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ハートに巻いた包帯を僕がゆっくりほどくから

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匿名ユーザー

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ハートに巻いた包帯を僕がゆっくりほどくから ◆MUMEIngoJ6


 黒い衣服に真紅のマントを羽織った男が、距離を取らんとバックステップを踏む。
 撤退を試みる男はただの人間にあらず、世界を裏で牛耳る秘密機関『GOD』に改造された戦闘工作員。
 人間のレベルを凌駕する身体能力を誇りながらも、相対する男には現状では勝ち目がないと判断した。
 ただただGODに尽くすよう命ぜられた以上、異世界の技術を持ち帰ることなく息絶えるワケにはいかないのだ。
 僅かにズレたこれまた黒のベレー帽を直して、名前すら与えられていない戦闘工作員は相手に背を向けた。

―― EXCEED CHARGE ――

 篭った男性の声のような機械音声を浴びせられ、戦闘工作員の身体が静止する。
 限界まで離れるという狙いと異なり、まだたったの三度地面を蹴ったところ。
 GODの科学技術を注ぎ込まれた改造筋肉をもってしても、動くことができない。
 正確には足掻くことはできる。けれども肝心の足が微動だにしないのだ。
 戦闘工作員が視線を落として、身体に纏わりつく輝く網を確認する。
 素材は不明。引き千切ろうとする力すらも吸い込まれる、そんな感覚を抱いた。
 電撃にも似た痺れの中で、戦闘工作員は何とか首だけを背後に回した。
 装着したゴーグルを通して見えたのは、十字架型の刃を逆手に構えて肉薄した戦闘相手。
 漆黒のボディスーツに黄色いラインが走った、胸部と顔面が紫色の戦士。
 戦闘工作員には、目の前にいる存在に関する知識が刻まれていない。
 しかしあとコンマ幾秒で斬り付けられるというところで、戦闘工作員はふと思った。

 どこか、彼らが所属するGOD秘密機関に単身敵対する『仮面ライダー』を連想させると。

「おおォォォ――――ッ!!」

 黄色と紫の戦士――カイザと呼ばれる強化スーツを纏った青年が、戦闘工作員を袈裟に斬り落とした。
 一秒にも満たない接触ではあったが、威力は十分だったらしい。
 戦闘工作員が断末魔の声すらあげられずに、青白い炎に塗れて灰となっていく。
 完全に灰化したのを見届けて、カイザはバックルから携帯電話型ツール『カイザフォン』を取り出す。
 スライドさせてボタンを現し、軽くボタン操作することで変身を解除する。
 電子音とともに黄色と紫のスーツが消え、カイザとなっていた青年の姿が露となる。
 初見では女性ではないかと勘違いしてしまいそうになるのは、長い水色の髪と中性的な顔付きのせいだろう。
 だが整った目鼻立ちは、張り付いた苦悶の表情のせいで歪んでしまっていた。

「ぎうァ…………ッ」

 搾り出すような声をあげて、賢者である青年は地に膝を付ける。
 回復呪文を唱えるも、彼を襲う異変は依然として収まらず。
 ユーリという名の彼が、高位の回復呪文を扱えないのではない。
 むしろ勇者一行の賢者として魔王を打倒したユーリの呪文は、世界屈指のレベルと言っていいはずだ。
 だというのに彼がもがき続けているのには、理由がある。
 彼の使用したカイザギアこそが、彼を苦しませているのだ。
 スマートブレイン社製のライダーズギアは、本来オルフェノクしか使用できない。
 彼が変身できたのは、ルビスの祝福を受けた勇者の仲間であるからだ。
 とはいえ、変身中に全身に流れ込むフォトンブラッドの影響を受けないワケではない。
 ましてやカイザ装着者に流れるフォトンブラッドは、ファイズ装着者を超える。
 いかに勇者の仲間であろうと、長時間変身や繰り返しの変身は禁物なのだ。
 そもそもルビスの祝福を受けた者は、オルフェノクの因子に似た物を埋め込まれているにすぎない。
 もしそれを使い切ってしまえば、待っているのは灰化する運命。

「まずいね……」

 誰にともなく呟いて、ユーリは服の上から脇腹に手を当てた。
 微かな音を立てて、表面が崩れたのを感じる。
 フォトンブラッドの奔流による苦しみはあれど、灰化した脇腹にはこれといった痛みはない。
 だからこそ静かに迫り来る死を予感させ、ユーリは身震いする。

