隠し件
人影が数人歩いて行く。湖畔の明かりに照らされながら歩いて行く。満身創痍では決してないが心身共々疲労の色は濃かった。しかし先頭を行くこの男、抜け目なくその事実に気づく。
「っと。んだよ………おい、お前等止まれ。ちょっと待て」
足に何かがつっかえたのか蹴躓きそうになった後、新堂誠は何やら柵のようなものに近付き考え込み始めた。
「どうしたのマコト、なにかあったの?」
ジェニファーがそう問うても、地面と柵の終わりに対して交互に睨み合いをするだけだ。次に圭一が気づく。
―――――そうか、この下にある出っ張りは門が外れて倒れたものなのだ、と
「……まぁまぁ、別に気にしなくてもいいんじゃないですか?危険なのは何処だって変わらないわけだし」
「それは御免だぜ。いいか圭一、こんなデカイ門を地面にめり込ますような奴だぞ?この先に何が潜んでるか分かったもんじゃねぇ。しかも門は内側じゃなくて外側に倒れてやがる。で、しかも俺達は幽霊以外出会ってない。ということはだ、この先に陣取ってる可能性が高いということなんだぜ」
ジェニファーはツカサを撫でながら言った。
「でもマコト、戻るにしてもまたあの場所を通らなきゃいけないし…」
「分かってるさ、だから今考えてんだろうが」
ギラリとした視線を向けるとジェニファーは口を閉ざしたためツカサはそれを感じとり敵意の視線を向けた。
「なんだ、人間の言葉が解るのか?……な訳はねぇか」
ツカサを宥めるジェニファーの代わりに宙を見ているようだった深紅は何かをぼそぼそと言ったあと提案した。
「………あっちにあるホテルの窓を割って入れば、あっち側に行けます」
「え、でもそれ不法侵入じゃ……」
「………………………」
そう常ならばそれは犯罪行為である、やむを得ないならともかく『いるかどうかもわからない怪物が嫌だから』程度の理由で窓を割るなど常識人の考えることではない。ただ子供にその理屈は通らなかったようだ。
「それナイスアイディア!」
「なかなか大胆な事を言うじゃねぇか、才能があるぜ」
圭一だけならともかく一瞬深紅の提案に眉間に皺を寄せていた新堂まで乗り気である。ただ彼は何か含みありげな顔をしながらあることを確認する。
「ところで雛咲。建物までの間に、なにかいる様子はあるか?」
「いえ、いないと思いますけど」
「ほう……、なるほどな。なら、あっちは確認するまでもねぇか」
怪訝な顔をしながらも深紅は前を行く2人に付いて走り遂にそこまで到着した。不安げなジェニファーをよそに窓を叩き割ろうとする彼らを見ながら言い出しっぺは一人呟く。
「やっぱりこれ悪いことじゃ…」
そういう間に窓は割れ中に入ることとなった。圭一が入りやすいように枠に付いた破片を全て落とした後『ホテル』と地図上で表記されたその建物へと足を踏み入れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだここは?広間にしては、受付もなければ二階に行く階段もねぇ。ホテルとは名ばかりだな。しかもこりゃ…何処からか血の臭いがするぜ」
一番乗りした新堂は辺りを見回し不満たらたらに言った。確かに外と同じで錆だらけな上に何か異常な匂いもする極めつけは床に描いてある印だ、辺りを照らし出すほどの光を放つ不気味な三角の印章。それを見たとき新堂は直感で関わり合いになりたくないなと思った。
次に圭一が入りジェニファーが入り、最後に深紅が中に入る。深紅は2、3歩歩き部屋の内装を見た後身震いしながら進言する。
「ここ……横切るだけなら、長くいても仕方ないし、早く出ませんか?」
