Survivor ――Eye of the Tiger――
事の発端は、二年前。三隅郡直下型地震による、羽生蛇村大規模土砂流災害の被災地救助任務の際。
現世にいながらにして垣間見た、現実と常識の外にある『あちら側』の世界。
三沢を引きずり込もうとする、この世のものとは思えぬ空間。
三沢は、それに触れてしまった。
剥き出しの無防備な精神が、直に包み込まれたかのように。
怪異に晒された三沢は、それが幻覚だと否定する余裕すら持てず、感じたがままにそれを受け入れた。
それ以降、頭の中に刻み込まれた怪異の痕。
ふとした時、昼夜を問わず蘇る、悍ましい幻覚と悪夢。
羽生蛇村で救出した少女が化け物となり襲い掛かってくる。無数の手が三沢を捉えようと伸びてくる。
全て、幻覚だ。ただの、悪い夢。恐怖を少し堪えれば、三沢の前には必ず明確な現実が広がっている。だが、すぐにまた、別の悪夢。
現実と。悪夢と。また現実と。また悪夢と。目の前は脈絡無く移り変わり。
心を落ち着けられる時も、場所も、最早何処にも得られず。
浮かび上がる恐怖を抱え込む事しか出来ず。強靭な冷静さで押し殺す事しか出来ず。
この二年の中で。
そして、唯一の逃げ道である『現実』すらも曖昧な悪夢と変わらなくなってしまった夜見島の中で。
三沢の精神は、一見したところの沈着な振る舞いの内側で、徐々に崩壊に近付いていった。
その――――「おかげ」と言うべきか。その「せい」と言うべきだろうか。
どちらにせよそれが原因となり、この世ならざるものに対する三沢の直感力は鋭さを増していく。
夜見島での怪異に巻き込まれた際、誰よりも早く事態の異常さを感じ取り、対応出来たのはそれ故だ。
それは、勘としか言い表せないもの。
己の感覚としてしか認知出来ないもの。
言葉としての体を持ち得ないもの。
無論それは、人の身を超えたものでは決してないが――――。
その直感が、二つの事を告げている。
一つは、彼の後ろを歩く
須田恭也の事。
須田は、混ざっている。
今はほんの僅かに、だが。『あちら側』の気配がある。恐らくは、あの永井頼人の成れの果てに感じたものと同質の異変。
いずれ須田が永井のように襲い掛かってくる可能性は充分に有り得るのだろう。
ならば、殺すのか。いや、違う。それを感じ取りながらも、三沢には今すぐに須田をどうこうする気はなかった。
今の須田は紛れもなく人間だ。しかし殺してしまえば、永井のように“蘇る”。或いは死体に取り憑く奴らに一つ武器を与える事に繋がるか。
どうあれ殺す方がリスクが高まる。その時が来るまでは、むしろ対処するべきではないだろう。須田に関しては現状維持のままで良い。
そしてもう一つの事。――――この“世界”についてだ。
警察署内から外に出て、“世界”に直接触れた事でより色濃く感じる“本質”。
羽生蛇村での“本質”とも、夜見島での“本質”とも、ここに在るのはまた別のものなのだと。
漠然とだが、三沢には感じられていた。
この“世界”に潜むものが何であるのか。明確な姿形までは感じ取れようもない。
しかし、この二年間押し殺し続けてきた、己の精神を蝕み行く恐怖と絶望に比べてしまえば。
羽生蛇村や夜見島で体感した、現実にまで侵食してきた悪夢に比べてしまえば。
この“世界”で感じるそれらは、明らかに――――。
「ふっ、ははっ」
三沢は、小さく笑った。
久しぶりに、悪くない。
薬に頼らずとも、悪くない気分だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜霧に混ざり、明瞭さを無くして静かに揺らぐ、三つの光と三人分の人影。
ジル・バレンタインが足早に追いかける、それらの内の一つから素っ頓狂な声が上がったのは、目視でも一人一人が誰であるのか判別出来る程には距離を詰めた時だった。
「おい、マジかよ、勘弁しろよ!」
――――反射的に周辺に警戒を向ける。
レミントン――
ハリー・メイソンが一旦は警察署の前に放棄した物だ――を構えるが、特に反応したものは見当たらない。
つい息を吐き出したのは安堵の表れか。或いは声の主に対する呆れか。
続いて響いた声に、ジルは肩を竦めた。
「何だよこれ!? 犬用!? 犬用なの!?
