好きなだけ眠り、珍しく遅い目覚めを迎えた
ムヴァは、眠たげな琥珀色の瞳のまま、寝具から身を滑らせるように降りた。
そうしてカーテンを開けいつもの自分の部屋を見渡すと、棚に飾られた紫水晶の原石短柱や机の上の作りかけの硝子細工が、部屋に入り込む日陽にきらりと光る。それらが視界に入り脳を刺激して、彼の意識を覚醒させてくれるのだ。
顔を洗い、身を整え、赤い結紐の玉を付け替える。それで自分の髪を結い上げてから部屋を出た。
今日の旅籠は人のざわめきがないだけで、とても静かだった。ここに住まう面々は昨日から様々な用事を抱え、帰ってきていない。したがって本日ここにいるのは自分ひとり。なのでムヴァはいつものように誰かの食事を準備したり甲斐甲斐しく世話を焼く必要もないので、こうしてゆっくり起床することができたのだった。
遠くに聞こえる潮騒、色彩豊かな小鳥たちの鳴き声、穏やかな風で擦れる木葉の音が三重奏を奏でている。それらに耳を傾けながらゆっくりと歩く。
嗚呼、今日は何をしよう。良い天気だから花の手入れをして、それから菜園の果物やハーブを採って干し物でも作ろうか。
夕餉の時刻には他の面々も戻ってくると連絡が入っているし、今日は手間のかかる料理を作るのもいいかもしれない。
そんなことを色々考えながら階段を下りて一階へ来ると、ちょうど来客を告げるベルがなった。
旅籠は所有地を囲うようにして、立派な装飾の鉄格子があり同様の門がある。勿論夜中は防犯の為にほとんど鍵を閉めており昨日の夜も例外ではない。そしてムヴァは先ほど起きたばかり。鉄格子の門の鍵は未だ閉まったまま。来客はそこで立ち往生することになる。
あまり待たせることはできないので、彼は小走りで外に出て門を目指した。
そこにいたのはウィアットだった。よっ、と片手をあげて短く挨拶をしてきたので、会釈で返しながら門の鍵を開け、彼を招き入れる。
突然の来訪に、どうしたんですかと尋ねると、用事がないから来ちゃ駄目なのかよ、と口を尖らせて反論されてしまった。
その態度に成程、と苦笑しつつ謝ると、新聞を差し出された。彼の努める出版社が作ったものと、今日の
ナノウリスマの朝刊だ。ポストに入っていたのを取ってくれたのだろう。礼を言ってから、尋ねた。
「朝餉はお済ませですか?」
「ああ、ちゃんと食ってきた。喰わないとお前が五月蠅いしな。」
「おやおや言われてしまいましたねぇ。ですが、私はまだなんです。すみませんが軽く取らせていただいてもよろしいですか?」
「おうわかった。オレの分とかは気にせず喰え喰え。」
少し偉そうにそういった彼に、わざとらしくありがとうございますと頭を下げると、今度はこちらが苦笑される番だった。
そんなやりとりをしながら食堂に向かって、ウィアットを座らせてから、ムヴァは厨房に入った。
やかんに水を汲み火にかける。その間に食パンと卵をひとつ取り出した。
※目玉焼きトースト
食パン…一枚
たまご…一個
マヨネーズ…適量
バターorマーガリン…適量
?食パンを軽くトーストします
?トーストしたら食パンのまわりを残すように押して、たまごを入れるためのくぼみを作ります
?たまごがくぼみから食パンの下にしみこまないようにするために、バターかマーガリンを塗ります
?くぼみを囲うようにマヨネーズで垣根を作ります
?くぼみの中にたまごをいれます
?たまごに火が通るまでレンジで温めます
?完成。?はトースターのままだとたまごに火が通る前に食パンが真っ黒に焦げる可能性があるので注意してください
バターやマーガリンのかわりにマヨネーズを使ったり、お好みで塩・胡椒・ガーリックパウダー等を振りかけてもOKです
