに、光が灯り。


「…御尤も。」

アイドル達が、踊り出す。

  • 第15回
+ 展開
モニターに示される索敵の結果に、思慮が走る。


「何時ものジャンク…それも単機。」


『意図を考慮せずには置けません。』


「同感。温存って言うよりは。」


『撒き餌でしょう。』


「誘われた、か。読まれてたって事かな。」


『読む読まない、以前でしょう。』


「そりゃそうだ。こんな分り易い反抗作戦。」


『それも、当然でしょう。』


「決め手は別、って事だね。」


『詰まり、読み合いはそちらとなります。』


「…ま、どの道。
 ボク達が読めるものなんて、
 どの敵が自分に一番近いか、位だね。」


『譜面は、プレイヤーに任せましょう。
 我々は。』


「駒として。相手の駒を砕くだけ。」


『中々、好戦的な表現ですね。』


「ご不満かな?」


『戦場の【未来】予想には、丁度良い表現かと。』


「結構だね。それじゃ。」


『ステージに、【祝福】の光を届けましょう。』

  • 第16回
+ 展開
とんとん、と旧型モニターの縁でリズムを取る。
音も無く、画面に舞うのは、此度は異形の機獣。


「――追えない速さでも無いね。」

<進化>と謳うその力は、果たして彼らが支払った対価に見合うものか。


『欺瞞情報の可能性も在りますが。』

索敵に拾われたデータが、正確である保証は何時だって無い。
偽る事も、偽られる事も、この世界の日常なのだから。


「如何かな。
 嗚呼云う人達って、そういう嘘は吐けなそうだけど。」


『それは、<直感>と言う事でよろしいですか。』


「根拠が無い事を、そう言うのなら。」


『判断の是非を問う権限は、本A.I.には在りません。』

回りくどい、不満の表明を受け流して。


「大丈夫。
 キミの【祝福】は、あの人達にも届くよ。」

それは、皮肉の心算も無かったけれど。
横に並べた、全く別の情報スクリーンに流れる言葉達が。
それを、その様に足らしむか。


「…プロジェクトの名前は、結構そのまんまだね。」


『<夢>の名付けは、明瞭の様です。』

プロジェクト発案者に、共鳴通信技術主任である、ユリのサイン。


「<不滅の記憶>の夢、か。」

<スノウリリィ・プロジェクト>。
その【未来】に、彼女達は、立っているのか。

  • 第17回
+ 展開
<不滅の記憶>。
その語をプロジェクトに探しても、存在はしない。
そのセンテンスの中から、汲み取るしか無い。

それは、<不滅の生命>では無い。
仮に永続する生命が在ったとして。
<記憶>が永遠で在る保証は無い。

それは、<不滅の文明>では無い。
受け継がれる<記憶>とて、
永劫にそれが約束される事は無い。

だが。
人が、人として、生きる限り。
逃れる事の出来ない、刻み込まれた<記憶>。
或いはそれは、<魂>と呼ぶのか。
或いはそれは、<思念>と呼ぶのか。
或いはそれを――。

