三文戯曲/Verweile doch, du bist so schon! ◆I9IoWegESk
シアーズ財団、欧米を拠点とする世界有数の企業複合体、その力は政治経済に幅広く及び、盟主国大統領の椅子すら左右すると言われる。
この集団の母体はどこぞの秘密結社だと嘯く輩もいるが真相は定かではない。
この集団の母体はどこぞの秘密結社だと嘯く輩もいるが真相は定かではない。
財団の目的は自らの手で黄金時代を幕開けすること。それは資源問題や貧困問題は存在せず、平和の実現した世界。
彼らは理想の実現のために媛星の無尽蔵の力を手に入れ、
世界のパワーバランスを一手にコントロールしようと目論んでいる。
ゆえに、なつきと総帥の娘の遺伝子を組み合わせ、人工のワルキューレ(HiME)アリッサ・シアーズを製造した。
だが、アリッサは媛星の想像以上の力に耐え切れずに命を落としてしまった。
彼らは理想の実現のために媛星の無尽蔵の力を手に入れ、
世界のパワーバランスを一手にコントロールしようと目論んでいる。
ゆえに、なつきと総帥の娘の遺伝子を組み合わせ、人工のワルキューレ(HiME)アリッサ・シアーズを製造した。
だが、アリッサは媛星の想像以上の力に耐え切れずに命を落としてしまった。
アリッサの訃報を聞いた日、シアーズ総帥は自室にて、最高級のコニャック、ルイ13世を嗜みながら、娘の遺したミサ・ソレムニスを聴いていた。
ただし、クローンではなく、数年前に亡くなったオリジナルの歌声を。それはあの紛い物の歌姫とは異なり、英語訛りのなき完璧なラテン語で主を賛美している。
ただし、クローンではなく、数年前に亡くなったオリジナルの歌声を。それはあの紛い物の歌姫とは異なり、英語訛りのなき完璧なラテン語で主を賛美している。
ワルキューレのアリッサには、彼女がガーディアン(チャイルド)を制御に成功して以来、結局会わず終い。
総帥は娘の蘇生を夢見て人工ワルキューレ計画を承諾した。だが、人は類似した遺伝子を持とうと派生の時点で別個の人格となる。
移し身と雖も決して埋められない差異、それがかえって父を彼女から遠ざけさせた。
総帥は娘の蘇生を夢見て人工ワルキューレ計画を承諾した。だが、人は類似した遺伝子を持とうと派生の時点で別個の人格となる。
移し身と雖も決して埋められない差異、それがかえって父を彼女から遠ざけさせた。
ブロンドの美女が彼の目の前に姿を現し、悪戯っぽく微笑んだ。ドアを開けることも、足音も立てることもせずに唐突に。
総帥は手元のアルコールを一気に飲み干す。そして、乾いた目つきで笑い声を上げた。
総帥は手元のアルコールを一気に飲み干す。そして、乾いた目つきで笑い声を上げた。
「……ほぅ、君が一番地の式なのかね?
