逃亡者



骨董屋から白バイの置かれている路上までの道のりは、
幾つかの怪物の気配は感じられたものの、特に何事も起こらずに通過する事が出来た。
バイクは先程停止させたそのままの状態で置かれていた。
前部から後部まで車体をざっと調べる。特に異常は見当たらない。
簡単に確認を終えると、シビルは座席にまたがり、少々の懸念、そして緊張と共にキーを回した。
白バイのエンジンはキュルキュルと音を立て、無事に起動する。
その起動音を聞いて、漸くシビルはホッと胸をなで下ろし、小さな笑みを浮かべた。

(良かった。前みたいに動かなかったらどうしようかと思ったわ)

前回のサイレントヒルでは、路上に放置されていた車の中には1台たりとも動いたものは無かった。
骨董屋を出てからその事を思い出し、自分のバイクにも同様の事が起こるのではないかとの不安が
頭から離れなかったのだが、シビルの懸念は取り越し苦労で済んでくれたようだ。

アクセルを回し、動作チェックを行うかのようにゆっくりとバイクを発進させ、停止してみる。
動作に違和感は無い。やはり問題は無い様子だ。
シビルは頷き、骨董屋の方角へと向きを変えた――――その時だった。
前方。ライトの光が届かず照らせない距離。その闇の中で、何かが動いていた。

(何か、いる!?)

シビルは内心で焦燥を感じながら、目を凝らした。
確かに動くものがいる。何か巨大な塊のようなものが蠢いているように見える。
いや、塊に見えたのは一瞬の事。すぐにその認識は改められた。
人だ。闇に紛れていて黒い影にしか見えないが、前方にいるものは人の形をしていた。
2mは軽く超えており、常人とはとても思えぬ体格。
それでもシルエットを見る限り、それは決して人である範疇を超えてはいない。

シビルは一瞬、声を掛けるべきかどうかを迷った。
人影が怪物である可能性はあるが、前回とは違い、
今のサイレントヒルには50人の人間が集められている筈。
前方の人影がその内の一人である可能性は否めないのだ。
だが、シビルの迷いは次の瞬間にあっさりと吹き飛ばされた。





『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』





咆哮が響いた。

空気を揺るがす程の、咆哮。

腹の底までが抉られるような、咆哮。

それは、明確な殺意と怒気を孕んだ、怒号だった。

「な、なによコイツ……!」

シビルがそう呟くのと同時に、人影が走り出した。
瞬く間にヘッドライトの中に浮かび上がる、その姿。
落ち着いて姿形を分析している暇などなかった。それでも視認した瞬間、理解した。
こいつは人などでは決してない。化け物だ。

警戒を怠っていたつもりは無い。だがこの化け物は予想以上に速過ぎた。
それなりに離れていた筈の距離を安々と潰し、シビルに向かって一直線に突っ込んでくる。
シビルは慌ててアクセルを握る右手をホルスターまで動かそうとした。
しかし、シビルの感覚が訴えかけている。間に合わない、と。
銃を取り出し、撃つよりも早く、化け物はシビルの下に到達してしまう、と。
拳銃を取り出したい。しかし――――その衝動を必死に押さえ込む。
その代わりにシビルは右手首を僅かに捻り、アクセルを吹かした。
バイクに乗っている今、それは拳銃を取り出すよりも圧倒的に素早い攻撃動作。

迫り来る化け物を撥ね飛ばさんとする意思に応じるかのように、バイクは唸りを上げて加速した。
それでも臆せず、化け物は走り迫る。いや、そもそも化け物にそんな感情は無いのか。
互いが互いを目掛けて突進する。
距離が0になる直前、シビルはフロント・タイヤを高々と持ち上げた。
ウィリーで狙うは化け物の頭部だ。ここの怪物共は並の生物同様、
頭部を破壊されれば死に至る事をシビルはかつての経験で知っているから。
見据える標的には、微塵も避ける動作は無い。
そして、激突――――――――――フロント・タイヤで顔面を捉えたと確信したその直後、
撥ね飛ばしたにしては異常な重さの衝撃と違和感がシビルの全身を突き抜けた。


「はっ!?」


一瞬、焦燥そして驚愕にシビルは包まれた。
バイクが動かない。リア・タイヤが地面を空回りしている。
化け物がフロント・タイヤを両手で掴み、バイクを真正面から受け止めたのだ。
それほどスピードが出ていなかった事が幸いし、
激突の衝撃でシビルの身体が吹き飛ばされるまでには至らなかった。
いや、或いはスピードさえそれなりに出せていれば、
バイクを受け止められる事無く跳ね飛ばす事が出来たのかもしれないが。
だが何にせよ、白バイ――――200kgを超えるハーレーの突進を受け止められる怪物など、かつてのサイレントヒルには存在しなかった筈なのに。

