第2歌 テレマコス、集会を催し、旅立つ
内容
テレマコス、集会を開く 朝になりテレマコスはすぐに触れ役に命じて、アカイア人たちに集会所へ集まるよう触れさせた。集会所に一同が集まると、テレマコスは犬二頭を従えて広場に向かった。テレマコスが父親の座に座ると、長老たちも席を譲って脇へ退いた。
老雄アイギュプティオス、最初に発言する 最初に口を切ったのは老雄アイギュプティオスだった。老人は一同にいった。
テレマコス、窮状を皆に訴える テレマコスは場の中央に進み出て言った。
「老人よ、皆を集めたのはこの私だ。実は私の身の上に二重のつらいことが起こっている。一つは私が優れた父を失ったこと、もう一つは母への求婚者がわれらの屋敷に押し寄せ、連日飲み食いをしては私の財産を食い潰していくことだ。私は若輩で家を守るだけの力がなく、今や我が家は破滅に瀕している。そなたらはこの無法に憤りを覚えないか。求婚者の方々よ、どうか我が家から手を引いて、私をそっとしてほしい。」
怒りに燃えてこういうと、涙を流しつつ、杖を大地に投げ捨てた。
アンティノオス、テレマコスに反論する 一座は彼に同情し、静まり返っていたが、アンティノオスが彼に答えていった。
「テレマコスよ、よいか、こうなったのはそなたの母の罪なのだ。そなたの母は皆に気を持たせる約束をしておいて、はぐらかし続けている。そなたの母はこんな悪巧みもした。屋敷の中で機を織り始め、我らに向かって、『求婚者の方々、結婚はこの着物を織り上げるまで待って欲しい。これは舅のラエルテスが亡くなった時に備えた弔いの衣装なのです』と、こういう話だったので、我らも得心し待つことにした。だがそなたの母は、昼は布を織り、夜はそれをほどいていたのだ。そうして四年目にそれが明らかになるまで、三年間も我らを欺いていた。テレマコスよ、我らの返事はこうだ。そなたは母を実家へ帰し、誰でも望む男に嫁ぐようすすめるのだ。このままではそなたの家の財産はいつまでも食い潰されてゆくだろう」
テレマコス、アンティノオスに答える テレマコスはいった。
老雄ハリテルセス、求婚者に警告する この時、ゼウスは遥かな山頂から二羽のワシを飛ばした。ワシは広場の上空まで来ると、下降しながら、互いに頬や首を掻きむしり、右方へ飛び去った。人々は鳥の動きに驚き、動揺した。そこで老雄ハリセルテスが口を開いた。彼は予兆を知る術に長けていた。
「求婚者たちよ、あなたがたの身に災厄が迫っている。オデュッセウスはいつまでも故郷から離れてはおられまいからだ。どこか近くにあって、求婚者全員を誅殺せんと謀っているのだろう。さればこそ、求婚者たちは自制せねばならぬ。私は二十年前、オデュッセウスは放浪の末に帰国するだろうと予言したが、それが今ことごとく実現しようとしているのだ。」
エウリュマコス、ハリテルセスに反論する エウリュマコスがそれに答えた。
テレマコス、旅立ちを告げる テレマコスは答えていった。
「イタケの方々よ、聞いてくれ。求婚者たちの思い上がった振る舞いを私は特に怒ってはおらぬ。彼らはそれを自分らの命を賭けてやっているのだから。私が許せないのは、むしろそなたら、他の領民たちなのだ。多数を誇るそなたらが、求婚者たちに一言のとがめだてもせず、制止することもできぬとは、何という醜態だろう。」
レオクリトス、集会を閉じる レオクリトスがそれに答えて、
こういうと、集会を閉じてしまった。民衆はそれぞれ家路につき、求婚者たちはオデュッセウスの屋敷へ向かった。
「父の消息を求めて、海を渡って行けと仰せられた神よ、お聴きください。求婚者どもはなにかにつけ私の邪魔をするのです。」