ちっくしょう、せっかく見つけた食いもんだと思ったのに……いくら非常時でもこんなもん食えねえって!
あの家に犬小屋なんて無かったじゃねえか。何でこんなもん置いてんだ。ちぇっ!」
悪態をついた声の主、
ジム・チャップマンの手から一つの物体が投げ捨てられる。
やや遅れてその場を通過する際にジルが目を向けてみれば、確認出来た物はパッケージの破られた
ビーフジャーキーだった。
噛んだ形跡は――――見られない。一応、口にせずには済んだらしい。
「……やっぱりツイてねえなあ俺って。なあ、お前もそう思わない?」
騒がしい独り言は、隣を歩く少年に向けられた。
少年は困惑の目をジムに返すも、律儀に受け答える。
「え? いや、よく分からないけど……大変ですね」
「大変ですね? ……それだけ? 何かもっと気の利いた言い回しとか無いわけ?
なあミサワ。あんたはどう思うよ?」
「黙っていた方が良い。喋ると余計に疲れるぞ。強要はしないがな」
前を行く軍人には、にべもなく突き放され。
「何だよ、どいつもこいつもコミュニケーション不能かよ。
ったく、日本人は感情表現が下手ってホントかもね。何考えてるのか全然分からねえ。自己主張が足りないって言うかさ」
「あなたがさっきから煩いのよ、チャップマンさん。ちょっとは黙りなさい」
漸く追いつき隣に並んだジルも、思わず冷たい言葉を浴びせかける。
ジムはポカンと口を開けて振り向くと、オーバーアクション気味に両腕を上げた。
「S.T.A.R.S.の姉ちゃんにそう言われちゃしょうがないけどさ。
こんな辛気臭い街でスティーブン・セガールみたいに黙りこくってたって良い事ないよ。気が滅入っちまう。
……ああ、俺の事はジムで良いよ。みんなそう呼ぶんだ」
「ジム、ね。私もジルで良いわ」
S.T.A.R.S.なんて、もうないから。
自虐的な言葉を続けようとして、ジルは言い淀む。
ジムの言葉を借りる訳ではないが、今は気の滅入る話題は極力口にしたくはなかった。
ラクーン警察署で見た、数多くの同僚達の死と、ケビンの死に様。
覚悟していた事とは言え、つい先程見せつけられたばかりの度重なる悲劇に、こたえていないと言えば嘘になるのだから。
それは恐らく、ジムの方も同じなのだろう。
ジムとケビンの間柄は詳しくは知らないが、ラクーンシティの崩壊からこれまでを共に生き延びてきた仲間同士なのは確かだ。
このような振る舞いをしているが、ショックを受けていないとは思えない。
もしかすると、ケビンの死から目を逸らす為に意識的に他愛もない話を続けているのか――――。
「まあ、ケビンだけはジミー、ジミーっつってガキ扱いするみたいに茶化しやがったけどな。
その呼び方はやめろ って何回言っても聞いちゃくれなかった」
――――と、そう思えたのも束の間だった。
どうやら単に、気遣いの出来るタイプではない、という事らしい。
「それで……えーと、何話してたっけ? ……そうそう、やっぱり俺ってツイてねえんだよ」
そしてなおも口を止めようとしないジムに、今度こそ呆れの息が漏れた。
忠告する気も何処かへ失せてしまったが、ボリュームだけは下げるように一言注意をして、ジルは聞き役に徹する。
「毎日毎日便所とブリーチの臭いが混ざったクセー職場で汗水たらして働いてたよ。
やる事って言ったら大半がバカ野郎共の相手でさ。面倒臭いったらありゃしねえ。
人手が足りないってのに仮眠室に酒持ち込んでサボる同僚にゃケツ蹴っ飛ばして文句言ってさ。
