予感は、初めから抱いていた。
世界を跨いだばかりの時には、それは漠然としたもので。
その時が近付くにつれて、徐々に明瞭な形としての纏まりをみせていく。
――――自らの生まれ変わりである古手梨花が、いつ、また死を迎えるのか。その予感。

絶望という名のヤスリに心を削り取られ、抱いていた希望や勇気が粉屑と化して消えたのは梨花だけの事ではない。
もっとずっと以前から――――羽入もそれは同じだった。
雛見沢村の前身、鬼ヶ淵村でオヤシロ様として祀りあげられた千年前。勝手に掲げ上げられた血塗られた戒律。
誰かを虐げ、傷付ける行為など、一度足りとも見たいと思った事は無いのに。気付けば凶々しい神として崇められて。
大勢の人々が自らの名の下に、自らの目の前で、残酷な拷問と恐怖の中で命を落としていった。
それを否応無しに見せつけられて。
誰にも聞いてもらえぬ悲痛な叫びを上げていたのは何時の頃までだったろう。
誰にも聞いてもらえぬ無駄な叫びと気が付いたのは何時の頃からだったろう。
大層な立場に置かれ、大層な名前を付けられはしたが、ただ祀り上げられただけの神はいくら泣き叫ぼうとも想い一つを伝える事も出来やせず。
その内に羽入は絶望に疲れ果て、感情を押し殺し、ただあるがままに目の前に訪れる惨劇を眺め、諦め、受け入れる様になった。
関わる事の出来ない存在が奇跡を願ったところで、何かが起きる事は無い。
希望も勇気も塵と消えた、運命の流れに逆らう事を止めた傍観者。
梨花の生まれるずっと昔から、羽入は絶望を味わい尽くし、その立場に甘んじてきたのだ。
決して人の傷付く様に、死に、慣れた事はない。
ただ、人の死を嘆き、悲しみ、心の痛みを訴えようとも、何も変わりはしない。何も変えられはしない。それに気付いただけ。
だから羽入は、自らの心を閉ざす事を覚えてしまった。

梨花と過ごしたこの百年を超える時の中でもそう。
自身の言葉が通じ、自身の姿を見てくれる梨花と出会えた時は本当に嬉しかったのに。
誰とも心を通わせられず、一人ぼっちで過ごした千年間を経て、漸く出会えた奇跡と思えたのに。
それよりほんの少しだけ先の未来に待ち受けていたのは、何度挑もうとも免れる事の出来ぬ数多の惨劇の繰り返しだった。
それが運命なのだと悟り、とても立ち向かえるものではないと諦めたのは梨花より幾分も早かった。
奇跡など、起こせるものではないと。期待を込めれば込める程、反動の痛みは大きいものなのだと。その身を持って知っていたから。
羽入は虚ろな目で、ただじっと悲劇が通り過ぎる時を待つ事を選んだ。
抗うのを止めて、終わらないループの中で梨花と共に永遠を過ごす事を選んだ。
傍観者としての立場に戻り、そうある方が楽なのだと幾度となく梨花にも伝えたのは、自身に言い聞かせる為でもあったのか――――。

――――しかし。
心は、削れて無くなった訳ではない。閉ざしてしまっただけだ。
何も出来ず、関われず、ただ傷付く心の痛みを和らげるだけの振る舞いの中にも。
梨花と共に惨劇を打ち破り、幸せを掴み取りたい。昭和58年6月の先の世界を見てみたい。
そう期待する想いは、閉ざしてしまった扉の奥に、間違いなくあったのだ。
だからこそ羽入は、あの世界で泣いていた。
初めから終わりの予感は抱いていようとも、サイコロの目が6ばかり出る様な奇跡が続いたあの世界で。
圭一を失い、部活メンバーが次々と殺され、ほんの一手にして最悪へとすり変わったあの世界で。
伝わってきた梨花の心――――あの時の梨花のあまりの絶望感に揺さぶられて。
心の扉は抉じ開けられ、心は表に曝け出されて。羽入は堪らえ切れず、涙を流していたのだ。


