Collapse



<Frailty>


「まだ……儀式が失敗したわけでは……ないっ……!」

 重苦しい空気の中、牧野は口を開く。

「体さえ、花嫁の体さえ残っていれば、きっと……!」

 男は少女の遺体を背負う。止血をしていないので血液が流れ、修道服に赤みが差す。

「お、おい……」
 止めさせようとしてジムの肩を、ハリーの手が掴む。
「やらせてやろう」
「でもよぉ」
「ああやって、自分なりの解決策を見つけようとしているんだ。
他人がそれを否定すれば、本当に立ち直れなくなる」
 儀式がどれだけ重要なのか、余所者の自分たちにはわからない。
それでも、それがあの男の支えなのだとは、それとなくわかっていた。
「…………」
 ジムは首を傾げ、頭を掻いて……やがて深いため息。
「わかったよ、水はささねえ」
「といっても、本当なら埋めてやりたいんだがな」
「だよな……」
 女が落とした銃を拾いながら、ジムは頷いた。

 牧野は何もせずに佇んでいたが、やがて何かを思いだしたように歩き出し、二人に近づく。

「ここにいても仕方がありません。早く移動しましょう」
「あ、ああ……」
「そうだな、そうしよう」

 動ける内に動く。いつ絶望に沈むかわからない男を前に、ハリーは教会、その後に研究所へ行くことを提案・確認する。
手掛かりが何もない牧野に反対する理由はなく、それに賛同した。


<Extinction>


「妙じゃねえか?」
「それは今に始まったことではない」
「そうだけどよ……」
「だが、たしかにおかしい」
 先頭を歩く牧野の後ろで、ハリーはジムの疑念に同意した。
道中、クリ―チャ―に襲われなかった。それだけなら、幸運だったということで片づく話。
問題なのは、クリ―チャ―が軒並み倒され、その骸を晒しているという状況。
「誰かが殲滅していると考えるべきだろうが、それにしては人の痕跡がなさすぎる。単独でやっているのかもしれない」
「銃が落ちてたってことは、そいつはもう死んだのかねぇ」
 暗視スコープのついたウィンチェスターでジムは自身の肩を叩く。
「わからない。だが、死体が見つからない以上、生きてると考えた方がいいんじゃないか?」
「どうだかな。死んでても動く奴はいるからな」
 ラクーンシティではそうだった、と話すジムの言葉に、ハリーはさらに悩みを深める。
それに比例して娘への心配が高まり、結局焦燥の材料を増やすだけであった。
「娘さん、教会にいなくて残念だったな」
「別に死んだと決まったわけではないさ」
 教会には娘どころか手掛かりさえなかったが、メモは残した。
それにあの子か、あの子の関係者が気付いてくれればいい。
「君は自分の心配をするといい。薬が見つかるといいな」
「そう願いたいね」

 ジムはポケットから一枚のコインを取り出し、親指で弾く。
空中で勢いよく回転して下りてきたそれをバシッと手で挟み、開く。
「『表』だ。うまくいくさ」
「そうだな」

 橋を渡りきると、三人の眼に警察署が、耳に銃声が飛んできた。
そして、そこには迷彩服を着た人がいた。顔は暗くてよく見えないが、その格好はたしかに軍人である。

「軍か、ありがてぇ」
 ジムの表情が明るくなる。
 助けが来た、誰も口には出さなかったが、そう思ったことだろう。

「いや、待て。様子がおかしい」
 最初に異変に気付いたのは、ハリーだった。
極端な重武装、この場でたった一人しかいない軍人。
そして、無言で銃口をこちらに向ける姿は、どうにも――――。

「伏せろ!」
『ウオオオオオオオオ!』

 ハリーと軍人、そして機関銃の叫びが重なる。

 反射的に地面を転がる三人の上を弾丸の群れが通り過ぎ、やがて止まる。
どうやら弾切れらしい。

「どこでもいい! 早く建物の蔭へ!」
 軍人がリロードする中、ハリーが牧野を引き摺り、ジムがそれに続く。

「あ、美耶子様!」
 牧野の視線の先には、置いてきた少女の死体があった。そこは道路の真ん中であり、遮蔽物がまったくない。
「今は諦めるんだ!」
「そんな、花嫁の体が……あれがないと儀式が……!」
 ハリーの制止を振り切り、修道服が舞う。
男の手を離れた牧野が遺体のそばに屈むのと、軍人が銃を構えるのはほぼ同時だった。


