『澱み』
その空間に充満していたのは、眩しい程に白い、ただ白い、濃霧だった。
朧気で、漠然としていて、まるで、存在そのものが霧であるかの様に、不安定で、流動的な空間。
そんな空間の中空に、数多の感情があった。
今や決して誰の心にも届かぬ感情が、誰にも干渉する事の出来ぬ感情が、そこにはあった。
それは、未練であり。それは、苦痛であり。それは、絶望であり。
そこでは様々な負の感情が、渦巻き、ひしめき合い、混ざり合い。
一つの巨大な『澱み』と成り果てていた。
呼ばれし者――――恐怖から逃れようと必死に逃げ惑った者の末路。
誰かを護り抜こうと命を賭して抗った者。
訳の解らぬ内に唐突で理不尽な暴力に晒された者。
この
サイレントヒルで命を落とした彼等は、ただ一人の例外もなくこの濃霧の中に集められていた。
彼等はもう、何もする事は無い。
彼等はもう、何も考える事は無い。
彼等は、他の数多の感情と混ざり、ただ流れに身を任せるだけの存在だ。
ほんの幽かに残る「日野貞夫」としての意識。
幾度となく復活と死を繰り返す彼には、最早
逸島チサトの様な猶予は与えられず。
気が付けば、彼はまたしてもその中にいた。
そこで彼は、自らの臓腑の中で成す術もなく転がり続ける
岩下明美の惨めさを感じた。
確かに自らが殺した筈の女に切り刻まれ無惨な姿に変貌していく
風間望の恐怖を感じた。
名も知らぬ筈の者達の死の際の絶望を、あたかも自身がその者であったかの様に感じていた。
それは、日野だけではない。『澱み』に集められた全ての者が等しく苛まれていた事。
他の者の感情が流れ込む。絶望に感情が蝕まれていく。
『澱み』の中で、一人一人の負の感情が、相乗的に増加していき、『澱み』もまた広がっていく。
やがて、その『澱み』から緩やかに立ち上るのは、白い霧だった。
『澱み』の一部は霧となり、周囲に広がり、空間と一体化するように溶け込んでいく。
そして、この空間は、いずれ――――――――――――。
『澱み』の中から、鏡石の効果によって、霧散していた精神が引き摺り出された。
他の者同様に『澱み』の一部となりかけていた日野貞夫の感情。
それが、『今のサイレントヒル』の摂理に逆らい、無理矢理に引き摺り出された。
彼の精神は、死の度に『澱み』に侵され、病んでいく。蘇る度にどこかが崩壊していく。
日野自身には、それに抗う術はない。
今更鏡石を捨てようとも、幾度も『澱み』に侵され、崩壊しかけている精神は戻らない。
その精神は、肉体へと戻る。それにも彼は抗えない。
大蛇の中で消化された筈の肉体は、大蛇の中で再生を果たした。
何処で再生するかも選べないその肉体に、日野の精神は戻っていく。
戻ると同時に、日野が知覚したのは全身を押し潰す程に強大な圧力だった。
大蛇の、トンを超える躯体の中。圧力は容赦なく日野に襲いかかる。
数秒も持たず、日野の身体は圧力に屈した。骨が潰され、内臓が潰され、全身が潰された。
己に意識が戻った事を、果たして、彼は気付いていたのだろうか――――。
日野の精神は、また、『澱み』へと戻った。
次の再生まで、また、『澱み』に侵され続ける。
静寂の中で――――。
濃霧の中で――――。
【日野貞夫@学校であった怖い話 死亡×1】
※『呼ばれし者』が死亡すると、その者の魂は『澱み』に送られます。
『呼ばれし者』以外の存在は死亡しても『澱み』に送られる事はありません。
『澱み』が何の為に存在するのか。また、投下順102話で宮田の見た幻覚と何らかの関連性があるのかは現段階では不明。後続の方にお任せします。
※日野の肉体について
・日野の死体は
ヨーンの胃の中にあります。ヨーンが生き返り、肉体が活動を始めれば胃から腸へと送られます。
・ヨーンの死んでいる間は日野の肉体は圧迫され続けているだけで動きません。
・日野の頭痛や幻覚は精神が『澱み』に侵され続けた為のものです。復活を繰り返す度にそれは悪化していきます。
・生き返れば、『澱み』にいる間の記憶は一切なくなります。
※鏡石について
・鏡石の効果は、所持者の死亡直後、少なくとも数分は発動しません。発動までどのくらいの時間がかかるかは不明です。
・鏡石が発動すれば所持者の肉体は再生しますが、完全に再生して蘇るまでは肉体、及び衣類はどの様な手段を用いても破壊する事は不可能とします。
・鏡石を複数持つ事の副作用については不明です。澱みとは別に頭痛や幻覚があるかもしれませんし、全く副作用がないかもしれません。
・現在鏡石は日野の鞄の中に7つ残っています。その内1つはヨーン再生の為に発動中。ヨーンが呑み込んだ
ゾンビ3体に発動しているかは後続の方にお任せします。
【???/???/二日目黎明】
最終更新:2013年12月01日 23:10