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【神の思し召し】-前編-
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フォルセナ大陸北部を流れる大河セヴァン川を北に渡ると、急激に気温が下がる。
容赦なく体に吹きつける北風に震えながら、エストレガレス帝国の騎士ミラは見張り塔の上に立っていた。塔の北には森が広がり、その森の東にある小さな湖がきらきらと冬の陽光を反射している。
ここは帝国領最北端に位置するジュークス城。
ほんの数週間前、アルメキア王国は王国軍総帥ゼメキスのクーデターによって崩壊した。ゼメキスは新たにエストレガレス帝国を興し、王国領はほぼそのまま帝国の領土となっている。
「姉さん、あたたかいごはんを作ったわ。台所にありますから食べてくださいな」
階下から上がってきた少女がミラに声をかけた。ミラの妹、ミレだ。二人は双子の姉妹。もともとはアルメキアの名門ベルフェレス家の生まれだが、大陸に古くから存在する双子を忌み嫌う慣習のせいで、家名は没落。成長し、騎士となった二人は家名の再興を誓ったものの仕官することもままならなかった。しかし、古い慣習を気にしないゼメキスが皇帝となったお陰でついに仕官がかない、今、ジュークス城の防衛という任務についているのだ。
「ありがと、ミレ」
ミラは妹に礼を言い、それから「ところで、彼は?」と尋ねた。
「まだ寝ていらっしゃるみたい」
ミレは微笑みながら答える。
(人が寒い思いをして働いてるってのに、まだ寝てるですってぇ?)
その言葉を聞いて、ミラは猛烈に腹が立ってきた。
彼、というのはこの城を守っているもう一人の騎士、神官騎士団員フィエールのことだ。ジュークス城は神官騎士団が守っていたが、主だったメンバーはクーデター後の混乱を収める名目で王都ログレスに戻っている。一人残ったフィエールはミラたちのお目付け役とも言えるが、ふたりはジュークス城に来てから、この騎士にこきつかわれっぱなしだった。おまけに今日も彼は自分だけ働きもせずに眠りこけているという……。
ミラは急に真面目に見張りをしているのが馬鹿らしくなった。
「ミレ、せっかくだから一緒にご飯を食べよう」
ミラは見張りを交代しようとする妹に言った。
「でも、そんなことしたら、見張りが……」
「どうせこの一年、ノルガルドの奴らは動いていないんだし、ちょっとぐらい見張りがいなくたって変わりないって」
そう言うと、ミレの返事も待たずほとんど妹を引きずるようにして見張り塔を後にした。
「ったく、何から何まで全部ひとに押し付けてくれちゃって。なにが、神の思し召し、よ! 断言してもいいわ。あいつ、絶対に神様なんて信じてない!」
ミラは台所に向かいながら、ミレにこれまでのうっぷんをぶちまける。
「でもわたしたちが双子だということを気にしないあたり、よい方だと思うけどな」
ミレはミラの言葉を受け流すように柔らかく答えた。
「彼なら例えわたしたちが人間じゃなくても気にしないに決まっているわ」
ミラがそう言いながら台所に通じる扉に手を伸ばしたところで、突然扉が開いた。
「誰が、何を気にしないって?」
中からあくびをしながら現れた男は、件のフィエールだ。
「おはようございます。フィエールさん」
ミレはにっこり笑ってあいさつ。
「ずいぶん遅いお目覚めですね」
ミラは眉間にしわを寄せながら、冷たくそう言ってやる。
「おはよう、お嬢さん方。ところで俺も飯を食いたいんだがな」
フィエールはミラの態度にも頓着せずに、食事の催促をした。
ミラにとって、フィエールと共に食事をすることは楽しいことではなかったので、彼女は一人黙々と食べ物を口に運んだ。ミレとフィエールだけが、会話をかわす。