いつものモーニングティーに、トーストに目玉焼きが乗っただけのもの。自分の為だけに準備すれば良かったので、特に見栄えなどのこだわりなく作ったものなのは一目瞭然だ。
それらを口にしながら新聞に目を通す。そうしてちらりと向かいの席に目配せしてみれば、その新聞を持ってきてくれたウィアットが、差し出した紅茶に手を付けずにこちらを見ていた。
「ズボラ飯のはずなのに優雅に見えるのがムカツク。」
いかにも「納得いかん!」という表情をして言ったウィアットに、ムヴァは思わず笑ってしまった。
そうだ、お昼は彼と一緒に菜園で採ったトマトとバジルでピザを作って食べよう。マンダリンもそろそろ食べごろだったはずだ。
内心でそう勝手に決めていってしまったのもあったので。
昏い雲、唸る風、轟く雷鳴、森の洋館。
そんな怪しさと胡散臭さとおどろおどろしさMAXないかにもな場所が、かの賊団「
マリヴィン一派」の現在のアジトだった。
その洋館の一室、白や水色を基調とした家具が置かれている簡素な部屋がある。洋館の見た目とは裏腹に、なかなか明るいその部屋の主は、『流氷の天使』の異名をとる少女
アカメであった。
これまた簡素な部屋着でベットに寝そべり、本を眺めていたが、やがて飽きたのかそれを閉じて息を吐きながら仰向けになった。
「おなかすいたー。」
と、ぼやいてみるものの、それを聞く者はいないし、それで空腹がまぎれるわけでもない。部屋に置いてあるいつもの菓子はあいにく空だ。
仕方ないのでふわりと浮かび、ふいよふいよとそのまま部屋を後にして、屋敷を徘徊し始める。
「バクストーン。」
いない。
「ローズー。ていうかその手下ー。」
返事がない。
「ワル・・・スは、いいや。」
「よく分らんが失礼なことを言われているということはわかったぞ!」
「あ、いたの?」
「わざわざオレのいる部屋にきていう台詞か!」
フリルやレース、無駄に豪奢な飾りなどがあしらわれた、目がくらむような部屋の主は、意外と色白い肌を真っ赤にさせて怒鳴る。ちなみに部屋のものはほとんどアカメ達が賊活動において強奪してワルスにお下がり同然であげたものだった。
そんな裏事情はともかく、突然の失礼な来客にとりあえず話を聞いてやろうと思ったワルスは、腕を組んで問いかけた。
「で、一体どうしたんだ?このワルス様のお力添えが必要か?ん?」
「いやお前はいいっつったじゃん。」
「言うだけ言ってみろ!泣くぞ!!」
いつものことじゃん、と思ったことをそのまま口にした後、アカメはお情け程度に自分の空腹を満たしたいという欲求を伝えた。
するとワルスは何故か勝ち誇った笑みを浮かべながら。
「そうかそうか。それは残念ながら無理だな。何故ならこのワルス様は今まで他人に料理を振舞わせるセレブな生活しかしたことがなかったからだ。」
「だから言ったじゃねーかお前は頭髪だけじゃなく脳みそもワカメなのかよ。でもしっかり過去形で表現してるあたりは褒めるよ。」
「・・・・・。」
「泣くなって。」
「うん・・・。」
アカメが傍の机にあったティッシュ箱を投げて渡すと、贅沢にもワルスはティッシュを全部引っこ抜いて鼻をかんだ。
もったいない、と思ったが今度は口に出さない。ちなみにこのティッシュも普通のものより断然高いお値段の、鼻のまわりがかさかさと赤くなることがない保湿に優れたやつである。
「仕方ないなぁ。めんどくさいけど自分で作るか。」
「ならばこのワルス様も相伴してやろう。存分に腕を揮うがよい。」
「お前それ自分もお腹すいてるだけだよね?」
「はっはっはっ・・・。」
謎の笑いを残したままワルスは食堂へ向かってしまった。