「よせぇええええええ!」

 ハリーの絶叫、ジムの驚愕。

 飛び散る血と肉。無慈悲な弾丸に引き裂かれた求導師と修道服。

 けれど、

 神の意思か男の無意識はわからぬが、


 花嫁の御身に傷はなく――――


<Dignity>


「ジム、悪いが研究所に行くのは」
「わかってる。どっちにしろ、こいつはここで倒した方がいい」
 ショットガンを受け取ったハリーは、敵がこちらに狙いを定めるより速く、車道へ躍り出た。
『ウオオオォォォオオオオ!』
 銃身がハリーを追う。しかしそれを別の方向からの銃撃が阻んだ。
「援護には期待しないでくれ! 弾もそんなにねえ!」
 ジムの忠告に頷きつつ、ハリーは走る。
長距離戦ではこちらの分が悪い。接近してすぐに決着をつけるしかないだろう。

 軍人は赤い涙を流しながら、狙撃をしたジムへと弾をばら撒く。しかし正確な照準ではないそれが、長距離の目標に当たるはずもない。
そこへハリーの射撃。反撃をしようとすればジムの狙撃。あとはその繰り返しだ。
撹乱させる二者の攻撃に、怪物はとうとう痺れをきらしたのか、機関銃を放り出し、
持っていた爆弾を取り出す。それはライフルに取り付け発射するタイプで、
殺傷能力の高さは言うまでもない。

(マズイ)

 ハリーは心中で舌打ちし、ウェストポーチを開けてそれを全力で上へ放り投げた。
中のものが宙に舞い、怪物の視界を覆う。それが脅威に思えたのだろう、
迎撃するために、五つのグレネードが高速で発射された。
 当たったものは空で爆ぜ、当たらなかったものはハリーの後ろで爆発する。

 荷物がどうなろうが問題はなかった。

 近づければ、それでよかったのだ。


 持っていたショットガンを相手の腹部に密着させ、発砲。
しかし倒れない。踏ん張ることで、衝撃を何とかしているようだ。
弾丸がまるで届いていない。服のあたりでストップしている。
迷彩服が防弾チョッキの役割でもしているのか、それとも中に防弾させる何かがあるのか。
すべて撃っても、自分の手が痺れるだけだった。

『ウォオオオオオ!』
 ライフルで殴りかかろうとする敵の手を、役目を終えたショットガンで払う。
しかし小銃は以前握られており、放す気配はない。だが、それでも構わなかった。

 相手の意識が手元に集中し、頭部がガラ空きになれば、それでいい。

「こんのぉおおおおお!」

 ハリーのハイキックが軍人のこめかみを捉え、頭部を揺さぶる。
ミシミシと頭蓋骨が悲鳴を上げ、首が不自然な方向に曲がった。

 膝から力が抜けるようにストンと怪物は下半身を落とし、遅れて上半身が地に伏した。


「…………終わったのか?」
 爆発の残した煙に咳き込みながら、ジムが警察署の前までやってきた。
「そうだと思いたい」
 ハンドガンに弾を込めるハリー。銃声が止み、再び訪れた静寂。
「…………なぁ、何か聞こえないか」
 その静けさの中で、ジムが首を傾げる。
ハリーは自身の耳を覆い、聴覚を研ぎ澄ます。
「何かの足音……?」



<Brutality>



「うぅ……」

 牧野は生きていた。体を穴だらけにされていても、命は手放さなかったのだ。

「美耶子様は……」

 よろよろと伏せていた身を起こし、覆っていた少女を確認する。
そこにあるのは、生命の灯火を失ってはいるものの、生前のままの美しき肢体だった。

「よかっ……った……!」
 ごほごほと背中を揺らし、口から血を吐く。
あまり時間は残されていない。早く、早く儀式を成功させなければ……。

 儀式が成功すれば、何もかもうまくいく。
臆病な自分とも決別し、村中の尊敬と信頼を得て、
そしてあの人に……八尾さんに……。



 ガブリ。


 そこまでだった。



 視界を埋める赤と、意識を閉ざす黒。


 以降、求導師に光はない。


 永遠に、ない。


<Hindrance>


 ついに手に入れた。この殻を手に入れるために、どれだけの苦労を重ねたか。
邪魔な男の亡骸を放り捨て、望みのそれに鼻を近づけようとした時、
無数の光と音がこちらにやってきた。足を折り、弾丸の群れをかわす。
また奴か。あの男には借りがあったな。今ここで清算しておくのも悪くはない。
さきほどより力は強まっている。前回のような失態は……。

