「どうした、それで終いか?」
六爪を軽く振りながら岩に片足を乗せ、政宗は笑った。
凄惨な光景だが、手に持っているのが木刀六爪流なのでどこか笑いを誘う。
「筆頭は今日もバリバリっすね」
ぼろぼろになった足軽が恍惚とした表情でつぶやいた。政宗直々の調練は久しぶりだ。
政宗一人に対し歩兵が千人ばかり打ちかかっている最中なのだが、政宗の鬼気迫る勢いに押されまくっている。死人が出るようなことはないが、心をベコベコにへこまされ「もう勘弁してほしいっス」と泣き出すものが後を絶たない。
「でも、なんつーか……」
片倉小十郎が政宗に詰め寄り、何か説教をしている。兵を本気で潰すな、とかそんなことを言っている。
話を聞こうとしない政宗の背中は頑なで、小十郎を拒んでいるように見えた。
「政宗様、これは調練なのですぞ。兵の心を養い、体を強くするためのものです!完膚なきまで叩きのめして、いざというときどうなさるおつもりか!」
「Ha! 弱いヤツから死んでくのが戦ってもんだろうが。戦で死ぬヤツは調練でも死ぬ。俺にビビるようなヤツは、戦じゃ使えねぇってこった」
「皆が政宗様についていきたいと思っているのです! 皆から離れては……政宗様!」
槍を持った兵士に斬り込もうとする腕をつかんだ。政宗は咄嗟に小十郎から離れた。
一瞬蒼ざめた顔色は、すぐに元に戻った。軽く頭を振り、兜を抑える。
「……チ、分かったよ。手加減してやるよ」
政宗は小十郎に背中を向け、木刀で斬り込んでいった。
鮮やかな雷光が弾け、足軽の体が吹き飛んだ。
小十郎は手を見た。政宗が拒んだ手。
肌に刻み込まれた恐怖の記憶は、いまだ政宗を苛んでいる。
小十郎が政宗を穢し、三月になる。
僅かに距離は置かれたが、一の臣下であることに変わりはない。
政宗は幸村と逢うことをやめた。奥州を統一し、さらなる飛躍を目指し軍備の強化に励んでいる。
それは、ぴんと張った糸に似ていた。ほんの少し刃を添えるだけでたやすく切れる。
元々白かった肌は蒼白といってもよく、明らかに痩せた。やつれたといったほうが正しいだろう。
自然、体力も落ち体も萎えている。
上がった息を整え、政宗は木刀を軽く振った。汗で滑り、カランと音を立てて木刀が落ちる。
「今だ!」
兵長が指示を飛ばす。政宗を取り囲んでいた足軽たちが一斉に襲い掛かるが、政宗が木刀を拾い打ち込む方が速かった。おお、とあちこちで感嘆の声が上がった。
「どーした、もっとかかって来い!!」
政宗が声を荒げた。しかし上がった息では次の言葉が出てこない。
「政宗様、そろそろ終いになされませ!」
「まだだ」
荒くなった息を整え、政宗は木刀を杖代わりして立った。ぐらり、と体が傾ぐ。
「政宗様!」
「まだだ!」
木刀を構える。腕が六爪を支え切れず、だらりと下がった。兵士たちは怯えたように政宗からやや離れて円を作った。
「政宗様は、まるでご自分の体をいたぶっておられるようですな」
誰かがつぶやいた。小十郎が振り返ると、伊達成実がいた。
「いたぶる?」
「左様。己に鞭を打ち、刃を立て、暗に己を滅そうとされているような。そのような気がいたします」
「己を……滅す……」
「遠回りな自害とでも言うべきですかな。ともかく、そろそろお止めいたしましょうか」
「あ、ああ」
調練で大将を失うような愚行があってはならない。
小十郎は成実の言葉に頷き、止まろうとしない政宗の腕をつかんだ。
今度は離れないよう、強くつかむ。政宗の顔色が明らかに変わったが、引き寄せて肩をつかんだ。
「いい加減になされませ! 調練というものは怠れば滅びますが過ぎても滅ぶというもの!