「あり得ないわ! なんなのよ、コイツはっ!?」

シビルのバイクは、ウィリーの状態で完全に固定されていた。
いくらアクセルを吹かそうとも、ビクともしない。
それどころか、バイクが徐々に化け物のパワーに押し負け始めていた。
このまま押されれば、転倒は避けられない。

「冗談キツイわよ!」

咄嗟にシビルは身体を捻り、左手を後ろ手に回し、右腰のホルスターに伸ばした。
2度、3度と指先がホルスターにぶつかり、もどかしさを感じる。
それが化け物に押し負けつつある事と相まって焦燥がより増していく。
だが、4度目のチャレンジで留め金が指に引っかかり、漸く外せた。
直ぐ様グリップを掴みSIG P226を抜き取ると、迷わず化け物の顔面を目掛け乱射した。

『GUOOOOOOOOOOOO!』

銃弾が、化け物の顔面を削り取っていく。
確かに顔面だ。銃弾は顔面にめり込んでいる。なのに化け物は倒れない。
しかし、フロントタイヤを押さえる腕の力は弱まった。
ストッパーが外れたバイクが派手にスタートを切る。
ほぼ零距離にいた化け物の顔面に、避ける暇も与えず駄目押しの一撃をめり込ませ、すれ違った。

(これで、どう?!)

車体を水平に戻して一旦停止させ、シビルは期待を込めて振り返った。
しかし――――――――映ったのは、銃弾と200kg以上の質量の体当たりを顔面に受け、
それでも死ぬ事は愚か倒れる事すらなく、巨大な体躯を数歩よろめかせただけに留まっている化け物の姿だった。

流石にこれにはシビルは戦慄した。
こいつは、タフ過ぎる。
銃撃にバイクでのアタックまでもが通じないのだとしたら、
今のこの時点ではこの化け物に勝つ手段が、彼女には無い。

化け物はゆっくりと振り向き、白濁した目でシビルを捉え――――





『INNN、VITEEEEEEEEEEEEEEEEEEED!!!!!』





一撃を食らわされた事を恥じるかのような咆哮と共に、地面を蹴った。
だが一方のシビルは瞬時にアクセルを吹かし、速度を上げ、数秒で化け物を暗闇の中へと置き去りにする。
幾らタフで倒す事は難しい化け物だろうと、バイクに追いつける程の足は無い。
バイクで逃げ切る事ならば容易いのだ。容易いのだが――――。

(このまま戻るわけには……いかないわね)

シビルの走る方向には、水明、ユカリのいる骨董屋がある。
自分達がこれから調査に向かう病院がある。
この化け物がシビルを追いかけてくるというのなら、今水明達と合流する事は出来ない。
この化け物を撒くとしても、アルケミラ病院の方向で撒く事は水明達も危険に晒す事になる。
この化け物を、水明達に近づけさせる訳にはいかない。

だとしたら、彼女のする事は1つだ。

ある程度の距離を走ると、シビルはバイクをターンさせ、追って来ている筈の化け物の方向を見据えた。
そして、左手に持つ銃を空に向け、数発だけ撃った。
彼女の今居る位置。この位置からならば、骨董屋の水明とユカリにその音は確実に届く筈だ。
水明なら、彼女の意図に気付いてくれる筈。
出会ったばかりの、しかし、何年来の付き合いであるかの様に奇妙な信頼を寄せている民俗学者にメッセージを込めて、シビルは銃を撃った。

(頼むわよ、キリサキ!)

銃声の余韻を掻き消すかのように、不気味な足音が近づいてくる。
シビルはそれを聞き、ブオンと排気音を立て、化け物の方へとバイクを走らせた。
間もなく化け物の姿が見えてくる。
十数秒ぶりの再開を歓迎して、化け物は殺気を振り撒き拳を振り上げるが、相手にする気はさらさらない。
振り下ろされる拳が接触するギリギリで、シビルは車体を倒した。
バイクは化け物に鮮やかなスラローム走行を見せつけ、巨体を躱し、あっさりと抜き去った。

(さあ、追いかけて来るんでしょ?)

