YOU'RE GONNA BE FINE
夢と現の、曖昧な境目。
不安も、苦痛も、安らかな浮遊感の中へと溶けて薄まる微睡みの世界。
今、彼が体感している感覚は、その心地良さに近しいものだった。
月明かりも街灯も無く、ただ暗闇に覆われているはずの街は、幻想的な光で彩られている。
小さな、優しい光。
街の中を緩やかに漂う、無数の発光体。
エンジェルやフェアリーの姿を連想させるその光は、時には地面から。時には何もない中空から。
何処からともなく現れて、何処へともなく消えていく。
まるでファンタジー映画の世界にでも迷い込んでしまったかのような風景だ。
警察署で意識を取り戻した時から見えていたそれは、今では一層美しさを増していて。
眺めているだけでも安らぎに包まれる様で。
すぐ側を舞う光の一つに、吸い寄せられるように彼は手を翳していた。
軌道を遮るように広げられた掌。軌跡のままに中空を泳ぐ光は、掌に重なるも――――触れる事無く、すり抜けていく。
彼の虚ろな瞳は、そのままただ何となしに光を追った。
光は気紛れに宙を舞いながら、遠ざかる。
やがては闇と同化するかの様に、その輪郭を朧気なものとし、消えていく。
その光と入れ替わる様に、彼の瞳が捉えたものがあった。
光の消えた先。交差する通りの反対側に、一つの人影が見える。
男、だろう。何やら黒い布を纏っている。
こちらには気付かずに通りの奥へと向かっていくが――――あれは、『仲間』だろうか。
幻想的で、安らぎに満ちた世界を共に生き、やがては大いなる存在の元で一つとなる『仲間』なのだろうか。
それとも、まだ『こちら側』には来ていない者か。そちらの可能性も、充分に有り得る。
もしもそうだとしたら――――。
彼は恍惚の笑みを浮かべ、男の後を追うように足を踏み出した。
もしもそうだとしたら、導いてやらねばならない。
あらゆる苦しみの無くなる、安らぎに満ち溢れたこの美しい楽園への道へと導いてやるのだ。
仲間を増やす事。
それが、彼や『仲間達』が遥か彼方、この街ともまた異なる世界に住まう大いなる存在から与えられた使命なのだから。
男は暗闇にそびえ立つ建物の前で足を止めた。
建物の門を奇妙そうに見上げる男の横顔が、彼の眼に映る。
何処か、覚えのある顔だった。彼はあの男を良く知っている。そんな気がした。
だが、男が誰なのか。それを思い出そうとするよりも早く、彼は右手のハンドガンの銃口を向けていた。
男が誰であれ、思い出す必要は無かった。男は『仲間』ではない。それだけが分かれば、用は足りる。
『仲間』ではないなら、こうして『仲間』に引き入れる。それだけの事だ。
ハンドガンの照準が、男の身体に合わさった。
もうすぐあの男は、この素晴らしい世界を共に分かち合う『仲間』の一人となれる。
引き金に乗せた人差し指に、ゆっくりと力が込められていき――――。
「……………………ンァ?」
ふと、一つの抵抗を覚えた。
何かが気になる。何かが躊躇われる。
目の前に掲げたハンドガン。
何かしらの抵抗を、それに覚えた。
このハンドガンは本当にこう使うべきなのかと。
自分の使命は本当にこうする事なのかと。
何かが訴えかけている。
こう使う、とは。
使命、とは。
自分は今、何故あの男を狙っている。
あの男を撃つ事は、本当に自分のやる事なのか。
違う、気がしていた。
ゆっくりと、男から銃口を外し、彼は戸惑いの眼差しで手の中のハンドガンを見つめ直した。
そのハンドガンは――――ベレッタM92F。
ありふれてはいるが、彼の誇りとも言える拳銃。
彼と共に幾多の使命をこなしてきた拳銃だ。
誇り。
使命。
それは、何の。
それは『仲間』を増やす事だったか――――いや、違う。
ベレッタM92F。
