夏が過ぎて、秋が来て。
すごく長い間、あの人に逢ってないような気がする。
雪が降る前にと無駄な悪だくみをする奴らがほんと虫みたいに湧いてきて休む暇がなく、喉元過ぎればなんとやらで姫さまが奥州に帰ったのをいいことに今更文句をつけてくる身内どもがだれかに扇動されてないか、繋がっていないか調べて。
奥州へと文を運ぶ用事は全部部下に任せた。だって、さすがにこの状態で隊長の俺がいなくなるわけにはいかない。
ついでに軽く探らせてきた部下に報告によれば、奥州も似たような状況らしい。むしろあっちの方が身内関係泥沼っぽい。
「今頃俺もなんか言われてんのかね…っと!」
空を切る音に反射的に頭を低くすれば、逃げ遅れた髪が一房、刃に持っていかれた。
男女とか、貧乳とか、むしろ無乳とか、下郎とか薄汚いネズミがとか、阿婆擦れがとか。
きっと、あの鉄面皮に山ほどそんな言葉を浴びせられて、寝所のは両手の指に余るほどにたくさんの美しい娘が送り込まれているんだろう。
そんな娘たちをあの男はどうするのだろう。
表情一つ変えないまま断るのか、据え膳をいただくだけいただくのか、そして貧相な忍びの女など忘れてしまうのか。
昔に戦場で出逢った時のような路傍の石でさえまだ扱いがましだと思えるほどに冷ややかで、無関心な目で見られたら。
「…っ…」
ずくんと、下腹部が疼いた。
やべえ俺って変態?あのひとにそんな目で見られるところを想像しただけでちょっといきそうになっちゃった。
俺を抱いているときの熱を抱いた炭のような目つきや、俺がなんか馬鹿なことしたり言ったりしたときの少しだけ和らいだ目元とか、そんなごく当たり前の夫婦のような、たくさんの女たちがあの男から与えられたいと思っているそんなものよりも、俺は。
そういえばどれくらいご無沙汰なんだろう。
もうこの体はあのひとでしかいけないように変えられてしまっているから、自分で慰めるなんて無駄なことはしていない。
続けて斜め上から降ってきた苦無を後ろに跳んでかわせば、ぱさぱさした赤毛が軽く頬にぶつかった。
あれ?なんか髪伸びてたみたい、っていうか切るの忘れてた。
鬱陶しいそれは俺の予想外の長さで、そのせいでさっきから顔にぶつかったり、刃先が掠めたりしていたのだ。
忍びとして自分の身体が自分の管理外にある状況はあまりよくない。
後で切ろう。とりあえずこいつら全員斬ってから。
「ひとつ」
身体の前で小さく振りぬいた忍び刀が、飛んできた軌跡をまっすぐに辿って相手へと向かう。
「ふたっつ」
幾つもの小さな刃物が肉に突き刺さる音を最後まで聞かずに、刀を振った勢いのまま身体を回転、背後から忍びよってきた相手の首を掻き切る。
「みいっつ」
血しぶきを受けるような下手は打たない。予備動作を見せずにその場で跳躍、樹上で機を窺っていた相手の前まで飛びあがる。
「よっつ」
身をひねり、幹を蹴って更に上へ。俺を狙った飛び苦無が目の前の相手に突き刺さる。同士討ちの動揺から瞬時に立ち直った相手、だが一瞬でも動揺するなんて甘すぎてだめだ。使えない。
「いつつ」
心臓を貫かれ落ちていく身体を見もせずにとんぼを切って刀をかわし、返す刀を蹴り飛ばし、相手の首に脚を絡める。
「むっつ」
骨の砕ける小気味よい感触に口元を緩ませながら落下。無防備な着地を狙おうっていう魂胆だろうけどそんな手で殺られる忍びがどこにいる。着地、ではなくそのまま俺の身体は地中へと吸い込まれ、反射的に散開しようとした彼らの中の一人の身体を腰下から引き裂きながら再び地上へと現れる。
「えーと…なんにんだっけ?」
仲間の血と臓物が浴びて立ちすくむ相手に笑いかけながら両手に持った苦無で舞うように切り刻んでいく。
別に楽しくもないし心が痛んだりもしない。これはただの作業だ。よく、慣れている。