告知天使ガブリエルというより、悪魔メフィストフェレスと言った趣だな。
我が家のセキュリティにもっと予算をかければよかったよ」
告知天使ガブリエルというより、悪魔メフィストフェレスと言った趣だな。
我が家のセキュリティにもっと予算をかければよかったよ」
男は空になった器を再びコニャックで満たす。そして、グラスは彼の手の中で回り始める。
彼女は多少、感心したようなそぶりを見せると、テーブルを椅子代わりにして挑発に応じる。
彼女は多少、感心したようなそぶりを見せると、テーブルを椅子代わりにして挑発に応じる。
「式とは違うけど、しがない中間管理職という点では彼と似ているかな。
今回はナイアと名乗っているが、悪魔でも邪神でも好きなように呼べばよいさ。
別に君の魂を取って食うつもりはないから安心するんだね。ふふふ……」
今回はナイアと名乗っているが、悪魔でも邪神でも好きなように呼べばよいさ。
別に君の魂を取って食うつもりはないから安心するんだね。ふふふ……」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
女はこの度の星詠みの舞は中止され、代わりに新しいゲームを用意すると告げる。
そのために、黒曜の君に技術と兵力を提供して欲しいとのこと。儀式が終わりさえすれば、帰還は出来る。
続けて旧来の儀式との違いが説明される。世界法則の合成、並行世界、時間の逆流……俄かに信じられない次々と単語が並べられていく。
そのために、黒曜の君に技術と兵力を提供して欲しいとのこと。儀式が終わりさえすれば、帰還は出来る。
続けて旧来の儀式との違いが説明される。世界法則の合成、並行世界、時間の逆流……俄かに信じられない次々と単語が並べられていく。
彼の表情から余裕が失われる。与太話と笑い飛ばせなかった。なぜなら、この女に宿る魔性を嗅ぎ取ってしまったから。
この場にいるのは未だ二人。誰も異変に駆けつけてはこない。まるで、この空間を鋏で切り取られたかのようだ。
スピーカーだけが黄金の天使の歌声を届けている。だが、これも最終パートに入っている。
この場にいるのは未だ二人。誰も異変に駆けつけてはこない。まるで、この空間を鋏で切り取られたかのようだ。
スピーカーだけが黄金の天使の歌声を届けている。だが、これも最終パートに入っている。
手の平がじっとりと汗ばむのが分かる。されど、男は彼女の口を止めることも、自分の耳をふさぐことも出来ずにただ聞き入っている。
羽虫が夜火に飛び込むように、人間の本能は真正の狂気に吸い寄せられるものなのだろうか。
羽虫が夜火に飛び込むように、人間の本能は真正の狂気に吸い寄せられるものなのだろうか。
ナイアは表面上平静を保っている男を尻目に、視線を上に向ける。一瞬の間をおき、愉快そうに口を開く。
「ここまで素直に信じてくれると、手間が省けて嬉しいねえ。
まあ、タダ働きだと君たちも不満だろうね。けれど、僕には君たちの理解を超えた力がある」
まあ、タダ働きだと君たちも不満だろうね。けれど、僕には君たちの理解を超えた力がある」
悪魔舌をなめずり、うっとりした眼差しで獲物を見つめる。彼の瞳孔が大きくなる。鼓動が一段階跳ね上がる。
そして予期する。彼女が注ぐのはこの世すべての美酒よりも甘美な言霊だと。
そして予期する。彼女が注ぐのはこの世すべての美酒よりも甘美な言霊だと。
「たとえば、こんなのはどうかい。君の本当の娘を生き返らせてあげよう」
しばしの沈黙。このまま狂気の奔流に身を任せるのも悪くない。
彼はこれまでも娘を生き返らせるために、あらゆる手段も辞さなかった。今更、本物の悪魔と契約を結んだところで何の差がある。
彼はこれまでも娘を生き返らせるために、あらゆる手段も辞さなかった。今更、本物の悪魔と契約を結んだところで何の差がある。
――愛しい人、あなたの後ろには悪魔がいるわ、だから私はあなたにはついて行かないの。
