その日、私は鳥居京という女性に呼び出されていた。
のどかな晴れた休日の昼下がり。
日の光はじりじりと私の肌を焼き、太陽の眩しさに私はフードを被った。
何となく明るいその光を浴びていると目が潰れそうになる気がしてならない。
そんなことはないはずなのに、一度そう思うとその通りなのだという気分になる。
別に私の眼が潰れても私以外の誰も損はしないのだけれど。
彼女から指定された場所に着く前に、私の身の上というものをある程度語らねばならない。
諸君らは私の事など微塵たりとも興味が湧かないだろうが、少々お付き合いいただきたい。
私の名前は卯月寂(うづきじゃく)
一介の高校生であり、これといった特筆するべき背景というのもない。
魔人という存在が認知されている以上、私のタグが一つ増えただけに相違ない。
私の手に配られた手札は依然として変わらない。
変わることがあるとしたら、札の切り方ぐらいものだろう。
私の事を考えると私は頭が痛くなる。
胸の内側をかきむしりたいような、脳をかき乱してかき回してやりたくなる。
いかん、閑話休題。
物事に陰と陽が付いて回るように、人間にも陰と陽がある。
諸君らは私がどちらか既に察しているだろうから私は多くを語らないでおこう。
不愉快なことは考えないに限る。
それでも考えてしまうのが人間、というのは主語が大きすぎるだろうか。
こんな思考も無意味だと知っているのだが。
のどかな晴れた休日の昼下がり。
日の光はじりじりと私の肌を焼き、太陽の眩しさに私はフードを被った。
何となく明るいその光を浴びていると目が潰れそうになる気がしてならない。
そんなことはないはずなのに、一度そう思うとその通りなのだという気分になる。
別に私の眼が潰れても私以外の誰も損はしないのだけれど。
彼女から指定された場所に着く前に、私の身の上というものをある程度語らねばならない。
諸君らは私の事など微塵たりとも興味が湧かないだろうが、少々お付き合いいただきたい。
私の名前は卯月寂(うづきじゃく)
一介の高校生であり、これといった特筆するべき背景というのもない。
魔人という存在が認知されている以上、私のタグが一つ増えただけに相違ない。
私の手に配られた手札は依然として変わらない。
変わることがあるとしたら、札の切り方ぐらいものだろう。
私の事を考えると私は頭が痛くなる。
胸の内側をかきむしりたいような、脳をかき乱してかき回してやりたくなる。
いかん、閑話休題。
物事に陰と陽が付いて回るように、人間にも陰と陽がある。
諸君らは私がどちらか既に察しているだろうから私は多くを語らないでおこう。
不愉快なことは考えないに限る。
それでも考えてしまうのが人間、というのは主語が大きすぎるだろうか。
こんな思考も無意味だと知っているのだが。
「やぁ、来たね。待ってたよ寂くん」
不意にやってきた声に顔を上げる。
強い風が吹いて私のフードを無理やりに下ろしていく。
気付けば私は指定された場所についていた。
そこは寂れた神社で、私は何度もここに足を運んでいる。
人目がなくていいと彼女が言ったから何度もここに来た。
強い風が吹いて私のフードを無理やりに下ろしていく。
気付けば私は指定された場所についていた。
そこは寂れた神社で、私は何度もここに足を運んでいる。
人目がなくていいと彼女が言ったから何度もここに来た。
「京さん」
「はい、京さんだよー。ですよー。意外と早かったじゃないか。背が伸びたかい? いや、この場合は足が伸びたというべきかな? 成長してるかね青少年」
「気のせいですよ」
「はい、京さんだよー。ですよー。意外と早かったじゃないか。背が伸びたかい? いや、この場合は足が伸びたというべきかな? 成長してるかね青少年」
「気のせいですよ」
罰当たりなことに賽銭箱にあぐらをかいて座っている女性がいて、それが私の師匠であり先生であり先輩であり、そして……いや、よそう。
不用意にタグを増やしたところで何の意味もない。
要するに彼女は私の先を行く女性だ。
黒い艶やかな髪をざっくりと短く切り、短い丈のズボンとモッズコートが特徴的である。