たかだか25セント・コインが券売機に詰まったからってギャーギャー突っかかってくるオバちゃんはまだマシな方だ。
やたら育っちまったネズミ共はいっつもどっかにクソ引っ掛けてくし。
ホームから落っこって線路で寝ちまうデブの酔っぱらいなんかは何よりも最悪だぜ? 持ち運ぶ身にもなってみろってんだ。
こないだなんてパーカーの下にわざわざ南軍Tシャツなんて着込んで見せつけてくるクソガキもいやがった。ありゃ絶対アーリア系だね。
そんなバカ共の相手してさ、ほとんどそれだけで一日が終わってさ、それからまた次の日だ。毎日、毎日、毎日、毎日。
代わり映えもしないし良い事なんか何もない。不満だったらいくら並べても並べきれない仕事だったよ。
それでもさ、我慢出来なかったわけじゃないんだ。そりゃそうだろ? あんなでも真っ当な仕事だもんな。
ギャング連中みたいに電車ん中でカツアゲしたり物陰でシャブ売ったりしなくてもメシ食ってける。あれに比べりゃマシなもんだ。
だから俺は愚痴も溢さず……そりゃまあちょっとは愚痴る事もあったけど、ありつけた仕事にしがみつくように頑張ってきたんだよ。
嫌な事みんな我慢して、我慢して、頑張って働いてさ。つまらない一日だけど、締め括りにはせめて気晴らししたくてさ。
バスケ見に行ったり、クロスワードパズル解いたり、美人の姉ちゃんのいるバーで一杯やったり。
そんなどうって事ない楽しみを励みにして、頑張ってたんだ……」
ジムは、そこで口をつぐんだ。
沈黙に誘われるように彼の横顔を窺えば、淋しげな表情が目に止まる。
「……あの時もあのバーで飲んでたんだよ。
俺とケビンが知り合ったのもあそこだった。J'sバーさ。
あんたを見かけた事は多分無いと思うけど場所くらい知ってるだろ?」
ジルは無言で頷いた。
ジャックス・バー。通称J'sバー。
ラクーン警察署からはそれなりに距離が離れているが、ツケが利く、美人がいる、という理由からケビンが足繁く通っていたバーだ。
「ケビンがシンディにちょっかいかけて、ウィルに睨まれて軽口叩いて。
俺はそれをクロスワードやりながら眺めてた。いつもとなーんにも変わらない日常だったのにさ……。
本当にあっという間だったよ。イカれた乞食が店に入り込んできたと思ったら、そいつがウィルに噛みつきやがって。
それが始まり……変わらないはずの日常が地獄にすり替わっちまった瞬間さ。
気が付いたら店がクソゾンビ共に囲まれてた。窓の外から何十匹ものゾンビがこっち見てた。
ワケ分からないまま逃げようとしたよ。入り口からは出られねえ。裏口も駄目だった。どうにか逃げ出せたのは屋上からでさ。
でも店の周りだけじゃなかったんだ。外に出てみりゃ、とっくに街中が
ゾンビで埋め尽くされてた。
現実味なんか無かったけど、とにかくバーにいた連中と一緒になって必死こいて街中逃げ回ったよ。
俺達最初は八人もいたんだぜ? でも、逃げ回ってる内に一人、また一人っていなくなってってさ。
シンディは象に踏み潰されちまった。ジョージにゃ何にもしてやれなかった。
マークやデビット……ヨーコとは逸れちまったんだけど、あいつらどうなったんだろうなあ。
…………そんなこんなで、いつの間にやらこの街だろ? ここじゃとうとうケビンまでが死んじまって、残ったのは俺一人。
未だに信じられねえよ。あのケビンがだぜ? あんなタフな奴まで死んじまった。それなのに何で俺なんかがまだ生きてるんだ?