男は深く沈む澱の中、無意識にたわいも無い記憶の欠片を掴み取った。これはビドーのオペラ『ファウスト』の一節だ。
前回の見た時の主演女優は演技がお粗末だった。いっそ、自分の娘と入れ替えたいほどに。
前回の見た時の主演女優は演技がお粗末だった。いっそ、自分の娘と入れ替えたいほどに。
「法外な提案は感謝する。だが、今の私にはそれよりも大切なことがある」
総帥は勝ち誇った笑みを浮かべ、悪魔の毒酒を塞き止めた。これ以上娘を悩ませるな。
娘の魂は彼女が望んだ者の手に委ねられてこそ美しい。
娘の魂は彼女が望んだ者の手に委ねられてこそ美しい。
総帥はグラスの割れる音とともに目を覚ました。自分の背中が濡れて冷えているのが分かる。
周章狼狽して部屋を見渡すが、あの女はどこにもいない。
ボトルの量は継ぎ足す前と変わっておらず、立体音響はいつものように心地良い音色を運んでいる。
周章狼狽して部屋を見渡すが、あの女はどこにもいない。
ボトルの量は継ぎ足す前と変わっておらず、立体音響はいつものように心地良い音色を運んでいる。
男はグラスの破片を一瞥すると、右手で顔を抑え、腹の底から笑い出す。下らない夢を見た己を哂う。それを信じた自分を嗤う。
宗教音楽を聴きながら寝たせいで、いささか迷信的になってしまったか。
宗教音楽を聴きながら寝たせいで、いささか迷信的になってしまったか。
内線電話が鳴り響き、彼の笑いを中断させる。男が受話器を取ると、普段冷静な秘書が取り乱した様子で喉から要件を搾り出す。
「総帥、緊急事態です。上空や宇宙に空間の歪みが発生して、
ひ、媛星の反応が突然、消滅しました!」
ひ、媛星の反応が突然、消滅しました!」
――この度の星詠みの舞は中止され、代わりに新しいゲームを……
ミサ・ソレムニスは既に最終パートのアニス・デイ、神の子羊を詠唱し終えていた。男はボトルに直接口をつけ、喉の渇きを癒した。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
<私>はしがないシアーズ研究員だ。<ヤツ>の部屋に呼び出されたと思ったら、しばらく愚痴を聞かさせる羽目になった。
彼は殺し合いにおけるシアーズ側の影の責任者だ。
もともと抜け目のない男で、前任者の人工ワルキューレ計画失敗を利用して、一気に出世している。
ちなみに彼の容姿は……まあ、どうでも良いだろう。
彼は殺し合いにおけるシアーズ側の影の責任者だ。
もともと抜け目のない男で、前任者の人工ワルキューレ計画失敗を利用して、一気に出世している。
ちなみに彼の容姿は……まあ、どうでも良いだろう。
彼は<私>の迷惑など省みず、鼻についた声で語り続ける。
「……結局、総帥は臆病風に吹かれて、舞台には上がらなかった。
そして、末端の我々がスケープゴートにされた訳だ。まったく、どちらが本当の悪魔なのやら」
そして、末端の我々がスケープゴートにされた訳だ。まったく、どちらが本当の悪魔なのやら」
媛星の突然の消滅はシアーズ財団に衝撃を与えた。組織は人と異なり世代でなく歴史を生きる。ゆえに、今回の計画が失敗しても次の300年を待てば良いはずだった。
だが、この事件により、『媛星を利用しての』理想実現は未来永劫適わぬ可能性も出てきた。
だが、この事件により、『媛星を利用しての』理想実現は未来永劫適わぬ可能性も出てきた。
総帥は何かを知っているらしく、星の力を得るための人材や資材を集め始めた。
だが、彼がなぜそれを知っているのかは黙して語ろうとしない。それでいて人選は自分に任せろという。
随分と勝手な話だが、他に手がかりがない以上、それに従うしかなかった。
だが、彼がなぜそれを知っているのかは黙して語ろうとしない。それでいて人選は自分に任せろという。
随分と勝手な話だが、他に手がかりがない以上、それに従うしかなかった。
