稲葉山が見えなくなった途端に、政宗は息を切らせて地面に転がった。
片膝を立てて立ち上がろうとするが、足が震えてうまく立てない。
またどこかにいかれたのか、と幸村は天を仰いだ。そして視線を政宗に戻す。
政宗が二人いた。
「……政宗様」
どちらがどちらなのかすぐに分かった。
鏡に映したように同じ顔、同じ姿。けれど発せられる気配が違う。
光と影。陰と陽。
彼らはまさしく「対」であり、兄と妹なのだ。
「政宗」が地面に額を擦り付けた。
「兄上、申し訳ありません。伊達は……」
「乱世ってやつは、容赦ねぇよ。誰にでもchanceをくれてやる代わりに、誰でも地獄に突き落とす」
「定めだと……仰るのですか。兄上、私は、まこと至らぬ妹です」
「よく、がんばったな」
ぽん、ぽん、と。幼子にするように頭を叩く。
「もう、いいんだ。お前は女に戻れ。――竜樹」
「政宗」の表情が崩れた。兄に縋り付いて泣きじゃくる。
それは菩薩の名。
偉大なる賢者にして衆生を救う者。
そして政宗のまことの名前。
幸村は兄の方の政宗と眼が合った。政宗はにこりと笑うと、妹を幸村に託すように押した。託されたので受け止める。
「泣き虫だしすぐ怒るし、凝り性だし好奇心旺盛だし突拍子もないこと突然言うし、
言い出したら聞かないところがある。それに何より、伊達という後ろ盾をなくした。
……いい所といや、俺に似て美人ってことと、体は丈夫だから子が何人も産めるってことくらいだ」
「それだけいい所があれば十分でござる」
「ならばよし。……ああ、今度こそお別れだ」
政宗の体が、霞でできているかのように頼りないものになった。向こうが透けて見える。
彼が死者なのだと改めて思い知らされた。
勝手に、神のように政宗の体に降りてくる者だと思い込んでいた。
愛姫が政宗に縋り付いた。
「愛も、連れて行ってください。辱めを受け、もう生きていけませぬ」
「……それは、できない。お前は生きろ」
「あなた」
「I love you」
人目を憚ることなく、愛姫は体を精一杯伸ばした。政宗は微笑み、口付けを受ける。
唇はすぐに離れた。愛姫の髪を一房手に取り、そっと唇を押し当てる。
「my sweet honey。お前は、こっちに来るのはまだ早い」
「そのようなことはありませぬ。愛は、愛は」
「言っただろ? 今度こそお別れだって」
ふ、と政宗の姿が掻き消えた。愛姫は地面に倒れ込んだ。
「あ…………ああ………あアアァ――――――――!!」
愛姫は慟哭の涙を流した。心を裂くような絶叫を聞き、首を振る。
政宗が愛姫に縋りついた。彼女の肩が震えている。
このまま、皆消えてしまうのではないか。そう思い、小十郎を見た。
小十郎は厳しい顔をして中空を睨んでいた。
「真田。政宗様を頼めるか」
「貴殿に問われるまでもない」
即答すると、小十郎は笑った。そして手を合わせ、経文を唱える。幸村もそれに倣った。
ふ、と白い光がひとつ灯った。
光はふわりふわりと頼りなげに周りを回ると、天へと吸い込まれていった。
片膝を立てて立ち上がろうとするが、足が震えてうまく立てない。
またどこかにいかれたのか、と幸村は天を仰いだ。そして視線を政宗に戻す。
政宗が二人いた。
「……政宗様」
どちらがどちらなのかすぐに分かった。
鏡に映したように同じ顔、同じ姿。けれど発せられる気配が違う。
光と影。陰と陽。
彼らはまさしく「対」であり、兄と妹なのだ。
「政宗」が地面に額を擦り付けた。
「兄上、申し訳ありません。伊達は……」
「乱世ってやつは、容赦ねぇよ。誰にでもchanceをくれてやる代わりに、誰でも地獄に突き落とす」
「定めだと……仰るのですか。兄上、私は、まこと至らぬ妹です」
「よく、がんばったな」
ぽん、ぽん、と。幼子にするように頭を叩く。
「もう、いいんだ。お前は女に戻れ。――竜樹」
「政宗」の表情が崩れた。兄に縋り付いて泣きじゃくる。
それは菩薩の名。
偉大なる賢者にして衆生を救う者。
そして政宗のまことの名前。
幸村は兄の方の政宗と眼が合った。政宗はにこりと笑うと、妹を幸村に託すように押した。託されたので受け止める。
「泣き虫だしすぐ怒るし、凝り性だし好奇心旺盛だし突拍子もないこと突然言うし、
言い出したら聞かないところがある。それに何より、伊達という後ろ盾をなくした。
……いい所といや、俺に似て美人ってことと、体は丈夫だから子が何人も産めるってことくらいだ」
「それだけいい所があれば十分でござる」
「ならばよし。……ああ、今度こそお別れだ」
政宗の体が、霞でできているかのように頼りないものになった。向こうが透けて見える。
彼が死者なのだと改めて思い知らされた。
勝手に、神のように政宗の体に降りてくる者だと思い込んでいた。
愛姫が政宗に縋り付いた。
「愛も、連れて行ってください。辱めを受け、もう生きていけませぬ」
「……それは、できない。お前は生きろ」
「あなた」
「I love you」
人目を憚ることなく、愛姫は体を精一杯伸ばした。政宗は微笑み、口付けを受ける。
唇はすぐに離れた。愛姫の髪を一房手に取り、そっと唇を押し当てる。
「my sweet honey。お前は、こっちに来るのはまだ早い」
「そのようなことはありませぬ。愛は、愛は」
「言っただろ? 今度こそお別れだって」
ふ、と政宗の姿が掻き消えた。愛姫は地面に倒れ込んだ。
「あ…………ああ………あアアァ――――――――!!」
愛姫は慟哭の涙を流した。心を裂くような絶叫を聞き、首を振る。
政宗が愛姫に縋りついた。彼女の肩が震えている。
このまま、皆消えてしまうのではないか。そう思い、小十郎を見た。
小十郎は厳しい顔をして中空を睨んでいた。
「真田。政宗様を頼めるか」
「貴殿に問われるまでもない」
即答すると、小十郎は笑った。そして手を合わせ、経文を唱える。幸村もそれに倣った。
ふ、と白い光がひとつ灯った。
光はふわりふわりと頼りなげに周りを回ると、天へと吸い込まれていった。




