小さく息を呑んで、ぎゅっと閉じた唇が、唇の下でわなないだ。
狭くなった視界の隅で、寝巻きの右肩にぐっと力がこもるのが見えた。
狭くなった視界の隅で、寝巻きの右肩にぐっと力がこもるのが見えた。
すごい勢いで振りあがった右腕を、ぎりぎりのところでつかんで止める。
続いて振りあがった左腕も、何とかつかんで押しとどめる。
いや、押しとどめようと思うんだけど、力が強すぎて止めようにも止めらんない。
こっちも腕に全力注いでるのに、がっちり握られた両の拳はそれでもじりじりと、俺の顔めがけて迫ってくる。すごいぞ、さすが日の本一の兵だ。
これが限界ってとこまで頑張って、俺はすばやく身を離した。
「殴んないんでしょ!?もう殴んないっていったよね!?」
逃げても追ってくる拳を、何とかかわして小声で叫ぶ。
俺の声に、とめてた息をぜいぜいつきながら、真っ赤な顔の旦那がはっとしたように瞬きした。
「某、今なにを!?」
「いや、しっかりしてよ」
「す、すまぬ!なにやら頭の中が真っ白に!」
幸村、一生の不覚であった!と両手を布団についてもだえる肩を、はいはいもういいからとぽんぽん叩いて引っ張り上げる。
旦那の一生、いっぱいありそうだよねと思いながら、引っ張り上げた体をよいしょと
膝に抱き上げれば、今度は抵抗もなくしがみついてきた。
続いて振りあがった左腕も、何とかつかんで押しとどめる。
いや、押しとどめようと思うんだけど、力が強すぎて止めようにも止めらんない。
こっちも腕に全力注いでるのに、がっちり握られた両の拳はそれでもじりじりと、俺の顔めがけて迫ってくる。すごいぞ、さすが日の本一の兵だ。
これが限界ってとこまで頑張って、俺はすばやく身を離した。
「殴んないんでしょ!?もう殴んないっていったよね!?」
逃げても追ってくる拳を、何とかかわして小声で叫ぶ。
俺の声に、とめてた息をぜいぜいつきながら、真っ赤な顔の旦那がはっとしたように瞬きした。
「某、今なにを!?」
「いや、しっかりしてよ」
「す、すまぬ!なにやら頭の中が真っ白に!」
幸村、一生の不覚であった!と両手を布団についてもだえる肩を、はいはいもういいからとぽんぽん叩いて引っ張り上げる。
旦那の一生、いっぱいありそうだよねと思いながら、引っ張り上げた体をよいしょと
膝に抱き上げれば、今度は抵抗もなくしがみついてきた。
恥ずかしいのか悔しいのか、抱きつく力もすごすぎて、あばらがなんだかみしみしいってる。
それでも薄ら寒い夜半の部屋で、腕の中だけはほっかりあったかい。
それでも薄ら寒い夜半の部屋で、腕の中だけはほっかりあったかい。
「こういうのって、やっぱ破廉恥?」
肩に顎を乗せて、背中を叩きながら問いかけると、腕の中の体がピクリと動いた。
返答はなく、変なうなり声だけが聞こえてくる。
ここまで真っ赤な首筋を、頬ずりのついでに軽く吸うと、抱いた背中が居心地悪そうに震えた。
薄い寝巻き越しに、小さいけど柔らかいものが胸の辺りに当たる。
なるべくそれから意識をそらして、俺は茶色い頭を撫でた。
「……あのねー、旦那ねー、さっきも言ったけど、どうしてもいやなら嫌って言ってね。あんたがいやなら、もうこういうことはしないから」
俺とあんたの立場を考えたら、実際はそういうわけにはいかないけど。
だからこれも、何の効力もない口約束でしかないんだけど。
それでもあんたがそういうなら、忍びの矜持にかけて耐え抜いて見せましょうってのも、本音なんだよね。
うーん、確かに俺って不器用なのかも。
まあ十年くらい頑張れば、この人ももうちょっと大人になるだろうしさ。
なるといいなあと俺が悲壮な決意を固めていると、腕の中のあったかい体が、もぞもぞと身じろいだ。
「い、いきなりだと、心の準備ができんのだ」
精進するつもりだが、某まだまだ未熟者ゆえ、とぼそぼそ呟き、もう一度しがみついてくる。
「だから、別に、いやではないのだ」
消えそうな声が、ぽつりと胸に落ちた。
「……いやでは、ないのだ」