 変身したのは、先ほどで二度目。
 最初は、支給されたカイザギアの説明書を読んだ時だ。
 危険だとは思いつつも、いざという時に使えなければ意味がないと変身コードを打ち込んだ。
 遠距離近距離一体の十字架型武器『カイザブレイガン』を右手に、数十分ほど具合を確かめた。
 フォトンブラッドの恐ろしさを身をもって体感しながらも、カイザとなった際の戦闘スタイルを導き出す。
 そして当分の間は使用しないはずだったのだが、使わざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
 戦闘工作員単体ならともかく、支給されたモンスターと武器が厄介だったのだ。
 モンスターにユーリの相手をさせて、本人は遠距離から狙撃する。
 そんなスタイルに攻めあぐねたユーリは、カイザに変身することで戦闘工作員へと一気に距離を詰めた。
 逃走を図るに相応しい支給品はあったが、勇者の仲間として戦闘工作員を放置するなど選べなかった。
 その結果、彼はフォトンブラッドの真なる恐ろしさを再び思い知ることになったのだ。

「だけど、まだ僕は止まれないんだよ」

 カイザギアとともにデイパックに入っていた長老の杖を支えとして、ユーリはゆっくりと立ち上がる。
 フォトンブラッドがもたらした嘔吐感も、どうにか治まっていた。
 それでも万全とは言えないが、立ち止まっているワケにはいかないのだ。
 戦闘工作員であった灰の山、そのすぐ近くに女性の死体がある。
 カイザブレイガンを一閃するより前に気付いていたが、その死体はどうやら上空から突き落とされたもの。
 ユーリは歯を噛み締めて、ナジミの塔の最上階を見据える。
 人影は見当たらないものの、死角にいないとは限らない。
 灰の上に乗っかったデイパックを手にすると、散らばっている戦闘工作員の支給品を回収する。

(ヤツが使ってきた道具――モンスターを召還できるボールに、光線を放つ機械がある。問題ない)

 自分のデイパックに中身を纏めたユーリが、ナジミの塔へと踏み込む。
 胸中で言い聞かせた言葉に応えるように、腰に巻いたベルト『カイザドライバー』が照明を鈍く照り返した。



【GOD戦闘工作員@仮面ライダーX 灰化確認】


 ◇ ◇ ◇


 階下から響く足音に、ミレニアは目を見開いた。
 数時間単位で意識を集中させていたのは、さすが勇者といったところか。
 殺した女性に支給されていた武器がポケットにあるのを確認して、腰に携えた腹切りソードに手をかける。
 近付いてくる足音から、侵入者の距離を読み抜く。
 あと七十段、六十段、五十段、四十段――――
 足音を立てずに踊り場から滑るように移動して、階段の影に隠れる。
 三十、二十、十五、十、五、四、三――――身体をバネとして一気に立ち上がって、ミレニアは剣を振るう。

「勇、者……様?」
「ユーリ、君?」

 予期していなかった相手の姿に、互いの動きが固まった。
 腹切りソードはユーリの首筋で、長老の杖はミレニアの胸元で静止している。
 どうやら、ユーリが足音を立てていたのは策であったようだ。

「申し訳ない、よもや勇者様だとは。地上の死体に警戒していたもので……失礼」

 杖を引っ込めて、ユーリは軽く頭を下げる。
 勇者が無作為に殺人などするはずがない。
 そう信じ切っているかのように、警戒心などは消え失せてしまっていた。

「勇者様?」
「あ、ぅ…………」

 何も返してこないことを訝るユーリの視線を受け、ミレニアは剣を下ろした。
 ここまで動揺している姿を見たことがなく、ユーリはほんの少し違和感を抱く。
 だが状況が状況と納得して、当たり前のように切り出した。

「では勇者様、これからの目標ですが」
「……うん」
「僕としては、やはりこの首輪を外すのが先決かと。
 どうにか調べてみようとも思いましたが、僕の魔法知識ではどうにもこうにも……
 いやはや、申し訳ない。ということで、ひとまず技術者を探して手を貸してもらうべきだと。
 もちろんその道中で、殺し合いに積極的な輩は倒して、罪なき人々は何としても保護をですね」

 ここまで来て、ユーリは一呼吸つけようと顔を上げる。
 その時になって、やっとミレニアが俯いていることに気が付いた。
 浮かんだ疑問を言語化できずに目を見張っていたユーリに、ミレニアは静かに口を開いた。