そう。それは殺戮を行う為のものではない。
それは、人々を助けるもの。彼の手の中で、幾度となく人々を守ってきた彼愛用の拳銃なのだ。
己の誇り――――警官としての、誇り。
己の使命――――人々を守る、使命。
そうだ。
自分は――――――――――――――――。
「…………はっ」
大きく息を吸い込み、マービン・ブラナーは夢見心地の世界から抜け出した。
やや朦朧としている意識。今の感覚は一体何だ。夢、だったのだろうか。
状況が掴めない。自身が今、何処に立っているかも分からず、マービンは首を巡らせる。
後ろを見れば、赤い湖が視界いっぱいに広がっていた。そこは、橋のすぐ側の十字路だった。
――――そうだ。
自分は、署に向かう為に通りを引き返し、橋を渡ろうとして――――そこで精神に変調をきたしたのだ。
原因は、恐らくこの湖。
どうしてか今の自分は、この赤い湖に惹きつけられている。
橋を渡る途中で、ふと見下ろしたこの湖に見入ってしまい、そして、安寧に包まれたのだ。
今こうしている間でも、気を抜けばまた惹きつけられ、惹きこまれてしまいそうになる。
それも、先程シムラとこの橋を通り抜けた時よりも強く、だ。
まるで母親の様な。ここが己の帰るべき場所であるかの様な。
そんな絶対的な安堵感が、この湖からは感じられていた。
「くそ……っ!」
意識を強く保て。自らに言い聞かせながら、マービンは湖から目を切った。
ある一つの恐怖と予感が、彼を襲っていた。
この症状はもしや進行するのではないか――――絶望へと繋がる、そんな予感が。
無意識に腹部の傷口に視線が落ちる。いや、傷口があった箇所というべきか。
既に完治している傷口。化物の証とも言える身体。
先の警察署では、
ゾンビと変わり果ててしまった者達が、
リッカーと名付けた異形への変貌を見せつけた。
それと同じように、この身体もいずれ更なる変化を迎えてしまう可能性はあるのではないだろうか。
それが身体だけの事ならば良い。だが、あの惹きつけられる感覚。
確かに今は自我を保てているが、再びあちら側に強く惹きつけられる時が来たら、今度はどうなる。
その時に生存者達の側に自分が居たとしたら、どうなってしまう。
他の人間を巻き込みたくはないが――――抗い切れるものなのだろうか。
こんな有様で、生存者達を救う事が本当に可能なのだろうか。
可能だと、そう信じたいところだが、あの感覚を体験してしまった今ではそれは断言出来るものではない。
『それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。
それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか』
不意にシムラの声が浮かんだ。
彼と別れてから、そう時間は経っていないはずだ。なのに、早くも彼の言った通りに自分は苦しさを覚えている。
シムラは正しかったのだろうか。
彼が言うように化け物としての本能に従い、この湖に惹きつけられるままに行動する。
確かにそうすれば楽にはなれるのだろうが、それが正しいのだろうか。
――――違う、とマービンは頭の中で再びシムラを否定する。
今の自分が人間ではない。それはどうする事も出来ない事実だ。
それでも。自分が人間ではなく、化け物の一匹にすぎないのだとしても。
それでも、警官ではありたい。シムラに銃を向けたのは、己が警官である為なのだ。
人々を守る使命は忘れてしまいたくはない。例え肉体がどうなろうとも、警官としての誇りだけは失いたくはない。
その誇りを否定する事など、何者にも出来るはずがない。
自分は、間違っていない。そう信じたい。だが、しかし――――。
(抗えなければ、意味は無いんじゃないか……?)
