Open Your Eyes
(死)
見つけた。見つけた。漸く――見つけた。
頭痛は、頭蓋の罅一つ一つを押し広げるかのように酷くなり、まともに思考することすら不可能なまでになっていた。
また、彼は死んだ。エリートであるはずの彼が死んだ。頭痛に苛まれ転がり落ちた側溝で、数多の虫にじわじわと食い殺されたのだ。その感覚が――肌の下に潜り込まれて、肉を掘り進められる感覚がいまだに全身を包んでいる。
周囲の些細な物音、その一つ一つに身体は弾ける様に反応していた。違うと胸中で絶叫するも、震えは止まらない。
"死"が身体と精神の奥底に、澱のように溜まり巣食っていた。"死"の怯怖に身も心も縛り付けられていた。
突如、爆音が響いたかと思えば、唐突に嬌声が耳元で弾ける。空を光が駈ければ、次の瞬間には飛行船の浮かぶ超高層ビルの群れが遠くに見えた。しかし、それはやがては静寂と闇に戻る。
何が本当で、何が偽りなのか――それすらも彼は分からなくなっていた。
しかし、それはもう、過去のことだ。
彼は見つけたのだから。怨敵を捕まえたのだから。
今、左腕が締め付ける女の細首が現実のものかどうか、本当のところ分かりはしないことに彼の思考は及ばなかった。捕えた女が怨敵かどうかすら、彼の眼中にはなかった。
あとは殺そう。じっくり殺そう。
それで全てが元に戻る。勝者に、己は戻る――。
心にあるのは、ただ歓喜だけであった。
首元に回された腕が顎を押し上げ、気道を圧迫する。首筋に痛みがある。鋭く尖った何かが押し付けられているらしい。
視線を這わせようにも、男の左手に握られた鞄が邪魔してよく見えなかった。
「霧絵ェェェエエ! お仲間ができて油断したか!? 安心したか!? 慢心したか!? この俺を虚仮にして、安穏とできると思っていたか!? それは間違いだ! 途方もない誤りだ! 万死に値する驕慢だ!」
荒く、腐った魚のような臭いの漂う呼気が頬に吹き付けられる。己を背後から拘束したものからは、むっとするような死臭が放たれていた。
こちらに向けられる懐中電灯の光に、ともえは目を細めた。
ともえは他の四人から七、八メートルほど離れてた所にいた。込み入った話をし始めた彼らを邪魔しまいと、自分から離れたのだ。
ジルとケビンの間に、己には言えない何かしらの秘密があることは感じ取っていた。そのことを話し難そうにしていることも。
"穢れ"に立ち向かうと心に決めたものの、具体的な方針は未だ見いだせない。だからせめて、邪魔にはなりたくなかったのに。
それなのに、結局足を引っ張っている。
ぽたぽたと首筋に滴り落ちる生臭いものの感触に肌を粟立たせながら、ともえは自分の不甲斐なさに吐き気がした。
役に立たないなら――己の決意の介入する余地すらないなら、せめて彼らの足枷にならぬよう振舞えればいいものを。
「撃つのか!? 撃ったら、こいつに当たるぞ!? 殺すのか? 殺しちまうのか? 無能な肥溜めどもが!」
ジルか、ケビンだろうか。舌打ちが聞こえた。
ケビン、ジル、そして先程合流したケビンの友人とその連れ。光によって余計に深くなった陰のため、彼らの表情はともえからは見えない。
それがせめてもの救いだった。
ジル、ケビン――初めて好きになれた外の人間。
ジム、ハリー――好きになれるかもしれない、外の人間。
彼らの迷惑になるのはとても嫌だった。
ならば一思いに命を絶つか。舌を噛み切るか。そんなことをせずとも、首に突き付けられたものに己から貫かれに行くか。
ともえは目を閉じた。
瞼の裏に、己の姿が浮かんだ。眼鏡を掛けた男に拘束され、千枚通しのようなものを首筋に突き付けられた情けない女の姿――。
ともえは目を開けた。どうして、男が眼鏡を掛けていると分かるのだ。
己のものではない、誰かの視界を視る。
父の視界が視えた。駅では、暗い穴を進む、色のない視界が眼蓋に映った。そして、轟くような銃声が響いたとき、ジムとハリーらしき姿を瞼は捉えた。
八百万の神々か仏が施した情けだと思った。偶然の見せる夢幻だと思っていた。
見たいと――感じたいと思ったものを"視た"と錯覚しただけだと思い込んでいた。
ともえは、目を閉じた。そして、強く念じた。
今度ははっきりと視えた。照門と剥き出しの砲身。その先の照星越しに映る、懐中電灯に照らされた自分と男の姿。
男は若いようだが、その印象に自信は持てなかった。ともえの背後にぴったりと身を隠していることもあるが、こけた頬、ぼさぼさの頭髪が男の年齢を判断しがたくしていた。
ともえの後頭部から覗く男の顔。その眼鏡の奥に見える、落ち窪んだ眼窩に収まる瞳が禍々しく光っていた。男は口角から盛大に涎を零しながら、罵倒を吐き出していた。落ちた涎が、ともえの襟元に染みを作っていく。
ケビンの声が聞こえた。視界の主が僅かに首を振り、言葉少なに答える。それはジルの声だった。
ジルの銃口が微かに動いていく。どこを狙えばいいのか。どうすればともえを傷つけず、男を撃てるのか――それを探っているのが分かる。だが、答えは否だ。拳銃の精度がどれほどのものなのか知らなかったが、それでも狙える隙間など何処にもないのが見て取れる。