羽入と梨花を載せた山狗達のワゴン車が『何か』に襲われた、あの一瞬までは。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


あまりにも突発的に現れたのは、羽入の予感すら覆す、意外過ぎる力だった。
それは、羽入の持つ力――――カケラを移動する際に使用する力に近しい物。
だが、異なるのはその強さ。精神体だけならいざ知らず、実体までを飲み込もうとする力の存在など羽入は知らない。
包み込まれた直後、驚愕に涙は止まっていた。反射的に羽入は自身の力を反発させていた。それは防衛本能からの行動だったのだが、時は既に遅かった。
例えるならば、小石が水中に落ちて消えるかの様に呆気無く。
瞬き一つの時の後、気が付いてみれば羽入はただ一人、見知らぬ霧の町の中に立っていたのだ。

≪あぅあぅ……今のは、何だったのですか? ……梨花? 梨花ー?≫

一緒に力に飲み込まれた筈の梨花もワゴン車も、辺りには見当たらない。
それは、羽入が力に引きずり込まれる際、僅かながらも同質の力で反発してしまった故だろうか。
梨花の気配を探ろうとするも、町を覆う異様な瘴気に阻まれて上手くいかない。あの予感も、今は不思議と感じられずにいた。
ただ、瘴気の中に巨大な何物かがいる事には、羽入は気付いていた。
余りにも巨大過ぎる為に、漠然とした何かとしてしか認識出来ないが、恐らくはそれが羽入をこの場所に引き寄せたもの。
途方に暮れた羽入は狼狽えながらも、自身と同じ様に力に飲み込まれた筈の梨花を探す為、霧の中に足を踏み出した。

――――それが、真冬と出会う数日前の事。

この数日間、町を彷徨い歩いていた羽入は、ここでもなお様々な惨劇を見せつけられる事となった。
信じ難い事に、この町には現実には有り得ない様な怪物達までが徘徊していたのだ。
爬虫類が人間になった様な。太古の昔に大空を舞っていた翼竜の様な。顔の潰れた看護婦の様な。肉を腐らせた犬の様な。その姿は多種多様だ。
普通の人々もまた存在していた。彼等も羽入と同じく何処からかこの町に引きずり込まれたらしく、その目には一様に戸惑いや怯えが乗せられていた。
その中にはワゴン車に乗車していた山狗達の姿もあった。
羽入に気付く事無く、羽入の目の前を通り過ぎて行った人間はどのくらいの数にのぼるだろうか。
そっちには化け物がいる。行っては殺される。ハッとして手を伸ばそうとしても、その手が引き止められるものなど何も無く。
言葉を伝える術を持たぬ羽入の思いは誰にも届く事は無く。虚ろな目で彼らの後ろ姿を見送る事しか出来ず。
やがて人々が通り過ぎた先から聞こえてくるのは絶叫や、命乞い。時には銃声もあったが――――羽入が再び生きたままの彼等を目にする事は、遂に無かった。

羽入が見てきた怪物の中には、意外なものもあった。
黒い靄の中に人の顔を携えた怪物。
黒い布を全身に巻いた人程の大きさの得たいの知れない白い怪物。
不思議と何処か通じるものを感じはしたものの、決してそれは羽入にとって喜ばしい事ではなかった。
それらは羽入の姿を認識し、あろうことか襲ってきたからだ。
無論羽入は逃げ出した。自らが決して物理的な死を迎える存在ではないとは言え、五感を失っている訳ではない。殴られれば痛いのだ。
幸いにして振り切るのは難しくはなかったが――――。
ただ見ている事しか出来ない惨劇に心を痛めて、怪物達には追い回されて、それでも梨花は見つけられずに不安は募るばかり。後はこれの繰り返し。
羽入があのアパートで真冬と出会ったのは、そんな中での事だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


