「ダメ……でしたか」
麦のように、踏みにじられても強く生きる。
その信条がついに折れてしまいそうだ。
その信条がついに折れてしまいそうだ。
「ーー様の今後のご活躍をお祈りしています。担当は×○社委託AI-50A-2が行いました」
これで16件目。アルバイトの不採用だけで16件だ。
金を稼ぎ生きていく、そんな当たり前のことはもうできないのかもしれない。
金を稼ぎ生きていく、そんな当たり前のことはもうできないのかもしれない。
振り返って、先程私を追っ払った壁を見る。
その壁は、お客の持つカゴに入った商品をスキャンして、人相と内臓チップから個人を特定し、一瞬の承認によってレジ打ち業務を完了した。
その壁は、お客の持つカゴに入った商品をスキャンして、人相と内臓チップから個人を特定し、一瞬の承認によってレジ打ち業務を完了した。
(仕事は的確、場所も取らない、呼吸をしないからCO2も実質ゼロ……)
ここまで見事に職を奪われちゃあ、なんだかあっぱれにも思う。
世界から金銭を収集する【灰色のシステム】が、私みたいな非スーパー日本人を選ぶはずもない。
壁がある。
あまりにも大きな壁が。
世界から金銭を収集する【灰色のシステム】が、私みたいな非スーパー日本人を選ぶはずもない。
壁がある。
あまりにも大きな壁が。
――――――――
高校の頃に買った1万ポッキリのママチャリで、電車と並走する。
電車内のすし詰め乗客たちは、みな、スマートフォンを見つめている。
電車内のすし詰め乗客たちは、みな、スマートフォンを見つめている。
踏切。カンカンカンカン。
急いで渡れそうだったが、危ないことは、しない。
急いで渡れそうだったが、危ないことは、しない。
横から、香水の強い女が駆けていく。
ハイヒールが線路の細い溝に引っかかった。
引っ張ってやらないと――自転車をスタンドで止めて――いや遅い――間に合わなくなったら――ええい、倒してしまえ――。
自転車を倒す一瞬の逡巡の間で、あっけなく女のハイヒールは溝から外れて、女はなにごともなかったようにすたすた歩いていった。
ハイヒールが線路の細い溝に引っかかった。
引っ張ってやらないと――自転車をスタンドで止めて――いや遅い――間に合わなくなったら――ええい、倒してしまえ――。
自転車を倒す一瞬の逡巡の間で、あっけなく女のハイヒールは溝から外れて、女はなにごともなかったようにすたすた歩いていった。
なにごともなくてよかった。
ホッとした。
倒した自転車を起こそうとして、ギョッとした。
女の子がいた。道路と自転車の間で呻いている。
顔面蒼白とはこのことだ。人を傷つけてしまったのは初めてだった。
倒した自転車を起こそうとして、ギョッとした。
女の子がいた。道路と自転車の間で呻いている。
顔面蒼白とはこのことだ。人を傷つけてしまったのは初めてだった。
「すみません、私の不注意のせいで……」
慰謝料だろうか。仕事がない金がないとは言えないだろう。まだ目処は立たないが17回目の就職は必ず成功させなければならない。
お金の問題ではないが……。とかく一生をかけて償わなくてはならない。
お金の問題ではないが……。とかく一生をかけて償わなくてはならない。
「別にいいですよ」
その女の子は、足首の力だけでぐいっと立ち上がった。
手品みたいに。
手品みたいに。
「こっちが変に『割り込んだ』せいですから。とはいえ……」
女の子は、私をじろじろと見る。
なんだろう、変かな。
自然、緊張してしまって、お腹に手を置く。
なんだろう、変かな。
自然、緊張してしまって、お腹に手を置く。
「魔人ですらないようですし、一体なんでこんな人が?」
「な、なにか?」
「な、なにか?」
女の子は、私の目をじぃっと見つめた。きれいな目だ。
「申し遅れましたみんな大好き有能秘書、牛尾栞と申します。なにか困っていることとかありますか?」