その中で一番狙えるとすれば男の右肩だ。鞄で多少隠れてはいるが、それが銃弾を防ぎきれるような代物には思えない。予想通り、照準は男の右肩で止まった。しかし、突き付けられる千枚通しがジルを躊躇させているようだ。それに加えて、ともえの頭が傍にある。
その二つさえなければ、ジルは撃てるのだ。それで事は解決する。警察署で武器を集め、ケビンの傷を治療するための行動に移ることができる。
もっと男の肩を露出させなくてはならない。
戦え――。
ジルの言葉が蘇る。それは、父の声となって繰り返された。
自分の――太田ともえの戦いを、太田ともえとして戦い抜け――。
ジルの呼吸が聞こえた。それに合わせて、ともえも息を吸って吐いた。瞼を開く。ジルの方を確と見つめた。
「撃てないのか!? 撃たないのか!? いいんだぞ、撃って! 殺せ! 殺せよ! 殺してみろ! 遠慮などするな!」
ともえは膝の力を一気に抜いた。頬に烈火のような熱が奔る。ともえの全体重が腕にかかり、男が戸惑いの声を上げてよろめいたのが分かる。
雷鳴のような銃声が轟き、男が絶叫した。首に回されていた腕が解かれ、ともえは路面に膝をついた。からんと音を立てて、千枚通しが道に転がる。
頬がとんでもなく熱かった。それはすぐに激痛に変換された。思わず、声が漏れる。それは涙声だった。
「頑張ったな。偉いぞ」
ケビンの太い腕がともえを助け起こした。見上げると、ケビンは厳しい眼差しで彼方を睨んでいる。
見やれば、男が右肩をだらりと垂らして狂ったように吼えていた。
ケビンが優しくともえの背中を押した。ともえは蹈鞴を踏む間もなく、しっかりとジルに抱きとめられた。ジルは力強く微笑んでみせると、すぐに布でともえの頬を抑えてくれた。痛みにまた声が漏れるが、心は大分落ち着いてきていた。
役に立てる。その確信が、痛みよりも心を満たしていた。
ハリーがジルに傷の様子を聞き、ジムは大きな機関銃を持ってケビンの横に並んだ。ともえは目を閉じた。
おぼつかない足取りで後退しながら、唾罵を撒き散らす男の姿が瞼に映った。
「撃ったな!? 俺を撃った! ヒャハハハハハハハ! これで勝ったとでも思ってるのか!? 俺が屈するとでも!? おまえらの敗けは決まっているのに、馬鹿だから分からないのか!? おまえらにとって死は全ての終わりだが、俺にとって死は全ての始まりだ! おまえら負け犬の物差しで測るな! 俺はエリートなんだからな! 俺は勝者だ! 虫けらとは違う。おまえらごみは、ずっとごみのままだァ!」
男の甲高い鳴き声を、銃声がかき消した。
「……うるせんだよ、生ごみ」
右手で拳銃を支えながら、ケビンがぞっとするような声音で独りごちたのが聞こえた。だが、男は倒れなかった。ケビンが小さく、外れたと呟いた。
男は小躍りするようにステップを踏んだ。そのまま闇の中に消え行こうとしていた。ジムが機関銃を構え直す音が聞こえる。
「蛆虫ッ! 蛆虫ィィィイイ! さっさと土に還れ、下等生ぶ――」
男の姿が一瞬で掻き消えた。ジムが頓狂な声を上げた。それはすぐに悲鳴に変わった。
固いものが砕かれる、くぐもった音だけが闇に響く。ケビンの視界は、闇の中で光る巨大な影を捉えた。影は一度巨体を大きくくねらせると、ゆっくりとその鎌首をもたげた。
僅かな光の中で鱗が波打ち、無機質な瞳が冷たく浮かび上がる。とぐろの中央に男がいた。口から血反吐と泡を吹いて、絶命している。
駅で襲ってきた、あの大蛇だ。蛇は執念深い生き物だ。神性と魔性、両方を併せ持つ畜生だ。彼女たちを――追ってきたのだ。
大蛇が見せつけるように、男の頭を悠然と咥えた――。
「――トモエ! 走って!」
ジルの声にともえは目を見開いた。頬には布が当てられている。立ち上がるのと同時に、ハリーの腕がともえの脇に差し込まれる。半ば抱えられるようにして、ともえは足を送った。一歩踏み出す度に、殴られるような痛みが響く。
ジルが開けた警察署の門をくぐった。石畳の上を自分の足音が転がっていく。背後で塀の砕ける音が聞こえた。
二つの旗に囲まれた大扉に、ジルに続いてともえとハリーは飛び込んだ。
ともえたちを出迎えたのは白亜の女神像だ。無感情な笑みを浮かべた顔がこちらを見下ろしていた。
ケビンとジムの足音が続いてこないことに気付いた。ともえが慌てて振り返る前に、大きな音を立てて扉が閉まる。
「先に恰好つけられちまったからな、こっちも、な。――そうだよな、おい?」
「俺は付き合うだけだからな!?」
扉の向こうからケビンとジムの声が聞こえた。とっさに扉を開けようとしたジルが、しかし、大きく息を吐いてその衝動を抑えたのが見えた。
囁くように、ジルが扉に語りかける。
「ケビン……すぐ戻るわ」
「……応。待ってるぜ」
立て続けに起こる銃声を背中で聞きながら、先導するジルの後をついていく。恐ろしく高い天井に覆われた広間に、三つの足音と息遣いがやたらと大きく響いて聞こえた。
