雪も溶け、春は近い。奥州の春は遅く短い。だからこそ人は騒ぐ。
春先早々の一揆は適度に痛めつけてから年貢の取り立て分を決めただけで終わった。
他愛ない、戦とも呼べない小競り合いではあったが、小十郎は先陣を務め、功を立てた。
血を鎮めたいと思った。黒く染まり騒ぎ立てる血潮。
鎮めるには、戦の真ん中に身を置くのが一番だと思った。
それが事態を避けることを願い、小十郎は暴れまわった。
だが、うまくいかない。むしろ騒いで留まるところを知らない。
「小十郎、勝鬨を上げろ」
そういって笑う白い顔。
あの顔を。
あの唇を。
そして――。
やはり、と確信を持った。
血が黒く染まるのも騒ぎ立てるのもそれを鎮めるのも。
あの顔を、体を、心を。
壊してしまえばいいのだと。
春先早々の一揆は適度に痛めつけてから年貢の取り立て分を決めただけで終わった。
他愛ない、戦とも呼べない小競り合いではあったが、小十郎は先陣を務め、功を立てた。
血を鎮めたいと思った。黒く染まり騒ぎ立てる血潮。
鎮めるには、戦の真ん中に身を置くのが一番だと思った。
それが事態を避けることを願い、小十郎は暴れまわった。
だが、うまくいかない。むしろ騒いで留まるところを知らない。
「小十郎、勝鬨を上げろ」
そういって笑う白い顔。
あの顔を。
あの唇を。
そして――。
やはり、と確信を持った。
血が黒く染まるのも騒ぎ立てるのもそれを鎮めるのも。
あの顔を、体を、心を。
壊してしまえばいいのだと。
「小十郎、見ろよ」
政宗は打ち掛けを広げた。先日、愛姫が繕っていた打ち掛けだった。
「綺麗だろ」
「は」
「まったく、愛も物好きだよなぁ。羽織りもしねぇ、飾りもしねぇ打ち掛けなんざ、いらねぇっつってんのに」
言葉は愛を攻めるものだが、口調は柔らかく打ち掛けをもてあそぶ手は慈しみに満ちている。
白い手が波打つ打ち掛けを平らにした。綺麗な色の爪をしていることに気づいた。
「いかが、なさるのですか? 蔵にでもしまわれるのですか?」
「そうだな…………どうしたもんかねぇ」
「羽織られたら、よろしいのではないでしょうか」
「羽織るって……俺がかよ」
「それを、武田のあの男に見せればよろしいでしょう」
「……どういう意味だ」
「女として会われているのでしょう」
「小十郎」
「抱かれているのでしょう? 一人の女として」
「どうして」
「分からないとお思いですか。この小十郎が」
打ち掛けを手に取り、肩から羽織らせた。派手な柄だが、下品さは出ない。
むしろ凛々しさに満ち、女武者の魅力に溢れる。これも、伊達の血のなせる業(わざ)か。
手を伸ばし、眼帯に手をかける。軽い音を立てて眼帯が床に落ちる。鋭い眼が戸惑ったように小十郎を見る。膝を立てて立ち、覆い被さるような体勢を作る。
「小十郎、酔ってるのか」
「そうかもしれません」
女の匂いに酔っている。小十郎は両手で政宗の顔をつかんだ。少し力を込めれば簡単につぶせてしまいそうだ。
「何故……政宗様になろうとされたのですか」
「何故って」
「何故、あのお小さい姫様のままでいられなかった」
「お前が言うのか」
「俺は望んでなかった」
「お前が言うのか!」
顔が至近距離になり、身に降りかかろうとしていることに気づいた政宗の目が恐怖と怒りに赤く燃えた。
小十郎は逃れられないよう、顔から首、腕へと手を滑らせる。途中で小さな耳に触れ、体の内側が甘く痺れたような気がした。
強くつかむと、痛みに政宗の顔がゆがむ。
「女中の腹から生まれ、輝宗様のご慈悲で伊達家に迎えられた、政宗様とよく似た小さな姫君」
「言うな」
「代わりなど、できるはずがない。皆、そう思っていたんですよ」
「……分かってた。伊達家が落ち着くまでだと思ってた」
「しかし背は伸び、体は逞しくなられた。まこと、男であるかのように」