行き着いた先は、苦悩が始まった場所。
答えなどあるはずもない思考。
あてどない迷宮にマービンが陥ろうとしていた、そんな時――――彼の耳に、ギィと鉄の甲高く軋む音が届いた。
「あれは……!?」
聞き慣れた、格子状の鉄門が開かれる音だった。
夢の中での記憶を思い返すように。或いはデジャヴを感じるような感覚で。マービンは『惹きつけられていた際』の記憶を思い出す。
音の方向――――彼の目的地でもあるラクーン警察署へと目を向ければ、門の前に一人の男の姿を捉えた。
見覚えのある姿だ。若干遠目な上、黒い何かを羽織っている為にはっきりとはしないが、それが誰なのかは容貌や仕草から直感的に分かる。
惹きつけられていた時の自分が銃口を突きつけていた男の事を、マービンは今思い出した。
「ケン、ド……?」
ロバート・ケンド。
ラクーン警察署の目と鼻の先に店を構える、ケンド銃砲店の主人。
口は悪いが気の良い男で義理堅く、署員の中にも彼に世話になっている者は多数いた。
ゾンビ事件の発生でラクーンシティがパニックに陥った際、市民の救助活動に尽力してくれた一人でもある。
最後に会ったのは――――ケビンが署に新聞記者やら鉄道職員やらを避難させてくる前だったか。それ以降は連絡も取れなくなってしまった。
安否を気遣ってはいたのだが、まさかこの奇妙な街で再会を果たそうとは。
「ケン…………」
開かれた正門から署の敷地内へと姿を消したケンドに呼びかけようとして、マービンは声を飲み込んだ。
迷いがあった。このまま普通の人間達と合流してもいいものかと。
だが、数秒の逡巡の後、意を決してマービンは駆け出した。
この症状が進行するにしても、今ならまだ抗う事が出来る。
ならば今のうちに出来る限りの事をしたい。例えば自分のような化け物の存在を伝えるだけでも、彼らの生存確率は上がるはずだ。
それに、一般市民とは言えケンドならば信頼出来る。
信頼出来て、協力してくれる者と一緒にいられれば。
生存者を守る、その人間らしい思考を常に保っていられれば。
或いはこの症状の進行も抑えられるかもしれない。そんな、捨て切れない望みに縋って。
マービンが正門に辿り着いた時、辺りにケンドの姿は見当たらない。
開きっぱなしの玄関扉から中の様子を窺うが、そこにも人影は無い。
既に署の奥へと移動してしまったようだ。だが、何処へ。
東と西。左右の扉に目を向ける。先程は閉じられていたはずの西側オフィスへの扉が開いていた。
「こっちか……?」
署の西側でケンドが目的とする部屋。心当たりがあるとすれば、S.T.A.R.S.のオフィスくらいか。
ケンドはS.T.A.R.S.の連中とは懇意にしていた。特にバリーとは妙にウマが合っていたように思える。
ケンドが自ら装備品の搬送を取り行う事も珍しくなく、S.T.A.R.S.オフィスには頻繁に立ち入っていた。
今のこの状況ならば、ケンドが武器を求めてS.T.A.R.S.オフィスに向かう可能性は、限りなく高い。
ミカエル・フェスティバル、兼、新人警察官歓迎会。
企画倒れで終わってしまったパーティ会場内での一応の確認を済ませ、マービンはオフィスを抜ける。
続く倉庫、階段下にもケンドはいない。あるのは腐った市民や同僚達の成れの果てだけだ。
それらを尻目に階段を上がる。二階も前と変わらず、特に異常は見られない。
そして――――S.T.A.R.S.オフィス前。
薄汚れたプレートに表記されたS.T.A.R.S.の文字が、弱々しく明滅する照明の光で照らし出されていた。
ケンドが来るとすればここのはず。その予想が的中したのかどうか。中からは、確かな気配が感じられていた。
「……ケンドか?」
赤錆だらけの扉に向かい、マービンは躊躇いがちに呼び掛ける。
中に居るのがケンドなのか、別の人間なのか、それともゾンビ達が入り込んでいるのか。
