石北快慶 プロローグSS“99%の成功と、1%の失敗”
絵に描いたような円満な家庭だ。
ダイニングテーブルには瑞々しいサラダ、パン、ベーコンエッグが並べられている。
席に着いているのは髪を後ろで纏めた若い女性、フォークをたどたどしい手つきで操ってベーコンエッグを食べる少女。そして二人を眺めて笑顔を浮かべる男。
食卓を囲む空気は暖かい。そこには幸せと笑顔がある。
ダイニングテーブルには瑞々しいサラダ、パン、ベーコンエッグが並べられている。
席に着いているのは髪を後ろで纏めた若い女性、フォークをたどたどしい手つきで操ってベーコンエッグを食べる少女。そして二人を眺めて笑顔を浮かべる男。
食卓を囲む空気は暖かい。そこには幸せと笑顔がある。
男は思った。
“私は成功している。”
そして、
“この景色のために常に自分を磨く必要がある。”
朝食を終えて、身支度を整えてから男は日課に移る。
『瞑想をすることで1日の作業効率が60%向上する ――ハインリッヒ遠藤の人生法則 1章4節――』
『朝に読書を行え ――成功を掴むための50の方法 2章3節――』
『朝に読書を行え ――成功を掴むための50の方法 2章3節――』
3分間の読書と瞑想を行う。出来るだけ成功へのヴィジョンを明確に想像しながら文字を追い、思考を整頓するのがコツだ。
「行ってくるよ。」
本を閉じ、仕事鞄を持って玄関へ。自然と妻と娘が見送りに来る。
その様子を見て、また笑みが溢れる。娘の頭を撫でてから外へ出る。
その様子を見て、また笑みが溢れる。娘の頭を撫でてから外へ出る。
『人生の99%は呼吸 ――今日からできるレベルアップ呼吸法 序文――』
朝日の光と涼しい風を浴びて、深呼吸。
郵便箱を開けて中身を確認する。
取るに足らないチラシの中に、一枚の手紙があった。
“大会”への招待状。異能を操る魔人を集めて相争わせる戦いへの誘いだ。
優勝賞品は“過去の改変”。
郵便箱を開けて中身を確認する。
取るに足らないチラシの中に、一枚の手紙があった。
“大会”への招待状。異能を操る魔人を集めて相争わせる戦いへの誘いだ。
優勝賞品は“過去の改変”。
「…………。」
誤配送ではない。男は確かに魔人だ。
しかし招待を受ける気はない。
男はすでに成功している。過去にはどん底も経験したが、改変する必要性もない。その失敗がなければ自分が魔人として目覚めることもなかったし、今日の幸せもない。
しかし招待を受ける気はない。
男はすでに成功している。過去にはどん底も経験したが、改変する必要性もない。その失敗がなければ自分が魔人として目覚めることもなかったし、今日の幸せもない。
手紙を懐に入れて、代わりに一葉の写真を取り出す。
いかにも軽薄そうな赤いメッシュを入れた茶髪の男だ。
これが男の“仕事”である。
いかにも軽薄そうな赤いメッシュを入れた茶髪の男だ。
これが男の“仕事”である。
男の名は石北快慶 。
職業は魔人専門の暗殺者。
能力は“自己勁発”。
自己啓発本から“成功力”を引き出す魔人である。
職業は魔人専門の暗殺者。
能力は“自己勁発”。
自己啓発本から“成功力”を引き出す魔人である。
12時間前、魔人犯罪者“加地場烽火 ”が某市街の銀行を放火し、行員3名・警備員2名を殺害して現金5000万円を奪う強盗事件が発生。
警察が駆けつけるも加地場は逃走。
戦闘の末、銀行から350m北西にある雑居ビルを占拠し、立て篭もった。
警察が駆けつけるも加地場は逃走。
戦闘の末、銀行から350m北西にある雑居ビルを占拠し、立て篭もった。
重武装した警官隊に囲まれても、加地場は一貫して強気だ。
ビルにいた人間に火をつけて5階の窓から叩き落とし、下にいた警官隊と野次馬に罵声を浴びせた。
交渉の余地なしと見た警察は強行突入を敢行するが、パイロキネシスと見られる魔人能力で全滅。
加地場は炎上する警官を踏み躙りながら、ビルを囲む報道陣に中指を立てた。
その挑発的な顔写真がSNSに出回ったのをキッカケに、加地場が付けた火は瞬く間に拡散していった。
ビルにいた人間に火をつけて5階の窓から叩き落とし、下にいた警官隊と野次馬に罵声を浴びせた。
交渉の余地なしと見た警察は強行突入を敢行するが、パイロキネシスと見られる魔人能力で全滅。
加地場は炎上する警官を踏み躙りながら、ビルを囲む報道陣に中指を立てた。
その挑発的な顔写真がSNSに出回ったのをキッカケに、加地場が付けた火は瞬く間に拡散していった。
「よく燃えてるぜ。」
