怪人・デカおじさん2
「怪人・デカおじさん」こと小暮宗一郎はドスドス走らせていた足を止め、周囲に目を配った。
霧深き街並みはともすれば先程の凶悪犯を見落とさせ、ひいては新たな被害者を出してしまう。
早急な逮捕こそが自身の求められるべき成果ではあるが、急ぐあまりミスをしては元も子もない。
警察に対する昨今の風当たりの強さは自分も熟知している。警官一人の不始末は、そのまま所属機関そのものへの不信感へと変貌してしまう。
そうなれば上司である尊敬する先輩・風海純也や、編纂室のボス・犬童蘭子に申し訳がたたない。
(この霧が何とか晴れないものか……)
胸中で小暮が嘆いていると、どこかから轟音が聞こえてきた。
巨漢はわずかに身動ぎ、天を仰ぐ。
(サイレン……?)
正午を告げるものだろうか。しかし妙だ。その時刻はとうに過ぎているはずである。
誤報か、あるいはこれも異変の一種だろうか。凝り固まった頭を男は働かせるが、答えは出てこない。
「む、これは」
期せずして、小暮の望みは叶った。視界を覆っていた霧は急速に消え、街全体の姿が広がっていく。
だが、それは新たな異変を告げるにすぎなかった。
唐突な暗闇、ネオンのような裂け目、錆ついた金属類……。
そうした異常そのものが、この町の全景であった。眼下にある川(あるいは湖)にいたっては、
まるで血の池地獄のような有様である。
「そんな……」
巨漢は恐る恐る自身の頬をつねってみる。
痛い。
今度は叩いてみる。
これも痛い。
殴ってみる。
やっぱり痛い。
(夢、ではない。すると……)
現実。そう断ずるよりほかない。
だが、ここまでくると何を疑えばいいのだろう。
世界か。
自分か。
今までだって様々な異常を体験してきた。そういう方面の耐性がないわけではない。しかし、今回は規模が大きすぎる。
何を基準に判断すればいいのかわからなくなってしまう。
ここで『この世界がおかしいんだ』と考えるのは、はたして警察官として正しいのだろうか。
公務員は全体の奉仕者である。であるならば、環境そのものを否定するのはどうかと思う。
では『自分がおかしくなったんだ』と理解すればいいのか。それも違う気がする。
そんな不安定な正義では警官など勤まりはしない。即刻辞表を提出して然るべきだ。
小暮はしばらく「うーむ」と首を捻っていたが、やがて自身の両頬をパーンと叩いた。
(ええい! 何を悩む必要がある! 犯人は逮捕、その後帰庁すればいいだけの話ではないか)
難しく事を考えている場合ではないのだ。こうしている間にも、凶悪犯は野放しであり、民間人が危険に晒されている。
それを打開するのが自分の本分であり、そこにそれ以上の何かを見出すことはいつでも出来よう。
最悪これが怪奇現象であったとしても、そんなことはこの際どうでもいいのだ。いかにして犯人を見つけ、確保するか。
その一点に思慮も行動も合わせておけばいい。
文字通り霧散したことにより、建造物が鮮明に見えている。
小暮はその内のひとつに目星を付け、その巨体を揺らせて向かっていく。
今となっては科警研(科学警察研究所)による科学的な捜査が主流となっているが、
小暮にとっては粘り強い聞き込みや張り込みなどの『足で稼ぐ』昔ながらの捜査が性にあっていた。
それにこんな状況・装備では科学的に捜査はできないし、体を動かしていた方が気も滅入らずに済むというものだ。
(あんな凶悪犯が町中をうろついているのだ。さぞ市民は怯えているだろう)
自分が少しでもその不安を取り除かなければ――。外見とはほぼ真逆な優しさを抱きつつ、
小暮はガソリンスタンドに足を踏み入れる。しかし彼を迎えたのは悲鳴でも罵声でもなければ、ましてや歓声でもない。
静寂である。無人ゆえの静寂。
「むぅ……」
人が息を殺している気配もない。本当に誰もいないようだ。
決意と裏腹の結果に大男は不満な声を漏らす。
不満な声を漏らしたのは彼だけではなかった。
グゥゥウウウウウ
ともすれば地鳴りにも聞こえそうな爆音の発生源は、小暮の腹部からだった。
「…………」
そういえば、買い出しの途中だった。男は片手で腹を擦りながらコンビニの袋を覗く。
そこには普段食べることのないトリプルハンバーグ弁当(950円)があり、今か今かと出番を待っていた。
店員が気を利かせて温めてくれたので、まるで出来たてのようだ。ほそかに上る湯気とともに、食欲を誘う香ばしい肉の香りが漂っている。
ゴクリ
無意識に唾を飲み込み、
逡巡せずにそれを取り出し、
警戒を忘れて傍の椅子に座り、
無駄のない動きで割りばしを構え、
慎重な手つきで開封し、
繊細な動作で中身を摘み、
万感を込めて口に運ぶ。
…………
…………
…………
…………
…………
うまい。
【C-2/GS/一日目夜】
【小暮宗一郎@流行り神】
[状態]:満腹
[装備]:二十二年式村田連発銃(志村晃の猟銃)[6/8]@SIREN
[道具]:唐揚げ弁当大盛り(@流行り神シリーズ)、ビニール紐@現実世界(全て同じコンビニの袋に入ってます)
[思考・状況]
基本行動方針:凶悪犯の逮捕。
1:猟銃を持っていた男を早急に逮捕する。
2:警視庁へ戻り報告を行う。
3:何かが起こっている気がしなくもないが……あまり考えたくはない。