ツイてるからか? はっ。そんなわけないよな。ツイてる奴なら最初っからこんな事に巻き込まれねえ。
つうより、俺が何した? 何にも悪い事なんかしてねえよ。
俺はただ、いつも通りの細やかな楽しみを満喫してただけじゃねえか。
なのに、こうだ。気付いたら、家も仕事も友達も、なんもかんも無くなっちまって。
こんな所でこんな物騒なもん持って歩いてる事にも慣れちまっててさ……。ホント、ツイてねえよ……」
徐々にその声はトーンを落として行き、やがて聞こえなくなった。
そのジムに、ジルは一人の男の姿を重ねていた。
随分と前の事のようにも思えるが、たった半日程前にラクーンシティで出会い、別れた男。確か、ロッソと名乗ったか。
娘を失い自暴自棄になっていた彼の姿が、今のジムと重なって見えた。
彼等ラクーンシティの市民に対して、後ろめたさは強く感じている。
もしもあの事態を未然に防ぐ事が出来た者がいたとすれば、それはアンブレラの正体を知るジル達S.T.A.R.S.の生き残りだけだったのだから。
この数ヶ月、やれるだけの事はやってきた。アンブレラを潰す為に最善を尽くしてきたと信じている。
しかし、敵はあまりにも強大だった。
たかが数名の警察官が足掻いた程度では、巨大な企業の牙城を崩す事はおろか、迫る事すら困難だった。
調査に進展が全く無かった訳ではない。時間さえかければ、いずれはアンブレラ社を壊滅に追い込めたのかもしれないが、あれ程の大惨事が引き起こされてしまった今となっては、何もかもが台無しだ。
人口約10万人。その殆どが生ける屍と化したラクーンシティ。
ジル達は、間に合わなかった。守るべき市民を救えなかった。結果としては、そういう事でしかない。
無論全ての元凶はアンブレラであり、理屈の上ではジル達に責任などあろうはずもないが――――彼等市民に慰めの言葉をかける資格があるとも、ジルには到底思えなかった。
ジムに対し、ジルは何も言ってやれずにいる。
今、彼女の耳に入る音は、濃霧の中に反響する四人分の足音のみ。
それすらも妙に耳障りに聞こえるのは、歯痒さからくる苛立ちのせいか――――。
「でもさ……」
居心地悪さの漂う静寂の中で、不意に一つの声が上がった。
ジルはそちらに顔を向ける。ジム、ではない。彼の隣の少年だ。
「俺、ジムさんはそれでもツイてる方なんじゃないかって思いますよ」
「はぁ? 何をどう聞いたらそうなるんだ?」
「ジムさんのいた何とかって街が最悪だったのは分かります。
でも、その街からは逃げれたんだし、それだけでも悪くないっていうか、ラッキーなんじゃ。
そりゃあここだって変な化け物とか大蛇とかいたけど、ジムさんの話ほどじゃないみたいだし。
だったらもうジムさんは最悪なんて通り越してるし。さっきまでどん底にいたなら、ここからは登るだけですよ。
その……研究所にワクチンだってあるかもしれないんでしょ?
そしたらもうすぐ病気も治って、後はこの街から逃げ出せば。ね?」
まだどこか幼さを残す少年は、無邪気な顔でそう言った。
青臭くて、安っぽくて、ありきたりな激励だった。
ジルには、無責任過ぎてとても言えない言葉だ。聞いているこちらが赤面してしまいそうになる。
ただ、少年――――キョウヤと言ったか。彼の言葉が本心からのものだという事は、不思議と伝わってきた。
キョウヤ自身は、素直で前向きな性格なのだろう。心の底からジムを励まそうとしている。
考え方にはその容姿同様まだ幼さが残るようだが、毒気や俗気に染まっていない彼の性格に、ジルは好感を抱いていた。
「そんな風に言うのは簡単だけどよ……。俺が言っちゃなんだけど、ワクチンもあるって決まったわけじゃないしな。
もしワクチンがあっても、この街だっておかしなもんだ。良く分からねえ怪物共にあの
サイレンだもんな。
それにハリーが言ってただろ? 街の外に出る道が瓦礫や岩で塞がれてたって。簡単に出られるもんなのかねえ」
ジムの言葉を受けてキョウヤが何かを言いかけた、その時。
後ろを振り返る事もなく、前を行く軍人が口を開いた。
「いや。須田の言う事も、あながち間違っちゃいない」
「え、…………三沢さん?」
「死体になるか。あいつらになるか。あそこじゃ他に道は見えなかったがな。
ここは、どうやら混ざってる。悪い夢の続きにしちゃ生温い。そんなに分は悪くなさそうだ」
「み、三沢さん?」
それは、独り言のようでもあり。
先程からどうも彼という人物が掴み切れずにいた。
キョウヤとは正反対に、まるで本心の読み取れない男だ。
「どういう意味? あなた、何を言ってるの?」
「ちょ、待て待て。あんた何か知ってんの!? ならケチケチしないで教えろよな!」
ジルとジムが率直に問いかけるがミサワは答えない。再び口を閉ざし、ただ先行するだけだった。