名前は既に紹介した通り、鳥居京。
魔人にして私の住むこの街に根付いた存在。
その特殊能力を『地元じゃ負け知らず(マイ・フッド・スター)』
特定の土地を彼女の地元として塗り替える。
その土地での勝負事を行う時に彼女自身が強化されたり、有利な状況になりやすいという能力だ。
中学二年の春、私は彼女に出会い、そして魔人能力を見抜かれ、それ以降彼女の生徒のような立場になっている。
不用意にタグを増やしたところで何の意味もない。
要するに彼女は私の先を行く女性だ。
黒い艶やかな髪をざっくりと短く切り、短い丈のズボンとモッズコートが特徴的である。
名前は既に紹介した通り、鳥居京。
魔人にして私の住むこの街に根付いた存在。
その特殊能力を『地元じゃ負け知らず(マイ・フッド・スター)』
特定の土地を彼女の地元として塗り替える。
その土地での勝負事を行う時に彼女自身が強化されたり、有利な状況になりやすいという能力だ。
中学二年の春、私は彼女に出会い、そして魔人能力を見抜かれ、それ以降彼女の生徒のような立場になっている。
「稽古の日は今日じゃなかったはずですけど」
「いんや。呼び出した理由ってのはそれじゃあないんだよね」
「じゃあ、なんですか」
「結論を急ぐじゃあないか。この後女の子でも待たせてるのかい? だとしたらアタシは悲しいぞ。年頃とはいえ小さい頃から知っている君がアタシに相談もしてくれないで恋愛なんて」
「違います」
「いんや。呼び出した理由ってのはそれじゃあないんだよね」
「じゃあ、なんですか」
「結論を急ぐじゃあないか。この後女の子でも待たせてるのかい? だとしたらアタシは悲しいぞ。年頃とはいえ小さい頃から知っている君がアタシに相談もしてくれないで恋愛なんて」
「違います」
どういう思考回路から弾き出された発言なのだろうか。
非常に不本意だ。
そもそも私のような人間に色恋というものは不要なのだ。
そういった価値観は世に蔓延る一般を吸って生きている人間が取り扱えばいい。
生殖本能や一時の錯覚を一生の宝物のように扱って泣いたり笑ったりしていれば幸せに人生を終えることが出来るだろう。
私にとっては縁のない話である。
非常に不本意だ。
そもそも私のような人間に色恋というものは不要なのだ。
そういった価値観は世に蔓延る一般を吸って生きている人間が取り扱えばいい。
生殖本能や一時の錯覚を一生の宝物のように扱って泣いたり笑ったりしていれば幸せに人生を終えることが出来るだろう。
私にとっては縁のない話である。
「急に呼び出したんですから、何かあったんじゃないんですか?」
「んーその通り。正解。いや、だけどね? 落語だって噺のマクラというものがあるじゃない。何でもかんでも本題から始めればいいって訳でもないだろ? 無駄は有益で有益は無駄なんだよ、分かるだろ?」
「んーその通り。正解。いや、だけどね? 落語だって噺のマクラというものがあるじゃない。何でもかんでも本題から始めればいいって訳でもないだろ? 無駄は有益で有益は無駄なんだよ、分かるだろ?」
それらしいことを言う。
本当にそれらしいことだ。
物事はどの側面で見るかで印象が変わる、という話がしたいのならそれこそ無駄話である。
何事も見方や考え方、それじゃあ何も言っていないのと同じだ。
私の結論は違う。
きっと全てに意味がない。
不意にあらゆる物事はふいになる、刹那の苦楽でみんな一喜一憂している。
本当にそれらしいことだ。
物事はどの側面で見るかで印象が変わる、という話がしたいのならそれこそ無駄話である。
何事も見方や考え方、それじゃあ何も言っていないのと同じだ。
私の結論は違う。
きっと全てに意味がない。
不意にあらゆる物事はふいになる、刹那の苦楽でみんな一喜一憂している。
「まぁ、君の考えていることというのもアタシには分かるものだ。きっと何かこねくり回したことを考えているんだろう。素直じゃない。もっとシンプルな考え方も出来るくせに」
なんのことだろうか、さっぱり分からない。
私は私の歩き方で歩いているだけだ。
私は私の歩き方で歩いているだけだ。