何か酷く陰鬱な、例えるならば被告人にとっての裁判所か処刑場のような印象を受けるこの場所に、何か以前霧絵と対峙したときのような圧倒的なプレッシャーを感じここには居たくないと感じたのだ。
「もちろんそのつもりさ、こんな場所に長居は無用だか………」
背後にはただただ壁があるだけだった。入り口以外には何も見えない、入って来た窓は元から存在しなかったかのように閉じられている。
「ちっ、閉じ込められたか」
言うが早いか新堂はその部屋を隅々まで調べ始める、考えにくいことだが人為的なものであれば閉じ込めたあと何もしない訳は無いからだ。あり得ないと思いながら待ち伏せを警戒しちまうのはクラブ活動のせいだな、等と考えつつ入り口の上を見るなり憎々しいような親しいものを見たような複雑な表情になったがそれは幸い暗闇のお陰で圭一達には見えなかったようだ。
「お前ら、とりあえず次の部屋に進もう。後ろは見るなよ?」
「まぁ、確かにここで立ち止まってても仕方ないしな。行こうぜ雛咲さんジェニファーさん」
目の前には二つの扉があった。もしかしたら片方が罠だったりしてなと戯れ言を言いながら扉を開けると…
「あっ。んだよ、同じ通路に繋がってやがったのか。誰だ、片方が罠だなんて言ったのは?全く無責任な奴だぜ、圭一はよ」
「はあぁ!?新堂さんだろ!!」
綺麗に突っ込みも入った所で新堂は立ち止まりポケットに入っていた口に銜え、通路の向こうを探りながら話を切り出した。ペンライトは両手が塞がると戦い辛いし、それに湖沿いだったためにある程度明かりはあったために今まで使ってこなかったのだ。
「なあ雛咲。お前が作りたがってる薬、実は効能がどんなものか知ってんじゃねぇのか?」
「えっ!?」
「実はな、俺もぼんやりとだが見えるのさ。霊ってやつがさ」
「…………」
新堂は後ろを振り向こうとする深紅を睨み付け、猫が鼠を見つけたような顔でニヤリと笑う。彼は本当は幽霊など見えない、ただ幽霊の気配を逸早く発見出来た事や自分達には見えなかった時にも目で追えていたこと、そしてそれに対する手慣れた指示と度々見られた挙動不審な態度から大体の検討はついていたのだ。
「やはりそうか、ヨーコさんとやらはずっと其所にいたというわけだな?」
「どういう事だよ新堂さん。ヨーコって人は死んだって…」
「ああ、死んだんだろうな。だが、俺達には見えない状態で其所に居る。大方そんなところだろうさ」
「それは…………」
圭一もジェニファーも先の幽霊騒ぎの事もありその意味は一瞬で理解できた。これまで急に驚いたり青ざめたりしていたのも、今回の彼女にしては過激な発言もそれなら全て説明がつく。問い詰めようと迫る新堂。隠し事、それも『得体の知れない薬の製造方とその正体』という街のルールのこともあり悪くすれば全員を暗殺しようとしていた可能性すら考えられる。それを問い詰めようというのだから通常誰も止めようとはしないだろう。しかしその前に圭一が立ちはだかった。
「止めてくれよ新堂さん!今は仲間同士で争ってる場合じゃないだろ!?」
「仲間?幽霊と組んで危険な薬物を作ろうとしていたかもしれない奴なんだぜ?」
圭一はその言葉に無性に腹がたった。いや、正確には昔の自分を見ているようで胸を痛めたという方が正しい。彼は遠い別の雛見沢で病に侵され仲間を信じることが出来ず、殺してしまったことがあった。その時もダム反対運動の事件を掘り返し園崎の人間が裏で糸を引いていた等と言い友人を傷付けていたのだ。
秘密を黙っていたからといって被害妄想に取り憑かれ雛咲深紅を責め立てることと何が違うのか?