雑居ビルの窓から下界の喧騒を眺め、加地場は口角を吊り上げた。
マスコミと野次馬が、挙って加地場の姿をカメラに収めようとする。
警官隊がそれを抑えるために声を張り上げ、群衆の波を押し戻す。
雑居ビルのPCからSNSを覗くと、その反応は様々だ。
マスコミと野次馬が、挙って加地場の姿をカメラに収めようとする。
警官隊がそれを抑えるために声を張り上げ、群衆の波を押し戻す。
雑居ビルのPCからSNSを覗くと、その反応は様々だ。
社会のセーフティネットの薄さを憂慮する者、原因は加地場自身の人格だとその発言に噛み付く者、加地場の挑発的な顔写真をコラージュして面白がる者。
称揚、批判。質は問わない。
世界が自分に注目しているという実感が、何よりも欲しいのだ。
世界が自分に注目しているという実感が、何よりも欲しいのだ。
「さーて、新しい話題を提供してやろうかなァー?」
窓際に警官の死体を引きずる。
「燃やしてばっかだからなァ……次は解体ショーでもしてやるか?」
薄ら笑いを浮かべる。
きっと窓の向こうには、自身 の登場を待つ観客が群れを成しているだろう。その想いに答えるべく窓を開ける。
きっと窓の向こうには、
しかし、加地場の目の前に広がっていたのは一面の白だった。
人々の視線も、カメラの無機質なレンズもない。
人々の視線も、カメラの無機質なレンズもない。
「なん……ゲホッ、ゴホッ!!」
咳き込む。一面の白の正体は煙だ。
「この建物はまだ燃やしてねえのに……!」
「不思議ですか?」
「不思議ですか?」
独り言を遮るように、無機質な男の声が部屋に響く。
「サツか!懲りずに来やがって!」
振り返りざまに闖入者に火炎を放つ。
だが、闖入者はそれよりも速い。
ジグザグな軌道で炎を避けながら高速接近し、加地場の腹に鋭い蹴りを放つ。
だが、闖入者はそれよりも速い。
ジグザグな軌道で炎を避けながら高速接近し、加地場の腹に鋭い蹴りを放つ。
「がはっ…………!?」
デスクを吹き飛ばしながら壁に叩きつけられる。
「何モンだ……テメェ?」
闖入者の姿を見て、思わず疑問を口にする。
そこに立っていたのは、70cmほどの本棚を背負ったビジネスマン風の男。
蹴り足を下げ残心しながらも、手は忙しなく動いている。
そこに立っていたのは、70cmほどの本棚を背負ったビジネスマン風の男。
蹴り足を下げ残心しながらも、手は忙しなく動いている。
『やるべき事をメモに取れ! ――30年後、行動力のない人間は絶滅する! 1節4章――』
「仕事に来た者です。」
加地場にメモを見せる。
[加地場烽火を殺す]
と書かれたメモだ。
「私、魔人専門の暗殺業を営んでおります、石北快慶……と申します。
どうぞよろしくお願いします……短い間ですが。」
どうぞよろしくお願いします……短い間ですが。」
恭しく頭を下げる。
『挨拶は全ての基本 ――自分を変えるために今からできること 2章6節――』
「ナメやがって!!」
加地場は体を起こし、反撃。相手の俊敏な動きを考慮に入れて攻め方を変える。
点ではなく面を制圧する炎。部屋が火の海となる。
点ではなく面を制圧する炎。部屋が火の海となる。
「お前もポリ共みたいに黒焦げのステーキにしてやるよ!!」
石北は再びメモを取り、“行動力”を増強してバックステップ。
間一髪でステーキになるのを回避した。
[炎を止める]と書かれたメモを捨てる。メモは猛炎の生み出す風に吹かれ、黒焦げの墨となって床に落ちた。
間一髪でステーキになるのを回避した。
[炎を止める]と書かれたメモを捨てる。メモは猛炎の生み出す風に吹かれ、黒焦げの墨となって床に落ちた。
「角に追い詰めたぜェ……どうする?焼き加減を選ばせてやるよ。」
じり、と加地場が間合いを詰める。
「手足だけ焼いて芋虫になるか?それとも串刺しにしてケ」
「失礼。」
「失礼。」
石北が加地場を制止するように手のひらを向け、懐から何かを取り出す。
「っ!」
加地場は武器を警戒する。
しかしその手に握られていたのは、タッパー。
中身は、赤パプリカソースのレバ玉炒めである。
石北はその場で正座したかと思うと、突然タッパーの中身をガツガツと食べ始める。
中身は、赤パプリカソースのレバ玉炒めである。
石北はその場で正座したかと思うと、突然タッパーの中身をガツガツと食べ始める。
『ストレスを感じた時はレバーを食え ――生活は食から変えろ 5章3節――』
卵に含まれるトリプトファン、レバーに含まれる鉄と亜鉛がセロトニンの分泌を助けるのである。