病院までの道すがら。羽入はこの町に取り込まれてからの経緯を打ち明けてくれた。
彼女が真実を語っていたのかどうか。話の内容だけを見るならばそれは、実のところ真冬には受け入れ難くはある。
理由は明白だ。真冬がこの世界に迷い込み、まず最初に把握した筈の町の掟と羽入の話。両者は、どう都合良く解釈しようとも噛み合っていないからだ。
だが、これまで真冬がこの町で見てきたもの。
無害な『鬼』である、羽入や荒井。
過去の映像ではっきりと見た、『名簿』に記されていない人物である高峰準星や細田友晴。
それらと羽入の話を照らし合わせてみれば、自ずとある推論が浮かび上がってくる。

「一つだけ確認させてくれないか」
≪なんなのですか?≫
「君は、この町の掟……ルールを知っているか?」
≪ルール……なのですか?≫

少しだけ考える素振りを見せた後、羽入は首を横に振った。
真冬よりも数日も早くこの町に迷い込み、さ迷い歩いていた筈の羽入が、たったの何時間か町に居ただけの真冬や玲子が見つけて認識した殺し合いのルールを知らないというのだ。
更に問えば、あの真冬達の姓名の載せられた名簿の事も知らないと彼女は答える。
あの奇妙なDJによる放送については、聞きはした様だが何の事なのかさっぱり分からなかったと言う。回数も、あの放送の一度きりとの事。
となれば、やはり思い浮かべた推論は正しい可能性が高いのではないだろうか。

つまりは、そぐわないのは羽入の話ではなく、町のルールとやらの方なのだ。

身体に重くのしかかり、思わず噎せ返ってしまう程に強烈な瘴気が充満した、現実からかけ離れた歪んだ世界。
いつからこの世界が存在しているのか。そこまでは羽入の話からでは読み取れないが、ともあれ掟までが初めから存在していたのではないらしい。
羽入の見てきたこの町の中では、ルールも目に止まらなければ、互いに殺し合っていた人間なども誰一人としていなかったのだから。
名簿もそうだ。これまでに何人の人間が命を落としてしまったのかは不明だが、羽入の話を聞く限りその数は決して少なくはない。
しかし、あの名簿の名前の中で、死亡者の証明と見られる赤い直線が引かれていたのは数名程度だった筈だ。こちらもやはり、噛み合っていない事柄だ。
名簿に記載した人間達に殺し合いをさせる――――そんな掟が現れたのは、恐らくは真冬が迷い込む直前なのではないだろうか。
そう考えるなら、羽入がルールや名簿を知らない事も頷ける。
掟が掟として成り立っていないのも、そもそもこれまで掟など無かったのだとすれば、当然の事。
寧ろ、町で起きている事を後から無理矢理に掟としての形に当て嵌めただけの様な印象すら受ける。
ただ、名簿の方は真冬や玲子、ジェイムスの他にも、深紅や玲子の知り合いの名前までが記載されていたのだから、まるっきりの出鱈目だとは言い切れないのだが。
そして名簿と言えば、気にかかるのは名前の記載されていなかった人物の事。
こちらは細田友晴の事から推測すれば、考えたくはないがその生存は絶望的と見るべきだろうか。
という事は、高峰準星も、恐らくは――――。

恩人の顔が脳裏を過ぎる。
自身の本来の目的が行方不明となっていた高峰の救出だった事を思い出し、真冬は悔しげに目を細めた。
罪悪感にも似た後ろめたさを、高峰に対しても感じてしまっている。それはやはり、先程の青年の件を引きずっているからなのだろうか。
尤も、高峰がまさかこの様な事態に陥ようとは夢にも思わなかったし、真冬がここに来た時には既に手遅れだったという事になるのだ。口惜しくとも、割り切るしかない。
せめて遺体を見つけてやりたいとは思うが――――今は他に、優先しなければならない事がある。