「本当の事全部言わなきゃ仲間じゃないなんて、そんなのおかしいぜ新堂さん。大切なのは、どんな時でも信じることだろ?」
新堂は選択を誤ったと思った。バーでの自己紹介を考えれば圭一の仲間への信頼は非常に堅いものである事は一目瞭然、この場においても信頼を優先するのは目に見えていたのに殺害目的ではないかと疑うのは不味い。つい癖が出てしまった事に反省しつつ本題を切り出す。
「…だとしても、薬については喋る義務があるぜ。この場にいる全員に関係ある薬だと言ったんだからな。こんな状況だ、後々雛咲も殺されるかもしれないだろ?こっちは霊が見えるわけでもない、そんなに重要な薬なら皆が知っておいた方がいい。違うか、圭一?」
流石の圭一も言葉をつまらせる。まだ詳細は知らないがもし薬が人を死に至らしめる物ではなかったとしても脱出の為のキーアイテムにはなるかもしれない。何にせよ聞いてみなければ話が進まないのは事実であった。圭一の肩に深紅の手が置かれる。
「……解りました。冷静に、聞いてください」
深紅は話した。ウィルスの事、その治療に必要なデイライトという薬品、Tーブラッドが必要な事、何故黙っていたのかも………。
「マジかよ、じゃあ早くしないと…………」
「はい、彼らと同じ様に人を襲ってしまう存在になるでしょう」
圭一の脳裏には自らの腐敗した姿が映る。何しろ実際にその目で見たのだ、鮮明に映し出されて当然。もしも最初の犬との戦いで傷を負っていて、薬が間に合わなかったならアレが未来の姿となっていただろう。
「じゃあツカサは、ツカサはどうなの?」
「どういう事だよ?まさか噛み付いた訳じゃあるまいし気にしなくても…」
「そのまさかよ!ツカサ、ごめんね…私のために……」
それに対し気が気でなかったのはジェニファーだ。勇敢に戦い武勲をたてたせいで死ぬ等悲劇と呼ばずしてなんと呼ぼうか。例によっていつも通り空気の読めない発言をした圭一はばつの悪そうな顔をしているしかなかった。
ツカサは、ただの犬だ。ただし頭のいい犬だ。朧気ながら今の状況は理解している。自分が何か取り返しのつかない悪いことをしたのだろうと、だからこの場に初めて来た時知り合った彼女は謝りながら泣いているのだろう。だから少年の肩越しに見える男の目が化物を撲殺する時の阿部の瞳と同じ様に殺意に満ちているのだろう。
ツグナワナケレバトオモッタ。
今入ってきた扉が少しずつ開いていって中から赤い光が漏れ出している。部屋の中を今まで満たしていた光とは違う、悪意を感じる光だ。
次に巨人が入ってきた。掠りでもしたら病気にかかりそうな程に錆びた鉄の槍を持ってこちらへ近づいてくる。
「逃げるぞ、早くしろ!何やってるこっちだ」
「待って!ツカサが、ツカサが!」
ツカサは後退りしながらも巨人に吠え威嚇した、償いまた主人の笑顔を見るために。新堂は舌打ちの後これまでの鬱憤と倦怠感もありかなりキツメに鳩尾を強打しジェニファーをかつぐ、無論新堂誠という人間が親切でそんなことをするはずはない。先に行った圭一や深紅が後戻りし始めた事に危機感を感じ気絶させたのだ。故にツカサは置いて行く、むしろいつ何時牙を剥くかわからない病気持ちが自分達を守るために死にに行くなら万々歳もいい所。
「オラッ、行くぞ。あの犬の勇気を無駄にすんじゃねぇ!」
「クソッ!見捨てるしかないのかよ!」
悲鳴が聞こえチラリと後ろを見れば、モズの早贄のように串刺しにされながらも腕に噛みつき抵抗するツカサの姿があった。しかしその姿もすぐに様変わりすることになる―――――
「……気絶させといて、正解だったな」
後から来た光に包まれた瞬間、全身が急速に衰弱しだしたツカサの体は錆びた鉄の表面が剥がれ落ちるようにポロポロと朽ち果て始めた。あれほどツカサを思っていたジェニファーが見たならきっと心身共に崩れ落ちていただろう。怪人の歩みはともかく赤い光は容赦の無い早さで迫る、まるで病原菌が体内を汚染して行くかのように…。ドアを抜け、角をいくつか曲がったが1つ2つ進行方向を間違えればすぐ追い付かれそうだった。内鍵の閉まったドアに苛立ちを覚えつつもともかく必死に入れる場所を探す。
「開いたぜ新堂さん!早く!」
「よし!早く閉めろ、時間稼ぎにはなるだろ」
扉を閉めバリケードを作ろうと辺りを見回す、そこはこれまでとは全く違う内装、否全く違う世界だった。
「なんだここは、ホテルの部屋にしちゃ生活感が有りすぎやしねぇか?それに何故夕日が……。まあいい、とりあえず窓を壊して外に出るぞ。圭一お前はバリケードを頼む」
あれに追い付かれたらおそらく成す術も無い、各々必死の思いで作業を始めた。窓は一般的な作りだったしそこにはバリケードに使えそうな物は豊富にあった。本棚、ベッド、机、クローゼットの中にも何か入っているかもしれない。ただ物を動かしたり壊したりする簡単な作業、しかし一向にそれが進む気配はない。
「割れねぇ、なんだこの窓は。防弾硝子でも使ってやがるってのか?そっちはどうだ!?」
「こっちもダメだ!根付いたみたいに全く動かない!」
マズイ、マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!!