このまま食堂で放っておいてデリバリーで自分の分だけ頼んだろかと思ったが、さすがに実行するわけにはいかないので、アカメは大人しく彼の後を追いかけるのであった。
※簡単コーンスープパスタ(一人分)
パスタ…100グラム
即席コーンスープ(粉末)…一つ
塩…適量
?パスタを茹でます
?パスタを茹でる際はお湯が沸いたときに塩を大目に入れて指定時間に従ってください
?茹で上がったらザルに上げます
?底が深めの皿を用意して、そこにコーンスープを作ります
?そこにパスタを投入します
?軽く和えてから完成です
出来上がりの際に乾燥バジルや粉チーズ、クルトンをトッピングするとおしゃれに見えるかもしれません
「・・・なんか、コーンスープとパスタだな。」
「当たり前だろ。」
「まぁ不味くはないぞ。褒めてつかわそう。」
「そら不味くなる組み合わせじゃないからね。あとありがと。」
「・・・あ、粗挽き胡椒いれたい。取ってくれ。」
「どうぞどうぞ。」
「うむ。」
「あ、洗い物はよろしくね。」
「この寒い時期にするのは嫌だな。」
「ここの水道お湯に切り替えできないもんね。頑張れ。」
「仕方ないからやってやろう。」
「うむ。」
向かい合ってコーンスープパスタを啜っていたアカメとワルスの、何とも緩い会話である。
「いきなりだが現状整理をしたいと思う。その一!」
「本日我々はこの村の農作物を守るために増殖し餌を求め山から下りてきた害虫魔物イナゴプリズマ討伐の任を完了し後は帰還する予定でしたが生憎の天候悪化つまり土砂降りと山勢の強風による視界悪化と帰りの山道の土砂崩れ等の危険性と負傷者一名の体調を考慮した結果この村には宿がなかったので村長のご好意で空き家を貸してもらいここで一泊することになりました。」
「二を待たずして一息もおかずに全部言っちゃったよこのゴーレム!!」
「いけませんでしたでしょうか、申し訳ありません。」
「可愛いから許す。」
「・・・つまり、どういうことっスか・・・・。」
「料理できる人がいない。」
「な、なんだってー!?」
意外と深刻だった。
「えっ、じゃあどうするっスか!?」
「
カルネアから借りてきた大根ブレードしかないにゃ!」
「
ナームちゃん、巨大イナゴをぶっ叩いてきったねぇ体液浴びまくりで制裁と称して変態のケツ穴にぶちこんだりしてる大根なんて誰も食べたがらないから安心してね。」
「衛生面を考慮しますとその大根を食すことはおすすめしません。強くは言えませんが保持することすらおすすめしません。」
「エコーちゃん、誰もがわかりきってるからね。今そこじゃないからね。」
「じゃけぇここはサンクチャリちゃきセーフじゃ!」
「ロッジュちゃんメタでもどうにもならないこともあるからね。」
「でもその大根あんだけ乱用してたのにまだ健在なんだねすごいね!」
「まだまだ若いものには負けんわい。」
「ユキちゃんその話もう終わったからねーカルスちゃん大根で腹話術しなくていいからねーややこしくなるから。」
『・・・・・・。』
「はい
ユカリスちゃん頭抱えない!」
『なんでわかったの。』
「ていうかなんであたしがツッコミに回ってんのさボケたい!次からボケるよ!ボケしかしないよ!もうツッコまないよ!」
「ワープさん見捨てないでくださいっス後生ですから!!」
やっぱり本人たちにとってそんな深刻な問題じゃないのかもしれない。
正直一食抜いたくらいですぐに死ぬわけではないし、実際そうなのだろう。
しかし腹が減ってはなんとやら。空腹を満たせるものなら満たしたい。それが生きとし生けるものの生理的欲求であり本能なのだ。
何はともあれこの面々、ここまで話を盛り上げておきながら収拾する方法は考えていない。そもそも面白けりゃいいの精神で適当に盛り上げたので収拾しようとも思わないのだろうが。
