THE DIVIDE



 焦げた風が漂っていた。嗅ぎ慣れた硝煙の残滓に、男は鼻を鳴らす。
 爪先が地面に転がった薬莢を蹴とばし、空虚な音が響く。
 男は顔を上げ、不快そうに口を歪めた。
 ラクーン市警察署――纏った殻の奥底から、その言葉と共に酷く鬱屈とした感覚が浮かび上がってくる。
 周囲から漏らされる嘆息と嘲弄、それに対する反発と諦観。それが無意識のうちに殻の表情を変えさせた。
 それを隠すように、男は被った黒布を鼻先まで引き上げた。
 この殻にとって、この地は居心地の悪い場所であるようだ。
 周辺には大規模な戦闘の残滓がいまだに燻っている。破壊の足跡は、東側へと続いているようだ。
 反射的に殻がそちらを避けようと動いたが、律して確認に向かう。
 周囲の物音から、近辺で戦闘は起こっていないのだ。念のため、瞼の裏にもう一つの視界を覗き見る。
 幾つも切り替わっていく中で、同胞のものらしき視界が映る。
 毒づきの内容から察するに、この同胞は拘束されているようだ。力任せに動いているのか、視界が頻繁に揺れる。
 男は目を開いた。同胞の声音を思い出し、殻の表情が不愉快そうに歪んだ。この件は後回しでいい。そう、ずっと後でも構わない。
 殻の記憶にある風景を映した視界は周囲にはなかった。
 意を決して、警察署の影から足を踏み出した。目にしたものに対し、殻が竦み上がるのを抑えられなかった。
 最初は大木の丸太が横たわっているのかと錯覚した。しかし、僅かな光源を反射しているのが鱗と判別できたことで、殻の記憶と物体が結びついていく。
 それは殻の同僚たちの言葉だった。苦々しい表情の肥満した男を前にして、幼さの残る声が巨大な蛇のことを訴えていた。凛とした声がその大蛇に同僚の一人が食い殺されたことを刺す様に告げていた。
 目の前のものが――とても不自然なことではあるが――生き物の胴体であるならば、形状は蛇のそれととてもよく似ていた。
 哂いそうになる膝を制し、男は少しずつ近づいていく。
 壁際で、蛇がその頭部を力なく横たえていた。胴体には無数の弾痕が穿たれている。大きな傷は榴弾によるものか、大きく肉が抉れて焼け焦げていた。
 だらしなく開かれた両顎には、幅広のナイフのような毒牙が光っている。そこに黒い布の一部が引っかかっていた。
 その近くに、刀身の歪んだサムライの剣が棄てられている。蛇の頭部の傷跡は、これによるものだろう。
 男は口元を揉んだ。
 思案にあったのは、この蛇は殻として有効かどうかということだった。だが、あることに気付き、男はその場を立ち去ることにした。
 蛇は生きてはいないのだが、かといって死んでもいなかった。仮死状態とも違う。生と死の丁度その間に跨っているような、とても奇妙な状態にあった。
 これでは纏うことができない。
 眼から赤い涙を流す、奇妙な殻たちと似ている。そういえば、あのサイレンが鳴ってから彼らと遭遇していない。
 また、この地で幾度か鳴っているあのサイレンは、母胎が浮世に干渉した際のものとはどこか違っているような気がしていた。
 母胎以外に、この写し世で力を持つ存在はいないというのに。
 ただし、同胞の数が減っているのは事実だ。戦いに支障を来すほどではないが、確実に減少していることを感じている。己たちは、個にして全である。
 母胎に何かが起こったのか。しかし、母胎からの応えはない。霞のようなものに遮られ、感知することは叶わないでいる。
 このままでは自分たちは有限の存在へと堕ちてしまう。今纏っている殻と同じように――。
 足早に、男は警察署の崩れた塀を出た。
 少々移動した物陰で、眼を閉じる。次々と移り変わっていく視界の中で、見覚えのある顔が見えた。ラクーン市警のジャケットを纏った女の殻だ。他にも複数の武装した殻と一緒のようだ。
 彼女たちの歩く通りにも見覚えがあった。ここより少し南下した場所のはずだ。
 男は嗤いを漏らすと、南方の闇へと消えて行った。

【D-2/二日目深夜】




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最終更新:2013年12月01日 23:10