解説
- トロイア戦争の全体像について、権威ある唯一のテキストというものは存在しない。それは多くのソースの集合より成っているが、ソースのいくつかは互いに矛盾している。
- 最も重要なソースは、ホメロスの作とされる叙事詩「イリアス」と「オデュッセイア」である。イリアスはトロイア戦争最後の年(10年目)の戦いを、オデュッセイアは戦争後の英雄オデュッセウスの故郷に帰るまでの冒険を描いている。戦争のその他の部分は、断片しか残っていない「叙事詩の環」で語られた。
- ウェルギリウスはトロイア滅亡後のアイネイアスの遍歴を「アエネイス」にて描いている。
- 古代ギリシャ人はトロイア戦争を、紀元前13~12世紀の史実と考え、トロイアは現在のトルコにあたるダルダネル近くにあると考えた。
- 近世までは、トロイアの戦争も都市も空想のものと一般的に考えられていた。しかし、1870年にドイツの考古学者シュリーマンは、彼がトロイアだと考えた場所で遺跡を発掘した。この遺跡はトロイア跡であると現在一般的に認められている。
- トロイア戦争のモデルとなった事実があったかどうかははっきりしない。多くの学者は、ホメロスの物語は青銅時代かミケーネ時代の物語の寄せ集めかもしれないが、背景には何らか事実があると考えている。戦記が実際の戦争にもとづくと考える人は、通常それを紀元前12~11世紀とする。彼らがよく好む年号は、エラトステネスによる1194BC-1184BCであり、これは考古学的にトロイア第7層の大火災の跡とだいたい照応する。
エピソード
パリスの審判
ペレウスとテティス、結婚する テティスはゼウスの愛人だったが、テティスの生む子は父親を越えるだろうと予言されていた。テティスはペレウスと結婚することになった。全ての神々が結婚式に呼ばれ、贈物を持ってきた。
エリス、不和のリンゴを投げ込む エリス(不和)だけが、戸口で入場を禁じられた。エリスは、扉から彼女の贈物を投げ込んだ。それは黄金のリンゴで、表面に「最も美しいものへ」と彫られていた。ヘラとアテナとアフロディテが名乗り出て、激しく言い争った。ゼウスはヘルメスに命じて、彼女ら三人をトロイアの王子パリスの所へ行かせた。
パリス、女神たちを審判する パリスはイダ山で羊飼いとして育ち、自分が王子であると知らなかった。彼はトロイアを破滅させるだろうと予言されていた。女神たちはパリスの前に現れ、リンゴの持ち主を選ばせたが、彼は決められなかった。彼女たちは彼に、自分を選んだら贈物を与えると約束した。アテナは偉大な戦士の能力を、ヘラは全アジアの支配を、アフロディテは美女ヘレネを、それぞれ約束した。パリスはアフロディテを選んだ。それから、パリスはトロイアへ行き、自分が王家の血筋であると知った。
アキレウス、誕生する ペレウスとテティスは息子アキレウスを生んだ。彼は、平穏に老年まで生きるか、戦場で若くして死ぬと予言されていた。アキレウスが9才のときカルカスは、トロイアはアキレウスの助けなしには陥落しないと予言した。やがてアキレウスは人間最強の戦士に成長した。テティスはアキレウスをスキュロス島のリュコメデスの宮廷に女装させて隠しておいた。
ヘレネの誘拐
ヘレネ、メネラオスと結婚する ヘレネが婚期となった時、多数の求婚者がやってきた。ヘレネの父テュンダレオスは争いが起こるのを怖れ、ヘレネの選んだ者が危害を受けたらその者を助けることを、求婚者全員に誓わせた。ヘレネはメネラオスを選んで結婚した。
メネラオス、[[アカイア]]軍の召集をかける メネラオスはアガメムノンに協力を要請し、ヘレネと財産を取り戻すための遠征軍を集めることにした。ヘレネに求婚した者たちに使いを送り、誓約をたてに召集をかけた。