踏み入れたのは事務室らしき部屋だ。そこで、ジルは椅子に掛けられていた黒いジャケットを手に取っていた。
"R.P.D."とプリントされたそれを羽織った彼女に、ハリーが何処で武器を探すのか尋ねた。
「私たちのオフィスよ。ついてきて」
焦燥に引き締まった顔で、ジルが奥の扉を示した。
【日野貞夫@学校であった怖い話 死亡】×5
【D-2/警察署・東側オフィス/一日目深夜】
【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
[状態]:健康、強い焦り
[装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN
[道具]:ハンドガンの弾:20、栄養剤:3、携帯用救急セット:1、
ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
[思考・状況]
基本行動方針:シェリルを探しだす
1:武器を集めてジムたちの救援に向かう
2:研究所へ行く
3:機会があれば文章の作成・美耶子の埋葬
4:緑髪の女には警戒する
【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
[状態]:疲労(中)
[装備]:M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数14/15)@バイオハザードシリーズ、ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
[道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)
[思考・状況]
基本行動方針:救難者は助けながら、脱出。
1:S.T.A.R.S.オフィスで武器を集めてケビンたちの救援に向かう
2:警察署で街の情報を集める。
※ケビンがT-ウィルスに感染していることを知っています。
※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
【太田ともえ@SIREN2】
[状態]:右頬に裂傷(処置済み)、精神的疲労(中)
[装備]:髪飾り@SIRENシリーズ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:夜見島に帰る。
0:ケビンたちを助ける
1:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
2:ケビンたちに同行し、状況を調べる。
3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
※幻視のコツを掴みました。
【D-2/警察署・玄関先/一日目深夜】
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
[状態]:疲労(小)
[装備]:26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、懐中電灯、コイン、MINIMI軽機関銃(???/200)
[道具]:グリーンハーブ:1、地図(ルールの記述無し)、
旅行者用鞄(鉈、薪割り斧、食料、ビーフジャーキー:2、
栄養剤:5、レッドハーブ:2、アンプル:1、その他日用品等)
[思考・状況]
基本:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
1:ケビンと一緒にある程度時間稼ぎする
2:ハリーと一緒に研究所へ行く
3:死にたくねえ
4:緑髪の女には警戒する
※T-ウィルス感染者です。時間経過、死亡でゾンビ化する可能性があります。
※MINIMIの弾がどれだけ使われているかは次の方にお任せします。
【ケビン・ライマン@バイオハザードアウトブレイク】
[状態]:身体的疲労(中) 、左肩と背中に負傷(左腕の使用はほぼ不可)、T-ウィルス感染中、手を洗ってない
[装備]:ケビン専用45オート(装弾数2/7)@バイオハザードシリーズ、ハンドライト
[道具]:法執行官証票、日本刀
[思考・状況]
基本行動方針:救難者は助けながら、脱出。T-ウィルスに感染したままなら、最後ぐらい恰好つける。
1:ヨーン相手に恰好つける。
2:警察署で街の情報を集める。
※T-ウィルス感染者です。時間経過、もしくは死亡後にゾンビ化する可能性があります。
※傷を負ったためにウィルス進行度が上がっています。
※左腕が使用できないため『狙い撃ち』が出来なくなりました。加えて精度と連射速度も低下しています。
※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
※ヨーンは鏡石ごと日野を呑み込みました。よって、鏡石は日野とヨーンの双方に適用されます。日野が死ねば一つ消費、一方でヨーンが死ねば一つ消費という具合に。現在八個鏡石は残っています。