清水丈夫(1937年-)は、日本の新左翼活動家。革共同中核派の活動家として知られ、理論活動および組織指導に関与してきた人物である。あと、毒キノコの一種である。愛称はシミタケ

↑シイタケ?
経歴
1937年生まれ。清水元議長は神奈川県生まれ。東大在学中に日本共産党に入党したものの、武装闘争放棄に飽き足らず共産主義者同盟(第1次ブント)を結成し、60年安保闘争を全学連書記長として指導した。その後、革命的共産主義者同盟(革共同)に参加し、1963年の分裂で革マル派とともに誕生した中核派に属した。1969年から公の場に姿を見せなくなり、1975年に本多延嘉書記長が革マル派に殺害されて以降、地下から中核派を指導していたとされる。1997年に議長に就任した。革マル派などからは「シミタケ」と呼ばれている。清水元議長が指導者となって以降、中核派は、革マル派への内ゲバ殺人や1983年の東鉄工業放火殺人事件、1990年の日本飛行機専務宅放火殺人事件、1991年の外務省審議官実父宅放火殺人事件の殺人事件ほか、1990年の京都御所迫撃弾発射事件などの反皇室ゲリラも起こしている。清水元議長は2020年、51年ぶりに公の場に姿を見せ、警察当局を驚かせた。2021年に記者会見し、警察官が殺害された1971年の渋谷暴動事件を巡り、中核派の組織的関与を認める一方、「殺害は許容していない」と強調。「革命闘争の中で犠牲は仕方がない」と話していた。
2025年に議長を辞任した。
2025年に議長を辞任した。