罰物語‐バツモノガタリ‐
【7】
『マシンガン』と『自分の命』。
どちらが惜しいかと聞かれたら、死にたがりでもない限り、『自分の命』を選ぶだろう。
詩音は雛見沢症候群によって狂人と化してはいるものの、
だからと言って、命を捨てるような行動に出るほど狂ってしまっているわけではない。
故に、暴れている自衛隊員からの逃走を選ぶ。
「ワンちゃん、一旦此処から離れましょ」
死体を貪っている犬に命令する。
犬はそれに気付くと、すぐに捕食を止め、彼女の元に駆けだした。
相変わらず利口な子だ――詩音は口元を歪める。
死体を食らうのは少々頂けないが、それを差し引いてもお釣りが出るほど、この犬には魅力がある。
人を乗せて疾走できる程に大柄だから、移動が大変楽になるし、
口に生えた牙は人間の肉など容易く引き裂いてくれる。
そして何よりも、『ご主人様』に忠実なのだ。
自らの手足として行動してくれる従者――なんと便利なことか。
「時計塔には迂回して行くことにするわ。」
犬は命令に従い、彼女が指し示した方向に向かって走り始める。
肉を食らって栄養を付けたのだろうか、速度は以前よりも速くなっていた。
「くけけっ」
詩音は、やはり笑っている。
【8】
風間と宮田から離れた四人は、地図に書かれた教会に移動する為に北に向かっていた。
バスは使用していない。エンジンが付かなかったのだ。
故に、全員徒歩である。
「ミヤタは大丈夫なのかねえ……不安でならねえや」
「彼は『構わない』と言ったんだ。きっと大丈夫だろう」
「そうですよ。あの人が下手な真似でもしない限り……」
「その『下手な真似』をしたらどうするんだ?」
「美耶子様……縁起でもない事言わないで下さいよ……」
バスが動かないのは燃料が足りなかったせいだ、とジムは言っていたが、
明らかにそれ以外にも理由があるだろ、と美耶子は思わずにはいられない。
「……教会には何もないって宮田が言ってたんじゃないのか?」
「研究所に向かう『ついで』さ」
質問に答えたのは、えらく上機嫌なジムだった。
風間とか言う少年と別れれたのが、それほどまでに嬉しかったのだろう。
『研究所』。
ジムはそこを目指していると言っていた。
羽生蛇村で一生を過ごす自分には、永遠に関係のない施設の一つだ。
この変異が儀式によって起こったのなら、何故そんな「村と全く関係の無い場所」が存在するのだろうか。
地図を見たときにもそう思った。
「ボーリング場」に「ショッピングセンター」、それに「リトル・バロネス号」。
見た所か、聞いた事すらない施設ばかりなのである。
――疑問を抱かざる、おえなかった。
「……なぁ、牧野」
「はい?何でしょうか」
「思ったんだが……この変異……本当に儀式を行なえば終わるのか?」
「…………え?」
あまりにも想定外の質問だったのか、牧野は思わず間抜けな声を出していた。
美耶子の口からそんな発言が飛び出すなど、夢にも思わなかったのだろう。
彼女にとっては、それがどうにも腹立たしかった。
「あの……何を言っているのですか?」
「だって儀式と全然関係ないじゃないか、この町」
「……そんな理由で怪しがってるんですか」
「怪しくはないだろ。オレもミヤコの言ってる事は正しいと思うぜ」
ジムが割って入ってきた。
彼もまた、牧野の「儀式によって全てが終わる」という説に否定的だったのだ。
牧野の方は、「どうして信じてくれないのだ」と言いたげな顔をしている。
「美耶子様はただ儀式の為に動いていてくれればいいんです。妙な事はあまり考えないで下さい……」
「どうして考えちゃいけないんだ。お前にとって私は人形なのか?」
「……そ、そんな事言っていませんよ、ただ、あまり変な意識を持つのは、儀式に影響があるんじゃないかと……」
「…………!お前はさっきから儀式の事しか言ってない……!」
美耶子の中に、怒りが蓄積されていく。
穏やかだった空気が、急激に張り詰めていく。
ジムとハリーも止めに入ろうとするが、彼女は意に介さない。
「……儀式なんて!そんなの関係ない!お前が勝手にそう思っているだけだ!そうに決まってる!」
牧野の手を振り払い、彼の目の前に立って言い放った。
これには流石の牧野も我慢ならなかったのだろう。彼も強い口調で反論する。
「い……いい加減にしてください!み、美耶子様は、私と同じように役割を――――――」
牧野が言い終わる、その寸前に、
発砲音が夜の街に鳴り響き、
――――数発の弾丸が、美耶子の肉体を貫いた。
【9】
「ぐぎゃぎゃぎゃ!こぉんばぁんわぁ!獲物の皆さぁん!」
襲撃者は笑っていた。
それはそれは愉快そうに、さながらピエロのように。
「屋台の射的で景品に鉄砲を当てる」感覚で、少女の肉体に鉛球を埋め込んでみせたのだ。
緑色の髪をした敵は、『獣』に乗っていた。
ハリーはあの獣を以前見た事がある。
間違いない。あれの正体は「ケルブ」だ。
かなり印象――それどころか、何故か体格まで変わっているが、あれは確かに、自分が蹴り飛ばしたあの狂犬なのだ。
体中に弾丸を撃ち込まれ倒れた美耶子を中心に、血の池が出来上がっている。
それは、それほどの血を流させる程の傷が、彼女に刻まれてしまった事を意味していた。
あれではもう生存は絶望的だろう。
ハリーとジムが拳銃を取り出そうとする――が、
それよりも早く、詩音は近くで跪いていた牧野の額に、銃口を押し付けた。
「アンタ達が私を撃つのと、私がコイツを撃つ……どっちが早いのかしらねぇ……けけッ」
人質をとられた――ハリーは内心で舌打ちをする。
この状況で銃を向けてみろ。間違いなく、撃つ前に牧野の頭が吹き飛ぶだろう。
二人とも拳銃から手を離し、腕を上げた。
「分かってるじゃない」
詩音がケラケラと笑うのをを見たジムが、他人には聞こえない程度の歯軋りをする。
人を殺しておいて、何故あんなに愉快そうなのか。
――クソッタレが!あのアマ、ヤクでもやってるに違いねえ!