「フィエールさんは、こちらには長くいらっしゃるんですか?」
ミレが尋ねた。
「まあ、そうだな。でもその間に都でクーデター。ここの所有国も変わって、俺も気付かぬうちに帝国の騎士って訳だ」
フィエールはそう答えて笑う。
「なにそれ。じゃ、ここがノルガルドに占領されたら、あなたはノルガルドの騎士になるの?」
フィエールのあまりの無責任さにミラは思わず口を挟んでしまう。しかしフィエールは動じた様子もなく、あっさり「そうかもしれん」と答えた。
「いい加減ね」
とミラ。
「すべては神の思し召しってね」
歯にひっかかった肉をほじくりながら、フィエールは彼の口癖とも言える言葉を口にし、それから。
「あんたらだったらどうすんだ?」
と、ミレに聞いた。ミラは答えなくていいわよ、と小さく首をふってみせたが、残念ながらミレには通じなかった。
「わたしたちは双子ですから……帝国以外に受け入れてくれる国なんてきっとありません」
「選択の余地なしってことか、大変だな」
働きもしないフィエールの同情するような言葉に、ミラはまた腹が立った。
「同情なんてしないで。わたしたちは双子であることを誇りに思っているんだから!」
思わず立ちあがって、そう叫ぶ。
「姉さん!」
あわててミレがたしなめ、「すみません」とフィエールに謝った。
「ま、事情は人それぞれってことだな。じゃ、おふたりさん、食事はこれまでだ。俺はもうちょっと休むから、後片付けはよろしく」
フィエールは何事もなかったかのようにそう言って席を立ち、扉へと向かった。そして扉をくぐる直前振りかえって二人にこう言った。
「午後の見張りはしっかりやってくれ。二人一緒に休まれちゃ見張りにならんからな」
ガンッ、ミラが椅子を蹴る音が部屋に響いた。
だがその日の午後、二人が見張りで苦労することはなかった。ミラが見張り塔に戻った途端、遥か北方の空に何体ものモンスターが飛び交う姿が見えたのだ。野生のモンスターであろうはずがない。
一年の沈黙を破って、虎狼の国ノルガルドがついに動いたのだった。
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【神の思し召し】-前編-
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フォルセナ大陸北部を流れる大河セヴァン川を北に渡ると、急激に気温が下がる。
容赦なく体に吹きつける北風に震えながら、エストレガレス帝国の騎士ミラは見張り塔の上に立っていた。塔の北には森が広がり、その森の東にある小さな湖がきらきらと冬の陽光を反射している。
ここは帝国領最北端に位置するジュークス城。
ほんの数週間前、アルメキア王国は王国軍総帥ゼメキスのクーデターによって崩壊した。ゼメキスは新たにエストレガレス帝国を興し、王国領はほぼそのまま帝国の領土となっている。
「姉さん、あたたかいごはんを作ったわ。台所にありますから食べてくださいな」
階下から上がってきた少女がミラに声をかけた。ミラの妹、ミレだ。二人は双子の姉妹。もともとはアルメキアの名門ベルフェレス家の生まれだが、大陸に古くから存在する双子を忌み嫌う慣習のせいで、家名は没落。成長し、騎士となった二人は家名の再興を誓ったものの仕官することもままならなかった。しかし、古い慣習を気にしないゼメキスが皇帝となったお陰でついに仕官がかない、今、ジュークス城の防衛という任務についているのだ。
「ありがと、ミレ」
ミラは妹に礼を言い、それから「ところで、彼は?」と尋ねた。
「まだ寝ていらっしゃるみたい」
ミレは微笑みながら答える。
(人が寒い思いをして働いてるってのに、まだ寝てるですってぇ?)