<ヤツ>は不機嫌そうに肩をすくめている。だが、後輩君いわくこれは罠。安易に同調してはいけない。
ここのシアーズ職員の大部分は何も分からず飛ばされてきた犠牲者ばかりだ。
<私>や後輩君のようにそれなりに事情を知る者でも、上司に肩を叩かれた者は少なくない。
だが、彼は真っ先に参加を志願した男。彼はこちらの忠誠心を試しているのである。
ここのシアーズ職員の大部分は何も分からず飛ばされてきた犠牲者ばかりだ。
<私>や後輩君のようにそれなりに事情を知る者でも、上司に肩を叩かれた者は少なくない。
だが、彼は真っ先に参加を志願した男。彼はこちらの忠誠心を試しているのである。
<私>は語調を強め、後輩君に教えて貰った模範解答で応じる。
「総帥は黄金世界のために己の命を捧げることを恐れる方じゃありません。
ガーディアンの消滅が総帥の死を意味すると知った後も、計画を中止されなかったんですよ。
あの方は現場に全権を委ねるのが最善と判断されたのでしょう。
むしろ、総帥の精神に倣い、この地で命を懸けるのは光栄ではありませんか」
ガーディアンの消滅が総帥の死を意味すると知った後も、計画を中止されなかったんですよ。
あの方は現場に全権を委ねるのが最善と判断されたのでしょう。
むしろ、総帥の精神に倣い、この地で命を懸けるのは光栄ではありませんか」
「そう、だから我々は我々の好きなようにやらせて貰うよ。
上の連中は結果的に星の力さえ手に入れば、その過程には拘らないからね」
上の連中は結果的に星の力さえ手に入れば、その過程には拘らないからね」
<ヤツ>はこちらの言葉に満足げな表情を見せてほくそ笑む。
だが、男は小型のモニターを一瞥すると、ぶしつけな態度をすぐさま改め沈黙を保つ。
十数秒後、「本来」の監視モニターに赤髪の少女が映る。
だが、男は小型のモニターを一瞥すると、ぶしつけな態度をすぐさま改め沈黙を保つ。
十数秒後、「本来」の監視モニターに赤髪の少女が映る。
「コーヒーの用意ができました」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
彼女はシアーズ製のアンドロイド。深優の設計図を基に作り上げた量産型である。我々が異世界に送り込まれる際に、ある程度の数を連れて来た。
だが現在、彼女たちの管理権は神崎黎人に設定されている。すずの言霊で譲渡させられたと言うべきか。
ついでに何も知らないダミーのトップもすっかり一番地に隷従させられている。
黒曜の君を出し抜こうと飛び込んで、いきなりの難敵登場である。
だが現在、彼女たちの管理権は神崎黎人に設定されている。すずの言霊で譲渡させられたと言うべきか。
ついでに何も知らないダミーのトップもすっかり一番地に隷従させられている。
黒曜の君を出し抜こうと飛び込んで、いきなりの難敵登場である。
なので、アンドロイドにさっきのような愚痴を聞かれると都合が悪い。
シアーズの職員は全員『訳も分からず転送された哀れな人柱』なのだから。
シアーズの職員は全員『訳も分からず転送された哀れな人柱』なのだから。
(量産型の聴力低く調整しておいて助かった。相当神経磨り減るわ、これ)
<ヤツ>が許可を与えドアロックを解除すると、少女は精緻な足取りでこちらに向かってくる。そして、適温のコーヒーをカップに注ぐ。
端正で起伏に乏しい表情、ショートカットの髪型はストライクゾーンだ。あとは日傘をさせば得点が二倍に跳ね上がる。
あとは顔に個体差があれば良いのだが。幾ら好みでも同じ顔が一列に行進されたら興醒めする。
あとは顔に個体差があれば良いのだが。幾ら好みでも同じ顔が一列に行進されたら興醒めする。
<私>はカップに角砂糖を1つ入れてかき混ぜる。口に苦味とほのかな甘味を流し込む。
削られた神経が少し癒される。これがインスタントでなければなお良かったのだが。