「ねえ、ユーリ君」
「は、はい」
「どうして、あたしが人を守らなきゃいけないんだろうね」
「それは――」

 普段周りに見せていた明るい表情との違いに、ユーリは口篭ってしまう。

「勇者だから、でしょ」

 自嘲気味な笑みと入り混じった言葉に、やはりユーリは返せない。
 何か言わねば取り返しの付かないことが起こる。
 感覚でそう分かっていながらも、記憶と現実の勇者のギャップに戸惑うことしかできなかった。

「ずっと、誰にも言わなかったんだけどね、あたし……勇者になんてなりたくなかったんだ」
「…………っ?」

 言葉を詰まらせるユーリに構わず、ミレニアは続ける。

「普通に、本当にただ普通に暮らしたかった。でもね、あたしにはそれが許されなかった。
 父さんのせいで、勇者の血筋なんかのせいで、特別だったせいで。
 無理を通せば何とかなったかもしれないけど、でも裏切れなかったよ……
 母さんも、王様も、友達も、街の人も、名前も知らない国の人だって、みんな勇者を信じてるんだもん。
 みんなが世界を救う勇者を描いてたから…………本当のことなんて明かさずに、旅を終えた。
 実際のあたしなんて、魔王どころかスライム相手でも腰が引けてたのにね。どうにか隠そうと必死だったよ」

 泣き出してしまいそうな少女の声で、ミレニアはくすりと笑った。
 ミレニアのことを鋼の心を持った勇者と思い込んでいたユーリは、状況を理解しきっていない。
 左足を這う異物の感覚で、何とか思考螺旋から現実へと帰還した。

「――なっ!?」

 左足を確認したユーリの瞳に映ったのは、数十匹もの赤い小型カブト虫。
 正しくは虫型の機械にして、対ワーム用兵器『マイザーボマー』。
 ミレニアが左腕に持つ『ゼクトマイザー』から射出されていたのである。

「でも、もう疲れたよ。
 ついに終わったと思って、ようやく戦わずに済むと信じてたもの……」

 虫型兵器を振り払おうと呪文が唱えられるより早く、マイザーボマーが炸裂した。
 成虫ワームを対象として開発されただけあって、その威力は凄まじい。
 豆粒ほどのサイズの甲虫が絡み合った結果、ユーリの左太腿から先が消し飛んだ。
 爆風の衝撃で階段から転げ落ちたユーリは、仰向けに倒れて動かなかった。

「……ごめんね」

 別に、ミレニアは彼女の仲間を嫌ってはいない。
 一緒に旅をしてくれた分、感謝している。
 それでも彼女の中では、平和に生きたいという欲の方が強かっただけのこと。
 だから彼女はユーリに詫びてから、再びゼクトマイザーに手をかけた。


 ◇ ◇ ◇


 落下中に、左足が爆発で炭になったのが見えた。
 灰になるスーツを配られたかと思えば、今度は炭とは。
 これは、いったい何の因果か。
 ……なんて、下らないこと考えてる場合じゃないな。

 さっきのカミングアウトには、さすがに度肝を抜かれた。
 僕だけじゃない、リバーだって驚くだろう。ラムザはちょっと分からないけど。
 まだ僕らがルイーダの酒場にいた時、彼女が女だからって小馬鹿にしてた輩は少なくなかった。
 そのことが、僕とリバーはたまらなく気に入らなかったんだ。
 何も知らずに、性別だけで決め付けていることが。
 いま思えば、僕らもアイツらと変わらないじゃないか。

 ――――勇者の血筋ってだけで、勝手に彼女の人物像を決め付けていたんだから。

 他人の思いを背負って旅に出ることを決意した優しい少女が、自らの性格まで偽ったって何もおかしくないじゃないか。
 だってのに、いつも一緒にいる仲間たちまで勘違いしていた。
 僕らの幻想にあった勇者像を、彼女に背負わせていたんじゃないか。
 勇者の末裔である前に、一人の少女である彼女に。
 自分より他者を優先した、心優しい彼女に。
 周りは分かってないだとか知ったような顔をして、一番背負わせていたのは僕らなんだ……っ。
 勇者の血筋に生まれただけの、チームで一番幼い少女に無理をさせていたんだ。
 こっちの思いは背負わせておきながら、彼女の隠していた苦悩に気付かずにずっと一人で持たせたままだった。
 …………なんて、情けない。
 勇者一行で最も年上で、盗賊から賢者になった成り上がりだなんて持て囃されていたのに。
 一番身近で、一番重荷を背負った少女に気付かない。
 こんな男のどこが賢者だ。
 そんな賢者なんて名乗っている愚者の横で、彼女は一体いつから嘘も溜息も抱え込んでいたんだ。
 決まっている。ずっとだ。出会った頃には、もうすでに。
 誰も勘付いてやれなかった。それこそ明かされるまでだ。
 あんまりにも不甲斐ない。