可能性は様々だが、とは言え、確かめない訳にはいかない。
マービンの声に、中の気配は動きを止めた。
しばし待つがそれ以上の反応はない。これで最悪でもゾンビのセンは消えたが――――。
「いるなら返事をしてくれ。俺だ。マービンだ」
「……マービン。お前さんか」
扉越しに聞こえてきたのは、抑揚の無い冷たい声。しかし、確かにケンドのものだった。
中にいる者はケンド。それが分かり、無意識にマービンは緊張を緩めていた。
「無事で何よりだ、ケンド。すぐにでも再会を祝いたいところだが……俺の方に厄介事が起きていてな」
「厄介事? ロメロやらキングやらのペーパーバックの世界に入り込んじまうよりも厄介な事なんてあるのか?」
「……さあな。どっちが厄介かなんて俺には分からん。とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。
今からドアを開けるが、絶対に、撃つんじゃあないぞ」
「…………」
腰のホルスターに銃を収め、マービンはゆっくりと扉を引いた。
そこに生じる違和感。室内には明かりが点いておらず、暗闇に包まれていた。
この身体になってからは多少の暗闇には悩まされる事は無いが、疑問は浮かぶ。
「おい……どうして電気を点けないんだ?」
奇妙に思いながらも、マービンは両腕を上げてオフィス内に足を踏み入れる。
瞬間、視界の端で影が動いた。
左――――顔を向け、バリーのデスク前にいるケンドの姿を捉えると同時に、マービンは三連続の破裂音を聞いた。
「…………え?」
それが3点バーストの銃声だと分かったのは、目の前のケンドの構えと、彼が両手で握るサムライ・エッジを認識した時だ。
遅れてやってきた、身体を駆け抜ける三つの激痛。胸から吹き出す血液が、以前の負傷で既に血に染まっていた彼の制服を、更に赤く染め上げていく。
口からは呻き声と共に血を吐き出して、マービンは胸を押さえながら床に片膝をついた。
「何か妙だと思ったぜ。死に損なっちまったのか?」
何を言っている――――困惑の思いでケンドを見上げ、そして漸く気が付いた。
黒い何かを纏う彼の顔が、人間のように見えている事の不自然さに。
「S.T.A.R.S.の連中がやんちゃ坊主なら、お前さんは落ちこぼれってとこか」
先程遭遇したアジア系の軍人と子供の二人は、人間であるが故に化け物に見えたはずだ。しかし今のケンドにはそれがない。
つまりは――――彼もまた、既に化け物の一匹と成り果てていた。それも、シムラや自分とはまた別種の化け物に、だ。
胸の銃創が蠢き出し、激痛の中に奇妙な感覚を呼ぶ。マービンは片腕までをも床につき、蹲るような姿勢でケンドの声を聞いていた。
「ま、これで殻が一つ増える。安心してくたばっちまいな」
「……カ、ラ……?」
「俺達の『仲間』になるのさ。マービン。お前さんなら良い殻になれる。
下で熱烈な歓迎パーティ開いてやるぜ。ミカエル・フェスティバル並の盛大なやつだ」
「…………そうか……あんたもか……」
同じだ。マービンは、思う。
種類は違えど、やる事は同じ。彼はもう、シムラと同じ目的を持ってしまっているのだ。
仲間を増やす目的を。人間を殺す目的を。
――――ならば。
胸の銃創から三発の銃弾が押し出され、掌の中に落ちた。
蠢く傷口は、再生の証。完治までは程遠いが、痛みは徐々に和らぎつつある。動くには充分だ。
ケンドからは完全に死角の右腕。すかさずマービンはケンドの顔面目掛け、下から押し出すように手の中の銃弾を投げつけた。
虚を突かれたケンドは驚愕の表情で、しかし、トリガーにかかった指を引く。
銃声がオフィス内で反響し、鮮血が舞った。
「ぐっ……!」
頬から左耳にかけて、焼けつくような熱が走った。恐らく耳は吹き飛んでいるだろう。