ちなみに<ヤツ>は無糖ブラックのまま飲んでいる。まあ、どうでも良い。
削られた神経が少し癒される。これがインスタントでなければなお良かったのだが。
ちなみに<ヤツ>は無糖ブラックのまま飲んでいる。まあ、どうでも良い。
少女は会釈して部屋を去っていった。すると、<ヤツ>は待ち構えていたかのように、<私>に容赦ない宣告を下す。
「……そういえば、用件を告げてなかったね。君にはアリッサ・シアーズの調整を担当して貰おう」
<私>はコーヒーカップを手にしたまま、<ヤツ>から目を背ける。つまり、光速探査船からいったん離れろと。
あの一目見るだけで少年心を燃え上がらせる、遠未来的なフォルムの代わりに、じゃりんこ人形を弄繰り回せと。
あの一目見るだけで少年心を燃え上がらせる、遠未来的なフォルムの代わりに、じゃりんこ人形を弄繰り回せと。
光速探査宇宙船がカジノの超高額景品になっているのは<私>の所為である。
島のアイテム配置には、デイバックの弥勒やナイスブルマ(の中の鍵)や
カジノ景品の一人乗りロケットやUSBメモリなどのように強制枠も存在する。
しかし、それ以外は無造作に置かれた道具群れの中から、一番地や財団が話し合って決定した。
島のアイテム配置には、デイバックの弥勒やナイスブルマ(の中の鍵)や
カジノ景品の一人乗りロケットやUSBメモリなどのように強制枠も存在する。
しかし、それ以外は無造作に置かれた道具群れの中から、一番地や財団が話し合って決定した。
<私>の担当は景品の管理とメンテナンス。そこで少々我を通させて貰った。
他の連中も趣味でコスプレや殺人パンを入れているので、これらも責められる言われはない。
他の連中も趣味でコスプレや殺人パンを入れているので、これらも責められる言われはない。
ああ、高度な技術の結晶は魔法のように不可解だ。<私>の力では未だに動かすこともできない。
もしかすると、本当に壊れているのかもしれない。でも、ガラクタはないだろう。
財団で何十年も研究すればきっと動かせる。世界に媛星に匹敵する恩恵を与えるはず。
それにコクピットの中で読書するのは、ここでの数少ない楽しみだったのに。
もしかすると、本当に壊れているのかもしれない。でも、ガラクタはないだろう。
財団で何十年も研究すればきっと動かせる。世界に媛星に匹敵する恩恵を与えるはず。
それにコクピットの中で読書するのは、ここでの数少ない楽しみだったのに。
という出掛かった言葉を押さえ込み、<ヤツ>に目線を向ける。彼は笑っているが、目はそうではない。これ以上、抵抗すれば命取りになる。
<私>は渋々<ヤツ>の命令に従い、神経質なまでに小奇麗な部屋を出た。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
<私>はやや前屈みの姿勢で、物思いにふけりながら通路を進む。
ストレスだ。腹が痛い。さっさと元の世界に宇宙船を持ち帰りたい。そのための方法はこれまでも脳内シミュレートも幾度も行ってきた。
ストレスだ。腹が痛い。さっさと元の世界に宇宙船を持ち帰りたい。そのための方法はこれまでも脳内シミュレートも幾度も行ってきた。
媛星は<私>の世界のもの。地球や月は不明だが神崎のところの可能性が高いか。
そして、ある見慣れぬ天体の数々。どうやら、この地球は未知なる宇宙に掛けられているらしい。
そして、ある見慣れぬ天体の数々。どうやら、この地球は未知なる宇宙に掛けられているらしい。
まず考えることは媛星をこの宇宙に運んだ方法だ。
平行世界は本来、相互に観測不能とされている。つまり、光ですら自分の世界から出ることはできない。
平行世界は本来、相互に観測不能とされている。つまり、光ですら自分の世界から出ることはできない。
だが、もしも異世界同士に重なり合った部分があるならどうだろう。便宜上、これをクロスポイント(交差点)と呼ぶ。