「…………何が目的だ」
ハリーが、詩音に問いかける。
声が若干震えているのは、怒りを押し殺しているからだ。
「何が目的ィ?……そりゃぁもう!皆ブチ殺して『私の』悟史君を生き返らす為に決まってるじゃない!」
それを聞いた三人は――唖然した。
まさか、あのチラシを鵜呑みにした奴がいたなんて!
狂っているとしか、言いようがなかった。
「というわけだから……死にたくなかったら今までアンタ達が会った人間が
今何処に居るか教えなさい。ゲロったらもれなく『今は』殺さないであげるわよ!くけけけけけ!」
――嘘だ。喋っても喋らなくても殺すつもりだ。
ハリーは生唾を飲み込む。
どうすれば良い。どうすればこの状況を突破できる。
牧野を見捨てて女を撃つか?それとも隙ができるのを待ち続けるか?
両方とも大きなデメリットがある。
前者では確実に一人の人間が目の前で殺されてしまうし、
かと言って後者を選んでも、チャンスが巡ってこずにそのまま射殺される――というパターンが考えられる。
そしてこれら二つに言えるのは、『確実に撃退できるという保証が無い』という事だ。
彼女は何故かケルブをお供として連れており、
奴にまで襲われたら、三人とも無事でいられる確証は何処にもないのだ。
どうする――どうすれば乗り越えれる!
「さぁて……まずはアナタよ――修道服!さぁ!他の獲物は何処!?」
詩音は、顔をハリー達に向けたまま、牧野に当てた銃口をさらに強く押し付ける。
彼は答えようとはしない。歯をガチガチと鳴らすだけだ。
「……『歯を鳴らせ』なんて言ってないわよ」
詩音が牧野の腹に蹴りを入れ込む。
蹴られた腹を押さえながら、彼は呻き声をあげる。
「もう一度チャンスをあげるわ……他の獲物の場所は……ど、こ、に、い、る、の?」
この質問に答えなければ、待っているものは間違いなく「死」だ。
もういい。全部吐いてくれ。二人は必死に懇願する。
そうだ、全部吐きだせ、そうしたら楽に殺してやる。狂人は口元を吊り上げる。
少しして、牧野の口が開き、言葉を紡いだ。
――しかし、彼の言葉は、二人の想像とは全く別のものだった。
「……ぅしろ…………」
詩音に向かって指を差しながら、蚊の鳴く様な声で、彼は言った。
震えた指で、彼女よりも恐ろしいものを見るような目で。
後ろ?
後ろに何が居る?
自分よりも恐ろしい存在が、自分の後ろで何をしている?
詩音は牧野の指差した方向に視線に移す。
そして、それの正体を知り――――驚愕した。
視線の先にいたのは――――大鉈を持った怪人!
三角錐型の鉄製の箱を被った屈強な男が、今正に大鉈を振り下ろそうとしているのだ!
大急ぎで詩音は回避行動を取ろうとするが――――時既に遅し。
ヒュン、という空気を切り裂く音と共に、細い腕が一本、鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。
【10】
「あ゙あ゙あ゙ああぁぁああ゙あああ゙ああ゙ああぁぁぁぁああぁ!!?」
片腕を吹き飛ばされた詩音の絶叫が、辺りに木霊した。
切断面からは、滝の如く血が流れ落ちている。
突如起こった二度目の惨劇に、ハリーですら動揺を隠せずにいた。
しかし、彼女を襲撃したクリーチャー――レッドピラミッドシングはそれを気にもとめずに、再び大鉈を構える。
「あ……がッ…………」
それにいち早く察した詩音は、逃げるように走り出す。ケルブもそれに気付き、彼女の後を追った。
レッドピラミッドシングは、しばらくの間は彼女の事の逃げた先に体を向けていたが、
追う必要は無いと考えたのか、全く別の方向に進み始める。
ハリーとジムは、呆然としたままそれを眺めていた。
「……オレ達は襲わないんだな」
怪人が見えなくなった頃、ようやくジムが口を開いた。
「そうみたいだな……しかし何故……」
危機は逃れれたが、そこで同時に疑問が生まれる。
人間を襲っていたのだから、恐らくは奴らもチラシに書かれていた『鬼』の一種なのだろう。
ならば、どうして同じ存在である自分達を襲わないのだ?