丁寧なお辞儀をして、爽やかな笑顔を見せる。
いい人みたいだ。
困っていること……。
いい人みたいだ。
困っていること……。
「やっぱり仕事がないこと、ですかね……」
「なら紹介しましょうか?」
「なら紹介しましょうか?」
突然の提案に驚く。
少し不安だけれど、私を心配しての提案だから、ありがたい。やはりいい人だ。
……けれど聞いてみたら、どうやら壁打ち用の壁を募集しているようだ。
少し不安だけれど、私を心配しての提案だから、ありがたい。やはりいい人だ。
……けれど聞いてみたら、どうやら壁打ち用の壁を募集しているようだ。
「最近はどこも壁の仕事ばかりですね」
「いえ私どもの言う壁は、比喩的な意味で……」
「いえ私どもの言う壁は、比喩的な意味で……」
なんと珍しい、壁に限らない壁の仕事らしい。
最近の求職雑誌には、老若男女問わずとあっても面接であからさまに弾かれることもあるけれど、そうではないようだ。
最近の求職雑誌には、老若男女問わずとあっても面接であからさまに弾かれることもあるけれど、そうではないようだ。
よかった~。
「本採用ならお知らせしますので」
女の子は深々頭を下げた。私も頭を下げる。
そのホンの十数秒の間に、女の子は忽然といなくなっていた。
そのホンの十数秒の間に、女の子は忽然といなくなっていた。
「狐に包まれたみたい」
私は突然の17件目の就活を終え、ふたたび自転車に跨った。
急がないと間に合わないかもしれない。
面会の時間だ。
急がないと間に合わないかもしれない。
面会の時間だ。
――――――――――
息を切らせて高い壁の元にたどり着いた。
空がもう赤い。
空がもう赤い。
「間に合いましたか?」
誰一人として逃すまいとする高い壁が、私の人相・声紋を認めて、私のために小さな通路を開けてくれる。
礼など見向きもしないけど、会釈して通る。
独特の冷たい雰囲気がある廊下を、足音が立たないようにひっそりと歩く。
礼など見向きもしないけど、会釈して通る。
独特の冷たい雰囲気がある廊下を、足音が立たないようにひっそりと歩く。
より細かい個人照合が、歩きながらで行われている。
壁たちが示す面会室への道のりはランタイムに構築され、所内の侵入も脱獄も許さない。
今回は右に曲がることが多かった。
壁たちが示す面会室への道のりはランタイムに構築され、所内の侵入も脱獄も許さない。
今回は右に曲がることが多かった。
くやしいけれど、人より壁たちの方が便利だし警備意識も高い。
壁たちに職を奪われるのも、当然だ。
壁たちに職を奪われるのも、当然だ。
最後の壁が体を開いて私を招き入れる。
と同時にざらざらした嫌な男の声が飛び込んでくる。
と同時にざらざらした嫌な男の声が飛び込んでくる。
「また来やがったキチガイがよ」
皺が目立ちはじめた頬を痙攣させ、禿頭の大男が私に悪態をついた。
相変わらずだ。
相変わらずだ。
「もう少し更生している態度を見せないと、刑期が長引きません?」
「お前に心配される筋合いはねえ」
「筋合いはありますよ、だってーー」
「お前に心配される筋合いはねえ」
「筋合いはありますよ、だってーー」
私がお腹に手を当てる。と、大男が激しい剣幕で怒鳴った。
「お前みたいな糞レイプされるだけの女が勝手に孕んで母親ヅラしてんじゃねえ!」
「子供に罪はありません。犯罪者はそちらですよ? ねー、はぁちゃん?」
「子供に罪はありません。犯罪者はそちらですよ? ねー、はぁちゃん?」
ぽんぽんと優しくお腹を撫でる。傍目でも分かるほど膨らんできたお腹。
「勝手に名付けるな!」
「男の子だったら、そっちが名付けてくださいな。父親ですもの」
「まだ間に合う! 堕ろせ!」
「天からの授かりものを――」
「――このキチガイが!」
「男の子だったら、そっちが名付けてくださいな。父親ですもの」
「まだ間に合う! 堕ろせ!」