どうする?どうすればこの状況を切り抜けられる?考えろ、クールになれ前原圭一、逃げる事も立て籠る事も出来ない。ならどうする?どうすれば、アレはどうだ?いや、鉄パイプであの微動だにしない棚を動かせるわけ無い。引き出しの中は、ベッドの下は!?そんな所を探してる時間は………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………あれ?
「……、新堂さん」
「あ゙ぁ!?なんだ圭一、役に立たねぇ情報だったらブッ殺すぞ」
「いやぁよく考えたらさ、遅くね?」
「何?……確かにもう入ってきてもいい頃だが。まさか、引き返したか?」
扉の向こうはまるで今までの慌て様を嘲笑うかのように静まり返っている。何があったのだろう、奴等は何者で何処から来て何処へ消えたと言うのか。まだバリケード作りは続けた方が良いのだろうか?
そんなものは細事だ。
今彼らの居る場所の重要さに比べれば鼠と象を比べる様なものだ。そこは三人の…いや厳密には一人ぼっちの少女の思い描いた理想郷、帰るべき場所、英雄の寝所、父の懐。元々この場所に根付いていた意思を訪れた強力な意志が、皮肉な事に同じ存在への感情を180度回転させた形で塗り替えたのだ。
この場所にはサイレントヒルの過去が眠っている。
【ツカサ・オブ・ジルドール@SIREN2 死亡】
【D-3/リバーサイドホテル???/一日目夜中】
【新堂誠@学校であった恐い話】
[状態]:銃撃による軽症、肉体的疲労(大)、精神的疲労(大)
[装備]:ボロボロの木製バット
[道具]:学生証、ギャンブル・トランプ(男)、地図(ルールと名簿付き)、その他
[思考・状況]
基本行動方針:殺人クラブメンバーとして化物を殺す
1:研究所へ向かう
2:安全を確保するまでは名簿の死亡者については話さない
3:安全な場所でジェニファー、特に雛咲から情報を得る
【前原圭一@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:銃撃による軽症、赤い炎のような強い意思、疲労(中)、L1
[装備]:悟史の金属バット
[道具]:特に無し
[思考・状況]
基本行動方針:部活メンバーを探しだし安全を確保する
1:研究所へ向かう
2:安全な場所でジェニファーから情報を得る
3:部活メンバーがいれば連携して事態を解決する
【雛咲深紅@零~zero~】
[状態]:T-ウィルス感染、右腕に軽い裂傷、疲労(小)
[装備]:アリッサのスタンガン@バイオハザードアウトブレイク(使用可能回数7/8)
[道具]:携帯ライト、ヨーコのリュックサック(P-ベース、V-ポイズン、ハンドガンの弾×20発、試薬生成メモ)@バイオハザードアウトブレイク
[思考・状況]
基本行動方針:ヨーコの意思を引き継ぐ
1:研究所へ向かう
2:安全な場所でジェニファーから情報を得る
3:幽霊……触れるなんて……
※怨霊が完全に姿を消している時でも、気配を感じることは出来るようです。
【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
[状態]:健康、気絶中
[装備]:私服
[道具]:丈夫な手提げ鞄(分厚い参考書と辞書、筆記用具入り)
[思考・状況]
基本行動方針:ここが何処なのか知りたい
1:…………。
2:安全な場所で三人から情報を得る
3:ここは普通の街ではないみたい……
4:ヘレン、心配してるかしら
※ホテルロビーにメトラトンの印章が描かれています
街角、丁度地図上右上研究所ホテル間に位置する通りでは、
一匹のトカゲとも犬ともつかない猛獣が縦に裂けた巨大な口を動かし屍人もゾンビもその一切を噛み砕き下水と生ゴミを煮立てたような口臭のエッセンスの一つに加えていた。人々が鼻を摘まみ逃げ出すそれらを潰し呑み込んでゆく姿は、
どこかゴミ処理場のそれに似ている。
(彼にとっては)良い匂いを感じとり、巨大な体をくねらせてその通路を奥へ奥へと進んで行く。涎を垂らし、汚泥を求めて―――――
※Dー3通路にスプリッドヘッドがいます。