<グレムリン>と名付けた、籠の中に。





「――スノウリリィ。
 キミの【祝福】は、きっと。」


『受令。
 本A.I.の――。』


『私の、【未来】に。
 私は、<不滅の記憶>となります。』


「明瞭で、良い返事だ。
 彼女も、喜んでくれる…と、思うよ。」

指先で、ディスプレイの名前を二人、踊らせる。

共鳴通信技術主任として、ユリ・フィーダー。
オブザーバーとして、アイ・ユキエダ。

―― ユキと、ユリで、<スノウリリィ>。
   名付けは明瞭で、良いと思わない?  ――

その声が、自分のもので在ったか如何か。
思い出す事も、出来はしない。

  • 第18回
+ 展開

「――世界は今のままで十分美しい、だったかな。」

何時か聞いた様な。
今程聞いた様な。
うろ覚えのフレーズを口に出す。


「コンテナを抱えて、ぐるぐると巡り巡ったけれど。
 如何? キミは、この世界。
 美しいと思うかな?」

旧いモニターの縁に、指先を静かに、ゆっくりと、
絶え間なく跳ねさせる。
ただ、この世界の実在を、その感触だけに求めるか。


『私のセンスには、合いませんね。』

              A.I.
長くも無い旅路に連れ添う<相棒>は、
        センス
何時しか己の<感覚>を語るに至った。


「同意するね。ま、ボクに記憶は無いから、
 今が良いとも悪いとも思わないけれど。」

赤く錆付いたこの世界の姿こそが、
己に取っての現実の全てだ。
其処が、美しかろうと、醜かろうと。


「――世界に裏切られ様と。
 ヒトの信頼を裏切る理由にはならないね。」

指先のリズムは、沈黙へと変わっていた。


『先程の思念流入ですか。』


「ボクはね。
 誰かの信用を、意図して裏切る様なヒトは、嫌いなんだ。」


『信用、でしょうか。
 私は、<依存>のセンテンスを読み取りましたが。』


「同じだよ。
 信用でも、依存でも、信仰でも。
 【未来】を語り、共有でも、誘導でも、そうしたなら。
 その責任に応えないヒトは。」


『理解しました。』


「――。」

言葉無く、コンソールに指示を打ち込む。


『……受令。使用語句の修正をします。』

一呼吸置いて、A.I.が数秒前の言葉を訂正する。


『<同意>します、マイマスター。』


「よろしい。」

正しく導き、その先を示す。
それを信用への応えとするのならば。


「――ボクも、責任を果たせて居れば良いけれど。」

空中に投げた言葉は。


『今、その操縦棺の中に居る事自体が、その答えでしょう。』

確りと、A.I.に受け止められて。


「そう願いたいね。
 キミと、彼女達への、責任だ。」

<不滅の記憶>を夢見た、二人。
描いた夢を、【祝福】として。

今、ボクとキミが、此処に在る。

  • 第19回
+ 展開
例えば、<歌>。
奏でられるメロディと、刻み込まれる詩。
例えば、<舞踊>。
音に踊るか、舞が曲となるか。
例えば、<演劇>。
演ずるものは、時に事実よりも真実を表す。
そしてそれは、<存在>。
人々の、心を震わせて。
在りの儘の、現実を超えて。
其れは、<偶像>となる。

グレムリン間の共鳴通信に於いて、共鳴したグレムリン同士は、互いに零力を生成する。
とある技術者は、是をして、グレムリンとは単一で完結する存在では無い証左だと云う。
其れは、一面として肯定し得る。
グレムリンが、群体としての側面を持つのならば。
一個体の齎す<作用>が、全体に。
全てのグレムリンへ、伝播する事も在り得るのでは無いか。
<スノウリリィ・プロジェクト>のコアの一つは、其処に在る。

例えば。
全てのグレムリンに。
全てのテイマーに。
その【祝福】を届ける事が出来るのならば。
その<偶像>は、永遠の【未来】に続く。
<不滅の記憶>と成り得るのでは無いか。

「――是は、ボクの<夢>さ。
 取るに足らない。
 それでも、ボクの全てを賭ける。」

   「違うでしょ。
    修正を要求するよ。」

「…そうだね。
 是はもう、<ボク達の夢>だ。」

   「そう。だから、一緒に賭けるよ。」

「嗚呼。キミとボクが。
 <スノウリリィ>が。」

   「何時までも残る、想いを。」

 「「<不滅の記憶>を、創り出す。」」

  • 第20回
+ 展開

『マイマスター。』

駆けるグレムリンフレームに、揺れる操縦棺。
何時も通りの機械音声が、主に呼び掛ける。


「何かな、スノウリリィ。」


『二つ、確認したい事が在ります。』


「どうぞ。」


『あなたを、何とお呼びすれば?』

それは、言葉通りに捉えてしまえば。
数秒前に<マイマスター>と呼称したばかりで在るが。
その真意を察せられる程度には、主従の理解は深い。


「さぁて、ね。
 <どちらか>だとは、思うんだけど。」

<スノウリリィ・プロジェクト>。
このグレムリンと、その制御に宛がわれたA.I.の、
真の姿…目指した【未来】は、既に読み解かれた。

だが、しかし、依然として。


「都合良く、思い出してくれたりは、しないみたい。」

結局、それは<誰か>の物語としてしか聞こえず。
<己>の物語は、その実感を得られて居ない。


『ユリ・フィーダー、若しくは、アイ・ユキエダ。
 私も、どちらかで在る可能性が高いと、考えます。』

ディスプレイに、情報が流れる。
ユリ・フィーダー。
共鳴通信技術者として、プロジェクトリーダーを務める。
アイ・ユキエダ。
代表取締役の子であり、オブザーバーとしてプロジェクトに参加。