アカイア軍、アキレウスを召集する スキュロス島で、アキレウスはデイダメイアと交わって、ネオプトレモスを生んでいた。オデュッセウスとアイアスとポエニクスが、アキレウスを呼びにやってきた。アキレウスは女装して隠れていた。ある説では、彼らがラッパを吹き鳴らすと、アキレウスは武器を取って飛び出し、見つかってしまった。他の説では、彼らは武器商人に扮して、商品に目を輝かせたアキレウスを見破った。
トロイアへの出征
アカイア軍、アウリスに集まる アカイア勢はアウリスに集結した。求婚者たちはみな艦隊を出したが、キュプロスの王キニュラスだけは、50隻を送ると約束して1隻しか出さず、49隻は泥で出来た船だった。イドメネウスはクレタの将として参加したが、副大将に任ぜられた。アキレウスは最後に到着したが、そのとき15歳だった。アポロンに供物が捧げられた時、一匹の蛇がスズメの巣に這いより、親鳥と9羽の雛を飲み込むと、石になってしまった。カルカスはトロイア攻略に10年かかるだろうと予言した。
アカイア軍、テレポスと戦う アカイア勢は出発したが、針路を誤り、ミュシア地方に着いてしまった。そこはヘラクレスの子テレポス王の領地だった。戦闘が起こり、テレポスはテレサンドロスを殺したが、アキレウスに傷つけられた。傷が治らないので、テレポスは「どうしたら傷が治るか」と神託を求めた。「傷を付けた者が傷を癒すだろう」と神託があった。それからアカイア艦隊は出航したが、嵐にあい四散した。アキレウスはスキュロスに着き、デイダメイアと結婚した。再び、アウリスに軍勢が集められた。
テレポス、トロイアへの航路を示す テレポスは乞食に扮してアウリスへ行き、アガメムノンに傷を治すよう頼んだ(または、オレステスを誘拐して傷を治すよう要求した)。 アキレウスは医学の知識もないので断った。オデュッセウスは「傷を与えた槍を用いれば治せるだろう」といった。槍のかけらを傷口にこすり落とすと、傷は治った。テレポスはアカイア勢にトロイアへの航路を教えた。
アガメムノン、イピゲネイアを生贄に供す 艦隊は再び集められたが、風が吹かず、出航できなかった。カルカスはアルテミスが怒っていると語った。アガメムノンが神聖な鹿を殺し、その腕を奢ったからだという。怒りを鎮めるには、アガメムノンの娘イピゲネイアを生贄に捧げるしかないとカルカスは語った。アガメムノンは拒否したが、他の将たちはパラメデスを大将にすると脅した。アガメムノンは娘を犠牲にした。(別の説では、彼が捧げたのは鹿だった。また別の説では、アルテミスが少女に同情して、死の瞬間に羊とすり替えて、自分の巫女にした。) ヘシオドスによると、イピゲネイアは女神ヘカテになった。
アカイア軍、[[ピロクテテス]]を置きざりにする ピロクテテスはヘラクレスの友人だった。彼はヘラクレスの火葬の火を付けたので、ヘラクレスの弓と矢を受け取った。彼は7隻の船でトロイア戦争に参加した。彼らはクリュセ、またはテネドスに補給のために立ち寄ったが、ピロクテテスはそこで蛇にかまれた。傷口は化膿し、悪臭を放った。オデュッセウスの助言で、ピロクテテスをレムノス島に置いていくことになった。メドンが彼の後を継いで艦隊の将になった。
トロイアにて
アガメムノン、トロイアに使節を送る テネドスに着くと、アキレウスはアポロンの子テネス王を殺した。もし殺したら、アポロンに殺されるだろうと、彼の母がアキレウスにした警告を無視した。テネドスからアガメムノンは、メネラオス、オデュッセウス、パラメデスを大使としてプリアモス王に送り、ヘレネの返還を要求したが、要求は拒絶された。