すごく長い間、あの人に逢ってないような気がする。
雪が降る前にと無駄な悪だくみをする奴らがほんと虫みたいに湧いてきて休む暇がなく、喉元過ぎればなんとやらで姫さまが奥州に帰ったのをいいことに今更文句をつけてくる身内どもがだれかに扇動されてないか、繋がっていないか調べて。
奥州へと文を運ぶ用事は全部部下に任せた。だって、さすがにこの状態で隊長の俺がいなくなるわけにはいかない。
ついでに軽く探らせてきた部下に報告によれば、奥州も似たような状況らしい。むしろあっちの方が身内関係泥沼っぽい。
「今頃俺もなんか言われてんのかね…っと!」
空を切る音に反射的に頭を低くすれば、逃げ遅れた髪が一房、刃に持っていかれた。
男女とか、貧乳とか、むしろ無乳とか、下郎とか薄汚いネズミがとか、阿婆擦れがとか。
きっと、あの鉄面皮に山ほどそんな言葉を浴びせられて、寝所のは両手の指に余るほどにたくさんの美しい娘が送り込まれているんだろう。
そんな娘たちをあの男はどうするのだろう。
表情一つ変えないまま断るのか、据え膳をいただくだけいただくのか、そして貧相な忍びの女など忘れてしまうのか。
昔に戦場で出逢った時のような路傍の石でさえまだ扱いがましだと思えるほどに冷ややかで、無関心な目で見られたら。
「…っ…」
ずくんと、下腹部が疼いた。
やべえ俺って変態?あのひとにそんな目で見られるところを想像しただけでちょっといきそうになっちゃった。
俺を抱いているときの熱を抱いた炭のような目つきや、俺がなんか馬鹿なことしたり言ったりしたときの少しだけ和らいだ目元とか、そんなごく当たり前の夫婦のような、たくさんの女たちがあの男から与えられたいと思っているそんなものよりも、俺は。
そういえばどれくらいご無沙汰なんだろう。
もうこの体はあのひとでしかいけないように変えられてしまっているから、自分で慰めるなんて無駄なことはしていない。
続けて斜め上から降ってきた苦無を後ろに跳んでかわせば、ぱさぱさした赤毛が軽く頬にぶつかった。
あれ?なんか髪伸びてたみたい、っていうか切るの忘れてた。
鬱陶しいそれは俺の予想外の長さで、そのせいでさっきから顔にぶつかったり、刃先が掠めたりしていたのだ。
忍びとして自分の身体が自分の管理外にある状況はあまりよくない。
後で切ろう。とりあえずこいつら全員斬ってから。
「ひとつ」
身体の前で小さく振りぬいた忍び刀が、飛んできた軌跡をまっすぐに辿って相手へと向かう。
「ふたっつ」
幾つもの小さな刃物が肉に突き刺さる音を最後まで聞かずに、刀を振った勢いのまま身体を回転、背後から忍びよってきた相手の首を掻き切る。
「みいっつ」
血しぶきを受けるような下手は打たない。予備動作を見せずにその場で跳躍、樹上で機を窺っていた相手の前まで飛びあがる。
「よっつ」
身をひねり、幹を蹴って更に上へ。俺を狙った飛び苦無が目の前の相手に突き刺さる。同士討ちの動揺から瞬時に立ち直った相手、だが一瞬でも動揺するなんて甘すぎてだめだ。使えない。
「いつつ」
心臓を貫かれ落ちていく身体を見もせずにとんぼを切って刀をかわし、返す刀を蹴り飛ばし、相手の首に脚を絡める。
「むっつ」
骨の砕ける小気味よい感触に口元を緩ませながら落下。無防備な着地を狙おうっていう魂胆だろうけどそんな手で殺られる忍びがどこにいる。着地、ではなくそのまま俺の身体は地中へと吸い込まれ、反射的に散開しようとした彼らの中の一人の身体を腰下から引き裂きながら再び地上へと現れる。
「えーと…なんにんだっけ?」
仲間の血と臓物が浴びて立ちすくむ相手に笑いかけながら両手に持った苦無で舞うように切り刻んでいく。
別に楽しくもないし心が痛んだりもしない。これはただの作業だ。よく、慣れている。