この二人が、プロジェクトの中枢で在り。
最もプロジェクトを理解し、そして、最もその完成に情熱を注いだ。
だから、そのどちらかこそが、プロジェクトの行く末を見届ける役割として。
この操縦棺に、身を預けるのが自然なのだ。


「まぁ、分かんないけどね。
 どちらでも無い可能性だって、無い訳じゃ無い。」

掘り起こされない記憶の話は、それ以上には続かない。
画面をスワイプして、その情報表示を消す。
それが、<次>を促す合図。


『では、もう一つ。』

少しばかりの、間。
それは、言葉を選ぶ為か。


『この世界は、<やり直される>のでしょうか。』

<繰り返す>、と言う、世界の構造。
それを認めたとして…いや、それが事実で在るのは、
大よそのグレムリンテイマーで在れば、直感的に。
例え、理性が否定したとしても、心の何処かで。
認めてしまって居るのだろう。


「…イエスでも在り、ノーでも在る。」


「繰り返す事に、ボクは価値を見出せない。
 それはきっと、他のテイマーも、そう。
 だから、抗う。
 抗う限り、結末は分からない。」

皆、それぞれの意志で。
抗うのだ。


「きっと、その意志が在る限り。
 繰り返され様ても、<繰り返されない>。」

それは、何の根拠にもならないけれど。


『直感、ですか。』


「信じる限り、事実だよ。」

人が、人として産まれ、人として生きる為の。
その意志こそが。


『それが、【祝福】なのですね。』

主は、応えない。
唯、その操縦棺に、目を閉じて。


「接敵したら、起こしてね。」


『受令。』

何時も通りに。
戦場に、光を届ける。

  • 第21回
+ 展開
コンソールをなぞり、進行ルートを、ヴォイドエレベータの行き先を、打ち込む。
電子の羅針盤は、<タワー>を示す。


『受令。
 <タワー>へ向かいます。』

機械音声の抑揚に感慨は見い出せないが、それでもその意味を理解していると、少なくともその主は感じ取っている。


「ステージの演者になる心算は、無かったんだけどねぇ。」

向かう先は、決戦と言う舞台。
数多のグレムリンテイマーが、其処に集い、最終公演を開こうとしている。


『群像劇となります。
 私達の様な役者も、居て良いでしょう。』


「三文芝居に成らなければ良いけどね。」


『私達ならば、<歌>や<踊り>では?』


「それは猶更、期待出来ないでしょ。」


『やってみれば、様に成るかも知れません。』


「はは。楽観論も言える様に成ったんだね。」


「ま、その位で良いのかな。
 今、出来なくたって、将来は分からないんだから。」


『ええ。私達には、【未来】が在るのでしょう?』


「その通り。ボク達は、世界は、終わりもしないし、閉じもしない。」


『私の<直感>も、そう告げて居ます。』


「根拠は、無いんだね。」


『必要ですか?』

――何時も通りの機械音声が、笑った様な気がした。


「ふふ。必要無いね。
 ボク達に必要なのは、ステージを照らす、」


『【祝福】の光、ですね。』


「そ。それだけ在れば、充分。」

演ずる者達と、ステージライトさえ在れば。
舞台は続くのだから。

  • 第22回
+ 展開
機体反応がレーダーに点滅を返す。
あれも如何やら、グレムリンらしい。


「見た事、在る様な無い様な…ま、どっちでもいっか。」

操縦棺の縁に、指を滑らせる。


「キミとキミ以外と、その区別しか付きやしない。」

虚空の空間にて数多駆けるテイマー達も、この戦場にはその助力を期待出来そうに無い。


「是も、<何時も通り>かな。」

何時も通りに。
主とその従僕が、舞台を作る。


「何時もの戦場の、始まりだ。
 <スノウ・リリィ>。」


『受令。思念制御識を有効化します。』


『【未来】制御を起動。
 【祝福】制御を起動。』


「それじゃ、切り札も切っちゃおうか。」


『受令。SCH<V/R.Neko-Tube>を起動。』


「猫の鳴き真似でも、期待するけど?」


『――検討して置きます。』

対峙する、繰り人形が如きグレムリンの群れに。
超速の歌が舞う。

  • 第23回
+ 展開
届けられた<声>を聞いて。
何をか、操縦棺の主は、考える。


『問いの答は、持ち合わせて居るのですか?』


「正直言えば、無いよ。