もし、A世界の人間がB世界とのクロスポイントに移動した場合、A世界とB世界に存在するという対立する二重の状態を持つことになる。
そして、その者をB世界にいると『観測』すれば、B世界に移ることが可能だ。
媛星消失の前後に発生した空間の歪みは、クロスポイントを発生させるためのものではないだろうか。
もし、A世界の人間がB世界とのクロスポイントに移動した場合、A世界とB世界に存在するという対立する二重の状態を持つことになる。
そして、その者をB世界にいると『観測』すれば、B世界に移ることが可能だ。
媛星消失の前後に発生した空間の歪みは、クロスポイントを発生させるためのものではないだろうか。
けれども、そんな歪みを人為的に作れる存在ならば、もっと安易な方法で相手を転送できる気もする。
この宇宙の空間や歪みを研究しようにも、『ロケットを安全に飛ばすため』という口実で
手に入れた天体観測データ程度では、大したことは分からない。八方塞だった。
この宇宙の空間や歪みを研究しようにも、『ロケットを安全に飛ばすため』という口実で
手に入れた天体観測データ程度では、大したことは分からない。八方塞だった。
そのとき、後輩君が閉塞状況に道を拓いてくれた。確か、一緒にフィッシュ・アンド・チップスを食べていた時だろうか。
二人で深きものは半漁人なのかザリガニなのかと論争をしたことがあった。
結論は『両方の状態が重なっており、観測によって確定する』というネタで落ち着いた。
つまり、誰かが深きものをザリガニと観測したから、フカヒレはザリガニになったという訳だ。
二人で深きものは半漁人なのかザリガニなのかと論争をしたことがあった。
結論は『両方の状態が重なっており、観測によって確定する』というネタで落ち着いた。
つまり、誰かが深きものをザリガニと観測したから、フカヒレはザリガニになったという訳だ。
私はこれをジョークで終わらせず、大胆な理論展開を行った。
魔法、鬼、霊力、人妖――この島に多様な世界法則が混在する理由……
それは様々な世界の概念が特殊な次元で重なっているからではないか。
もし、空間重複と概念重複のプロセスに流用が効くなら、クロスポイントを作る理由に納得がいく。
もし、概念のクロスポイントを空間のクロスポイントに拡張できるなら、脱出の鍵になるだろう。
魔法、鬼、霊力、人妖――この島に多様な世界法則が混在する理由……
それは様々な世界の概念が特殊な次元で重なっているからではないか。
もし、空間重複と概念重複のプロセスに流用が効くなら、クロスポイントを作る理由に納得がいく。
もし、概念のクロスポイントを空間のクロスポイントに拡張できるなら、脱出の鍵になるだろう。
急ごしらえの仮説だが、異界の資料、『七香のエヴェレット解釈TG版』、『世界は琴に満ちている』、
『キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ』、『Dr.S製作IFルート開放パッチ』を
自分の理解できる範囲で読んだ限り、あながちトンデモでもなさそうだ。
『キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ』、『Dr.S製作IFルート開放パッチ』を
自分の理解できる範囲で読んだ限り、あながちトンデモでもなさそうだ。
じゃあ具体的には、どうやって帰還するのかと問われると、あの問題外の方法くらいしか思いつかない。
要は何も分かっていないのも同じ、まだまだ研究が足りない。
要は何も分かっていないのも同じ、まだまだ研究が足りない。
気分を変えて協力者の選定。後輩君はみんなのマスコットだが本番に弱いので心配だ。
適任者は優秀な頭脳と諜報技術に長けた九条むつみ……いや、それは無理か。
<ヤツ>は彼女と犬猿の仲。うかつに接触すれば、<ヤツ>に粛清されてしまう。