アカイア勢、トロイアに上陸する トロイアに着いた時、カルカスは最初に上陸したアカイア人が最初に死ぬだろうと予言した。アキレウスさえ、上陸を躊躇した。ピュラケの王プロテシラオスが最初に上陸した。アキレウスは次に上陸し、アレスの子キュクノスを殺した。トロイア人は町に逃げ込んだ。プロテシラオスは多くのトロイア人を殺したが、ヘクトルに殺された。アカイア人は彼をトラキア半島の神として葬った。兄弟のポダルケスが彼の後を継いだ。
アカイア勢、トロイアと緩慢に戦う アカイア勢は、9年間トロイアを攻めたが、その間の逸話はほとんどない。物品が不足した彼らは、周囲の国を襲ったり植民したりしていたという。最も活動が活発だったのはアキレウスだった。11の市と12の島を征服した。アイネイアスの土地を襲い、牛を盗んだ。プリアモスの子トロイロスを殺した。多くの戦利品の中にはブリセイスがあった。
オデュッセウス、パラメデスをはめる オデュッセウスはパラメデスに息子の命を脅かされたことを忘れていなかった。オデュッセウスは、プリアモスからパラメデスへ宛てた裏切りの手紙を偽造し、パラメデスの兵舎の土には金貨を埋めておいた。手紙と金貨は発見され、アガメムノンはパラメデスを反逆罪で石打ちの刑に処し、死なせた。
イリアス
アガメムノン、クリュセスを侮辱する トロイア戦争十年目に、アガメムノンはアポロンの神官クリュセスの娘クリュセイスを捕らえて、連れ帰って愛人にしようとした。クリュセスはアガメムノンの陣営を訪れて、娘を返すよう頼んだ。アガメムノンは傲慢に彼を追い払った。クリュセスはアカイア人に災いあれと祈った。アポロンはこれを聞き届け、アカイア陣営に伝染病を流行らせた。
アガメムノン、アキレウスを怒らせる アガメムノンは伝染病を終わらせるために、クリュセイスを手放したが、代わりにアキレウスの恋人ブリセイスを連れ去り、自分のものにした。怒ったアキレウスは戦線を離脱した。アキレウスの母テティスがゼウスに頼んだので、アキレウスのいない間、トロイア勢に勝利が与えられることになった。
[[ディオメデス]]、武名を上げる それから両軍は戦った。ディオメデスは、トロイアの英雄パンダロスを殺し、アイネイアスも討つ寸前まで追い(アフロディテが救った)、アカイア勢の中で高い武勇の名声を得た。またアテナの助けで、アフロディテとアレスに傷を負わせた。
ヘクトル、パトロクロスを殺す そのうちトロイア勢が優勢になった。アカイア勢を陣営まで後退させ、もう少しで船に火をつける所まで追いつめた。アキレウスは始めは戦線復帰を断っていたが、敵将ヘクトルがプロテシラオスの船に火をつけると、盟友パトロクロスに鎧を与えて戦線復帰を許した。パトロクロスはトロイア勢を町まで押し返した。アポロンの介入でトロイアの陥落は何とか防がれた。その後、パトロクロスはヘクトルに殺され、アキレウスの鎧は取られた。
アキレウス、ヘクトルを殺す アキレウスは怒り、ヘクトルに復讐を誓った。彼はアガメムノンと和解し、ブリセイスを返してもらった。彼は新しい鎧を身につけ、戦場に戻ると、多数のトロイア人を殺し、アイネイアスを殺す寸前まで追った(ポセイドンが救った)。彼は河神スカマンドロスとも戦った。トロイア軍は町まで撤退したが、アテナの計略でヘクトルが外に取り残された。アキレウスはヘクトルを殺すと、彼の死体を戦車で引きずり回し、トロイア人に死体を返すことを拒否した。
プリアモス、ヘクトルの死体を持ち帰る アカイア人たちはパトロクロスの葬儀の競技会を催した。プリアモスがヘルメスに導かれてアキレウスのテントへ来て、ヘクトルの死体を返すよう頼んだ。葬儀のための一時的な停戦が両軍の間でなされた。「イリアス」はヘクトルの葬儀の場面で終わっている。
イリアスの後