だか、それは想定の範疇の事。
ケンドはマービンから顔を背けていた。顔面に投げつけられた銃弾を反射的に避けようとして、だ。当然、銃口はぶれている。
マービンが欲しかったのはその隙だ。
急所にポイントされているであろう銃口を外し、自らがホルスターからベレッタを引き抜く隙が欲しかった。
行動不能に陥らない箇所であれば、銃撃を受けるのは覚悟の上で。
ケンドがその両目を開きマービンを見据えた時、既にマービンはベレッタを突きつけ、狙いを定めていた。
――――再度の銃声は、マービンの手の中から。
ケンドは口を開くも、その声は数発の破裂音に掻き消されていた。
喉に、額に、顎に、風穴が開いていく。黒い体液が飛散する。
断末魔の悲鳴を残す事もなく、ケンドの身体は床に倒れ込んだ。すぐ側のデスクを巻き込みながら。
デスク上に置かれていた組立途中のモデルガンの部品がばら撒かれ、床で細かな音を鳴らしていた。
「悪いが、簡単には死ねないらしいんだ。そのパーティはキャンセルしてくれ。
……あんたにこの銃を使わなきゃならんとは、残念だよケンド」
その言葉は、どこか、力なく。
マービンは再び胸を押さえて、脱力したかのようにその場に座り込んだ。
手の中の傷口は、今もそれ自体が生き物であるかの様に蠢いている。
頬や耳もそうだ。胸と同じように蠢いて元に戻ろうとしている。再生の、慣れない奇妙な感覚だった。
「不死身の肉体……助けられたな」
ただの人間であれば確実に致命傷だったはずなのに。
異形と化したケンドを殺せたのは、この身体のおかげだ。
警官に最適な肉体。その一点においては、自らの言葉に間違いはなかった。
自分の選択は、間違ってはいなかったのだ。
――――しかし。
同時に、マービンは理解していた。
この選択は、正しくもなかったのだと。
今の彼が感じているのは、あの安堵感だった。
近くに赤い湖がある訳ではないのに。
意識が先程同様に惹きつけられている。
望まぬ安寧が、容赦無く襲いかかってくる。
その理由は――――どうやら、この血らしい。マービンは、己の血塗れの掌を見返した。
制服の染みを広げていく赤い血液。
首筋に垂れ落ちている赤い血液。
この身体から血を流してしまう程、症状の進行は早まっていくという実感が確かに感じられていた。
これでは、この不死の身体を活かしようもない。
マービンの胸中に、諦めの気持ちが広がっていく。
例えばこの先で――――生存者と共闘する未来が訪れたとしても。
人間を守る為に戦い、血を流す度に意識まで化け物に近付いていくのであれば。
遅かれ早かれ自分が行き着く果ては、シムラやケンドのような人間を殺す存在だ。
警官らしくあろうとすればする程、自分は化け物でしかいられなくなる。本末転倒も良いところではないか。
つまりはこれから先に、自身が生存者達に対して出来る事は何もない――――。
「……いや、まだだ。まだ、一つだけ……俺に出来る事はある」
マービンは立ち上がると、ケンドの身体に歩を進めた。
マービンの開けた風穴からは、黒い液体流れ出ていた。これが何かは不明だが、ケンドが変貌した化け物としての特徴なのだろう。
今のところ、その傷口の再生は見られないが――――いずれ自分のように蘇らないとも限らない。
オフィス内から二つの手錠を見つけ出すと、マービンはケンドの後ろ手にした両手と両足を拘束し、その手錠同士にも自身の装備品である手錠をかける。
海老反り状態での拘束だ。これでケンドが再び蘇ろうとも、身動きは取れない。
次に――――。
入り口まで歩み寄ったマービンは、扉を閉めて内鍵をかけた。
そしてドアノブの側部にベレッタを向けると、僅かな躊躇いの後に、引き金を数回引いた。
耳障りな金属音を立ててドアノブは弾け飛び、床に転がった。
「化け物二匹の拘置、完了だ……」
