「元気そうで何よりです。気落ちされていると伺ったのですか」
「Ah-、まぁ…な。一人で、なんにもしないのって初めてだから」
愛姫は髪を下ろし、京へ旅立った。小十郎も同行した。
小十郎はどうやら京の野菜に興味を持ったらしい。京に根を下ろすのか、それとも諸国を行脚するのかは聞いていない。
寺には、坊主が一人いるだけ。その坊主も毎日何かと忙しい。
手伝おうと申し出ても、幸村様からお預かりした大事なお方の手を煩わせるわけにはいかない、と拒まれる。
姫だった頃は、毎日誰かが傍にいた。「政宗」となってからは戦に政務にと忙しかった。
ただだらだらと時間を過ぎるに任せる、というのははじめてのことで、どうしていいのか分からない。
「何か入り用の物があれば持ってまいりますぞ」
「んー……」
最後の柿を食べる。幸村の視線を感じた。
咀嚼すると、それに合わせて顔が動く。こいつ、本当に柿が食いたいのか。
「特に、ねぇな。本ならここの経文で十分だし、食べ物も着物も不足はねぇし」
「そうですか。ところで、柿はもう一つ如何ですか」
「いらん」
柿の汁でべとべとになった手を振った。そしてふと佐助がいつまでたっても現れないことに気づく。一体何を話しているのだろう。
「そういえば、佐助遅いな。何話し込んでんだ?」
「ああ、ちと祝言の日取りの相談を」
「祝言挙げんのか。へー」
「はい。某と政宗殿の」
「へー……えええええええっ!?」
思わず叫んでから幸村を見る。幸村は政宗に向かって座り直し、きちんと正座をした。
頭が下がった。尾のように髪がはねる。犬みたいだ。
「どうか、城に来てくだされ! 某の妻になってくだされ!」
政宗は縁側の限界まで引いた。
直球ど真ん中、色気も飾りも何もない求婚の申し込み。
昼下がりの寺の片隅、雀がのどかに柿のご相伴に預かっているこの状況。
すべてに対して全力で引いた。
今更ながら、自分が男の格好をしていることが恥ずかしかった。
幸村は今日そのつもりで来たのだろう。だったら、それなりの格好をしたのに。
「proposalするなら、それなりのsituation作れよ!」
言ってることは滅茶苦茶だ。幸村はそれを聞いているのかなんなのか、更に頭を下げた。
「装束も道具も、すべてこちらでご用意いたしております。
お館様にも、武田家中の皆々様にも上田に来ていただく約束を取り付けました。
あとは、政宗殿から是と返事を頂くのみ」
この状況で否と言えるか。
そう反撃したかった。
そこまで準備を進めておいて、そのことをばらしておいて、是と言わない訳にはいかない。
「……策士」
口の中でもごもごと言う。耳まで赤い。
幸村は顔を上げた。真摯な眼差し。これに弱い。そろりと立ち上がり、幸村の前に正座した。
頭の中で愛姫の姿を思い描く。彼女が頭を下げる動作を思い出し、それに添うような動きをする。
なるべく優雅な動きをしたつもりだが、幸村にどう見えたのかは分からない。
「……分かってるんだろうな」
柔らかく「よろしくお願いいたします」とか返事をするべきだろうが、頭の中では様々な状況を冷静に計算していた。
政宗を娶る利益不利益。それによって状況がどう変化するか。
「俺には、実家の財力も武力もない。滅んだ家の家柄とか家格とかは考慮すべきじゃねぇ。
伊達の血筋なんか、なんの役にも立たねぇ」
「何、丈夫な体があればよろしいでしょう。某の、真田の嫡子を産んでくだされ」
「本当に、いいんだな?」
顔を上げた。幸村はこくりと頷いた。
「後で、嫌だって言うなよ」
「言いませぬ」
「子供ができなくても帰る家ないんだぞ。あ、あと、女ばっかり産むかもしれないし、
側室抱えるの嫌がるかもしれないし、政に絶対口出すし」
「子など天からの授かりもの。側室など、後から考えればよろしい。よき意見は誰の口から出ようと取り入れまする」
「……本当に、いいんだな? 俺で、いいんだな?」
「しつこい方ですな。――某の妻になってくだされ」
政宗は笑った。笑みが零れるのを止められない。ゆっくりと頷くと、幸村は目を輝かせた。
逞しい腕が回っていた。そのまま抱え上げられる。思わず女のような悲鳴を上げた。
横抱きでもなければ、見詰め合える姿勢でもない。荷物を抱えるように抱えられる。
「俺重いぞ! 離せ! 下ろせ!」
「なんのなんのぉ! 米俵に比べたら軽い!」
「俵と一緒にすんな――――っ!」
幸村は立ち上がり、そのまま寺の本堂に走った。
落とされないよう、必死で大きく揺れる体に縋り付く。視界が幸村の背中でいっぱいになる。
「佐助ぇ! いつが吉日だぁ!」
「あ、終わった? あのねぇ、十日と、十六と、あと」
「十六に祝言を挙げる! お館様に連絡するぞ佐助ぇ!」
