目次
概要
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事件 | 宮崎家族3人殺害事件 |
| 罪状 | 殺人、死体遺棄 | |
| 判決 | 死刑(未執行) | |
| 国籍 | 日本 | |
| 生年 | 1989年 |
人相という言葉があるように、死刑囚にはいかにもヤンキー風の奴や目つきが終わってる奴、話の通じなさそうな奴など、悪人面をしている者は多い。だが奥本の顔つきはかなり穏やかで、義母・妻・息子の三人を殺害するような人間にはとても見えないのが正直なところである。
彼の動機の一つは義母からのいじめであるとされており、世間から同情を集めたことでも知られる。しかし殺害後普通に出社しパチンコに行っているあたり、やはり彼の中にも死刑囚特有の狂気は宿っているのかもしれない。
彼の動機の一つは義母からのいじめであるとされており、世間から同情を集めたことでも知られる。しかし殺害後普通に出社しパチンコに行っているあたり、やはり彼の中にも死刑囚特有の狂気は宿っているのかもしれない。
経歴
大分県某地方にて生まれる(*1)。
幼少期は気が弱く、人とぶつかった際は自分から謝るか、ひたすら耐えるという手段を取りがちな少年であった。また剣道を高校卒業まで続けていたという。
高校卒業後は航空自衛隊に入隊したが、出会い系サイトで知り合った妻と結婚したのを機に建築会社に転職。まじめに働いていたようだ。
しかしながら義母が奥本との結婚を許した理由は彼が自衛官であったことだったので、このことが気に入らず、奥本は嫌がらせや罵倒を受けることになった。
奥本は離婚も考えたが、高額な慰謝料を請求するなどと言われて逃げ場はなかったということを話している。
ひたすら耐えてきた奥本だったが、2010年2月、「部落に帰れ」「これだから部落の人間は」などという極めて差別的な義母の一言により、彼の中で何かが切れたのだろうか、一家殺害を決意してしまうのだった…
幼少期は気が弱く、人とぶつかった際は自分から謝るか、ひたすら耐えるという手段を取りがちな少年であった。また剣道を高校卒業まで続けていたという。
高校卒業後は航空自衛隊に入隊したが、出会い系サイトで知り合った妻と結婚したのを機に建築会社に転職。まじめに働いていたようだ。
しかしながら義母が奥本との結婚を許した理由は彼が自衛官であったことだったので、このことが気に入らず、奥本は嫌がらせや罵倒を受けることになった。
奥本は離婚も考えたが、高額な慰謝料を請求するなどと言われて逃げ場はなかったということを話している。
ひたすら耐えてきた奥本だったが、2010年2月、「部落に帰れ」「これだから部落の人間は」などという極めて差別的な義母の一言により、彼の中で何かが切れたのだろうか、一家殺害を決意してしまうのだった…
裁判
第一審
求刑は死刑。まだ若く前科もないうえ、動機に酌量の余地があることから弁護側は減軽を求めた。
しかし長男も殺害し死体を遺棄する無慈悲な犯行態様が悪質と判断され死刑判決。
なお裁判員裁判による死刑判決はこの事件が九州地方初。
しかし長男も殺害し死体を遺棄する無慈悲な犯行態様が悪質と判断され死刑判決。
なお裁判員裁判による死刑判決はこの事件が九州地方初。
控訴審
控訴棄却。
上告審
一審では死刑を求めていた奥本の義弟が、死刑回避を訴えた上申書を提出。しかし上告は棄却された。
ここだけ切り取ると義弟が奥本を許したかのように見えるが、実際は奥本の家族との関係を断ちたかったことがきっかけであったという。
被害者家族でありながら加害者家族でもある複雑な立場である義弟は、奥本との関係を断つため姻族終了届を出そうとする。それに関する依頼を奥本にした際、奥本の支援団体から上申書を書くことを求められた。義弟自身は奥本が死刑になるのは当然であると考えていたものの、どうしても断るわけにはいかず言われるがままにしたと語っている。(*2)
義弟によると奥本の謝罪には心がこもっておらず、反省の念は感じられないという。
ここだけ切り取ると義弟が奥本を許したかのように見えるが、実際は奥本の家族との関係を断ちたかったことがきっかけであったという。
被害者家族でありながら加害者家族でもある複雑な立場である義弟は、奥本との関係を断つため姻族終了届を出そうとする。それに関する依頼を奥本にした際、奥本の支援団体から上申書を書くことを求められた。義弟自身は奥本が死刑になるのは当然であると考えていたものの、どうしても断るわけにはいかず言われるがままにしたと語っている。(*2)
義弟によると奥本の謝罪には心がこもっておらず、反省の念は感じられないという。
みどりの風の大会に参加された皆様、わたしのような経験をもう誰にもさせたくありません。私は加害者を支える会の人々からの誘いをいつの間にか断りにくい状態になっていました。内容もよく分からないまま書かされた上申書が大きく報道されて、これは大変なことになったと思いました。気付いたときは取り返しのできないことになっていました。それでも、加害者を支える会に利用されているとは気づかないまま付き合いを続けていました。はっきり利用されていると気付いたのは、死刑廃止の人たちが修復的司法の成功例に私のことを挙げていると知った時でした。
繰り返しますが、私のような被害者をもう二度と出して欲しくありません。
補足
量刑不当?
奥本と同等以上の数の親族を殺害する事件を起こした原平(殺害数5人、しかも高齢)や斎藤綾(殺害数3人)が無期懲役判決を受けている。原はまだ可哀想とはいえ奥本もそれは同じだし、斎藤に至っては酌量の余地は全くないので、若く酌量の余地がある奥本への死刑判決はしばしば疑問視される。
色鉛筆裁判
彼は獄中で贖罪の為に絵画を描いており、その売上は遺族に寄贈している。
この絵画には色鉛筆を使っていたのだが、2020年10月より死刑囚の色鉛筆および鉛筆削りの使用が禁止されてしまった。(*3)
代わりにカラーシャープペンシルの使用は許可されたが、すぐ芯が折れて使い物にならず、奥本は精神的に落ち込んだ状態になったという。(*4)
これに対し奥本は「表現の自由の侵害」として国を相手に訴えを起こしたが、2023年に棄却。
と思いきや、2024年に削る必要がない色鉛筆が利用可能となり、一部彼の願いは叶った。だが24色つかえていた色鉛筆が12色まで減ってしまい、彼の弁護士は「元のように自由に色鉛筆を使わせてほしい」と語っている。
この絵画には色鉛筆を使っていたのだが、2020年10月より死刑囚の色鉛筆および鉛筆削りの使用が禁止されてしまった。(*3)
代わりにカラーシャープペンシルの使用は許可されたが、すぐ芯が折れて使い物にならず、奥本は精神的に落ち込んだ状態になったという。(*4)
これに対し奥本は「表現の自由の侵害」として国を相手に訴えを起こしたが、2023年に棄却。
と思いきや、2024年に削る必要がない色鉛筆が利用可能となり、一部彼の願いは叶った。だが24色つかえていた色鉛筆が12色まで減ってしまい、彼の弁護士は「元のように自由に色鉛筆を使わせてほしい」と語っている。
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