そのせいで他のシアーズ職員も彼女とは必要最小限の事務的な交流しかしていない。
適任者は優秀な頭脳と諜報技術に長けた九条むつみ……いや、それは無理か。
<ヤツ>は彼女と犬猿の仲。うかつに接触すれば、<ヤツ>に粛清されてしまう。
そのせいで他のシアーズ職員も彼女とは必要最小限の事務的な交流しかしていない。
(すべての癌は<ヤツ>だ、<ヤツ>さえいなければ……)
<私>は気分が昂じて、壁に向けて力任せに拳を打ち付けてしまった。腕まで響く痛みが己を現実に引き戻す。
所詮、これは単なる気休め、頭の中だけで実行に移す気は全くない。
万が一、<ヤツ>の目を逃れられたとしても、この会場を作ったどこぞの超自然的存在に逆らえる訳がない。
そもそも研究の続行は困難だ。あの資料は大学図書館に置かれた本であり、
殺しが始まった今は盗み読みも不可能。果ては赤毛のせいで建物ごと吹き飛んでしまった。
本当は『大首領様は見ている』、『某TPのうっかり伝説』、『時を駆けるおbsn』、『それも私だ』も読みたかったのに。
あんな資料を参加者に見せる必要はあるのだろうか。激しく疑問が残る。
万が一、<ヤツ>の目を逃れられたとしても、この会場を作ったどこぞの超自然的存在に逆らえる訳がない。
そもそも研究の続行は困難だ。あの資料は大学図書館に置かれた本であり、
殺しが始まった今は盗み読みも不可能。果ては赤毛のせいで建物ごと吹き飛んでしまった。
本当は『大首領様は見ている』、『某TPのうっかり伝説』、『時を駆けるおbsn』、『それも私だ』も読みたかったのに。
あんな資料を参加者に見せる必要はあるのだろうか。激しく疑問が残る。
先ほどまでの没頭の深さが恥辱となって跳ね返る。おどおどした様子で辺りを伺う。誰も見てないことを確認して胸をなでおろす。
だから<私>はしがない職員なのだと自嘲し、そして心の安寧を得る。
だから<私>はしがない職員なのだと自嘲し、そして心の安寧を得る。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
<私>は先着していた助手に形式的な挨拶をし、メンテナンスルームに入る。この初老の男は一番地の職員だ。
白い壁に据えられたテーブルと幾つもの機器、天井に設置された監視カメラ。
<私>はこれらを冷ややかに眺めた後、中央の作業台に眠るもの――アリッサ・シアーズを一瞥する。
彼女はワルキューレアリッサの遺伝子工学と深優・グリーアのアンドロイド技術をフィードバックして作られたシアーズ新型の戦闘ロボット。
戦闘力と安定性、そして『感情の表現』すら深優たちのシリーズより上位である。
だが、外見はよりにもよって6歳児。せめて、深優の年齢設定じゃ駄目だったのか。ロリコンは絶滅して貰いたい。それにしても、あの口調は誰の趣味なのだろうか。
白い壁に据えられたテーブルと幾つもの機器、天井に設置された監視カメラ。
<私>はこれらを冷ややかに眺めた後、中央の作業台に眠るもの――アリッサ・シアーズを一瞥する。
彼女はワルキューレアリッサの遺伝子工学と深優・グリーアのアンドロイド技術をフィードバックして作られたシアーズ新型の戦闘ロボット。
戦闘力と安定性、そして『感情の表現』すら深優たちのシリーズより上位である。
だが、外見はよりにもよって6歳児。せめて、深優の年齢設定じゃ駄目だったのか。ロリコンは絶滅して貰いたい。それにしても、あの口調は誰の趣味なのだろうか。
いや、今は整備を手際よく終わらせることを考えよう。<私>は軽く深呼吸して、全精神を集中した。
しかし、作業はなかなか進展しない。助手がいちいち出力データを確認するからだ。
この兵器に危険な思考データや武器を仕込んでないかチェックしている訳だ。
この兵器に危険な思考データや武器を仕込んでないかチェックしている訳だ。