むしろ
アルファやディプス等の料理が上手な面子には及ばないが一食ぐらい作れるというやつも、もしかしたら本当はいるかもしれないが、つまりは討伐後の疲れ云々でめんどくさいのだろう。何故割とどうでもいい話を大きくするのは厭わないのかと聞いてはいけない。
いよいよワープがツッコミを放棄して本来の立ち位置に戻ろうとするのを嘆く
ツェット。そういうわけで彼らの晩御飯問題談義はまだ続くのである。
「この村にも小さいながら食材屋があります。乏しいとはいえ何も無一文ではないので、そこで必要最低限の食材をそろえればよろしいかと。」
「えっ。」
終了した。
※材料の説明すらズボラなスタミナ丼
白米…好きなだけ
キムチ…好きなだけ
納豆パック…好きなだけ
たまご…好きなだけ
醤油…好きなだけ
?丼にごはんを盛ります
?たれと混ぜた納豆(からしはお好みで)をごはんの上に乗っけます
?その上にキムチを乗っけます
?さらにその上に半熟めだまやきを乗っけます
?完成です。半熟目玉焼きを割って好きなだけ醤油をぶっかけて混ぜてお召し上がりください
海苔とか豚肉とかニンニクとかオクラとか好きなのを追加してもおいしい一品です
そういうわけで自立型古代オーパーツゴーレム機体名
アゲインストネスこと個体デフォルト名エコーが作った一品がこちらである。
ほぼ乗っけただけとはいえ出来立てでボリュームのある丼は、腹のすいた傭兵たちががっつくに十分値するものであった。
お口に合いましたでしょうか、と無表情で問いかけるゴーレムは相変わらずだったが。
「うめぇ!うめぇっちゃ!たまには
リアリーさんにこう言う簡単な料理を振舞ってあげるっちゅーのもいいかもしれんのぉ・・・。」
「にゃにっ!?じゃあオレも人質クンに・・・。」
「ナームちゃん半熟卵焼ける?」
「あ、無理だわ。」
「急に八頭身に戻るんじゃない。」
ロッジュ、ナーム、ワープの三人は明らかに食欲の方が勝っていて、それでも口周りが汚れるのを気にせずに会話しているもんだから見ていて忙しいことこの上ない。ユキに至ってはひたすらに丼をかっこんでいて、喉が詰まりかけたらカルスに麦茶を差し出してもらっていた。
そういえば、と言うユカリスのつぶやきを拾ったのも彼だ。
『エコーって思考回路がプログラミングされたゴーレムだから、レシピとかは分量通りにインプットされていて、そのとおりにしか作れないかと思ってたけど、今日のは全部目分量・・・自分で分量を考えて盛ってたような気がする。』
「・・・気になるか?そこ。」
『うん。』
「実は体内プログラムにちゃんと計量機があったりして。」
『・・・機会があったらエコーに聞く。』
「うん、それがいい。」
そしてカルスは視線を他へ移す。そこにはエコーがスプーンを使ってツェットに晩飯を食べさせている風景があった。
そう、先ほどエコーが言っていた「負傷者一名」とはツェットのことだ。
利き腕に麻痺毒をもらってしまい、今日一日は動かすことができない状態となっている為、人に使われる為のゴーレムであるエコーは自ら進んでツェットの介護をしているのであった。
対するツェットは嬉し恥ずかしそうに挙動不審になっている。とてもわかりやすかったが、エコーがそれを理解しているかと言えば答えはノーであろう。カルスはそう思う。
ゴーレムに恋した少年。シェイクスピアも書けないどうしようもない哀物語。俳聖も俳句にしないありきたりな愛物語。
「ツェット、嬉しそうだね。」
それでも隣りで無邪気に笑うユキがそう言ってしまえば、カルスはそうだな、と答えるしかなかった。
最終更新:2012年03月28日 01:04