「ふふ、アタシを見たまえ。ま、いつまでもダラダラ喋るのもなんだしね……本題に移るよ」
「……はい」
「大会に出て欲しい」
「……はい?」
「ほら、なんていうの、前に君とやった格ゲーみたいな話さ。謎の主催者が戦いを見たいとおっしゃってるんだってさ」
「……はい」
「大会に出て欲しい」
「……はい?」
「ほら、なんていうの、前に君とやった格ゲーみたいな話さ。謎の主催者が戦いを見たいとおっしゃってるんだってさ」
頭に一つ、疑問。
なぜ私に声をかける必要があるのか。
なぜ私に声をかける必要があるのか。
「なんで僕なんですか?」
「アタシの能力は使える場所が限られる」
「そういうことじゃあなくて」
「アタシの能力は使える場所が限られる」
「そういうことじゃあなくて」
私の知りうる限り、彼女は非常に広い人脈を持っている。
確かに彼女の能力『地元じゃ負け知らず』は使用できる土地に制限がある。
恐らく現在ではこの街の外に出れば作動しなくなるはずだ。
だから大会に自分が出られない分、誰かに代わってもらおうという話なのだろうが私じゃなくてもいい。
知り合いに戦闘向きだったり戦闘になれた人間がいるだろう。
こういうことはそういう者に任せればいい。
みすみす自分の顔を潰すようなことをする必要はないのだ。
確かに彼女の能力『地元じゃ負け知らず』は使用できる土地に制限がある。
恐らく現在ではこの街の外に出れば作動しなくなるはずだ。
だから大会に自分が出られない分、誰かに代わってもらおうという話なのだろうが私じゃなくてもいい。
知り合いに戦闘向きだったり戦闘になれた人間がいるだろう。
こういうことはそういう者に任せればいい。
みすみす自分の顔を潰すようなことをする必要はないのだ。
「寂くんじゃないと駄目なのさ。他の誰かじゃあ足りない」
「そこまでこだわる意味が分からないですね」
「今回の大会はさ、主催の推薦枠があるんだよね。あぁ、別に私は推薦枠じゃないよ」
「……それがどうしたんですか」
「だって君、そういうのを引きずり下ろしたいだろ? 弾かれ者だし、ルサンチマン気質だし」
「そこまでこだわる意味が分からないですね」
「今回の大会はさ、主催の推薦枠があるんだよね。あぁ、別に私は推薦枠じゃないよ」
「……それがどうしたんですか」
「だって君、そういうのを引きずり下ろしたいだろ? 弾かれ者だし、ルサンチマン気質だし」
返す言葉がなかった。
返すべき言葉が思考の中に現れないという意味でもあったし、肯定するしかないから黙っていたという意味でもある。
彼女は私の事をよく理解している。
それだけの付き合いがあるのだから、当然とも言えるけれど自分の心を見透かされたようで深井は不快だ。
卒業アルバムやら昔の日記やらを見られた時の感覚に似ている。
あるいは自分の恥がタイムカプセルのごとく掘り起こされた時といってもいい。
思わず眉の間に皺を寄せた私に対して、彼女は笑っていた。
返すべき言葉が思考の中に現れないという意味でもあったし、肯定するしかないから黙っていたという意味でもある。
彼女は私の事をよく理解している。
それだけの付き合いがあるのだから、当然とも言えるけれど自分の心を見透かされたようで深井は不快だ。
卒業アルバムやら昔の日記やらを見られた時の感覚に似ている。
あるいは自分の恥がタイムカプセルのごとく掘り起こされた時といってもいい。
思わず眉の間に皺を寄せた私に対して、彼女は笑っていた。
「君の根本的な思想を考えれば、選ばれた幸せ者たちを倒したくてたまらないはずさ。大丈夫、アタシは君のそう言うところだってお見通しなんだ。だから君を誘った、分かるだろう?」
「……」
「アタシ自身は結果についてどうだっていい。勝った方への商品にもね、ただ君が戦うところが見たいし、君が君の望みを達成するのも見てみたい」
「何故」
「知らないのかい? アタシは君の大ファンなのさ。出てくるやつの誰が誰の推薦なんて知らないね、アタシは卯月寂を推すよ。君以外の誰かの戦うところじゃ満足できないんだ」
「……」
