上手く誤魔化したつもりだったが、主は悪戯っぽい笑みを口元に乗せてかすがを見ている。
「おや?誰の事を考えているのです」
飽くまで惚けた口調で尋ねると、かすがは顔を真っ赤にした。
「な、何でもありません!」
「おや?誰の事を考えているのです」
飽くまで惚けた口調で尋ねると、かすがは顔を真っ赤にした。
「な、何でもありません!」
その頃謙信は上杉の家督を継いだばかりで、他家から養子に入った経緯から
家臣はいっかな纏まらず、自身の基盤は非常に危ういものだった。
謙信が北の姫君を正室に迎えようとした時、家臣団は猛烈に反対した。
敵国の姫と添うなど以ての外と強硬な態度を崩さず、遂に謙信は姫と別れる事を
余儀無くされた。
「今でも思う。あの時もっと私が強ければ、違う道が拓けたのではないかと」
美しい眉を顰め主が目を閉じる。
「謙信様…」
如何にも苦しげな表情だが、それすらかすがは美しいと思った。
主にこんな顔をさせる女を許せない。
「その方は今どちらに?」
「随分前に亡くなられた。別れてすぐ、出家した先の寺で」
「患われたのですか」
主従の間に短い沈黙が流れる。入り日色に染まった楓が一葉、縁側に舞い込んだ。
それを見詰める主の瞳は物悲しい色を湛えている。
「……或いは、想いが強過ぎたのやもしれぬ。私と共に生きられぬ浮世に絶望された」
山の木の葉が色付き始めた頃、北の姫君は懐剣で自ら命を絶った。
以来、謙信は戦や政務にどんなに忙殺されてもこの時期は写経して姫の魂を慰める事を忘れない。
「私はあの方に何もして差し上げられなかった。
こうして独り身を貫き御仏に祈るのがせめてもの罪滅ぼしなのです」
家臣はいっかな纏まらず、自身の基盤は非常に危ういものだった。
謙信が北の姫君を正室に迎えようとした時、家臣団は猛烈に反対した。
敵国の姫と添うなど以ての外と強硬な態度を崩さず、遂に謙信は姫と別れる事を
余儀無くされた。
「今でも思う。あの時もっと私が強ければ、違う道が拓けたのではないかと」
美しい眉を顰め主が目を閉じる。
「謙信様…」
如何にも苦しげな表情だが、それすらかすがは美しいと思った。
主にこんな顔をさせる女を許せない。
「その方は今どちらに?」
「随分前に亡くなられた。別れてすぐ、出家した先の寺で」
「患われたのですか」
主従の間に短い沈黙が流れる。入り日色に染まった楓が一葉、縁側に舞い込んだ。
それを見詰める主の瞳は物悲しい色を湛えている。
「……或いは、想いが強過ぎたのやもしれぬ。私と共に生きられぬ浮世に絶望された」
山の木の葉が色付き始めた頃、北の姫君は懐剣で自ら命を絶った。
以来、謙信は戦や政務にどんなに忙殺されてもこの時期は写経して姫の魂を慰める事を忘れない。
「私はあの方に何もして差し上げられなかった。
こうして独り身を貫き御仏に祈るのがせめてもの罪滅ぼしなのです」