言峰の反乱の余波で、シアーズ財団への警戒が厳しくなってきた。
そこで<ヤツ>は「ジョセフ・グリーア」を反逆者にでっち上げて報告、従順な犬を演じてみせた。
この監視もジョセフが反乱プログラムを仕掛けたかもしれないと、自主的に頼み出たもの。
計画遂行の時までは、臆病な羊を演じ続ける必要がある。
そこで<ヤツ>は「ジョセフ・グリーア」を反逆者にでっち上げて報告、従順な犬を演じてみせた。
この監視もジョセフが反乱プログラムを仕掛けたかもしれないと、自主的に頼み出たもの。
計画遂行の時までは、臆病な羊を演じ続ける必要がある。
(そのデータ、全部嘘なんだよ……)
<私>は測定器の操作に没入する禿げ頭に、苛立ちではなく同情を覚えた。
実はこの機械人形にだけ、偽りの出力結果がでるよう擬態プログラムが組み込まれている。
彼女の優先順位はどう設定されようと、神崎ではなくシアーズ財団。カメラの前で神崎のために一芝居打ったのも所詮は演技。
そして、ちいさな彼女の中には、彼らの知らない特殊な擬似エレメントが隠蔽されている。
これが一番地を出し抜くため、3日で仕込んだ手札の一枚。その他にも意外なカードが存在する。
彼女の優先順位はどう設定されようと、神崎ではなくシアーズ財団。カメラの前で神崎のために一芝居打ったのも所詮は演技。
そして、ちいさな彼女の中には、彼らの知らない特殊な擬似エレメントが隠蔽されている。
これが一番地を出し抜くため、3日で仕込んだ手札の一枚。その他にも意外なカードが存在する。
(……で、カードを使って儀式を乗っ取ったり、力吸った剣を奪ったりできるの?
第一、あのキ×ガイ博士に首輪外されたら、元も子もないんだよなあ。
やっぱ、体よくリストラされただけなんじゃないか、自分ら)
第一、あのキ×ガイ博士に首輪外されたら、元も子もないんだよなあ。
やっぱ、体よくリストラされただけなんじゃないか、自分ら)
理論的な成功率はさほど低くないはず。だが、天性の臆病性が先行きをどうも暗く見せてしまう。
あの助手は一番地に守られ、ただ命令通りに作業を続けている。哀れに見えた男が急に輝いて見えた。
あの助手は一番地に守られ、ただ命令通りに作業を続けている。哀れに見えた男が急に輝いて見えた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ところで、このしがない一職員が思いついた問題外の方法とは何なのだろう。
それは膨大な量の高次物質化エネルギーをこの島に注ぎ込むこと。
これにより概念レベルのクロスポイントを空間レベルに拡大する。それを端的に言うとこうなる。
それは膨大な量の高次物質化エネルギーをこの島に注ぎ込むこと。
これにより概念レベルのクロスポイントを空間レベルに拡大する。それを端的に言うとこうなる。
媛星を 大地にぶつけ 門作る
ロケットは一人乗り。ならば、これは星詠の儀の陰に隠れたもうひとつのサバイバルゲーム。
……そしてこの門が、人に扱える代物なのかはまだ分からない。
……そしてこの門が、人に扱える代物なのかはまだ分からない。
【しがない職員の秘密メモ】
- シアーズ財団は神崎とは別の世界からやってきた。総帥は元の世界に待機
- シアーズ財団はアリッサなどを使い、神崎を出し抜くことを狙っている
- 概念の入り混じりは、世界の交差によって齎されており、重複する概念を弱い方向に観測することで制限を実現している
- ジョセフグリーアの死はでっちあげの密告によるもの(彼本人の反逆は関係ない)
- 九条むつみは他の職員と疎遠なため、HiMEの優勝者が黒曜の君に殺害されるのを知らない
- 媛星を地球にぶつけると元の世界に戻るためのゲートが開く?
- 【光速探査宇宙船@ToHeart2】は壊れている?らしく動かない
223:かけがえのない想い……すぐそばに | 投下順 | 225:記憶の海 |
時系列順 |