病院。アパート前で触れたあの少女は、そう強く念じていた。
病院に何があるのか。少女はそこで何をするつもりなのか。一切は不明だが、あの少女は追わねばならない。
思い描くのは、少女に触れた瞬間に真冬の全身を巡った、様々な移り変わりを見せたあのイメージ。
一見では深紅よりも年下と見られるその華奢な外見の中には、あの強烈な感情の他にも、凄まじいまでの力が感じられたのだ。
それは到底人智の及ぶ所には有ろう筈もない存在。
そして、常識では計り知れないこの町の怪異とも何かしらの関連性がある事。
力と町。この二つの繋がりが直接的に見えた訳ではないが、直感的に真冬はそう感じ取っていた。
少女には何かがある。この町を脱出する為の何らかの鍵となる筈だ。
故にあの少女は追わなければならないのだが――――真冬が少女を追う理由はそれだけではない。
あの感情とイメージの裏には、ほんの微かにだが触れられた想いがあった。“聲”と言い換えても良い。

――――助けて。

そう願う“聲”が、あの時真冬には確かに聞こえていたのだ。
触れてしまった悲痛な叫び。心の奥深くまで直接響いた少女の想い。
少女の事情は知らずとも、感じた想いは本物だ。
真冬には、それを捨て置く事は出来なかった。
あの想いこそが、真冬の足を少女へと向かわせている理由なのだ。
ともすればそれは、少女への感情移入をしてしまっているのかもしれないが――――。





≪まふゆ≫

背後からの呼び声に、少女の顔は薄れ行く。真冬は足を止めた。
肩越しに見やれば、そこには羽入が立ち尽くしていた。
どうしたのかと問えば、羽入はまっすぐと真冬を見つめて、言った。

≪あの、お願いがありますです≫
「お願い……って?」
≪その、その…………まふゆ、あのカメラを僕に見せてほしいのです≫
「カメラ……射影機を? 構わないけど、どうして?」
≪あぅあぅ……お願いしますです≫

眉を潜め、真冬は肩にかけているショルダーバッグに目を向けた。
射影機はバッグに入れているが、羽入はそれを見てどうしようと言うのだろうか。
若干の迷いの後、結局真冬は射影機を取り出した。
羽入が直接触れる事は出来ない為、彼女の見易い位置に射影機を掲げ上げる。
羽入はまじまじとそれを見つめた後、やっぱり、と一言呟くと、そのまま何かを考える様に俯き、黙り込んだ。
何がやはりなのか。羽入は射影機を知っているのか。疑問は生じるも、とりあえず真冬は羽入の次の言葉を待つ。
やがて顔を上げた羽入の表情からは、出会った時からこれまでずっと見せていた憂いが隠されていた。
その代わりに表れているのは、ある種の強さを持った力の篭もる表情。
言葉にも、眼差しにも、真剣味を乗せて。羽入は口を開いた。

≪まふゆ。そのカメラで……僕を撮ってくれませんですか……!≫

その言葉に、真冬は思わず羽入の顔を見返していた。
わざわざ射影機の確認までして、そう口にする以上、まさか単純に撮影してほしいという話ではあるまい。
ましてや玲子の成れの果てがどういう最期を遂げたのかは羽入も見ていたのだ。射影機がただのカメラではない事には気付いている筈だが――――。

「それは……これで撮影する事の意味を分かってて言ってるんだね?」

羽入は躊躇いなく、静かに頷いた。
射影機で霊を撮影するとは、つまりは死を迎えさせる事に等しい。
羽入は、精神体ではあっても単なる霊体ではない。
その羽入を射影機で撮影した場合、結果としてどうなるのかはやってみなくては真冬にも分からないが、少なくとも羽入本人は覚悟を決めている様子だ。
こうなれば戸惑うのは真冬の方だ。霊を封じる行為そのものに抵抗は無いが、羽入の様に人とそう変わらぬ振る舞いを見せる無害なものが対象となれば流石に躊躇われる。

「だけど、どうして? それに何の意味があるんだ?
 僕は、出来れば君にもこのまま協力してもらいたいと思ってる。
 物に触れる事が出来なくても、知恵を貸してはもらえるだろう?
 でもカメラに君を収めてしまうとそれも出来なくなってしまう」
≪違います、まふゆ。だからこそ、なのです。僕もまふゆを手伝いたい。だからこそ僕を撮ってほしいのです≫
「それは……どういう事なんだ?」
≪あぅあぅあぅあぅ……ごめんなさい。僕も漠然と感じているだけで、何と説明すれば良いのかは分からないのです。でも……≫