胸の奥から、すっかり慣れたいたたまれなさと、奇妙な苦しさが湧き上がってくる。
もう押しとどめることはせず、こみ上げるままに溢れさせた。
またものすごい力でぎゅうぎゅう締め上げられて、内臓まで口から出そうになったけど、出たっていいやと思いながら、俺も抱きしめる手に力をこめた。
肩に顎を乗せて、背中を叩きながら問いかけると、腕の中の体がピクリと動いた。
返答はなく、変なうなり声だけが聞こえてくる。
ここまで真っ赤な首筋を、頬ずりのついでに軽く吸うと、抱いた背中が居心地悪そうに震えた。
薄い寝巻き越しに、小さいけど柔らかいものが胸の辺りに当たる。
なるべくそれから意識をそらして、俺は茶色い頭を撫でた。
「……あのねー、旦那ねー、さっきも言ったけど、どうしてもいやなら嫌って言ってね。あんたがいやなら、もうこういうことはしないから」
俺とあんたの立場を考えたら、実際はそういうわけにはいかないけど。
だからこれも、何の効力もない口約束でしかないんだけど。
それでもあんたがそういうなら、忍びの矜持にかけて耐え抜いて見せましょうってのも、本音なんだよね。
うーん、確かに俺って不器用なのかも。
まあ十年くらい頑張れば、この人ももうちょっと大人になるだろうしさ。
なるといいなあと俺が悲壮な決意を固めていると、腕の中のあったかい体が、もぞもぞと身じろいだ。
「い、いきなりだと、心の準備ができんのだ」
精進するつもりだが、某まだまだ未熟者ゆえ、とぼそぼそ呟き、もう一度しがみついてくる。
「だから、別に、いやではないのだ」
消えそうな声が、ぽつりと胸に落ちた。
「……いやでは、ないのだ」
胸の奥から、すっかり慣れたいたたまれなさと、奇妙な苦しさが湧き上がってくる。
もう押しとどめることはせず、こみ上げるままに溢れさせた。
またものすごい力でぎゅうぎゅう締め上げられて、内臓まで口から出そうになったけど、出たっていいやと思いながら、俺も抱きしめる手に力をこめた。
武田屋敷に仕えなければ、主がお館様でなければ。
旦那の父上が死ななければ。旦那のお守りを仰せ使わなければ。
あの日あの場でこの人を慰めなければ。
俺は、こんなものに捕らわれることもなく、そうなれと育てられた忍びのままでいられたんだろうか。
こんな面倒くさい感情や、あんなくだらない約束や、恐怖やおかしな矜持に、振り回されることなく苦しむこともなく、生きていけたんだろうか。
いやそもそも、何もかもを捨ててでも貫きたいような矜持さえ、持つことはなかったんだろう。
旦那の父上が死ななければ。旦那のお守りを仰せ使わなければ。
あの日あの場でこの人を慰めなければ。
俺は、こんなものに捕らわれることもなく、そうなれと育てられた忍びのままでいられたんだろうか。
こんな面倒くさい感情や、あんなくだらない約束や、恐怖やおかしな矜持に、振り回されることなく苦しむこともなく、生きていけたんだろうか。
いやそもそも、何もかもを捨ててでも貫きたいような矜持さえ、持つことはなかったんだろう。
時がたてば、どんなものでも変わっていく。変わらないものなんかなにひとつない。
でも、変わったようでいて、決して変わらないものも確かにある。
それがいいことなのか悪いことなのか、正直今の時点じゃよくわかんないけど。
でも、変わったようでいて、決して変わらないものも確かにある。
それがいいことなのか悪いことなのか、正直今の時点じゃよくわかんないけど。
俺には貫きたいものがあるから、やっぱりこれからもそれを貫いていこうと思う。
同じくらい無茶なもん抱えて、一緒に行ってくれるって人もいるしね。
人から見たら馬鹿げてて、下らないことかもしれないけど。
ま、それもまた、一つの生き方ってもんですから。
同じくらい無茶なもん抱えて、一緒に行ってくれるって人もいるしね。
人から見たら馬鹿げてて、下らないことかもしれないけど。
ま、それもまた、一つの生き方ってもんですから。