ジムは少し歩みを早めると、ミサワの横に並び彼を問い質し始めた。だが、やはりというか取り合ってもらえない様子だ。
そのまま二人の背中に交互に視線を移すと、ジルは幾度目かの溜息を吐き出した。
「随分変わったお友達ね。いつもああなの?」
「さあ……俺もさっき知り合ったんで」
「ああ。そう言えばそうだったわね」
自然と隣り合う形となったキョウヤに、ジルは目を向けた。
視線に気付いたキョウヤはこちらを向くが、ジルと目が合うと慌てたように顔を背けた。
「聞いても良い?」
「え……っと、何ですか?」
「あなたも“視える”の? トモエやミサワみたいに」
トモエとの話の続きだ。
ミサワと行動を共にしていたから。ミサワやトモエと同じ日本人だから。
聞く理由としてはその程度のものだが、もしもこの少年にも同じ力があるのなら、確認だけはしておきたかった。
「幻視の事……ですよね。まあ、一応」
「ゲンシ?」
「そう言ってました。詳しい事は俺にも、よく……」
「言ってたって、ミサワが?」
「そうじゃなくて。この街に来る前に会った女の人で……って、名前聞いてなかった。えと、教会の人みたいでしたけど」
そう言って少年が話し始めたのは、彼がこの街に迷い込んだ経緯だった。
とは言え基本的にはジルと同じだ。要するに、いつの間にか迷い込んだという事だが。
違うのは、そもそもの居場所。キョウヤが居たのは日本のとある村だったようだ。
幻視とやらが出来るようになったのもその村での事らしい。
「幻視って、日本じゃメジャーなものなの?」
「いや、聞いた事ないです」
「確か、自分以外が見てるものが“視える”のよね? ……さっきから尋問みたいで悪いわね。
疑うわけじゃないんだけど、ちょっと試させてもらえる?」
「良いですけど……うわっ!」
許可を得るや、ジルは着ていたジャケットを脱ぎ、キョウヤの頭にそれを被せた。
彼の死角を増やし、自分は後ろに付く。これでジルが何をしているのかは、キョウヤは見えないはずだ。通常ならば。
歩くペースを落とし、前の二人を見失わない程度の距離を保ちながら、ジルは幾度かのテストを行った。
ジルの見ているものは何なのか。建物、文字、記号等、様々なもので。
果たしてキョウヤは、その全てを言い当てた。ジルに疑問を抱かせる余地の無い程、完璧な答えだった。
「本当なのね……。どうなってるのかしら」
ジルはキョウヤの頭からジャケットを取ると、それを羽織り直しながら感嘆の声を上げた。
何故か顔を赤らめていたキョウヤはただ一言、分かりません、と呟き返す。
仕組みはまるで分からない。ニンポーとも違うらしい謎の超能力。
怪しげな代物だが、これを使いこなせるのなら、怪物達からの不意打ちを受ける危険性が薄まるのは確かだ。
命を落とす確率は、格段に減る――――。
ふと、トモエの顔が過ぎった。
別行動を取る事になった一般人二人の身は今も気がかりではあったが、トモエにはこの幻視がある。
無理さえしなければ、充分に生き延びる目はあるだろう。それが分かっただけでも、多少は気が楽になる。
「ねえ――――」
この幻視を、キョウヤはどうやって得たのだろうか。自分にも身に付ける事は出来ないだろうか。
そんな疑問を投げかけようとするジルだったが。
「おい! おいおいおいおい! マジかよ!」
その疑問は、前方の人影からまたも上がった素っ頓狂な声によって遮られた。
思わず苛立ちを乗せた視線を走らせる。
そこはT字路だった。南下して初めてのT字路という事は、地図上で言えばD-3のはず。
話の間に、目的地まで目と鼻の先の位置にまで来ていた事になる。
ジムは立ち止まり、夜霧の中に朧気にそびえ立つ巨大な陰を見上げていた。
随分と立派そうな建物だ。あそこが「研究所」なのだろう。
「………………?」
陰を見ていると、刺激される記憶があった。
デジャヴ、だろうか。
この建物の陰に、何処か見覚えがあるような。
――――いや、ここは、まさか。
「ここラクーン大学だよ。ワクチンがあるかもも何も、俺達がワクチン作った場所そのものだ」
困惑か。興奮か。
ジムの声は震えていた。
そんなばかな。ジルも一旦はそう思う。
しかし、記憶の中にあるラクーン大学の姿は、確かに見上げている陰の雰囲気と一致していた。
「ラクーン署の次は大学までかよ。わけが分からねえけど、この際もうワクチンが手に入るんなら何でも良いや。
キョウヤの言う通り、確かに運が向いてきたのかもしれねえ。どん底から這い上がれそうな気がしてきたぜ。
そう、ロッキー3のスタローンみたいにだ。シュッシュッ! ……へへっ、アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきそう。