アキレウス、ペンテシレイアに恋する ヘクトルの葬儀の後、アマゾネスの女王ペンテシレイアが戦場に来た。彼女は姉妹を殺した罪をプリアモスに清められたので、彼のために戦って多くのアカイア人を殺した。ペンテシレイアはアキレウスに殺されたが、彼は殺した後で彼女の美貌に恋した。アカイア人で最も醜い兵卒だったテルシテスは、アキレウスの恋をあざわらい、ペンテシレイアの目玉をえぐりだした。アキレウスはテルシテスを殺すと、レスボス島へ行き、オデュッセウスに罪を清めてもらった。
アキレウス、パリスに討たれる エチオピア王メムノンがプリアモスの助勢にやって来た。メムノンはネストルの子アンティロコスを殺した。アキレウスはメムノンを殺した。アキレウスはトロイア勢を町まで追い、彼も町に入った。多くの自分の子らがアキレウスに殺されるのを見て、神々は彼を死なせることにした。アポロンに導かれたパリスの放った毒矢によって、彼は死んだ。彼の骨はパトロクロスと共に埋葬され、葬儀の競技会が開かれた。彼は死後レウケ島で暮らし、そこでヘレネと結婚したといわれている。
大アイアス、自殺する アキレウスの死によって争いが起こった。アキレウスの鎧が最も優れた戦士に贈呈されることになった時、オデュッセウスと大アイアスが名のり出て競った。アガメムノンは恨みを買いたくないので、トロイア人の捕虜たちに勝者を決めさせることにした。結果は、オデュッセウスの勝ちだった。アイアスは悲嘆の余り、仲間を殺そうとしたが、アテナに目をくらまされ、牛や牛飼をアカイア勢と間違えた。彼は2頭の子羊をアガメムノンとメネラオスと思い、むちで打った。その後、彼は正気に戻ると、剣に飛びつき、脇腹を貫いて自殺した。
アカイア軍、ヘレノスの予言を得る レムノス島のピロクテテスが持つヘラクレスの弓がなければ、トロイアは攻略できないだろうと予言があった。オデュッセウスとディオメデスは傷の癒えたピロクテテスを迎えに行った。ピロクテテスがパリスを射殺すと、ヘレノスとデイポボスの兄弟の間でヘレネの取り合いがあった。デイポボスが勝ち、ヘレノスはトロイアを捨ててイダ山へ行った。ヘレノスはトロイア陥落に関する予言を知っていると、カルカスはいった。オデュッセウスはヘレノスを捕まえ、予言を語らせた。ペロプスの骨を取り戻すこと、アキレウスの子ネオプトレモスを戦いに加えること、トロイアのパラディウムを盗み出すこと、この3つを実現すればアカイア勢は勝つだろうと、ヘレノスはいった。
オデュッセウス、トロイアからパラディウムを盗む アカイア勢はペロプスの骨を取り戻し、オデュッセウスにスキュロス島のネオプトレモスを呼びに行かせた。オデュッセウスは彼の父の鎧を彼に与えた。エウリュピュロスがミュシアから大軍を率いて来た。彼はマカオンやペネレウスを殺したが、ネオプトレモスに討たれた。乞食に化けてオデュッセウスはトロイアの町にスパイに入ったが、ヘレネに見破られた。故郷に帰りたいヘレネは、オデュッセウスと計略を企んだ。後に、ヘレネの助けで、オデュッセウスとディオメデスはパラディウムを盗んだ。
トロイの木馬 オデュッセウスは木馬の計を考案した。木馬はアテナの導きで、エペイオスが建造した。木馬の空洞には、オデュッセウス率いる戦士たちを乗り込ませた。残りの軍勢は陣営を焼き払いテネドス島へ退いた。トロイア人はアカイア勢が去ったのを見て、戦争に勝ったと信じ、木馬を市中で曳き回した。彼らは木馬をどうするか話し合った。ある者は岩から投げ捨てるべきといい、ある者は燃やすべきといい、ある者はアテナに捧げるべきだといった。カッサンドラとラオコーンは木馬を取っておくことに反対した。しかし、カッサンドラは予言の能力と、誰からも信じてもらえない呪いとをアポロンから授かっていた。それから、大蛇が海から来てラオコーンと彼の息子を飲み込んだ。トロイア人は木馬を取っておくことに決め、その夜祝宴を開いた。アカイア軍のスパイとして潜入していたシノンはテネドス島の艦船に合図を送った。戦士たちが木馬から現れ、門番を殺した。