一旦そこで羽入は口を閉ざした。
真冬は一言の相槌を打ち、羽入の言葉を促す。

≪傍観する事しか出来ない今のままよりも、きっとお役に立てると思いますです≫

再びの眼差しが、真冬に向けられた。
強い想いの篭められたその瞳を、羽入はゆっくりと閉じていく。
それを受けて、真冬は――――迷いながらも、分かった、と了承の意を示して射影機のファインダーを覗き込んだ。
自らの手で羽入を消す事に躊躇いは残るが、羽入も何か考えあっての決断だ。
確かに伝わってくる彼女の決意と決断を無下にする事こそ、真冬には冒涜の様にも思えていた。

ファインダーの中に、一風変わった巫女装束を纏った少女が立っている。
覚悟を決めたその顔には今、優しい微笑みが浮かべられている。
流れる夜霧は、その少女を妙に神秘的に映し出していた。
真冬は何も言わずに、そのままシャッターを切った。
目映い一瞬のフラッシュが、ファインダー越しの空間を真冬の目に焼き付かせる。
霧に反射する光の中。まるで時間でも止まってしまったかの様に長く感じられた一瞬の中。
羽入のその身体は、捻じ曲がる様に歪んでいく。
小さく。丸く。羽入自身のその身で出来上がっていく命の球体。
それは野球のボール程の大きさまで縮み、仄かに滞空した後――――吸い込まれる様にして射影機に取り込まれていった。

「……ん? これ、は……?」

そして次の瞬間、真冬は異変に気付き、息を呑んだ。
羽入を取り込んだ射影機が、光り輝き始めていた。
何が起きているのか。驚愕の中でも理解出来る。
輝きが増すに連れ、真冬の手の内に圧が広がる。射影機に力が漲っていく様子が、確かに感じ取れる。

「羽入……そうか」

羽入の言っていた事はこれだったのだ。
“ありえないもの”への対抗手段となるこの射影機。
それに自らを封印させる事により、射影機の力を底上げ出来るのだと、彼女は気が付いたのだろう。
どうして羽入がそれに気付いたのか。そして、どうしてこれ程の献身を見せるのか。そこまでは真冬には分からないが。
この強烈な瘴気の満ちた異常な町で、羽入の力で強化された射影機は必ず真冬の助けになる事だろう。それだけは、疑う余地の無い事実だ。

射影機の輝きは徐々に落ち着きを見せていく。
それは何処か、射影機へと力を移し終わった事を羽入が伝えている様な。そんな気がして。

「ありがとう……羽入」

真冬は無意識に、羽入への礼の言葉を口にしていた。
そうして、名残惜しそうに射影機をバッグにしまおうとし――――。

≪どういたしまして、なのです!≫
「うわっ」

予想だにしていなかったその声に、思わず身体を仰け反らせてしまった。
それは彼が手に持つ射影機からのものだ。

≪上手く行きましたのです。これで僕もお役に立てますのです!≫
「あ、ああ……そうか」

再び、嬉しそうな声が聞こえてくる。
姿は無いが、どうやらこうなった今も自由に話せはするらしい。
それもまた、所謂霊体と羽入の差異という事になるのだろうか。
言っては何だが、何処と無く拍子抜けした気分も覚える。
苦笑を浮かべて再度の礼を伝えると、少しだけ考えた後、今度こそ真冬は射影機をバッグにしまい込む。
そして鉄パイプと懐中電灯を改めて握り直し、向かうべき方向へと灯りを差し込んだ。

眼前に見えているのは、乳白色の濃霧。
アパート前で気絶していた時以来発生している霧は、一向に収まろうとはしてくれなかった。
単純な明るさで言えば血と錆のあの時よりも幾らかはまともではあるとは言え、見通しの悪さは然程変わるものではない。
町を覆い隠すものが闇から霧へと変化しただけの事。今も数十メートル先すら見えはしない。
不快による視覚的な圧迫感は和らごうとも、漂い続ける瘴気の強さは相変わらずだ。町の本質は今も同じなのだ。
この町が、危険である事もまた、変わらない――――。