十数秒で中身を食べ尽くして、手を合わせてから空のパックを懐にしまう。
十数秒で中身を食べ尽くして、手を合わせてから空のパックを懐にしまう。
「セルフマネジメントをしていました。あまりに意識の低い人間を相手にすると、呆れに近い怒りを覚え精神衛生に悪いので。ご了承ください。」
「…………聞き間違いか?ナメた発言が聞こえたんだが。」
「それ以外に聞こえたなら、私の““伝達力””不足でしょうね。」
「殺すっ!!」
「…………聞き間違いか?ナメた発言が聞こえたんだが。」
「それ以外に聞こえたなら、私の““伝達力””不足でしょうね。」
「殺すっ!!」
挑発に乗り、石北に攻撃を仕掛ける。しかし戦略自体は冷静である。
巨大な炎の壁で横の退路を塞ぎ、圧殺する腹積もりだ。
堪らず石北は加地場に向かって前進。残された退路はここだけだ。
巨大な炎の壁で横の退路を塞ぎ、圧殺する腹積もりだ。
堪らず石北は加地場に向かって前進。残された退路はここだけだ。
「バカが!!ステーキ決定ェ!!」
加地場の思惑通りだ。
いかに動きが速かろうと来る場所が読めていれば、当てるのは容易。
石北の経路上に炎を集中させ……
いかに動きが速かろうと来る場所が読めていれば、当てるのは容易。
石北の経路上に炎を集中させ……
「…………あ?」
異変に気付く。
炎が出ない。手からはガス欠のバイクのように黒煙が噴き出すのみ。
炎が出ない。手からはガス欠のバイクのように黒煙が噴き出すのみ。
「なっ…そんなバカ、なァッ!?」
距離を詰めた石北が両掌を加地場の胴に当て、“勁発”する。
掌から放たれた““成功力””が骨と肉を貫通し内臓を揺らす。
掌から放たれた““成功力””が骨と肉を貫通し内臓を揺らす。
“双牙 ”
「ぎぃ、ああぁあぁーーーーッ!!」
爆風に押されたかのように吹き飛び、血を吐きながら床を転がる。
「何を…何をしやがった……!」
「……『相手の立場に沿ったサービスを提供しろ ――年商4億円への道 従業員の章――』。
あなたの意図を考えたんですよ。」
「意図…?」
「強盗を成功させたあなたは、何故すぐに姿を眩まさなかったのか。
ビルにいた人間をいくらでも利用できたのに、何故彼らを残忍な方法で殺して警察を挑発したのか。
……あなたの魔人能力が、“観衆に認知される事で作動する”からですね?」
「…!」
「逃走経路も目立つ大通りです。
ビルの人間を殺す際は必ず窓や表に出て観衆に見せつける。
警察の死体も不必要なほどに装飾が施されている。
あなたが余程の愚者でなければ、これらの全てが“見られること”を目的とした行動であるはずだ。
仮説を確かめるために“加地場烽火”でSNSのアカウントを検索したところ……」
「……『相手の立場に沿ったサービスを提供しろ ――年商4億円への道 従業員の章――』。
あなたの意図を考えたんですよ。」
「意図…?」
「強盗を成功させたあなたは、何故すぐに姿を眩まさなかったのか。
ビルにいた人間をいくらでも利用できたのに、何故彼らを残忍な方法で殺して警察を挑発したのか。
……あなたの魔人能力が、“観衆に認知される事で作動する”からですね?」
「…!」
「逃走経路も目立つ大通りです。
ビルの人間を殺す際は必ず窓や表に出て観衆に見せつける。
警察の死体も不必要なほどに装飾が施されている。
あなたが余程の愚者でなければ、これらの全てが“見られること”を目的とした行動であるはずだ。
仮説を確かめるために“加地場烽火”でSNSのアカウントを検索したところ……」
スマートフォンを取り出して画像を開く。
加地場が死体と共に自分を写している写真だ。
加地場が死体と共に自分を写している写真だ。
「ありました。……ええ、“ありました”。
もう、ありませんが。」
「なっ………」
もう、ありませんが。」
「なっ………」
加地場がスマートフォンを取り出してSNSにログインしようとする。
しかし、どのアカウントも発信と閲覧が不可能だ。
しかし、どのアカウントも発信と閲覧が不可能だ。
「ここに突入する前に、あなたの“薪”は全て取り除きました。」
加地場烽火の魔人能力“炎上・E ”は、“炎上”することで自らの炎を強化できるパイロキネシスだ。加地場のアカウントに否定的なコメントやリプライが集まるほど、加地場に白い目が向けられるほど、彼の炎は増長する。
逆にそれが一度収まれば……
逆にそれが一度収まれば……
「窓に煙幕を張ったのは……お前やポリが突入するためじゃなく……!