ワクチン作ったら、ハリーやミヤタにも持ってってやらねえとな。……そうだ。景気づけにやっとくか」
ジムはポケットから一枚の硬貨を取り出した。
それを親指でまっすぐ上に弾く。手の甲に落ちる硬貨をしっかりと掴み、中を確認して――――。
「……裏かよ。締まらねえな」
バツが悪そうな顔を作ってぼやくジムを尻目に、ジルはもう一度建物を見上げた。
ラクーン駅、警察署に続き、三度現れたラクーンシティの施設。いくら何でも出来過ぎてはいないだろうか。
もしかしたら何かの罠なのか――――そんな考えも過るが、どれだけ案じたところでこの場に大学が存在する理由など分かるはずもない。
「何にしても中に入るしかなさそうね……。期待してるわね」
「はあ」
曖昧に頷くキョウヤの背中を軽く叩き、ジルはジム達に続いた。
――――アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきた。ジムの声だった。
【D-3/クライトン通り・研究所前/二日目黎明】
【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
[状態]:疲労(中)
[装備]:レミントンM870ソードオフVer(残弾6/6)、ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
[道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"
サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、
ショットガンの弾(1/7)、
グリーンハーブ
[思考・状況]
基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
1:ワクチンを入手する
※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
※幻視についてある程度把握しました。
【須田 恭也@SIREN】
[状態]:健康
[装備]:
9mm機関拳銃(25/25)
[道具]:懐中電灯、
H&K VP70(18/18)、
ハンドガンの弾(140/150)、迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
[思考・状況]
基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
1:この状況を何とかする
2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う
【三沢 岳明@SIREN2】
[状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
[装備]:
89式小銃(30/30)、
防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
[道具]:
マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・
64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、
精神高揚剤
グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、
89式小銃用銃剣×2)
[思考・状況]
基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
1:民間人を保護しつつ安全を確保
2:どこかで通信設備を確保する
※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
[状態]:疲労(中)
[装備]:89式小銃(30/30)、懐中電灯、コイン
[道具]:グリーンハーブ×1、地図(
ルールの記述無し)
旅行者用鞄(
26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、89式小銃用弾倉×3、鉈、薪割り斧、食料
栄養剤×5、
レッドハーブ×2、
アンプル×1、その他日用品等)
[思考・状況]
基本行動方針:
デイライトを手に入れ今度こそ脱出
0:Risin' up, back on the street Did my time, took my chances~
1:ワクチンを入手する
2:死にたくねえ
3:緑髪の女には警戒する
※
T-ウィルス感染者です。時間経過でゾンビ化する可能性があります。
最終更新:2014年03月04日 23:04