「アタシ自身は結果についてどうだっていい。勝った方への商品にもね、ただ君が戦うところが見たいし、君が君の望みを達成するのも見てみたい」
「何故」
「知らないのかい? アタシは君の大ファンなのさ。出てくるやつの誰が誰の推薦なんて知らないね、アタシは卯月寂を推すよ。君以外の誰かの戦うところじゃ満足できないんだ」
視線を落とす。
日の光に照らされた落葉が揺れていた。
また風が吹いて葉が舞い上がり、しばらくしてまた落ちていく。
日の光に照らされた落葉が揺れていた。
また風が吹いて葉が舞い上がり、しばらくしてまた落ちていく。
「勝てませんよ、僕じゃ」
「構わない」
「京さんの紹介という話になれば、貴方の顔に泥を塗ることになるかも」
「構わない」
「この選択を後悔しますよ」
「構わない。そもそも誰もアタシや君のことなんて興味ないさ。踏み台程度に思ってる人間もいるかもね、だけれどそれでも命を燃やしてみなさい」
「構わない」
「京さんの紹介という話になれば、貴方の顔に泥を塗ることになるかも」
「構わない」
「この選択を後悔しますよ」
「構わない。そもそも誰もアタシや君のことなんて興味ないさ。踏み台程度に思ってる人間もいるかもね、だけれどそれでも命を燃やしてみなさい」
彼女が笑う。
その顔を見ると心が殴られたかのように揺れる。
たかだか表情筋の動きによって作られただけのものに目を奪われる。
人が桜の花に足を止める様に、私は彼女の笑みに思考を止める。
だからこそ、彼女の言葉を無防備に受け取る。
その顔を見ると心が殴られたかのように揺れる。
たかだか表情筋の動きによって作られただけのものに目を奪われる。
人が桜の花に足を止める様に、私は彼女の笑みに思考を止める。
だからこそ、彼女の言葉を無防備に受け取る。
「平気な顔をした人を振り返らせるのが生きた証っていうもんだよ」
本当に物は言いようだ。
全くもって嫌になってしまう。
彼女にではない、それじゃあなんて気持ちになってしまっている自分にだ。
勝敗などは長い人生における一つの結果であって、そんなことにこだわっていたって意味がないはずなのに。
万が一にも私の願いがかなうことないはずなのに、もしもの先の出来事を期待している。
全くもって嫌になってしまう。
彼女にではない、それじゃあなんて気持ちになってしまっている自分にだ。
勝敗などは長い人生における一つの結果であって、そんなことにこだわっていたって意味がないはずなのに。
万が一にも私の願いがかなうことないはずなのに、もしもの先の出来事を期待している。
「やろうよ」
「えぇ、やりましょう」
「ふふ……その言葉を待ってたんだ。思ってたよりスムーズに決めてくれてよかった」
「京さんの中ではどういう想定だったんですか」
「内緒だよ」
「えぇ、やりましょう」
「ふふ……その言葉を待ってたんだ。思ってたよりスムーズに決めてくれてよかった」
「京さんの中ではどういう想定だったんですか」
「内緒だよ」
……彼女の中の私とは一体どういう存在なのだろうか。
「さて、じゃあ最終調整がてら稽古をつけてあげよう」
「結局そういう話になりますか?」
「なるとも。まぁ安心してよ、泣く前にはやめてあげよう。もし泣いちゃったらアタシの部屋で慰めてあげたっていい」
「必要ありません」
「結局そういう話になりますか?」
「なるとも。まぁ安心してよ、泣く前にはやめてあげよう。もし泣いちゃったらアタシの部屋で慰めてあげたっていい」
「必要ありません」
賽銭箱から京さんが降りる。
モッズコートがずり落ちて肩が出てしまっているが気にしていないようだ。
無為自然の構え、いつもの見慣れた彼女の姿。
それでは、彼女からの薫陶を受けよう。
正中線をぶらさないように構える。
モッズコートがずり落ちて肩が出てしまっているが気にしていないようだ。
無為自然の構え、いつもの見慣れた彼女の姿。
それでは、彼女からの薫陶を受けよう。
正中線をぶらさないように構える。
「いつ始めますか?」
「もう始まってる」
「ですか」
「もう始まってる」
「ですか」
お互いが地面を蹴った。
勝つための一歩を踏み出した。
勝つための一歩を踏み出した。