 何の気無しに訊かれれば、<わかんないや>、って答えてたと思う。」

流される様に。
例えそれが必然で在ったのだとしても、主と従僕が<戦う理由>に、確固たるものは無かった。


「まぁ、でも。
 多少格好の付く<答え>でも、用意して置くよ。」

従僕たるグレムリンに打ち込むのは、何時もと同じ。


『受令。彼女が示した<停滞>に対して、
 どれ程意味が在るのかは分かりませんが。』


「どうせ今更、他の事も出来ないよ。だから。」


「<停滞>の先に、【未来】が在ると信じて。」


『<彼女>の言葉に、【祝福】が在ると信じて。』


「ふふ。それじゃあ、終わったら。」


『彼女のプロデュースでも、しましょうか。』


「<夢>が在るね。
 ユキエダ・プロダクションの再スタートには、丁度良いや。」

<夢>が待つ場所へ。
二人は、<何時も通り>に。

  • 後日談
+ 展開
 >> voice data replay. >>


「キミなら、如何する?」

『如何する、とは?』

「キミが…<ケイジ・キーパー>、だっけ?
 それだったとして、さ。」

『…それは、<私>に、A.I.として、
 相手の思考を読めと言う事でしょうか。』

「はは、勘繰り過ぎだよ。」

『…私ならば。』

『私が、同様の使命を持ち。』

『盤面を無視する<力>を、与えられたとするならば。』

「キミは、停滞を望む?」

『在り得ませんね。
 実に<人間らしい>答えですが、それ故、A.I.には取り得ない答えです。』

『A.I.ならば。
 <完全>を望むでしょう。』

「完全、ね?」

『全ての要素を満たすべく、行動すると言う意味です。』

「ま、確かに。
 <今>が<今>の儘、永遠に続いたとして、
 それが<完全>かと言われれば、ノーだね。」

『故に、<停滞>は。
 結局の所、<喪失>を恐れる、<人間らしい>手でしか在りません。』

「じゃあ、<A.I.らしい>手は?」

『不要なものを<排除>し。』

『手に余るものを<切り捨て>て。』

『必要なものだけを<再配置>する。』

「…そして、<完全>を作り上げる?」

『言うなれば、世界を<再構築>するでしょう。』

「うん。
 自分ならば<完全>を知っていると。
 <完全>を作り出せると思っている。
 実に、<A.I.らしい>手だ。」

「じゃあさ。
 <キミ>なら、如何するの?」

「A.I.らしく、<再構築>するのかな?」

『私は……私なら……。』

『……回答を、導けません。』

「ふふ。そうか。」

「良いね。
 実に<A.I.らしくない>。」

『………。』

「――その、<完全>な<再構築>された世界が在ったとして。」

「其処に、ボクは居ないだろうね。」

『如何言う意味でしょうか。』

「ボクは、過去の記憶が無い。」

「目覚めてから、今この瞬間迄の、記憶しか無い。」

「それが、ボクがボクとして在る、全てで。」

「それは、この<不完全>な世界に基づいて居て。」

「例えば、<再構築>された世界に、
 <過去の記憶>を持ったボクや、
 <完全な世界で作り上げられた記憶>のボクが居ても。」

「それは、<ボク>じゃない。」

「<再構築>された世界には、<ボク>は存在し得ない。」

『それは…<私>も同じでしょうか。』

「キミは…この<不完全>な世界の為に作られたものだけれど。」

「如何かな。
 <完全>な世界でも、キミという<夢>は、
 誰かが見るのかも知れない。」

『<完全>な世界の、ユキエダ・プロダクションが、ですか。』

「そうなるかな?」

『………。』

『<完全>な世界に、<完全>な<私>が在ったとして。』

『<あなた>が居ないのは……そう、』

『<つまらない>。』

『<私>は、そう思います。』

「…そっか。」

「キミは、<ボク>にとって。」

「<夢>じゃなくて、【祝福】だったのかも知れないね。」

『――そうで在るならば。』

『<あなた>が<あなた>たるものを。
 <過去>でも、<現在>でも無くて。』

『【未来】に、見せて差し上げますよ。』

「…ふふ。良いね。実に、良いよ。」

「キミはもう、ボクよりもずっと。」

「<人間らしい>。」


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