俺を“凍結”させるため……!」
俺を“凍結”させるため……!」
「一つ言っておきましょう。あなたの“薪”を取り除いたのは……
あなたが小枝のように踏み潰して蔑んでいたポリですよ。」
あなたが小枝のように踏み潰して蔑んでいたポリですよ。」
じり、と床を踏みしめて拳を引く。
「待て、やめろ!!」
石北の脳裏に“カウニッツ心理学 成功する99の方法”の一節が浮かぶ。
『躊躇いを捨てて、手足を動かせ。』
「もうこんな怪我じゃ戦えねえ!!降参す」
踏み込みながら拳を放つ。
狙いは頭。脳を“勁発”し、頭蓋の中に嵐を巻き起こす。
狙いは頭。脳を“勁発”し、頭蓋の中に嵐を巻き起こす。
“頸嵐 ”
「ぶっ げぼっ」
加地場が拳を受けてよろめく。
その数瞬後、耳・目・鼻・口からどろりと血が流れ出た。
死に至った。そう確信できる手応えだ。
その数瞬後、耳・目・鼻・口からどろりと血が流れ出た。
死に至った。そう確信できる手応えだ。
残心する。
どんな反撃があろうとも弾き返す腹積もりだ。一切油断はない。
なかった、はずだ。
どんな反撃があろうとも弾き返す腹積もりだ。一切油断はない。
なかった、はずだ。
「……!?」
石北の全身が炎上する。
「バカな…どうやって……!」
「キヒ、キヒヒヒヒヒ…!」
「キヒ、キヒヒヒヒヒ…!」
倒れた加地場が上半身を起こす。鼻と耳からどろりと脳漿が垂れた。
震える手でスマートフォンの画面を見せる。
アカウント登録の必要ない匿名掲示板に、石北が加地場に拳を振るう映像が実名と共に貼り付けられ、それをきっかけに石北のSNSアカウントが大量のコメントで荒らされている。
石北快慶は意識が高い。SNSも実名で行なっているために、より速やかに特定・炎上させられたのだ。
震える手でスマートフォンの画面を見せる。
アカウント登録の必要ない匿名掲示板に、石北が加地場に拳を振るう映像が実名と共に貼り付けられ、それをきっかけに石北のSNSアカウントが大量のコメントで荒らされている。
石北快慶は意識が高い。SNSも実名で行なっているために、より速やかに特定・炎上させられたのだ。
「俺は、他人も“炎上”させられるんだぜェ……!燃えて死ねよ、クソ野郎!」
皮膚が焼け爛れ、周囲の酸素が失われていく。
背負った自己啓発本の数々……自身の成功の礎が焼け落ちていく。
思考する。脳内に巡るのは助かる手段の模索と意識の低い後悔。
背負った自己啓発本の数々……自身の成功の礎が焼け落ちていく。
思考する。脳内に巡るのは助かる手段の模索と意識の低い後悔。
迷いだ。
しかし、身体は迷わない。自然と成功への道を歩む。
たとえ、それが無慈悲な選択であろうと。
それが““成功力””の真の効力だ。
たとえ、それが無慈悲な選択であろうと。
それが““成功力””の真の効力だ。
『この本を開くときは一切の希望を捨てよ ――ミニマリストへの道 序文――』
これまで読んだ本の中で唯一、自ら禁術と定めた技がある。
それは自己の能力を高める自己啓発の中で唯一、“捨てる”技術。
それは自己の能力を高める自己啓発の中で唯一、“捨てる”技術。
“断捨離”
突如として石北の体を苛む炎が、跡形もなく消滅する。
「「!?」」
二人の困惑が重なる。
その硬直から、わずかに早く動き始めたのは石北だった。
踏み込んで頭部に拳を放つ。
加地場はこの一撃で完全に頭蓋を砕かれ、中身を撒きながら絶命した。
その硬直から、わずかに早く動き始めたのは石北だった。
踏み込んで頭部に拳を放つ。
加地場はこの一撃で完全に頭蓋を砕かれ、中身を撒きながら絶命した。
「今のは……。」
残心しながら事態を分析する。
