言いながら女は泣き出していた。元就より背の高い女は、抱きついて栗色の髪に顔を埋めて泣いた。
何事が起こっているのかまだよくつかめぬ元就であったが、女に憐憫の情を感じた。
長身で美しい顔立ち、豊かに膨らんだ胸と腰の張りは紛う事無く見事な大人の女性そのものであったが、
元就は女に幼さの残る少女を見て取った。妹が泣いている時と同じ感情が湧く。可哀想に。
何事が起こっているのかまだよくつかめぬ元就であったが、女に憐憫の情を感じた。
長身で美しい顔立ち、豊かに膨らんだ胸と腰の張りは紛う事無く見事な大人の女性そのものであったが、
元就は女に幼さの残る少女を見て取った。妹が泣いている時と同じ感情が湧く。可哀想に。
「悪いのは…ううん、悪くないのかもしれない…みんな、お互いさま、でもね、――にとっては…『悪』」
「だから…申してみよ。何がある…」
抱きつく女の肩口に頬擦りをして元就は言う。可哀想に。私にしてあげられることはある?
抱きつく女の肩口に頬擦りをして元就は言う。可哀想に。私にしてあげられることはある?
「鬼が…」
鬼?元就は妙に馴染む単語に反応する。愛しいような、恐ろしいような『誰か』が浮かぶ。(誰…であったか)
鬼?元就は妙に馴染む単語に反応する。愛しいような、恐ろしいような『誰か』が浮かぶ。(誰…であったか)
……鬼が、――を殺しにくるの…大きくて強い、こわぁい鬼が…
――と――様をね、殺しに…鬼と竜がくるの…
――、こんなの見たくない…でも、見えちゃうの。…見て、しまった。
鬼の振るう武器が…大きな槍が、――のお腹にめり込んで、――は血を吐いて、…死ぬの。
――様は竜の刃に袈裟懸けに斬られてしまう。…それはもう、決まった事だけど…変えられない、未来なのだけど…
ああ、と元就は気付く。この女と、多分に彼女の良人か…はどこかの武家のものなのだ。
それが、他国の軍に攻め込まれて命を落とすのだと。それを嘆く女。しかし。
「そなたも…武家の者ならば戦え。抗うのだ。前もって来る、とわかっているならば…」
「うん、そうするつもり…だから、だからね…あなたに会いに来たの」
それが、他国の軍に攻め込まれて命を落とすのだと。それを嘆く女。しかし。
「そなたも…武家の者ならば戦え。抗うのだ。前もって来る、とわかっているならば…」
「うん、そうするつもり…だから、だからね…あなたに会いに来たの」
こんな事しても、変わらない理がある…でも、変えられるものもある…
鬼と竜はね、酷いのよ…?笑って、人の大切な場所をめちゃくちゃにしていくの…
そんなの嫌。自分が太平の世を造るとか、死んだら海に流すから、とか、そんなの、欺瞞だわ…
命を消し去ることには…同じ、何も変わらない…だけど、せめて…せめて、――も死ぬなら…
元就は足首に冷たい感触を感じた。冷えた小さい指が絡んでいるようだ。驚愕と不快さに身を強張らせる。
目線を動かし確認しようとするも、身動きがとれない。女が抱きしめている以上に、指の先すら凍りついたようだ。
「な、にをしている…?!」
目線を動かし確認しようとするも、身動きがとれない。女が抱きしめている以上に、指の先すら凍りついたようだ。
「な、にをしている…?!」
女が埋めた顔を離し、元就と視線を交わしてくる。潤んだ瞳に瞬く星。困ったように笑った。
「あなたに、生贄になってもらおうと思って…」
女が、星を固めたような澄んだ声で言った。イケニエ。元就もぽつりと鸚鵡返しに言う。
「だってあなたは、鬼のお姫さまだもの。」
びゅう、と空間を切り裂く風の音がした。
空は相変わらず鈍い黄みがかった灰の色。人が斬られて垂れ流す、腐った脂肪の色だ。
空は相変わらず鈍い黄みがかった灰の色。人が斬られて垂れ流す、腐った脂肪の色だ。
…今まで独りぼっちで戦ってきた鬼の男が、…やっと、あなたというお姫さまに出会えた。
ひとりぼっちのあなたと、ひとりぼっちのおとこ。綺麗ね。お伽噺みたい。…でも、ここはお話の世界じゃないの…
無限に続く衆多の生。あなたも、鬼も、――も、――様も、みんな…生まれて生きていつか消える、空の中…
あなたを生贄にすれば……鬼は怒って悲しむわ。それが、――の望み。ねぇ?わかるよね?
笑って殺されるなんて、まっぴらだわ…だからせめて、見せつけてやりたい、儚いものを…
あの男の心を、憎悪に浸してやりたい…憎んで、血を沸騰させて、そして見上げた空の色が全て醜く染まるように…
それは、あなたの咎への罰でもあるの。鬼は、あなたに見る色すべて捧げるって言ったから…
だってあなたも、『悪』だもの。わかってるでしょう…?
潮の花58
潮の花58