 ――――でも、だからこそこのまま諦めるワケにはいかないな。

 階段の上に見える少女の瞳には、光はなかった。
 広がっているのは、ただただ闇。
 あれこそが偽りない真実の彼女なのだろう。
 抱えた思いを晒すことができずに、一人で悩んでいた少女。
 あんなか細い姿を見せられては、なおさら死んでなんていられない。
 遅れたのなんて、承知の上だ。
 もっと早くやっておけと言われては、何も言えない。
 けど、今からでもいいから、どうか背負わせて欲しい。
 このまま勝ち抜いても、優しすぎる彼女は悲しんでしまうと思うから。

―― Standing By ――

 『913』と変身コードを入力してから、エンターキーを力強く押す。
 小型のカブト虫が迫っているが、距離を取ってからの変身など片足が喪われたので不可能だ。

「変身!」

 説明書に書いていた言葉が、僕に力を与えてくれる気がする。
 錯覚にすぎないとしても、後押ししてくれるのならありがたい。

―― Complete ――

 体内に侵略してくる毒素の感覚に苛まれながら、カイザブレイガンを遠距離攻撃モードに展開する。
 引き金に力を篭めたままで、虫へと銃口を向け続ける。
 ブレードモードならともかく、こんな武器の心得はない。
 しかし連射したままで固定し、虫の一匹だけにでも命中すればいいのだ。
 掠っただけでも虫は爆ぜる。そうすれば、その破片に触れた別の虫だって爆ぜる。
 それでも、何体かは誘爆を免れるだろう。
 一向に構わない。

「バギクロス!」

 爆破の衝撃で虫の進攻が遅れた分、こちらは魔力を練り上げる時間ができる。
 全方位を包むような竜巻が収束すると、眼前には一匹の虫も存在しなかった。
 いるのは、たった一人の優しすぎた少女だけだ。


 ◇ ◇ ◇


 左手に持った長老の杖に体重をかけて、カイザとなったユーリは立ち上がる。
 単なる左足喪失ではなく焼失であったのが、逆に彼にとって幸運だった。
 止血のために、余計な魔力や暇を割かずに済んだのだから。

「どう、して……?」

 紡がれた疑問とともに、またしてもマイザーボマーが放たれる。
 ミレニアに当たらぬように注意して、カイザはマイザーボマーだけを撃ち抜こうとする。
 銃撃を逃れた二割は、爆発呪文で起爆より先に四散した。
 片足に杖なので僅かずつだが、カイザは階段を上っていく。

「どうして!? 私は普通に暮らしちゃいけないの!?」

 絶叫じみた声を張り上げて、ミレニアはさらにゼクトマイザーを操作する。
 これまでの倍の甲虫型爆弾に囲まれ、カイザはカイザブレイガンを構えた。
 またしても釣瓶打ちから上位攻撃呪文を唱えるが、数匹逃してしまい爆破を直接受けてしまう。
 強化スーツの上からとはいえ、ダメージは半端なものではない。
 けれどもカイザは後退せずに、ひたすら階段を上り続ける。
 次にマイザーボマーを放っても、その次も、取りこぼしを身に受けても足を止めようとしない。

「くっ!」

 このままではジリ貧だと踏んだのか、ミレニアは意識を集中させる。
 魔力を搾り出して放つのは、忌み嫌った勇者の血筋である証の呪文。

「ギガデイン!!」

 ザビーゼクターが飛び出した穴から見える外の景色が、暗くなっていく。
 雲が集まってきたらしく、地鳴りのような低音が上空より響き渡る。
 勇者一行として旅をしたユーリには、これから起こる事態が想像できた。
 耳をつんざく轟音と同時に、ナジミの塔の天井が砕け散った。
 分厚い壁を貫いたのは、激しく光り輝く紫電の矢。
 いかに科学が発展しようとも、いかに魔術が発展しようとも、永遠に人々の脅威たる自然現象。

 ――――イカズチ。

 極力目立ちたくないという思いすら忘れて紡がれた呪文により、ナジミの塔には大きな穴が開いてしまう。
 砂埃が消え去り、次第に塔内が認識できるようになる。

「な、んで……?」

 目を見張るミレニアの前には、カイザが立ち竦んでいた。
 マイザーボマーにより強化スーツに傷こそ入っているが、ギガデインのダメージは見受けられない。
 ミレニアは数秒呆然としてから、カイザの背後にいるモンスターの存在を察知した。
 二足歩行する岩のような体表のモンスター、その鼻に生えた角が電撃を纏っている。

(あのモンスターにギガデインを受けさせた!?)

