目次
はじめに

関光彦の顔写真として上の男性の画像が用いられることが多々あるが、こちらの男性は関とは全くの別人である。
この男性は横江直人という名前で、茨城県竜ケ崎市のアパートにて同居女性を衰弱死させるなどした疑いで逮捕され、保護責任者遺棄致死罪で起訴。懲役8年の刑を言い渡された。(*1)(顔写真は読売茨木東 2011.01.23 朝などに掲載あり)
まあ確かに彼も犯罪者ではあるが、さすがに鬼畜・関光彦として顔写真が拡散されているのは少しかわいそうに思える。
このような情報の錯そうが起きた原因は、やはり関が未成年情報が少なかったからだと推測はつくが…。いずれにせよ、誤情報には十分に注意をしましょう。
まあ確かに彼も犯罪者ではあるが、さすがに鬼畜・関光彦として顔写真が拡散されているのは少しかわいそうに思える。
このような情報の錯そうが起きた原因は、やはり関が未成年情報が少なかったからだと推測はつくが…。いずれにせよ、誤情報には十分に注意をしましょう。
概要
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事件 | 市川一家殺害事件 |
| 罪状 | 強盗殺人、強盗強姦、強姦致傷など | |
| 判決 | 死刑(2017年執行) | |
| 国籍 | 日本 | |
| 生年 | 1973年 |
「せき・てるひこ」と読む。犯行時は未成年であるが、大人顔負けの悪逆非道な犯行に世間は震撼。関は未成年にもかかわらず死刑判決が言い渡された。
実際の犯行は事件記事を参照してほしいが、概略を記すと、以前強姦した少女の自宅(千葉県市川市のY氏宅)に押し入り、少女の祖母、母、父、妹の4人(いずれも養親)を次々と殺害、さらに生き残った少女を連れまわして再び強姦し、最終的に大けがを負わせるという悲惨極まりないものである。裁判でなぜこのようなことをしたのかと問われると、関は「気分転換」「時間つぶし」と平然と答えたという。
最も凶悪な死刑囚の一人と言えるだろう。
最も凶悪な死刑囚の一人と言えるだろう。
経歴
長瀬隼介『19歳 一家四人惨殺犯の告白』にて、彼への取材記録が記されているので、彼の経歴に関しては主に本書を参照とすることにする。
教育熱心な母親とDV気質な父のもとに、千葉県松戸市で生まれる。家族構成は母・父・弟。幼少期はスイミングやピアノ、英会話を習うも、父親のDVやギャンブルなどが原因で家庭が崩壊してしまう。借金は億単位に及び、母親と弟との極貧生活に至る。
結局のところ、鰻店店主の祖父の援助により生活を立て直したものの、光彦は成長につれて異常性を発揮するようになる。
窃盗を繰り返し、母親を殴り、弟を虐待した。
高校には何とか進んだが、「レベルが低い」という理由で退学。さらには恩人である祖父の左目を蹴りつぶしてしまう。
結局のところ、鰻店店主の祖父の援助により生活を立て直したものの、光彦は成長につれて異常性を発揮するようになる。
窃盗を繰り返し、母親を殴り、弟を虐待した。
高校には何とか進んだが、「レベルが低い」という理由で退学。さらには恩人である祖父の左目を蹴りつぶしてしまう。
傷害にしろ、強姦にしろ、他人の血を見るということは興奮するものです。とくに、しだいに相手が弱ってきて自分に従うようになり、どうにでも好きなように動かせるとなった時に見るそれは、僕の中では勝利の象徴として溜飲を下げるのに大いに役立ちました。
また関は強姦にも手を染めた。女性の顔面を地面にたたきつけるなどして無抵抗にさせたのちに連れ去り強姦するなどといった残忍なやり方をすることもあった。そして市川一家殺害事件前には自転車に乗った少女に後ろから車で衝突し、優しく病院に送った帰りに豹変。強姦し、学生証を見て住所などを控えた。この時控えた個人情報がのちの悲劇の始まりとなる…。
それからしばらくして関がフィリピンパブに訪れた際、ホステスを無断で連れ出したことにバックの暴力団が激怒。200万円を要求(恐喝)されてしまった。そこで関が思い立ったのは、先日強姦した少女の自宅に押し掛けて現金を奪うことであった。早速控えた個人情報を見て強盗に出かけるのだった。