マービンは、扉にもたれ掛かるように腰を下ろした。
これで、扉を破壊しない限りはマービンはここから出られない。
これから、死ぬまで。いや、死ねないのだから永遠だ。永遠にマービンはここで化け物の看守役を引き受ける事になる。
「永遠に苦しむか……彼の言った通りになりそうだ」
先程も浮かんだシムラの言葉が再び思い出された。
そして、彼との別れ際の言葉も。
「シムラさん。頑固者はあんただけじゃなかった。どうやら、俺も大概らしい」
だが――――それでいい。
下手に抗い、守りたい者達に危害を加えるようになってしまうよりは、その方がずっとマシだった。
マービンは、顔を歪めていた。
それは、自虐的な笑みのような。永遠への恐怖を必死で堪えているような。
どちらともつかぬ、顔だった――――。
そのまま何をするでもなく、どのくらいが経った時か――――。
マービンの耳に、
マシンガンやショットガンのものと思われる銃声が届いた。
それは、署の中での事だろうか。それとも外だろうか。
発砲しているのは人間なのか。それとも化け物同士での抗争か。
何一つ、はっきりとはしない。マービンには分かりようもない。
だが、意識を音に集中させていると、唐突に流れ込んでくる映像があった。
化け物が――――いや、あれが人間か。人間が、マシンガンを持った迷彩服の『化け物』を蹴り倒していた。
不意に耳元で誰かの声が上がる。不自然な程にくぐもっていて判別しにくいが、何処かで聞いた覚えのある声だった。
(これは、何だ……?)
自分が他の誰かに成り変わっているかのような感覚。
惹きつけられて見る幻覚にしては、安らぎとは無縁の映像。
これは、幻覚ではないのだろうか。
しばらくして、映像の中の人間がいるのはこの警察署の前だと気付いた。
やたらと大きな黒衣の犬や、三角錐の金属を被る大男。
その場には、様々な怪物達が入れ替わり立ち替わりでやってきては去っていく。
恐らくこれは、幻覚ではない。すぐ外で起きている現実なのだ。救助に駆け付けられない事をもどかしく思うが――――。
やがて、集まってきた三人の人間達。
その内の二人は、異形の姿に見えるとはいえ、誰なのかは一目で分かった。
「あいつら……来てたのか」
S.T.A.R.S.アルファチームの紅一点。
ジル・バレンタイン。
数時間前まで行動を共にしていた脳天気な同僚。
ケビン・ライマン。
自分よりも場数を踏んでいる、二人の警察官だ。
マービンは、思わず口元を吊り上げていた。
今度は確かな喜びで、笑みを浮かべていた。
ジルとケビン。彼等もこのおかしな街に来ていた事は、喜んでいい事では無いのかもしれない。
それでも、ここから動けない自分の代わりになってくれる存在がある。
その事実は、マービンの胸に僅かばかりの希望を与えてくれた。
「……お前達なら大丈夫だろう」
マービンは、呟いた。
彼等ならきっと上手くやれる。
自分には出来なかった事を、きっと成し遂げてくれる。
彼等が自分のような化け物になってしまう事は、きっとない。
それは何の根拠もない、妄想に過ぎないものかもしれないが。
そんな願望を乗せて。
期待を込めて。
マービンは、もう一度呟いた。
「お前達なら、大丈夫だ…………!」
【D-2/警察署二階・S.T.A.R.S.オフィス内/一日目深夜】
【マービン・ブラナー@バイオハザードシリーズ】
[状態]:屍人化への不安と恐怖。ジル達への期待と希望。
[装備]:ベレッタM92F(4/15)
[道具]:壊れた無線機
[思考・状況]
基本行動方針:他人を傷つけない
1:屍人化の進行に逆らえる限り逆らう。
※“今のところは”他人を傷つける気は無いようです。
※ケンドの持っていた銃は、サムライエッジ・バリー・バートンモデルです。
最終更新:2013年01月03日 20:31