ものすごい勢いで祝言の日取りは決まった。
「Ah-、まぁ…な。一人で、なんにもしないのって初めてだから」
愛姫は髪を下ろし、京へ旅立った。小十郎も同行した。
小十郎はどうやら京の野菜に興味を持ったらしい。京に根を下ろすのか、それとも諸国を行脚するのかは聞いていない。
寺には、坊主が一人いるだけ。その坊主も毎日何かと忙しい。
手伝おうと申し出ても、幸村様からお預かりした大事なお方の手を煩わせるわけにはいかない、と拒まれる。
姫だった頃は、毎日誰かが傍にいた。「政宗」となってからは戦に政務にと忙しかった。
ただだらだらと時間を過ぎるに任せる、というのははじめてのことで、どうしていいのか分からない。
「何か入り用の物があれば持ってまいりますぞ」
「んー……」
最後の柿を食べる。幸村の視線を感じた。
咀嚼すると、それに合わせて顔が動く。こいつ、本当に柿が食いたいのか。
「特に、ねぇな。本ならここの経文で十分だし、食べ物も着物も不足はねぇし」
「そうですか。ところで、柿はもう一つ如何ですか」
「いらん」
柿の汁でべとべとになった手を振った。そしてふと佐助がいつまでたっても現れないことに気づく。一体何を話しているのだろう。
「そういえば、佐助遅いな。何話し込んでんだ?」
「ああ、ちと祝言の日取りの相談を」
「祝言挙げんのか。へー」
「はい。某と政宗殿の」
「へー……えええええええっ!?」
思わず叫んでから幸村を見る。幸村は政宗に向かって座り直し、きちんと正座をした。
頭が下がった。尾のように髪がはねる。犬みたいだ。
「どうか、城に来てくだされ! 某の妻になってくだされ!」
政宗は縁側の限界まで引いた。
直球ど真ん中、色気も飾りも何もない求婚の申し込み。
昼下がりの寺の片隅、雀がのどかに柿のご相伴に預かっているこの状況。
すべてに対して全力で引いた。
今更ながら、自分が男の格好をしていることが恥ずかしかった。
幸村は今日そのつもりで来たのだろう。だったら、それなりの格好をしたのに。
「proposalするなら、それなりのsituation作れよ!」
言ってることは滅茶苦茶だ。幸村はそれを聞いているのかなんなのか、更に頭を下げた。
「装束も道具も、すべてこちらでご用意いたしております。
お館様にも、武田家中の皆々様にも上田に来ていただく約束を取り付けました。
あとは、政宗殿から是と返事を頂くのみ」
この状況で否と言えるか。
そう反撃したかった。
そこまで準備を進めておいて、そのことをばらしておいて、是と言わない訳にはいかない。
「……策士」
口の中でもごもごと言う。耳まで赤い。
幸村は顔を上げた。真摯な眼差し。これに弱い。そろりと立ち上がり、幸村の前に正座した。
頭の中で愛姫の姿を思い描く。彼女が頭を下げる動作を思い出し、それに添うような動きをする。
なるべく優雅な動きをしたつもりだが、幸村にどう見えたのかは分からない。
「……分かってるんだろうな」
柔らかく「よろしくお願いいたします」とか返事をするべきだろうが、頭の中では様々な状況を冷静に計算していた。
政宗を娶る利益不利益。それによって状況がどう変化するか。
「俺には、実家の財力も武力もない。滅んだ家の家柄とか家格とかは考慮すべきじゃねぇ。
伊達の血筋なんか、なんの役にも立たねぇ」
「何、丈夫な体があればよろしいでしょう。某の、真田の嫡子を産んでくだされ」
「本当に、いいんだな?」
顔を上げた。幸村はこくりと頷いた。
「後で、嫌だって言うなよ」
「言いませぬ」
「子供ができなくても帰る家ないんだぞ。あ、あと、女ばっかり産むかもしれないし、
側室抱えるの嫌がるかもしれないし、政に絶対口出すし」
「子など天からの授かりもの。側室など、後から考えればよろしい。よき意見は誰の口から出ようと取り入れまする」
「……本当に、いいんだな? 俺で、いいんだな?」
「しつこい方ですな。――某の妻になってくだされ」
政宗は笑った。笑みが零れるのを止められない。ゆっくりと頷くと、幸村は目を輝かせた。
逞しい腕が回っていた。そのまま抱え上げられる。思わず女のような悲鳴を上げた。
横抱きでもなければ、見詰め合える姿勢でもない。荷物を抱えるように抱えられる。
「俺重いぞ! 離せ! 下ろせ!」
「なんのなんのぉ! 米俵に比べたら軽い!」
「俵と一緒にすんな――――っ!」
幸村は立ち上がり、そのまま寺の本堂に走った。
落とされないよう、必死で大きく揺れる体に縋り付く。視界が幸村の背中でいっぱいになる。
「佐助ぇ! いつが吉日だぁ!」
「あ、終わった? あのねぇ、十日と、十六と、あと」
「十六に祝言を挙げる! お館様に連絡するぞ佐助ぇ!」
ものすごい勢いで祝言の日取りは決まった。




