『1900年』(原題:Novecento)は、1976年公開のイタリア映画。監督はベルナルド・ベルトルッチ。上映時間は約5時間20分に及び、イタリア映画史上でも屈指の長編作品として知られる。主にアメリカ資本によって製作された歴史大作であり、監督の故郷エミリア=ロマーニャ地方を舞台に、20世紀前半のイタリア社会の激動を背景に二人の男の友情と対立を描く。第29回カンヌ国際映画祭でコンペ外上映され、「保存すべきイタリア映画100選」にも選出されている。
物語は大地主の息子アルフレード・ベルリンギエーリと、農民の子オルモ・ダルコという、同じ日に同じ農場で生まれながら階級の異なる二人の生涯を軸に展開する。
第一部
物語は1945年4月25日の解放の日から始まる。武装した農民とパルチザンが最後のナチ・ファシスト兵を拘束し、地主アルフレードも銃を向けられている。
時は遡り1901年。ジュゼッペ・ヴェルディの死が告げられる日、ベルリンギエーリ家の大農場で二人の男児が誕生する。農民ロジーナの私生児オルモと、地主一族の跡取りアルフレードである。祝福の瞬間、階級差は一時的に消えるが、両者の運命は大きく異なっている。
1908年、少年期の二人は喧嘩と友情を繰り返しながら育つ。農場には機械化の波が押し寄せ、農民たちは社会主義思想へと傾く。地主側の内部でも対立が生じ、祖父アルフレードは自殺し、息子ジョヴァンニが不正な遺言によって農場を継承する。賃金削減と労働強化に対し農民はストライキを起こし、三か月に及ぶ闘争の末、農民の長老レオは世代の変化を見届けながら息絶える。
1918年、第一次世界大戦後、前線から帰還したオルモは搾取の強まった現実に直面する。農場には暴力的な管理人アッティラ・メランキーニが現れ、のちにファシストとなる。オルモは社会主義教師アニータと結ばれ、階級闘争に身を投じる。一方、アルフレードは理想を口にしつつも地主としての特権を手放さない。
1919年、農民運動の高揚に対抗し、地主たちは武装集団を組織する。こうしてエミリア地方にファシズムの原型であるスクワドリズモが出現する。アッティラは黒シャツ隊の指導者となり、暴力が支配する。第一部は、葬列を襲撃しようとするファシストの影のもとで終わる。
第二部
1922年、ムッソリーニ政権が成立する。アルフレードは父の死後、農場の当主となるが、アッティラの暴力を止められない。結婚式の夜、アッティラは地主の息子を殺害し、罪をオルモに着せる。無実は証明されるが、友情には亀裂が生じる。
1935年、機械化の進行によりオルモは職を変え、アルフレードは冷酷なブルジョワへと変貌する。アッティラと愛人レジーナは地主夫妻を惨殺し、残虐行為を重ねる。アルフレードは次第に孤立し、妻アーダも去っていく。
1942年、戦時体制下でアッティラは地方のファシスト幹部として権勢を振るう。ついにオルモは農民とともに反抗し、アッティラは大量虐殺で報復する。しかしアルフレードは彼を解雇する。
1945年、解放の日。農民とパルチザンはアッティラを処刑する。アルフレードも人民裁判にかけられるが、オルモは彼を実際には殺さず、「臆病な部分の死」を象徴する銃声を空に放つ。赤旗の下で農民は武器を置き、新しい時代を迎える。
終章(1976年)
経済成長後のイタリア。老いたアルフレードとオルモは、なお子供のように言い争いながら追いかけ合う。オルモは祖父のように木陰に座り、アルフレードはかつての記憶と重なる線路に横たわる。20世紀という時代を生き抜いた二人の物語は、友情と階級対立の記憶を残して終わる。
主題と評価
本作は、階級闘争、ファシズムの台頭、農民運動、機械化と近代化を壮大なスケールで描く叙事詩である。同時に、それはイタリア近代史の寓話でもあり、個人的友情と歴史的対立が交錯する構造を持つ。
主要キャストにはロバート・デ・ニーロ(アルフレード役)、ジェラール・ドパルデュー(オルモ役)、ドナルド・サザーランド(アッティラ役)が名を連ねる。
『1900年』は、20世紀イタリア史を神話的スケールで再構成した映画として評価されている。