かすがは後悔した。
分を弁えず主の聖域を荒し、辛い事を思い出させてしまった自分が恥ずかしい。
決り悪そうに俯くかすがを見て謙信は優しく言った。
「つるぎ、昔の事です。既にあった事。もう終った事ですよ」
「……謙信様」
見る見るうちにかすがの琥珀色の瞳に涙が溜まる。
今にも零れ落ちそうな雫を謙信がそっと拭った。
「その様な顔をするものではない、かすが」
この娘が腕の中に飛び込んで来た日の事を謙信は良く覚えている。
――あの方だ。
一目見て直感した。
譬え姿形は変っても魂は変らない。北の姫君が生れ変り、毘沙門天に仕える
羅刹女となって再び自分の元に舞い戻ってくれた――信仰心篤い謙信はそう信じて疑わない。
日に透ける金色の髪も琥珀色の瞳も北の姫君とは随分違うが、
懸命に自分を慕う姿や少々そそっかしい様子は姫そのもので思わず目を細めてしまう。
「名はなんと言う?」
謙信がまず娘に尋ねた事だった。
――ございません。如何様にもお呼び下さい。
大人びた硬い口調で返され、暫し謙信は瞑黙する。
この娘を何と呼ぼう。あの方の名にしようか、それとも――
「ならば、お前の名はかすがだ」
――えっ?
娘が驚いて顔を上げる。あの日勇気を振り絞って思いの丈を打ち明けた時も姫はこんな顔をした。
「そなたの髪の輝きは真に春光の如く。即ち、我が城と同じ春日だ。不服か?かすが」
琥珀色の瞳が歓喜に染まる。
――いいえ謙信様。私は、かすがは必ず謙信様のお役に立ちます。
分を弁えず主の聖域を荒し、辛い事を思い出させてしまった自分が恥ずかしい。
決り悪そうに俯くかすがを見て謙信は優しく言った。
「つるぎ、昔の事です。既にあった事。もう終った事ですよ」
「……謙信様」
見る見るうちにかすがの琥珀色の瞳に涙が溜まる。
今にも零れ落ちそうな雫を謙信がそっと拭った。
「その様な顔をするものではない、かすが」
この娘が腕の中に飛び込んで来た日の事を謙信は良く覚えている。
――あの方だ。
一目見て直感した。
譬え姿形は変っても魂は変らない。北の姫君が生れ変り、毘沙門天に仕える
羅刹女となって再び自分の元に舞い戻ってくれた――信仰心篤い謙信はそう信じて疑わない。
日に透ける金色の髪も琥珀色の瞳も北の姫君とは随分違うが、
懸命に自分を慕う姿や少々そそっかしい様子は姫そのもので思わず目を細めてしまう。
「名はなんと言う?」
謙信がまず娘に尋ねた事だった。
――ございません。如何様にもお呼び下さい。
大人びた硬い口調で返され、暫し謙信は瞑黙する。
この娘を何と呼ぼう。あの方の名にしようか、それとも――
「ならば、お前の名はかすがだ」
――えっ?
娘が驚いて顔を上げる。あの日勇気を振り絞って思いの丈を打ち明けた時も姫はこんな顔をした。
「そなたの髪の輝きは真に春光の如く。即ち、我が城と同じ春日だ。不服か?かすが」
琥珀色の瞳が歓喜に染まる。
――いいえ謙信様。私は、かすがは必ず謙信様のお役に立ちます。