それに、政宗様の今の行いは調練ではありませぬ!」
「説教は聞き飽きたぜ小十郎」
「少しは聞く耳を持って頂きたく」
「はっきり言えよ」
睨みあげてくる、鋭い目。小十郎を咎めるような眼光に、小十郎は呑まれた。
政宗の眼光は鋭い。元々人を殺せそうな眼光だったが、最近は鋭さが病的になってきている。
政宗は小十郎と成実を見比べ、木刀を腰に差した。ぼろぼろになった足軽たちが、明らかに安堵の息を漏らした。
意外と大きな音になったそれを聞き、政宗は決まりの悪そうな顔になった。
「今日はこれくらいにしておいてやるよ。小十郎、後始末は頼むぜ」
「は」
小十郎は頭を下げ、政宗たちに背を向けた。
六爪を軽く振りながら岩に片足を乗せ、政宗は笑った。
凄惨な光景だが、手に持っているのが木刀六爪流なのでどこか笑いを誘う。
「筆頭は今日もバリバリっすね」
ぼろぼろになった足軽が恍惚とした表情でつぶやいた。政宗直々の調練は久しぶりだ。
政宗一人に対し歩兵が千人ばかり打ちかかっている最中なのだが、政宗の鬼気迫る勢いに押されまくっている。死人が出るようなことはないが、心をベコベコにへこまされ「もう勘弁してほしいっス」と泣き出すものが後を絶たない。
「でも、なんつーか……」
片倉小十郎が政宗に詰め寄り、何か説教をしている。兵を本気で潰すな、とかそんなことを言っている。
話を聞こうとしない政宗の背中は頑なで、小十郎を拒んでいるように見えた。
「政宗様、これは調練なのですぞ。兵の心を養い、体を強くするためのものです!完膚なきまで叩きのめして、いざというときどうなさるおつもりか!」
「Ha! 弱いヤツから死んでくのが戦ってもんだろうが。戦で死ぬヤツは調練でも死ぬ。俺にビビるようなヤツは、戦じゃ使えねぇってこった」
「皆が政宗様についていきたいと思っているのです! 皆から離れては……政宗様!」
槍を持った兵士に斬り込もうとする腕をつかんだ。政宗は咄嗟に小十郎から離れた。
一瞬蒼ざめた顔色は、すぐに元に戻った。軽く頭を振り、兜を抑える。
「……チ、分かったよ。手加減してやるよ」
政宗は小十郎に背中を向け、木刀で斬り込んでいった。
鮮やかな雷光が弾け、足軽の体が吹き飛んだ。
小十郎は手を見た。政宗が拒んだ手。
肌に刻み込まれた恐怖の記憶は、いまだ政宗を苛んでいる。
小十郎が政宗を穢し、三月になる。
僅かに距離は置かれたが、一の臣下であることに変わりはない。
政宗は幸村と逢うことをやめた。奥州を統一し、さらなる飛躍を目指し軍備の強化に励んでいる。
それは、ぴんと張った糸に似ていた。ほんの少し刃を添えるだけでたやすく切れる。
元々白かった肌は蒼白といってもよく、明らかに痩せた。やつれたといったほうが正しいだろう。
自然、体力も落ち体も萎えている。
上がった息を整え、政宗は木刀を軽く振った。汗で滑り、カランと音を立てて木刀が落ちる。
「今だ!」
兵長が指示を飛ばす。政宗を取り囲んでいた足軽たちが一斉に襲い掛かるが、政宗が木刀を拾い打ち込む方が速かった。おお、とあちこちで感嘆の声が上がった。
「どーした、もっとかかって来い!!」
政宗が声を荒げた。しかし上がった息では次の言葉が出てこない。
「政宗様、そろそろ終いになされませ!」
「まだだ」
荒くなった息を整え、政宗は木刀を杖代わりして立った。ぐらり、と体が傾ぐ。
「政宗様!」
「まだだ!」
木刀を構える。腕が六爪を支え切れず、だらりと下がった。兵士たちは怯えたように政宗からやや離れて円を作った。
「政宗様は、まるでご自分の体をいたぶっておられるようですな」
誰かがつぶやいた。小十郎が振り返ると、伊達成実がいた。
「いたぶる?」
「左様。己に鞭を打ち、刃を立て、暗に己を滅そうとされているような。そのような気がいたします」
「己を……滅す……」
「遠回りな自害とでも言うべきですかな。ともかく、そろそろお止めいたしましょうか」
「あ、ああ」
調練で大将を失うような愚行があってはならない。
小十郎は成実の言葉に頷き、止まろうとしない政宗の腕をつかんだ。
今度は離れないよう、強くつかむ。政宗の顔色が明らかに変わったが、引き寄せて肩をつかんだ。
「いい加減になされませ! 調練というものは怠れば滅びますが過ぎても滅ぶというもの!
それに、政宗様の今の行いは調練ではありませぬ!」
「説教は聞き飽きたぜ小十郎」
「少しは聞く耳を持って頂きたく」
「はっきり言えよ」
睨みあげてくる、鋭い目。小十郎を咎めるような眼光に、小十郎は呑まれた。
政宗の眼光は鋭い。元々人を殺せそうな眼光だったが、最近は鋭さが病的になってきている。
政宗は小十郎と成実を見比べ、木刀を腰に差した。ぼろぼろになった足軽たちが、明らかに安堵の息を漏らした。
意外と大きな音になったそれを聞き、政宗は決まりの悪そうな顔になった。
「今日はこれくらいにしておいてやるよ。小十郎、後始末は頼むぜ」
「は」
小十郎は頭を下げ、政宗たちに背を向けた。