「……まあ、死なずには済んだんだからいいとするか」
「ああ、だが…………」
ハリーは牧野に目を向ける。
彼は――じっと息絶えた美耶子を見つめていた。
口を半開きにしたまま、何も考えずに、ずっと。
重苦しい空気が、三人を囲んでいる。
それはまるで、花嫁の死を悲しむかのようで――。
【神代美耶子@SIREN 死亡】
【夜中/A-2/路上】
※三人の近くに『レミントンM870ソードオフVer』が落ちています
【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
[状態]:健康、強い焦り
[装備]:ハンドガン(装弾数10/15)
[道具]:ハンドガンの弾:34、栄養剤:3、携帯用救急セット:1、
ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
奈保子のウエストポーチ(志村晃の狩猟免許証、羽生田トライアングル、救急救命袋、応急手当セット)
[思考・状況]
基本行動方針:シェリルを探しだす
1:教会に行って手掛かりを探す。その後は研究所へ
2:他にも機会があれば筆跡を残す
3:緑髪の女には警戒する
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
[状態]:疲労(中) 、怒り
[装備]:26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、懐中電灯、コイン
[道具]:グリーンハーブ:1、地図(ルールの記述無し)、
旅行者用鞄(鉈、薪割り斧、食料、ビーフジャーキー:2、
栄養剤:5、レッドハーブ:2、アンプル:1、その他日用品等)
[思考・状況]
基本:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
1:教会まではハリーと一緒に行く
2:その後できるだけ早く研究所へ行く
3:死にたくねえ。
4:緑髪の女には警戒する
※T-ウィルス感染者です。時間経過、死亡でゾンビ化する可能性があります。
【牧野慶@SIREN】
[状態]健康、ヘタレ、疲労(大) 、精神疲労(大)、絶望
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本:???
※ここが羽生蛇村でない事に気づいているようです。
※儀式を行なえば変異は終わると思っています。
「…………ああ……!あの野郎……!」
撤退した詩音は、路地裏の壁に背中を預けて座っていた。
切断された右腕には、倒れていたゾンビから剥ぎ取った衣服を、包帯代わりに巻き付けている。
衛生的ではないが、何もしないよりかは幾分かマシだろう。
あの怪人に利き腕を奪われたのは、かなり致命的な損害だった。
持っている銃は本来両手を使うのが前提の物であるから、もう使いようがない。
武器がないのでは、『呼ばれし者』どころかクリーチャーすら殺せないではないか。
「…………クソッ…………クソッ……!」
自然と、目から雫が流れ出た。
せっかく与えられたチャンスが、手からすり落ちていく。
唯、救いたいだけなのに。
笑顔の彼に頭を撫でてもらいたいだけなのに。
神はそれすら許さないのか。
クゥンという鳴き声に頭を上げると、そこにはあの犬が座っていた。
微動だにせずに、じっと詩音だけを見つめている。
「来てくれた……のね……」
なんて健気で、忠実な犬なのだ。
『名犬』という言葉は、きっとこの子の為にあるのだろう。
ケルブは詩音に近付いてきた。
彼女は、そっと愛すべき名犬を抱き寄せる。
――やわらかい。
どうやら名犬の体毛は、怒りも、悲しみも、全部絡め取ってしまうみたいだ。
そうだ。まだこの子がいるし、自分にだってまだ「ハンティングナイフ」という武器がある。
諦めるには早過ぎる。まだ十分チャンスがあるではないか。
まだ神は、自分を見捨ててはいない――!
全部終わらせて、悟史君を生き返らせたら、この子と一緒に暮らそう。
悟史君とワンちゃんで、ひぐらしの鳴き声を聞きながら幸福に過ごすのだ。
だからこそ、こんな場所で挫けてはならない。
――――挫けるわけにはいかないんだ!
ケルブは人懐っこく詩音にすり寄ってくる。
今は、休憩代わりにこの子と遊んでいてもいいだろう。
再び詩音に、優しく抱擁されたケルブは、そのまま詩音の首に近づき――。
「…………――――!?」
【12】
『詩音だったもの』の首から、おびただしい量の血が垂れ流されている。
ケルブは牙を血で濡らしながら、薄汚れたしっぽを揺らしていた。
愛情などない。どうして人間に愛などを感じようか。
負傷している時点で、彼女はもう用済みだ。
恨むのなら、注意力の散漫のせいで利用価値を失った自分自身を恨んでほしいものだ。
だが、欲しかった殻を仕留めたという点は一応評価できる。
あの殻は今どうしているだろうか。できるだけ綺麗なまま横たわっていればいいが。
できるだけ早く確認し、確保しなければならないだろう。
だが、今はそれよりも――食事の方が優先だ。
【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に 死亡】