 その考えは正解。
 彼女もユーリも知らぬサイドンという名のモンスターは、周囲の電撃を受け止めるという特性があるのだ。
 もともとはGOD戦闘工作員の支給品であったが、ユーリが回収して説明書に目を通しておいたのである。

「――まずい!」

 必殺の電撃を回避された原因に唖然としていたミレニアは、我に返って腹切りソードを振るう。
 思案を巡らせていた間に、間合いにまで入り込まれていたのだ。
 腹切りソードは、刀身を展開したカイザブレイガンに受け止められた。
 本来はユーリよりも、ミレニアの方が剣の扱いに長けている。
 だが咄嗟に放ったこともあり、現在のミレニアの一撃には重さがなかった。
 刃同士が拮抗していたのはたったの数秒、やがて腹切りソードはあらぬ方向へと弾かれてしまう。

「そん、な……」

 普通の生活を得ることなく、命を落としてしまう。
 そんな未来に絶望し、ミレニアは瞳を閉じる。

 ――――彼女が感じたのは痛みではなく、全身を覆う温もりだった。

 意味が分からなかった。
 ゆっくりと双眸を開くと、背中へと手を回して抱き締められていることに気が付く。
 まったくもって理解できずに顔を上げると、視界に入ったのは変身を解除したユーリの顔であった。
 その瞳は尊敬する勇者を見つめるものではなく、守るべき民へと向けていたもの。

「ごめんな……」
「え…………?」
「勝手に、重荷を背負わせちゃってたなぁ……いまさら遅いのは分かってるけど、本当に悪かった」

 その口調は敬愛する勇者へのものではなく、他の仲間たち相手の時のように。

「なあ……もう、一人で抱え込まないでくれよ。
 僕だって大したヤツじゃないけど、それでも四人みんなでなら背負えないものなんてないと思うから」

 表情を固めたままのミレニアの頭を、ユーリの大きな手が撫でた。
 ミレニアが、はっと目を見開いた。

「疲れたなら頼ってくれよ……仲間、なんだからさ」
「…………ぁ」

 勇者として人前で漏らさなかったような声が、ミレニアの口から零れる。
 大きすぎる期待を全て抱えていた少女は、ついに自分が欲しかったものが何なのかを理解した。
 勇者としてではない、ミレニアとして他人に見て欲しかったのだ。
 だというのに、彼女は自ら勇者であろうとしてしまった。
 自分を表に出さずに、理想の勇者を演じてしまっていたのである。
 彼女は、怖かったのだ。
 背負うことのつらさを知っているがゆえに、他人に自分を背負わせることが。
 そんなことにも気付かず、彼女は自分の血を呪った。
 行動に移せなかった自分の方ではなく。

「あ、ああああぁぁ…………!」

 言葉にならない言葉をあげて、ミレニアの二つの瞳から液体が溢れ出す。
 しゃくり上げるような声は、民衆が夢想する勇者からは程遠い。
 けれども、それがユーリにはたまらなく嬉しかった。
 背負ってばかりだった少女が、やっと自らの重荷を手放してくれたのだから。
 たまには、このように立ち止まるのも悪くはない。
 そんなことを思っていると、足場が大きく揺らいだ。

「まさか!?」

 ユーリの脳裏を過った最悪の可能性を肯定するように、壁全体に亀裂が走る。
 ザビーゼクターにより壁に小さな穴が開き、マイザーボマーの起爆が一面を焼付け、勇者全力のギガデインが直撃した。
 また誰も知らないことだが、反射された己の魔法によりフランという錬金術師が壁に埋め込まれていた。
 壁に異物が存在するだけで脆くなるというのに、尋常ではない衝撃が加わったのである。
 ナジミの塔は、もう限界であったのだ。
 ミレニアの方も、そのことは察した。
 でも、もういいか。そんなことを考えていた。
 さっきまで気付かなかった欲しかった物が、やっと理解できたのだから。ようかく手にすることができたのだから。
 少し前まであった生き延びようとする意思が、ミレニアからは掻き消えていた。


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