牢の中の空気が、引き絞った弓の弦のようにピンと張りつめる。
「さすがのワシも泣いて詫びるに違いない。地獄よりも恐ろしい、一番こたえる責め苦
じゃからの。この方法を薦めるぞ、マムシの娘よ」
信玄の理性は、体内で暴れるものを殺す代わりに、飼い慣らしつつあった。
女を罵倒して溜飲を下げたからではない。背中に置かれた濃姫の足がぶるぶるとふるえて
いるのを察知することで、相手が平静さを失えば失うほど、静かに冴えてくる己の性情を
思い出せたからだった。
まもなく、濃姫が渾身の力を込めて信玄の背を踏みつけた。
何も言わずに、何度も何度も足を上げては振り下ろす。
女の口から漏れる乱れた呼吸音が、背中を踏みつける音とともに牢内にこだました。
胸を圧迫され、信玄自身は呼吸もままならなくなっていたが、地団駄を踏む濃姫の姿を
思えば、心は平穏さを取り戻せるはず。うつ伏せになって踏まれることは大変な恥辱だが、
相手は取るに足らぬ者なのだ。そう思って己を慰めた。
辱めを受けることから開放されたわけではなかったが、信玄は束の間の小さな平穏を必死に
貪っていた。
動かざること山の如く、耐えるべきときは徐かに耐え、攻め入る隙を濃姫が見せたなら、
勝機の風に乗って火の如く侵し掠める。
勝機が存在するのか疑わしくもあるが、しかしそれしか抗うすべはなかった。
――培ってきた戦の心得を、最期に活かす場所がここだとは。
虚しさがこみ上げてくるのを、死んでいった同胞たちの顔をまぶたの裏にひとりひとり
浮かべていくことで押し殺し、信玄は苦労のすえに、かつて逆境に至ったとき必ず浮かべた
不敵な笑みを再現することに成功していた。
「さすがのワシも泣いて詫びるに違いない。地獄よりも恐ろしい、一番こたえる責め苦
じゃからの。この方法を薦めるぞ、マムシの娘よ」
信玄の理性は、体内で暴れるものを殺す代わりに、飼い慣らしつつあった。
女を罵倒して溜飲を下げたからではない。背中に置かれた濃姫の足がぶるぶるとふるえて
いるのを察知することで、相手が平静さを失えば失うほど、静かに冴えてくる己の性情を
思い出せたからだった。
まもなく、濃姫が渾身の力を込めて信玄の背を踏みつけた。
何も言わずに、何度も何度も足を上げては振り下ろす。
女の口から漏れる乱れた呼吸音が、背中を踏みつける音とともに牢内にこだました。
胸を圧迫され、信玄自身は呼吸もままならなくなっていたが、地団駄を踏む濃姫の姿を
思えば、心は平穏さを取り戻せるはず。うつ伏せになって踏まれることは大変な恥辱だが、
相手は取るに足らぬ者なのだ。そう思って己を慰めた。
辱めを受けることから開放されたわけではなかったが、信玄は束の間の小さな平穏を必死に
貪っていた。
動かざること山の如く、耐えるべきときは徐かに耐え、攻め入る隙を濃姫が見せたなら、
勝機の風に乗って火の如く侵し掠める。
勝機が存在するのか疑わしくもあるが、しかしそれしか抗うすべはなかった。
――培ってきた戦の心得を、最期に活かす場所がここだとは。
虚しさがこみ上げてくるのを、死んでいった同胞たちの顔をまぶたの裏にひとりひとり
浮かべていくことで押し殺し、信玄は苦労のすえに、かつて逆境に至ったとき必ず浮かべた
不敵な笑みを再現することに成功していた。