そこへメントルに変身したアテナが歩み寄り、こういった。
「テレマコスよ、そなたが父のごとき凛とした気概を持っておれば、今後見苦しい振舞いをしたり、愚かな過ちは犯すまい。今は求婚者どもの企みなど忘れるがよい。そなたには私がついているではないか。そなたは家へ帰り、食糧や酒を用意しなさい。私はこれから町へ行き、水夫や船を手配しよう。」
それを聞くと、テレマコスはその場でぐずぐずせず、心は重く沈みつつも屋敷へ向かった。
「テレマコスよ、そなたは大口をたたく男だが、もう毒づくことはやめて、飲み食いしてくれ。船も水夫も、アカイア人たちが調達してくれるであろう。」
テレマコスは答えた。
「アンティノオスよ、そなたのような乱暴者と食事をして楽しいわけがない。求婚者たちよ、そなたらは私の家の財産を散々食い散らかしておいて、まだ足らぬというのか。私も以前は幼かったが、成人した今は、なんとしてでもそなたらに死神を差し向けてやるつもりだ。」
求婚者たちは、テレマコスを嘲笑し、口々にいった。
また、別の求婚者たちはいった。
「彼もオデュッセウス同様漂流した挙句、死ぬかも知れん。そうすれば、我らの苦労がまたふえることになる。財産を我らの間で分けねばならぬし、屋敷は彼の母と結婚する男に渡さねばならぬしな。」
心優しい乳母は悲しみの声をあげつついった。
「坊ちゃま、なぜそんなことをなさいますか。オデュッセウスの殿様はもう異国でお亡くなりになってますよ。あの求婚者どもは、あなたが旅に出ればすぐに、悪巧みをしてあなたをだまし討ちにするでしょう。どうか、家を守ってここに留まって下さい。」
そういう乳母に、テレマコスは答えていった。
「案ずるな、婆やよ、これは神の思し召しなのだ。このことは母上には申し上げぬと誓ってくれ。せめて今日から十二日ほどはな。母上に心配をかけたくないのでな。」
老女は決して洩らさぬと誓うと、酒と食糧を準備した。テレマコスは広間へ行き、求婚者の仲間に加わった。
テレマコス、船で旅に出発する この時、女神アテナはテレマコスに変身して町中をまわり、行き会う者に声をかけ、日が暮れたら船に集合せよと命じた。さらにプロニオスの子ノエモンに船の手配を頼んだ。そして女神はオデュッセウスの屋敷に向かい、求婚者たちに眠りをふりかけ、彼らを家へ帰らせた。女神はメントルに変身してテレマコスを呼び出し、
「テレマコスよ、船の用意はすでに出来ている。さあ、出かけようか。」
といって、海辺までテレマコスを案内した。テレマコスは水夫たちに命じて屋敷から食糧を運ばせると、女神とともに船に乗り込んだ。水夫たちは船を出し、帆を張ると、神々に神酒を献じた。船は夜を徹して航路を進んでいった。
関連
人名
テレマコス | アカイア人の集会を開催し求婚者を弾劾する |
アンティノオス | 求婚者のリーダー格 |
エウリュマコス | 求婚者のリーダー格 |
メントル | オデュッセウスの旧友。集会でテレマコスを擁護。後半はアテナが扮する |
エウリュクレイア | テレマコスの乳母。女中頭 |
アイギュプティオス | 集会の一人。集会で最初に口を切る |
ペイセノル | 集会の触れ役 |
ハリテルセス | 集会の一人。ゼウスの鷲を見てオデュッセウスの帰郷を予言する |
レオクリトス | 求婚者。集会を強引に解散させる |
ノエモン | テレマコスのため船の手配をする |
ゼウス | 集会へ鷲を飛ばし、予兆を与える |
アテナ | メントルに扮してテレマコスを助ける |
地名
イタカ | オデュッセウスの故郷 |
ピュロス | ネストル王の町 |
スパルタ | メネラオス王の町 |