目次
概要
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事件 | 多摩市パチンコ店強盗殺人事件 |
| 罪状 | 強盗殺人、銃刀法違反 | |
| 判決 | 死刑(未執行) | |
| 国籍 | 中国 | |
| 生年 | 1961年 |
日本語風に読むとチェン・ダイウェイ。
中国籍死刑囚のひとりで、1992年、同じく中国籍の何力・王剛勇(現在も逃亡中)とともに強盗目的でパチンコ店に侵入し、3人を殺害した。
当時、外国人の死刑確定は統計が始まった1966年以降初(*1)とされているが、1966年(統計開始前?)に死刑が確定し1969年に執行された趙他鉉(趙基在)(*2)以来だと思われる。
中国籍死刑囚のひとりで、1992年、同じく中国籍の何力・王剛勇(現在も逃亡中)とともに強盗目的でパチンコ店に侵入し、3人を殺害した。
当時、外国人の死刑確定は統計が始まった1966年以降初(*1)とされているが、1966年(統計開始前?)に死刑が確定し1969年に執行された趙他鉉(趙基在)(*2)以来だと思われる。
経歴
福建省出身、元土木作業員。(*3)1988年に何・王とともに就学生として来日した。
陳はビザが切れると一度東南アジアに出国し、そこで一文字違いの「陳偉」名義の旅券などを取得。別人に成り代わり、再入国し不法滞在していたという。(*4)
陳はビザが切れると一度東南アジアに出国し、そこで一文字違いの「陳偉」名義の旅券などを取得。別人に成り代わり、再入国し不法滞在していたという。(*4)
裁判
第一審
検察側は死刑を求刑。
一方陳および弁護側は従犯であることや殺害への関与がないことを主張し、殺意を否定した。
1998年12月5日、裁判長は「傷の様子などから両被告のナイフや棒が確定的な殺意を持って犯行に使われたことが強く推認される」と指摘し、「犯行は生命の尊厳さを無視する残虐なもので、被告人らに血の通った人間らしさをうかがうことはできない」と述べ、何力とともに死刑が言い渡された。
判決言い渡しの間、青いシャツにズボン姿の陳は両足をそろえ、通訳の女性の顔をじっと見つめていたという。(*5)
一方陳および弁護側は従犯であることや殺害への関与がないことを主張し、殺意を否定した。
1998年12月5日、裁判長は「傷の様子などから両被告のナイフや棒が確定的な殺意を持って犯行に使われたことが強く推認される」と指摘し、「犯行は生命の尊厳さを無視する残虐なもので、被告人らに血の通った人間らしさをうかがうことはできない」と述べ、何力とともに死刑が言い渡された。
判決言い渡しの間、青いシャツにズボン姿の陳は両足をそろえ、通訳の女性の顔をじっと見つめていたという。(*5)
控訴審
1998年1月29日、控訴棄却。
上告審
2002年6月11日、上告が棄却され死刑確定。
補足
死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90編『死刑囚90人 とどきますか、獄中からの声』にて、陳は獄中生活で「友人、親族との面会が一番楽しい」「獄中生活で最もつらいのは差別」だと述べている。
関連リンク
添付ファイル