 覆い被さる影に気付き、咄嗟に跳ぶ。
巨大な刃物が大地を噛み砕き、破片がこちらにまで飛んできた。
三角頭をかぶった人間は、なおもこちらを狙っている。
何の真似だ。あいつらの援軍、あるいは別の勢力……。
どちらにしろ、ここで戦うのは気が進まない。
敵を退けても、殻が壊れてしてまっては何の意味もないのだ。

 しかたない、ここは誘導も含めて一旦退こう。
挑発に三角頭へ吼えて、駆けだす。
振り返り、追ってくる敵の向こうにいる殻を一見し、
再開を誓う意味を込め、再度の咆哮。


 願わくば、次こそは――――



<Blast>



 まずい……このままでは。
首が、体がほとんど動かない。再生するにはまだまだ時間が必要なようだ。
しかし、それを待っていられる時間はない。すでに機関銃を奪われてしまっている。
残りの武器もすぐにそうなるだろう。奴らを倒すことは無理でも、どうにかして逃げたり、時間を稼いだりしなければ。

 この悪夢を終わらせるためにも……。

 持っていた爆薬に信管を付け、放り投げる。
残念ながら奴らのところには届かなかったが、自分が爆発に巻き込まれなければいいので、及第点だ。
信管から伸びるスイッチを押し、爆破。錆びた金属の地面から現れた穴の中に、なんとか自分の体を滑り込ませる。
どうやら地面の下には空間――もしかしたら施設――があったらしい。暗闇は長く深い。それに身を委ねるように眼を瞑る。

 着地するまでの間だけでも、休んでいよう。


【永井頼人(屍人)】
[状態]:頭蓋骨陥没、脊髄損傷、肋骨骨折、内蔵破裂、弾創多数(再生中)
[装備]:迷彩服2型、、ライト
[道具]:89式小銃(30/30)、89式小銃(30/30)、89式小銃用弾倉×12
    9mm機関拳銃(25/25)、89式小銃用銃剣×2、9mm機関拳銃用弾倉×6
[思考・状況]
基本行動指針:眼に入るもの全てを殲滅
1:目標(呼ばれし者及びクリーチャー)を探し殲滅する


<Procedure>


「それで、この後はどうするよ」
 犬は三角頭に追われ、軍人は爆発して、どちらもいなくなった。

 残されたのは、仲間の死体だけだ。

「せめて、この子を連れていく。ここでは、“今”のここでは埋めてやることもできないからな。
その物騒なものは頼む」
 携帯用救急セットで止血をした少女を背負い、ハリーは歩き出す。
「ま、そうなるわな」
 ジムは頷き、機関銃を拾い上げる。弾切れの銃を持ち歩く余裕はないので、それらはここに置いていく。

 そう、自分たちには余裕がないから、すべては持っていけない。

 手の届かないものは、諦めるしかないのだ。


 歩き始めた二人の背中を追うものは――――追えるものは、誰もいない。



【牧野慶@SIREN 死亡】



【深夜/D-2/路上】



ハリー・メイソンサイレントヒル
[状態]:健康、強い焦り
[装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN 
[道具]:ハンドガンの弾:20、栄養剤:3、携帯用救急セット:1、
     ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
[思考・状況]
基本行動方針:シェリルを探しだす
1:研究所へ行く
2:機会があれば文章の作成・美耶子の埋葬
3:緑髪の女には警戒する



ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
 [状態]:疲労(小)
 [装備]:26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、懐中電灯、コイン、MINIMI軽機関銃(146/200)
 [道具]:グリーンハーブ:1、地図(ルールの記述無し)、
     旅行者用鞄(鉈、薪割り斧、食料、ビーフジャーキー:2、
     栄養剤:5、レッドハーブ:2、アンプル:1、その他日用品等)
 [思考・状況]
基本:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
1:ハリーと一緒に研究所へ行く
2:死にたくねえ
3:緑髪の女には警戒する
T-ウィルス感染者です。時間経過、死亡でゾンビ化する可能性があります。




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最終更新:2014年01月17日 22:20