湯川事件

⚠︎この記事は,不謹慎な内容を含みます。

湯川事件とは,1988年に塔野高速鉄道判ノ谷線湯川駅で発生した事件である。

概要


1988年3月6日,塔野高速鉄道判ノ谷線の判ノ谷〜真砂間が新線に切り替えられた。これによりこの区間の表定速度は向上したが,湯川駅の位置が変更されたため,旧湯川駅周辺の住民には不評だった。翌3月7日(月)5時14分頃,真砂商栄行きの普通列車3列車(当該は2700系2703F)が湯川駅に到着する際に,車両に放火される事件が起こった。放火には酸化鉄(Ⅲ)とアルミの粉末を重油で練ったテルミット剤が使用された。2700系は地下鉄直通も計画されていた2000系の派生車両のため難燃性には優れていたが,テルミット反応の高熱により外板のステンレス鋼にも穴が空いた。またこれにより1両目のモハ2703と2両目のモハ2804の間の貫通扉が溶接されたような状態となった。これにより1,2号車間が通り抜け不可能となったが,車掌の誘導により2〜6号車の乗客は避難できた。1号車の乗客については前部貫通路経由で避難した。犯人の40代男は最初は避難を拒否したが,6時7分頃に連行された。

その後


この事件で乗客・乗員138名(含犯人)のうち37名が負傷した。被災車両の撤去は8時頃には完了し,10時より運転再開したが,湯川駅は通過措置となった。この状態は3月12日まで続いた。3月13日から運転が再開された。被災車両のモハ2703とモハ2804は暫く休車状態が続いていたが,原価償却期間の終了する1995年3月31日付けで廃車された。代替としてモハ2713とモハ2814が1989年1月18日付けで新製された。