市川一家殺害事件で逮捕されたのちも、大量の飯を食らい、大いびきをかきながら寝たという。また、社会復帰した時のために母親に参考書を差し入れさせていた。結局社会復帰はかなわなかったわけだが…。
裁判
起訴(92年11月)から判決訂正申し立て却下(01年12月)まで、およそ9年の歳月をかけて行われた。詳細は事件ページを参照
第一審
検察側は「強盗殺人事件の中でも特に悪質。真摯に反省しているとは到底認められない」として死刑を求刑し、弁護側は犯行時未成年だったこと、および父親からの虐待による心的外傷、そして母親が流産予防薬を大量に服用したことにより攻撃的性格が強まったことなどを理由に無期懲役判決を求めた。
1994年8月8日、死刑判決が言い渡された。
少年に対する死刑判決は1989年の小島茂夫(名古屋アベック殺人事件の主犯)以来。小島は二審で死刑判決が破棄されている。
1994年8月8日、死刑判決が言い渡された。
少年に対する死刑判決は1989年の小島茂夫(名古屋アベック殺人事件の主犯)以来。小島は二審で死刑判決が破棄されている。
控訴審
1996年7月2日控訴棄却。
上告審
死刑執行
2017年12月19日に執行。事件から実25年、確定から16年が経過しようとしていた。安中親子3人殺害事件の松井喜代司(確定から18年以上)も同日に死刑が執行されている。二人とも再審請求中であった。
少年の死刑執行は1997年の永山則夫以来。再審請求中の執行は1999年の小野照男から18年近く行われていなかったが、2017年7月の西川正勝の執行を皮切りに行われるようになってきた。
この際、法務省から犯行時未成年であるにもかかわらず実名で執行の旨を発表され、新聞等でも実名報道が行われた。
少年の死刑執行は1997年の永山則夫以来。再審請求中の執行は1999年の小野照男から18年近く行われていなかったが、2017年7月の西川正勝の執行を皮切りに行われるようになってきた。
この際、法務省から犯行時未成年であるにもかかわらず実名で執行の旨を発表され、新聞等でも実名報道が行われた。
例:『朝日新聞』「犯行時に少年、死刑執行 再審請求中、他1人も」17.12.19 夕
朝日新聞はこれまで、犯行時に少年だった関光彦死刑囚について、少年法の趣旨を尊重し、社会復帰の可能性などに配慮して匿名で報道してきました。死刑が執行されたことを受け、実名での報道に切り替えます。国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断からです。本社は2004年、事件当時は少年でも、死刑が確定する場合、原則として実名で報道する方針を決めています。
例:『読売新聞』「元少年の死刑執行 一家4人殺害 群馬3人殺害も」2017.12.19 夕
読売新聞は、罪を犯した未成年者について、少年の健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、原則、匿名で報道しています。しかし、国家が人の命を奪う死刑が執行された対象が誰なのかは重大な社会的関心事であるため、実名で報道します。
補足
執行を阻止したい弁護士の入れ知恵により、執行直前の関は120kgまで太っていたという。ここまで太れば執行の妨げになるだろうという考えのもとだろうが、無駄に終わっている。
画像集
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| 逮捕された関 ニュースの転載(*4)より |
関連リンク
- 文春オンライン『「時間つぶし」と称して15歳少女に性的暴行…見ず知らずの一家4人を惨殺した「史上最悪の少年犯罪」死刑囚の告白』 2026.6.30閲覧
https://bunshun.jp/articles/-/70535

