琳、という音が殺風景な部屋に響くと、打ち放しの壁は柔らかなクリーム色の壁紙に覆われ、塩ビ製のシートの上には高級感のある絨毯が敷かれる。
靴の上からであっても、柔らかさが伝わってくる。椅子に掛けたまま、鶏口千々盟は足裏の感触を楽しんだ。
靴の上からであっても、柔らかさが伝わってくる。椅子に掛けたまま、鶏口千々盟は足裏の感触を楽しんだ。
「おお、仕事中だったか。忙しい中悪いな」
革張りの椅子に包まれて現れたのは、肩に大きな東天紅を乗せた壮年の男である。
「いや、立て込んでる訳じゃないし、しゃちょーが僕に用があるっていうならばそれを優先するよ。『大会』のことで何かはなしでもあるの?」
「話が早くて助かる」
「話が早くて助かる」
「社長」と呼ばれた男は眉間に皺をよせ、身体を前に屈めるようにして話し始めた。
「俺はこれまで、綱渡りに綱渡りを重ねてやっとのことで今の地位を手に入れた。対外的には企業努力だとか先見の明だとか適当なことを言ってやり過ごしてきたが、実際には魔人能力のおかげだ。『最後の最後の真実』、未来を司る俺一人の力だ。これを守ってくれたのはお前や社員達だけどな」
「それが今、脅かされている。過去改変能力によって」
「そうだ。大体おかしいだろ!? なんなんだよあの牛尾ってお嬢ちゃんはよ! 俺が何のために魔人であることを隠してきたと思ってんだ。無用な敵を作らないためだろ?! それをあの女、あんなに堂々と!! はァ……」
「それが今、脅かされている。過去改変能力によって」
「そうだ。大体おかしいだろ!? なんなんだよあの牛尾ってお嬢ちゃんはよ! 俺が何のために魔人であることを隠してきたと思ってんだ。無用な敵を作らないためだろ?! それをあの女、あんなに堂々と!! はァ……」
頭を抱え、目を血走らせた「社長」の頭上を東天紅が呑気に歩き回る。牛尾栞に見お鶏しない美人秘書だ。ナーバスになった「社長」をフワフワの羽毛で宥めすかす。
「敵になったら、いや、敵にすらなれない…… 奴に敵対しようとしたならば、その時点で持っている何もかもを根こそぎ奪われかねない。だから誰もが見過ごすしかない」
「それじゃあ僕は何をすればいいの? 彼女のご機嫌取り?」
「それじゃあ僕は何をすればいいの? 彼女のご機嫌取り?」
念のために聞いておく。千々盟は「社長」が実際には何をしたいか分かっていたし、それは彼がしたいことと変わらない確信があった。
「そんなことをするつもりはない。あの傲岸不遜な態度、誰も反対などするはずが無いというような顔付き、気に食わん。何故俺が恐れなくてはいけない」
「そうだよね。しゃちょーならばそういうと思ってたよ、という訳で」
「そうだよね。しゃちょーならばそういうと思ってたよ、という訳で」
琳、という音が響き、部屋に人影が追加された。タイトなグレースーツに身を包んだ眼鏡の女性、正しく渦中の人、牛尾栞その人である。
「これは……?」
「『大会』に関する声明が発表されてすぐにね、彼女の姿を探し出して近くで鈴を鳴らしておいた」
「お前…… 下手したら過去を書き換えられてたんじゃないのか。よくやるよ……」
「油断してたのか、誘ってたのかは分からないよ。ただ、これでしばらくは僕達の過去に介入されるような事態は防げるはずだ」
「どうしてそう言い切れる」
「彼女の声明を信じるならば、の話ではあるけど、牛尾栞の能力『ひとつまみの嘘を』は他人の過去に自分を登場させる能力だ。過去、というのをエピソードと言い替えても良い。もしも一つのエピソード中で彼女が二人以上、別の目的で登場しているならば、どうなると思う?」
「俺と結婚しようとしている栞嬢と俺を大女優の夫にしようと奮戦する栞嬢が同時に存在したら…… どうなるんだろうな?」
「全身を舐めるように見て鼻の下が伸びたねしゃちょー。仮定に仮定を加える破目になるから言い切ることはできないけど、この矛盾を無くすならば、そもそも同時に存在しないことが何よりもスマートなはずなんだ。だから、僕はきっと彼女が登場しているエピソードは改変されないと考えている」
「しかしこの音と匂いと味と触感まで再現された立体映像を傍に置いておくだけで、本当に大丈夫か?」
「念のため、彼女の動作を僕たちの行動の動機づけに利用しよう。例えば、彼女が体の向きを変えたら、それに合わせて僕達も体の向きを変える、とかの条件を作っておくんだ。ある程度彼女の行動と僕たちの行動を結び付けておけば、これは彼女に従って、彼女の意志で動いている状態に限りなく近付いているはずだからね」
「……面倒くさいな」
「だからモチロン『大会』にも出るよ。僕たちに関わる一切の変化が起こされないように保証してもらうつもりだ」
「そういえば最初からそれをお願いするつもりだったんだ」
「『大会』に関する声明が発表されてすぐにね、彼女の姿を探し出して近くで鈴を鳴らしておいた」
「お前…… 下手したら過去を書き換えられてたんじゃないのか。よくやるよ……」
「油断してたのか、誘ってたのかは分からないよ。ただ、これでしばらくは僕達の過去に介入されるような事態は防げるはずだ」
「どうしてそう言い切れる」
「彼女の声明を信じるならば、の話ではあるけど、牛尾栞の能力『ひとつまみの嘘を』は他人の過去に自分を登場させる能力だ。過去、というのをエピソードと言い替えても良い。もしも一つのエピソード中で彼女が二人以上、別の目的で登場しているならば、どうなると思う?」
「俺と結婚しようとしている栞嬢と俺を大女優の夫にしようと奮戦する栞嬢が同時に存在したら…… どうなるんだろうな?」
「全身を舐めるように見て鼻の下が伸びたねしゃちょー。仮定に仮定を加える破目になるから言い切ることはできないけど、この矛盾を無くすならば、そもそも同時に存在しないことが何よりもスマートなはずなんだ。だから、僕はきっと彼女が登場しているエピソードは改変されないと考えている」
「しかしこの音と匂いと味と触感まで再現された立体映像を傍に置いておくだけで、本当に大丈夫か?」
「念のため、彼女の動作を僕たちの行動の動機づけに利用しよう。例えば、彼女が体の向きを変えたら、それに合わせて僕達も体の向きを変える、とかの条件を作っておくんだ。ある程度彼女の行動と僕たちの行動を結び付けておけば、これは彼女に従って、彼女の意志で動いている状態に限りなく近付いているはずだからね」
「……面倒くさいな」
「だからモチロン『大会』にも出るよ。僕たちに関わる一切の変化が起こされないように保証してもらうつもりだ」
「そういえば最初からそれをお願いするつもりだったんだ」