石北が今、無意識下で放った“断捨離”は、自分に必要最低限のもの以外は全て消滅させてしまう。
自身の負傷、負債、人間関係を削ぎ落とし、己をただ成功を繰り返すだけの機械に変えるための魔技である。
自身の負傷、負債、人間関係を削ぎ落とし、己をただ成功を繰り返すだけの機械に変えるための魔技である。
ストレスとは無縁のはずの石北の心臓が早鐘を打つ。
石北は加地場の死を確認すると、急いでビルの階段を駆け下りて家路を急ぐ。
石北は加地場の死を確認すると、急いでビルの階段を駆け下りて家路を急ぐ。
すれ違う警察官や依頼主が、急ぐ石北に声を掛けようとするが、それを無視した。
『挨拶をされたら必ず立ち止まって挨拶を返せ ――一つ上のビジネスマンになろう 3章1節――』
だが、石北にはそんな些細な成功など、自分が今犯した失敗に比べればどうでもいいのだった。
石北を待っていたのは、広くなった我が家だった。
今朝家族と過ごしたダイニングのテーブルは無くなり、娘が好きだったアニメのブルーレイディスクも、妻が身だしなみを整えていた鏡台も無い。
寝室からは妻のベッドとサイドテーブルが、子供部屋からはあらゆる家具が消え失せていた。
今朝家族と過ごしたダイニングのテーブルは無くなり、娘が好きだったアニメのブルーレイディスクも、妻が身だしなみを整えていた鏡台も無い。
寝室からは妻のベッドとサイドテーブルが、子供部屋からはあらゆる家具が消え失せていた。
玄関を出て辺りを見回す。
何処かに妻と娘の痕跡は無いか探し回る石北の目が、家の表札を見て止まる。
何処かに妻と娘の痕跡は無いか探し回る石北の目が、家の表札を見て止まる。
そこに、妻と娘の名は無かった。
「………」
二人は“断捨離”されたのだと、石北は思い知った。
失意のまま石北は何もない家に入る。
机も椅子もないリビングの床に座り込み、ただ呆として家族の面影を思い返す。
机も椅子もないリビングの床に座り込み、ただ呆として家族の面影を思い返す。
何分、何時間そうしていただろうか。
懐のスマートフォンが鳴る。
重い指を動かして通知を確認する。
依頼主からの、任務成功報酬の振込についてだった。
重い指を動かして通知を確認する。
依頼主からの、任務成功報酬の振込についてだった。
「…………成功、だと。」
自分への怒りか、あるいは後悔か。
感情のままにスマートフォンを床に叩きつける。
おそらくそれは、石北が意識の低い行為として最も嫌っていた衝動的行為だった。
感情のままにスマートフォンを床に叩きつける。
おそらくそれは、石北が意識の低い行為として最も嫌っていた衝動的行為だった。
「これのどこが成功だっ!!」
床を殴りつける。
「これの、どこが……っ!!」
拳を再び振りかぶったところで、ポケットから何かが落ちる。
「……?」
“大会”への招待状。
異能を操る魔人を集めて相争わせる戦いへの誘いだ。
優勝賞品は“過去の改変”。
異能を操る魔人を集めて相争わせる戦いへの誘いだ。
優勝賞品は“過去の改変”。
「…………。」
縋るように手紙を拾い上げる。
「過去の、改変……。」
書かれていた文言を口に出す。
本当にこんなことが可能なのか、とは考えなかった。
これに縋るしかないと、自身の““成功力””がそう告げている。
これに縋るしかないと、自身の““成功力””がそう告げている。
懐からタッパーを取り出す。
消滅を免れた、妻が残した唯一のもの。
赤パプリカソースのレバ玉炒め。
消滅を免れた、妻が残した唯一のもの。
赤パプリカソースのレバ玉炒め。
「もう一度だけ、私を成功させてくれ。」
石北は泣きながら、それを平らげた。