錆びた刀が突き立てられた土饅頭を見つけ、幸村は明かりを置いて膝を折った。道すがら摘み取った花を添え、手を合わせる。
荼毘に付されることなく埋葬されたと聞いたせいか、腐ったような、貧しい土の臭いを強く嗅ぐ。それは書状についた臭いに似ていた。
「神仏じゃねーんだ。長く拝んでも願いは叶わねぇぞ」
びく、と肩が震えた。恐る恐る振り返ると、生きている方の政宗が立っていた。
じゃり、と土を噛む音をさせながら近づいてくると、隣にしゃがみ込んで手を合わせる。
横顔を見る。湯を使った後だからか頬が上気している。いい匂いがした。
幸村は墓前であることを思い出して我に返り、土饅頭に向かって手を合わせてから立ち上がった。
「なんで、急に墓所を訪ねた?」
「……蛍に呼ばれました」
「蛍、ねぇ。ちょうどいい、蛍狩りしながら帰るか」
手を取られる。それだけで心臓が跳ねた。
節ばった、男のような手。どこか柔らかいのは女だからだろうか。握り返すとはにかんだような笑みを返された。
「蛍といえば、昔、一所懸命集めたな」
「集める、とは」
「蛍雪の功って言葉があるだろ。あれをやりたくて」
貧しい男が蛍の光や窓辺の雪を明かり代わりに勉学に励んだという、古の明国の逸話だ。
「頭が良くなるような気がして。それで、兄上や小十郎や成実を巻き込んで、夜中に城を抜け出して、ここらの蛍を捕まえようとして」
「勉学に励まれたのですか?」
「川に落ちた」
ものすごい話の落ちに、幸村は吹き出した。
「夜の川だからな。大した深さじゃないけど怖くて怖くて。べそかいて城に戻った」
「……それで」
「父上からは怒られるわ、虎哉禅師(史実における政宗の教育係)からは寺の草むしり命じられるわで散々だったな。
あれ以来、蛍の話題になるとからかわれて……って、聞いてんのか」
「も、もちろん」
べそをかきながら小十郎に手を引かれている政宗の姿をどういうわけか今の姿かたちで思い浮かべてしまい、笑いが収まらない。
小さい頃の話だから、可愛らしい姫君と小姓を思い浮かべるべきなのだが、どうも想像がつかない。
「もういい。帰る」
手が離れた。肩を怒らせて遠ざかる背中を追いかける。
ふ、と光が横切った。淡い光がいくつか草の陰に輝いている。儚く移ろい、異性を求める光。
なんと甘くかそけき光か。
政宗の足が止まった。蛍を眺める端整な横顔。眼帯を外し、両の目で光を追いかけている。
「綺麗だな」
掠れた声。
「左様でござるな」
手を取り、強く握り込む。
「……子を、産むということは、伊達が滅びるやもしれぬということにござる」
「けど、riskを怖がってたら伊達が滅びる。俺がババァになってからじゃ遅いだろ。もう……怖がるのはやめた」
「某で、よろしいのですか。父と名乗れず、敵将として首を狙う某でも」
「上等」
見上げて、笑う。
甘さの欠片もない竜の眼差し。人を食らう笑み。
「恐れはないのですか」
「言っただろ? riskはつきもんだ。それに、自分から進んで家を潰す当主なんているわけねぇだろ」
何故。
姫のままではなかったのだろう。
甲斐へ、上田へ来られないのだろう。
このまま攫ってしまおうか。それとも彼女の口から上田へ来たいと言わせようか。
国を滅ぼしてまで貫くほどの価値があるのか。
互いに後悔する道を選ぶほど、幸村は愚かになれない。
けれどまっとうな解答を出せるほど聡くもなかった。
荼毘に付されることなく埋葬されたと聞いたせいか、腐ったような、貧しい土の臭いを強く嗅ぐ。それは書状についた臭いに似ていた。
「神仏じゃねーんだ。長く拝んでも願いは叶わねぇぞ」
びく、と肩が震えた。恐る恐る振り返ると、生きている方の政宗が立っていた。
じゃり、と土を噛む音をさせながら近づいてくると、隣にしゃがみ込んで手を合わせる。
横顔を見る。湯を使った後だからか頬が上気している。いい匂いがした。
幸村は墓前であることを思い出して我に返り、土饅頭に向かって手を合わせてから立ち上がった。
「なんで、急に墓所を訪ねた?」
「……蛍に呼ばれました」
「蛍、ねぇ。ちょうどいい、蛍狩りしながら帰るか」
手を取られる。それだけで心臓が跳ねた。
節ばった、男のような手。どこか柔らかいのは女だからだろうか。握り返すとはにかんだような笑みを返された。
「蛍といえば、昔、一所懸命集めたな」
「集める、とは」
「蛍雪の功って言葉があるだろ。あれをやりたくて」
貧しい男が蛍の光や窓辺の雪を明かり代わりに勉学に励んだという、古の明国の逸話だ。
「頭が良くなるような気がして。それで、兄上や小十郎や成実を巻き込んで、夜中に城を抜け出して、ここらの蛍を捕まえようとして」
「勉学に励まれたのですか?」
「川に落ちた」
ものすごい話の落ちに、幸村は吹き出した。
「夜の川だからな。大した深さじゃないけど怖くて怖くて。べそかいて城に戻った」
「……それで」
「父上からは怒られるわ、虎哉禅師(史実における政宗の教育係)からは寺の草むしり命じられるわで散々だったな。
あれ以来、蛍の話題になるとからかわれて……って、聞いてんのか」
「も、もちろん」
べそをかきながら小十郎に手を引かれている政宗の姿をどういうわけか今の姿かたちで思い浮かべてしまい、笑いが収まらない。
小さい頃の話だから、可愛らしい姫君と小姓を思い浮かべるべきなのだが、どうも想像がつかない。
「もういい。帰る」
手が離れた。肩を怒らせて遠ざかる背中を追いかける。
ふ、と光が横切った。淡い光がいくつか草の陰に輝いている。儚く移ろい、異性を求める光。
なんと甘くかそけき光か。
政宗の足が止まった。蛍を眺める端整な横顔。眼帯を外し、両の目で光を追いかけている。
「綺麗だな」
掠れた声。
「左様でござるな」
手を取り、強く握り込む。
「……子を、産むということは、伊達が滅びるやもしれぬということにござる」
「けど、riskを怖がってたら伊達が滅びる。俺がババァになってからじゃ遅いだろ。もう……怖がるのはやめた」
「某で、よろしいのですか。父と名乗れず、敵将として首を狙う某でも」
「上等」
見上げて、笑う。
甘さの欠片もない竜の眼差し。人を食らう笑み。
「恐れはないのですか」
「言っただろ? riskはつきもんだ。それに、自分から進んで家を潰す当主なんているわけねぇだろ」
何故。
姫のままではなかったのだろう。
甲斐へ、上田へ来られないのだろう。
このまま攫ってしまおうか。それとも彼女の口から上田へ来たいと言わせようか。
国を滅ぼしてまで貫くほどの価値があるのか。
互いに後悔する道を選ぶほど、幸村は愚かになれない。
けれどまっとうな解答を出せるほど聡くもなかった。