それでも、先には進まなくてはならない。
見た事も無い筈の目的地の外観と、そこまでの地図を鮮明に脳裏に描き出し、真冬は歩みを再開させる。
少女から伝わった映像に、導かれる様にして。


【B-6/レンデル通り/二日目深夜】


雛咲真冬@零~ZERO~】
 [状態]:側頭部に裂傷(止血)、吐き気、脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、罪悪感
 [装備]:鉄パイプ、懐中電灯
 [道具]:メモ帳、羽入@射影機@零~ZERO~、細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、滅爻樹の枝@SIREN2
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルから脱出する
 0:病院に行く
 1:この世界は一体?
 2:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す
 3:羽入の知人であるらしい「古手梨花」を気に留めておく










雛咲真冬の住まう世界の、とある地方――――氷室邸の在る地方に伝わる伝承には「五神鏡」と名付けられた五枚の鏡が登場する。
伝承には『その昔、その地に降り立った五体の神がその地を離れる際、それぞれの力を封じた鏡を創り、災厄からその地を守る神器とした』とあり、更に一部の伝承では「もう一枚の鏡」が存在している。
それは『更なる大きな災厄を封じる為、五枚の鏡、全ての神の力を結集し何らかの儀式を行い創られた』とされ、『御神鏡』と名付けられているのだが――――。
その御神鏡は、単なる伝承ではない。
それは、氷室邸の地下深くに人知れず存在している、現世と異界を隔てる“黄泉の門”を封じる要として祀られた鏡。
それは、裂き縄の儀式の失敗により起きた禍刻で、“黄泉の門”から溢れ出た瘴気に晒され悪霊と化した縄の巫女の魂を完全に浄化した鏡。
紛う事無き神から受け伝えた宝器として、実在している鏡なのだ。
そして、かつて麻生邦彦――射影機の発明者――が氷室邸に立ち寄った際に完成させたとされる射影機。
数奇な運命に見舞われた宗像美琴、雛咲深雪の手を経て雛咲真冬に受け継がれた射影機の内部に組み込まれているのは、その御神鏡の一欠片――――。

その射影機を羽入が一目見た時、彼女はその内部に秘められた特殊な力に気が付いた。
羽入や、羽入をこの町に引きずり込んだものとはまた異なるのだが、しかし、何処か懐かしさすら覚える特殊な力。
それは、『神』として崇められた者達の、超常の力。
この力を通してならば、惨劇にも抗えるのではないか。
羽入自身の力だけでは何かに宿る事など出来はしないが、この力に身を任せるならば、或いは――――羽入の脳裏を巡ったそれは、漠然とした予感に過ぎなかったが。

高鳴る思いがあった。
諦めの極地に追いやられ、凍りついてしまったと思い込んでいた気持ちが動き出す。
何かに抗う。
誰かを助ける。
ただそれだけの事が、実体を持たない羽入にとっては幻想や夢物語にも等しくて。
惨劇を傍観し、人々を見殺しにするだけの今から抜け出せる。
そう思ってしまえば、この高鳴りを止める事は出来なくて。

だからこそ、羽入は今――――。





 まふゆー! まふゆー! だからこの枝は近づけないでほしいのですー!
 刺さらなくても怖いのですー! 離してほしいのですー! 出して下さいなのですー!
 あぅあぅ……聞こえませんですか、まふゆー!? まふゆー!?





【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:射影機(御神鏡)に封印されている、抗う決意
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:人々を助ける手助けをしたい
 0:あぅあぅあぅあぅ……
 1:真冬に協力する
 2:出来れば梨花を見つけたい


※射影機内部の御神鏡の欠片に羽入が宿りました。それ故、射影機の性能が大幅に上昇しています。
 具体的な効力に関しては後続の方に一任します。



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過去は未来に復讐する 雛咲真冬 最後の詩

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最終更新:2016年03月13日 15:34