「天からの授かりものを――」
「――このキチガイが!」
立ち上がって魔人対応強化ガラスを叩く。弾かれている。
とたんに大男の部屋が小さくなる。看守の壁が実力行使に出た。
とたんに大男の部屋が小さくなる。看守の壁が実力行使に出た。
「あ」
ガラスに血がついている。強く叩いたから、どこか怪我をしたみたいだ。
自業自得。やっぱり悪いことはできないネ。
自業自得。やっぱり悪いことはできないネ。
「怪我されたみたいですけど、大丈夫ですか?」
「お前の頭のほうがーー」
「お前の頭のほうがーー」
ビリっと嫌な音がして男は身を反った。なおも暴れたから強制措置を行ったのだろう。
彼との面談は、彼の大泣きか大暴れによって終わる。今回は後者らしい。
彼との面談は、彼の大泣きか大暴れによって終わる。今回は後者らしい。
「すみません、お手数かけます」
壁はなにかピカピカ光っていたが、そのシグナルは、私には分からない。
仕方なし、一礼だけして去った。
仕方なし、一礼だけして去った。
――――――――――――
家に帰る。小さなアパートの、たったの3畳の部屋。
必要最低限なものだけあれば案外これくらいのスペースでも暮らせるものだ。
私は布団を敷いて、はしたなく倒れる。
天井は暗い。
私の将来みたいだ。
でもそれは気の迷い。
照明を点ければいい。
そうしたら私の将来も明るく思えてくる。
子供も産まれる。子供。未来そのもの。私は未来を産む。世界は発展し将来は輝きに満ちている。
私は嬉しい。歴史に産まれる歴史の人たちのように、偉大なことが出来る。
照明の紐を引く。明るくならない。なんど引いても明るくならない。
電気代を滞納しているから……。
目を瞑ればもっと暗い。
けれど私には思い描くことができる。
私の子供。
不思議な就職。
イノベーションにより活性化する日本。
小さい頃に聴いた流行歌。
生き別れた両親の愛。
遠くても繋がっている友情の絆。
人々を見守るカミサマ。
経済を良くする政府。
日々高まっていくGNH。
この世界に生まれた幸運。
この世界で生きている奇跡。
必要最低限なものだけあれば案外これくらいのスペースでも暮らせるものだ。
私は布団を敷いて、はしたなく倒れる。
天井は暗い。
私の将来みたいだ。
でもそれは気の迷い。
照明を点ければいい。
そうしたら私の将来も明るく思えてくる。
子供も産まれる。子供。未来そのもの。私は未来を産む。世界は発展し将来は輝きに満ちている。
私は嬉しい。歴史に産まれる歴史の人たちのように、偉大なことが出来る。
照明の紐を引く。明るくならない。なんど引いても明るくならない。
電気代を滞納しているから……。
目を瞑ればもっと暗い。
けれど私には思い描くことができる。
私の子供。
不思議な就職。
イノベーションにより活性化する日本。
小さい頃に聴いた流行歌。
生き別れた両親の愛。
遠くても繋がっている友情の絆。
人々を見守るカミサマ。
経済を良くする政府。
日々高まっていくGNH。
この世界に生まれた幸運。
この世界で生きている奇跡。
「私は幸福だ」
今日はいい日だった。
だからきっと明日は良い知らせがあるよ。
きっと……。
だからきっと明日は良い知らせがあるよ。
きっと……。
―――――――――
近い未来、無慈悲な死神が彼女を取り立てに来る。
死神を退けるに5000億円もいらない。5000円でよい。
しかし彼女はそれすら出せないだろう。
無い袖はふれない。彼女は最後の担保を奪われることになる。
死神を退けるに5000億円もいらない。5000円でよい。
しかし彼女はそれすら出せないだろう。
無い袖はふれない。彼女は最後の担保を奪われることになる。
未来はない。
彼女の未来を歪めるのは、いつも他人だった。
彼女の未来を歪めるのは、いつも他人だった。
しかし、未だ来ない。
未来は決まっていない。
未来は決まっていない。