押し潰すように胸をつかむ。晒しで押し潰していても、大きいことは分かる。
「stop」
「南蛮の言葉は分かりかねます」
ぎりぎりと床板に体を押し倒す。乾いた音を立てて落ちた打ち掛けを放り投げた。
床に髪が散らばる乾いた音を聞いた。
ばさり、と投げ出される黒い髪。あんなに悲しい音を、二度と聞くことはないだろう。
私が代わりを務めればいい、とぞんざいに告げる言葉。駄目か、と尋ねてくる怯えた黒い目。
目を閉じれば、今でも思い出すことができる。
そしてあの小さな姫君はもういないことを知らされる。
「…………」
唇だけで最愛の名を呼ぶと、唇を読んだ政宗の目が見開かれる。
「お慕いしております」
恫喝に似た口調で告げる。逃げることは許さない。
政宗は打ち掛けを広げた。先日、愛姫が繕っていた打ち掛けだった。
「綺麗だろ」
「は」
「まったく、愛も物好きだよなぁ。羽織りもしねぇ、飾りもしねぇ打ち掛けなんざ、いらねぇっつってんのに」
言葉は愛を攻めるものだが、口調は柔らかく打ち掛けをもてあそぶ手は慈しみに満ちている。
白い手が波打つ打ち掛けを平らにした。綺麗な色の爪をしていることに気づいた。
「いかが、なさるのですか? 蔵にでもしまわれるのですか?」
「そうだな…………どうしたもんかねぇ」
「羽織られたら、よろしいのではないでしょうか」
「羽織るって……俺がかよ」
「それを、武田のあの男に見せればよろしいでしょう」
「……どういう意味だ」
「女として会われているのでしょう」
「小十郎」
「抱かれているのでしょう? 一人の女として」
「どうして」
「分からないとお思いですか。この小十郎が」
打ち掛けを手に取り、肩から羽織らせた。派手な柄だが、下品さは出ない。
むしろ凛々しさに満ち、女武者の魅力に溢れる。これも、伊達の血のなせる業(わざ)か。
手を伸ばし、眼帯に手をかける。軽い音を立てて眼帯が床に落ちる。鋭い眼が戸惑ったように小十郎を見る。膝を立てて立ち、覆い被さるような体勢を作る。
「小十郎、酔ってるのか」
「そうかもしれません」
女の匂いに酔っている。小十郎は両手で政宗の顔をつかんだ。少し力を込めれば簡単につぶせてしまいそうだ。
「何故……政宗様になろうとされたのですか」
「何故って」
「何故、あのお小さい姫様のままでいられなかった」
「お前が言うのか」
「俺は望んでなかった」
「お前が言うのか!」
顔が至近距離になり、身に降りかかろうとしていることに気づいた政宗の目が恐怖と怒りに赤く燃えた。
小十郎は逃れられないよう、顔から首、腕へと手を滑らせる。途中で小さな耳に触れ、体の内側が甘く痺れたような気がした。
強くつかむと、痛みに政宗の顔がゆがむ。
「女中の腹から生まれ、輝宗様のご慈悲で伊達家に迎えられた、政宗様とよく似た小さな姫君」
「言うな」
「代わりなど、できるはずがない。皆、そう思っていたんですよ」
「……分かってた。伊達家が落ち着くまでだと思ってた」
「しかし背は伸び、体は逞しくなられた。まこと、男であるかのように」
押し潰すように胸をつかむ。晒しで押し潰していても、大きいことは分かる。
「stop」
「南蛮の言葉は分かりかねます」
ぎりぎりと床板に体を押し倒す。乾いた音を立てて落ちた打ち掛けを放り投げた。
床に髪が散らばる乾いた音を聞いた。
ばさり、と投げ出される黒い髪。あんなに悲しい音を、二度と聞くことはないだろう。
私が代わりを務めればいい、とぞんざいに告げる言葉。駄目か、と尋ねてくる怯えた黒い目。
目を閉じれば、今でも思い出すことができる。
そしてあの小さな姫君はもういないことを知らされる。
「…………」
唇だけで最愛の名を呼ぶと、唇を読んだ政宗の目が見開かれる。
「お慕いしております」
恫喝に似た口調で告げる。逃げることは許さない。