その言葉を聞いて、ミラは猛烈に腹が立ってきた。
彼、というのはこの城を守っているもう一人の騎士、神官騎士団員フィエールのことだ。ジュークス城は神官騎士団が守っていたが、主だったメンバーはクーデター後の混乱を収める名目で王都ログレスに戻っている。一人残ったフィエールはミラたちのお目付け役とも言えるが、ふたりはジュークス城に来てから、この騎士にこきつかわれっぱなしだった。おまけに今日も彼は自分だけ働きもせずに眠りこけているという……。
ミラは急に真面目に見張りをしているのが馬鹿らしくなった。
「ミレ、せっかくだから一緒にご飯を食べよう」
ミラは見張りを交代しようとする妹に言った。
「でも、そんなことしたら、見張りが……」
「どうせこの一年、ノルガルドの奴らは動いていないんだし、ちょっとぐらい見張りがいなくたって変わりないって」
そう言うと、ミレの返事も待たずほとんど妹を引きずるようにして見張り塔を後にした。
「ったく、何から何まで全部ひとに押し付けてくれちゃって。なにが、神の思し召し、よ! 断言してもいいわ。あいつ、絶対に神様なんて信じてない!」
ミラは台所に向かいながら、ミレにこれまでのうっぷんをぶちまける。
「でもわたしたちが双子だということを気にしないあたり、よい方だと思うけどな」
ミレはミラの言葉を受け流すように柔らかく答えた。
「彼なら例えわたしたちが人間じゃなくても気にしないに決まっているわ」
ミラがそう言いながら台所に通じる扉に手を伸ばしたところで、突然扉が開いた。
「誰が、何を気にしないって?」
中からあくびをしながら現れた男は、件のフィエールだ。
「おはようございます。フィエールさん」
ミレはにっこり笑ってあいさつ。
「ずいぶん遅いお目覚めですね」
ミラは眉間にしわを寄せながら、冷たくそう言ってやる。
「おはよう、お嬢さん方。ところで俺も飯を食いたいんだがな」
フィエールはミラの態度にも頓着せずに、食事の催促をした。
ミラにとって、フィエールと共に食事をすることは楽しいことではなかったので、彼女は一人黙々と食べ物を口に運んだ。ミレとフィエールだけが、会話をかわす。
「フィエールさんは、こちらには長くいらっしゃるんですか?」
ミレが尋ねた。
「まあ、そうだな。でもその間に都でクーデター。ここの所有国も変わって、俺も気付かぬうちに帝国の騎士って訳だ」
フィエールはそう答えて笑う。
「なにそれ。じゃ、ここがノルガルドに占領されたら、あなたはノルガルドの騎士になるの?」
フィエールのあまりの無責任さにミラは思わず口を挟んでしまう。しかしフィエールは動じた様子もなく、あっさり「そうかもしれん」と答えた。
「いい加減ね」
とミラ。
「すべては神の思し召しってね」
歯にひっかかった肉をほじくりながら、フィエールは彼の口癖とも言える言葉を口にし、それから。
「あんたらだったらどうすんだ?」
と、ミレに聞いた。ミラは答えなくていいわよ、と小さく首をふってみせたが、残念ながらミレには通じなかった。
「わたしたちは双子ですから……帝国以外に受け入れてくれる国なんてきっとありません」
「選択の余地なしってことか、大変だな」
働きもしないフィエールの同情するような言葉に、ミラはまた腹が立った。
「同情なんてしないで。わたしたちは双子であることを誇りに思っているんだから!」
思わず立ちあがって、そう叫ぶ。
「姉さん!」
あわててミレがたしなめ、「すみません」とフィエールに謝った。
「ま、事情は人それぞれってことだな。じゃ、おふたりさん、食事はこれまでだ。俺はもうちょっと休むから、後片付けはよろしく」
フィエールは何事もなかったかのようにそう言って席を立ち、扉へと向かった。そして扉をくぐる直前振りかえって二人にこう言った。
「午後の見張りはしっかりやってくれ。二人一緒に休まれちゃ見張りにならんからな」
ガンッ、ミラが椅子を蹴る音が部屋に響いた。
だがその日の午後、二人が見張りで苦労することはなかった。ミラが見張り塔に戻った途端、遥か北方の空に何体ものモンスターが飛び交う姿が見えたのだ。野生のモンスターであろうはずがない。
一年の沈黙を破って、虎狼の国ノルガルドがついに動いたのだった。
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