前だけ見て走れと幸村は叫んだ。後ろは佐助が守るからと。
耳を塞いで、ただひたすらに幸村は走った。
気がつけば武田の本陣で、信玄は怪我をして臥せっていた。
徳川軍は賢く、深追いはしてこなかった。
己の陣幕で幸村はただひたすらに佐助を待っていた。
恐らくは帰って来ないだろうと思いながら。
どれほど待ったか。
待ちわびる気持ちで長く感じたのかもしれないが、幾日も経った心持ちの幸村の前に佐助は帰ってきた。
全身傷だらけの忍び隊の者が布に包んだ壊れた何か、それが佐助だった。
見ないでやって欲しいと忍びは告げたが、幸村は構わず布を剥いだ。
血の気が引いた白い顔にはほとんど傷はなかったが、身体は傷のない場所を探す事が出来なかった。
折れた骨の飛び出た腕、原形を止どめぬほどに砕けた脚、大きな風穴の空いた腹。
焼け焦げた皮膚の嫌な匂い。
変わり果てた忍びの姿に幸村は声も出せずただその手を伸ばした。
『…死なせてはならぬ』
『……』
『佐助を死なせるな』
恐ろしい事に、壊され尽くした佐助には微かだが息があったのだ。
一体何をどうしたのか幸村にはさっぱり見当もつかなかった。
けれど主の命を受けた忍びは、佐助を死なせなかった。
強力な毒なのだと、目覚めた佐助は語った。
完治することは出来ない。
ただ破れた内臓や皮膚、血管を塞いだだけ。
強い衝撃を受ければ傷は破れもう治らない。
小さな傷もささやかな病も治り難くなり、常に毒の作用が全身に苦痛を走らせると。
『もう旦那の忍びじゃいられないね』
ほんの少し寂しそうに佐助は笑い、自分の後任を選び、仕事を引き継がせた。
引退したら団子屋でも開こうかと昔冗談めかして語っていたそのままに上田城下に団子屋を作り、使い物にならなくなった忍び達をそこで働かせた。
『旦那の名前を貰ってもいいかな?』
鮮やかな橙の髪を鬘で隠し、忍び装束ではなく普通の女のような着物に化粧を施した佐助は、新しい名前を名乗った。
幸村の名から一字貰って。
耳を塞いで、ただひたすらに幸村は走った。
気がつけば武田の本陣で、信玄は怪我をして臥せっていた。
徳川軍は賢く、深追いはしてこなかった。
己の陣幕で幸村はただひたすらに佐助を待っていた。
恐らくは帰って来ないだろうと思いながら。
どれほど待ったか。
待ちわびる気持ちで長く感じたのかもしれないが、幾日も経った心持ちの幸村の前に佐助は帰ってきた。
全身傷だらけの忍び隊の者が布に包んだ壊れた何か、それが佐助だった。
見ないでやって欲しいと忍びは告げたが、幸村は構わず布を剥いだ。
血の気が引いた白い顔にはほとんど傷はなかったが、身体は傷のない場所を探す事が出来なかった。
折れた骨の飛び出た腕、原形を止どめぬほどに砕けた脚、大きな風穴の空いた腹。
焼け焦げた皮膚の嫌な匂い。
変わり果てた忍びの姿に幸村は声も出せずただその手を伸ばした。
『…死なせてはならぬ』
『……』
『佐助を死なせるな』
恐ろしい事に、壊され尽くした佐助には微かだが息があったのだ。
一体何をどうしたのか幸村にはさっぱり見当もつかなかった。
けれど主の命を受けた忍びは、佐助を死なせなかった。
強力な毒なのだと、目覚めた佐助は語った。
完治することは出来ない。
ただ破れた内臓や皮膚、血管を塞いだだけ。
強い衝撃を受ければ傷は破れもう治らない。
小さな傷もささやかな病も治り難くなり、常に毒の作用が全身に苦痛を走らせると。
『もう旦那の忍びじゃいられないね』
ほんの少し寂しそうに佐助は笑い、自分の後任を選び、仕事を引き継がせた。
引退したら団子屋でも開こうかと昔冗談めかして語っていたそのままに上田城下に団子屋を作り、使い物にならなくなった忍び達をそこで働かせた。
『旦那の名前を貰ってもいいかな?』
鮮やかな橙の髪を鬘で隠し、忍び装束ではなく普通の女のような着物に化粧を施した佐助は、新しい名前を名乗った。
幸村の名から一字貰って。