霧笛



 警察署の扉を開いた須田恭也が見たものは、警官でも異形でもなかった。
 彼の目の前には広い空間があるだけで、誰もいない。
 中央に、デスクをはじめとする事務用具が置いてあるだけで、ほかには何もないのだ。


「何だ……」

 恭也はほっと胸をなでおろし、入ってきたドアに鍵をかけた。
 さっきの怪物が侵入するのを防ぐためだ。
 しっかり閉まっていることを確認し、彼はちらかった机を調べる。


「何だこれ」

 まず出てきたのは、インクリボンだった。しかし、ワープロどころかPCが大半を占める年代を生きる高校生に、これが何かわかるはずもない。
それは拝借されることもなく、机上のガラクタの仲間入りを果たすことになった。

 次に出てきたのは、マッチ箱を大きくしたようなもの。中を開くと、小指大の円筒が入っていた。
 どうやらこれは拳銃の弾丸らしい。オカルト好きで好奇心旺盛な、ごく普通の少年はそれをポケットに押し込んだ。
彼は銃を一切持っていないが、それでも必要だと判断したのだろう。

 最後に机から飛び出したのは、散弾銃だった。いや、それにしては大きすぎる。これはおそらく、擲弾銃(グレネードランチャー)だ。
 恭也はその大口径をしげしげと見つめて、小さく笑った。これがあれば何とかなるかもしれない――そんな安心からのものだろう。
 しかし先程のような弾薬はもう見つからなかった。赤いケースの銃弾では、これには小さすぎる。専用のものがあるはずなのだが……。



 『なーがいくーん! いっしょにあそびましょー!』



 どこかから聞こえてくる大声。恭也はわずかに顔を顰める。どうやらここは安全のようだ。
だが、そのせいで身近な危険を察知していないらしい。だからこそあんな真似ができるのだろう。
警察署から一歩出れば、あんな怪物と対面するというのに。



 疲れているので幻視は使いたくない。安全なここなら手探りでも充分だろう。
 たしかこっちからだ。

(うっ……)
 音源を探るため、扉のひとつを開けると、異臭が鼻を刺した。
何と形容していいかわからないが、ともかく不快なものだ。


 室内には、腐った人間がたくさん転がっていた。膿や血がおびただしい程に溢れ、むせかえるような腐臭が立ちこめている。


 どう見ても、死んでいる。


 その空間の中、部屋の奥に、一人の男が立っていた。


 スキンヘッドに迷彩服姿の東洋人。





(――自衛隊)
 恭也はすぐにそう察した。そうだ、たとえ警察がだめでも、彼らがいるではないか。
 助かった。
 そう思い、彼はその男へ駆けよる。


 しかし、異変に気付いた。

 自衛官の足元に転がる数人の警官。

 そのほとんどが、頭蓋を砕かれ、脳漿を散らしている。

「――っ!? むっぐ、うっ」

 その惨状に、恭也は嘔吐した。床に広がった液体の上に、胃液が降りかかる。

「民間人か」

 蹲る少年に向けられる小銃。その銃床には、体液がべっとりついていた。
先程の絶叫と同じ声だが、それに気付くゆとりは今の恭也にない。

「まっ――」


 乾いた音を立てて、銃口から光が走る。



≪ギヤッ≫



 恭也の背後、いつの間にか立ち上がっていた警官が反り返る。
弾丸は正確に眉間を貫き、壁に突き刺さった。

「何でこんな……」
「そいつ――こいつらはもう、人間じゃない」

 男の冷淡な言葉を肯定するかのように、周囲で呻き声が巻き起こる。凄惨なまでに崩壊した“ヒト”が、続々と起き上がっていく。


≪ウウウウウ≫≪アアアアアアア≫
≪ウウウウウ≫≪アアアアアアア≫


 まるで――――いや、まさに――――


 阿鼻叫喚の地獄。





「う、うわぁぁぁあ!」

 あの村の変な儀式は怖かった。
 お巡りさんに追いかけられ、撃たれたのも怖かった。


 でも、
 これは、
 それ以上に――。


「口動かす暇があったら、手を動かせ」
 自衛官は足元に転がる警官のホルスターから拳銃を抜き取り、慣れた手つきでセイフティを解除。恭也の手にそれを握らせた。
「緊急事態だ。君にも協力してもらう。……もともとそのつもりだったんだろう?」
 少年の傍らにあるグレネードランチャーに厳しい視線がいく。恭也は手中のそれと目の前の青年を交互に見てから、
「無理ですよ……!」
「やれ」
 迷彩服がはためき、小銃が腐敗した脳髄を抉る。ぐちゃぐちゃにふやけたそれは、奇妙な程簡単に四散した。

「でなければ、こいつらの仲間入りだ」

 弾薬がもったいないのであろう、自衛官は銃を鈍器のように扱い、ゾンビの群れを圧倒していく。
 その様子を少年はどこか遠くの景色を眺めるように見ている。そして、手元の拳銃に目を落とす。 



 須田恭也はただの高校生だ。人殺しを肯定するような人間ではない。

 だが、だからといって、命をむざむざ差し出すような人間でもない。


「…………人間じゃ、ないんですね…………?」
 ほんの十数秒だったが、恭也にとっては、何時間にも感じた逡巡だった。

 襲ってきた警官を轢いた時とは違う。今度は明確な殺害の意志が必要だ。



「そうだ」


 男の断言に促されるように、少年は銃を構える。



 足りないのは決意、そして――――




 ―――――――覚悟だ!




【D-2警察署/一日目夕刻】


【須田恭也@SIREN】
[状態]強い疲労
[装備]H&K VP70(18/18)
[道具]懐中電灯、グレネードランチャー(1/1)、ハンドガンの弾(30/30)
[思考・状況]
基本行動指針:危険、戦闘回避。武器になる物を持てば大胆な行動もする。
1.この状況を何とかする。




(……ふん)
 三沢岳明は少年の挙動を尻目に、ヒトもどきを駆逐していく。

 ――永井頼人より、あの子どもの方がよっぽど肝が据わっているではないか。

 どこへ行ったか知れない部下のことを思いだしながら、三沢は生ける屍の処理を続ける。


 ここは、異常だ。
 夜見島も異常だったが、ここのそれとは質が違う気がする。
“世界”が違う、とでも言えばいいのだろうか。どうも妙なのだ。


 ――まあいい。考えるのは後だ。


 三等陸佐は呻く一体を発砲で黙らせ、少年のそばへ近づく。


 ――今は民間人の保護が、最優先事項だ。


 現実になった幻覚を前にしても、彼の使命感は揺るがない。




To be continued...




【三沢岳明@SIREN2】
[状態]健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
[装備]照準眼鏡装着・64式小銃(18/20)、防弾チョッキ2型
[道具]ライト、精神高揚剤、弾倉(3/3)
[思考・状況]
基本行動指針:現状の把握。その後、然るべき対処。
1.民間人を保護しつつ安全を確保。
2.永井頼人の捜索。


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最終更新:2012年06月20日 20:54