読み通り、化け物は吠えながらシビルを追って駈け出してきた。
これで良い。これでとりあえず水明達をこの化け物の脅威に晒す事は無い。
後はつかず離れずの速度を保って自らを追わせ、
出来る限り遠い場所まで誘導した後で、その場に置き去りにするのだ。

「だけど、全く……とんだツーリングね!」

苦虫を噛み潰したような思いで、シビルは闇の中を突っ走っていった。



【E-1路上/一日目夜】


【シビル=ベネット@サイレントヒル】
[状態]健康
[装備]SIG P226(3/15)、白バイ
[道具]旅行者用バッグ(武器、食料など他不明)、警察手帳
[思考・状況]
基本行動方針:サイレントヒルにいる要救助者及び行方不明者の捜索
1:このままこの化け物(タイラント)を遠くまで誘導し、置き去りにする
2:その後、キリサキ、ユカリと合流
3:前回の原因である病院に行ってみる
※名簿に載っている霧崎、ユカリの知人の名前を把握しました。
※白バイのサイドボックスに何か道具を入れています。
 サイドボックスの大きさは白バイ標準サイズのものとは限りません。


【タイラント NEMESIS-T型(追跡者)第一形態】
[状態]:上半身と顔面に複数の銃創と打撲。軽度の火傷(回復中)。
[装備]:耐弾耐爆コート(損傷率60%)
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:「呼ばれし者」の皆殺し
1:シビルを優先的に追跡、殺害する
2:それ以外の「呼ばれし者」と遭遇した場合、その場で殺害する
3:シビルと、それ以外の「呼ばれし者」を同時に発見した場合、シビルの殺害を優先
4:シビル殺害を完了し次第、新たなターゲットの探索に戻る
【備考】
※耐弾耐爆コートが完全損傷した段階で、本個体が完全破壊されて無い場合、第二形態へと移行します。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「オジサン、あれって……シビルさんだよね……?」
「…………まず間違いなくそうだろうな」

シビルを待つ間、骨董屋内で使えそうな物がないか調べていた水明とユカリの耳に、
外からバイクのエンジン音、そして大きな爆竹の様な音が連続して届けられた。
タイミングからしてバイクの操縦者はまずシビルだろうが、
しかしエンジン音は何故かこの骨董屋には向かって来ず、次第に遠ざかり聞こえなくなってしまった。

「……どうやら怪物と遭遇してしまったようだな……」
「それじゃ、助けに行かなくちゃ!」

慌てて外へ飛び出そうとするユカリの腕を、水明は咄嗟に掴んだ。

「落ち着け! シビルはここから離れて行ったんだ。
 あんたはバイクに追いつけるつもりでいるのか?」
「でも――――」

振り返り、水明と視線を合わせたユカリは、思わず言葉を詰まらせた。
これまでどんな話をしようと殆ど表情を変える事のなかった水明が、
ユカリがたじろいでしまう程に険しい顔付きで睨んでいたのだ。

「おそらくシビルは怪物から俺達を守ろうとして、囮になってくれたんだ。
 だったら俺達のやる事はシビルを助けに行く事じゃない。
 シビルが怪物の気を引いている内に病院に向かう事だ。
 助けに行きたいのは俺も同じだが……残念ながら俺達じゃ足手纏いにしかならんさ」

水明は、心から悔しそうに言葉を紡いでいた。
心から悔しそうに外への扉を――――いや、扉の向こうを睨みつけていた。
感情を剥き出しにする水明を、ユカリはただ黙って見ている事しか出来なかった。

「とりあえず、しばらくは待ってみよう。
 すぐに怪物を倒すか逃げ切るかして、戻ってくるかもしれないからな。
 戻ってこない場合……この骨董屋内の探索が終わり次第、病院に向かう……それでいいな?」
「…………うん」

不安ばかりが、場を支配していた。重い空気の中、二人は探索を再開した。
シビルの無事を祈る気持ちを、沈黙に乗せて。


【E-1骨董屋店内/一日目夜】


【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
[状態]精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
[装備]懐中電灯
[道具]名簿とルールが書かれた用紙、ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
[思考・状況]
基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
1:とりあえずオジサン(霧崎)の指示に従う
2:シビルさん……
3:チサトとミカを探したい
※名簿に載っている霧崎、シビルの知人の名前を把握しました
※チサトからの手紙は消滅しました


【霧崎水明@流行り神】
[状態]精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。
[装備]10連装変則式マグナム(10/10)、懐中電灯
[道具]ハンドガンの弾(15発入り)×2、謎の土偶、紙に書かれたメトラトンの印章、サイレントヒルの観光パンフレット(地図付き)、自動車修理の工具、食料等、他不明
[思考・状況]
基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する
1:しばらくシビルを待つ。その間骨董品屋内の探索し、使えそうな物があれば持っていく
2:シビルが戻らない、または名簿のシビルの名前に赤い線が浮かぶようであれば病院に向かう
3:本当にサイレントヒルから出られないのか、確認はしておきたい
4:人見と純也を見つけたら、共に『都市伝説:サイレントヒル』を解明する
5:そろそろ煙草を補充したい
※名簿に載っているシビル、ユカリの知人の名前を把握しました
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます


※水明、シビル、ユカリが把握している『病院』があるはずの場所には、『研究所』があります



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神隠し 長谷川ユカリ Night of the Living Dead
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最終更新:2012年06月22日 23:32