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断片集 高槻やよい&プッチャン

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断片集 高槻やよい&プッチャン



 筋肉と生徒会長、記憶喪失の少女らを交えた騒がしい邂逅の後、今日が昨日へと変わる間際の頃――。
 使い古しの電池収集と夜食の調達、友達未満の仲間とのコミュニケーションを済ませ、生まれた暇。
 教会裏寄宿舎の食堂で少女は筆記用具を並べ、与えられえた課題に立ち向かおうとしていた。

 現代社会と倫理を専門とする高校教師が、遺産として託したもの。
 将来を憂うという意味での、生き残るという目的を見据えての、財産。
 良き生徒は良き先生に出会い、勉学の勤しむという行動を選択するに至った。

 ――これは、星詠みの儀を少しだけ遡った、物語の断片である。


 ◇ ◇ ◇


「……う~~~~~~む」

 定着していたポジションを右手から左手へと移し、空いたほうの手でせっせと文字を綴る、その悪筆ぶりを眺めやる。
 パペット人形のプッチャンは、漢字の書き取りに励むやよいに助言を呈すでもなく、意味深長に唸った。

「えっ、ひょっとして、どこか間違ってますか!?」
「いや、どこも間違ってはいねーんだけどよ……」

 数時間前まで手製の料理を並べていたテーブルに、今は秘蔵のかんじドリルが広げられている。
 あの懺悔室を潜った先にある古書店――ナイアの書庫から持ち出した、葛木宗一郎チョイスの問題集だった。
 今は亡き勤勉な教師は生徒の悪筆ぶりを嘆き、せめて改善の余地を、とこれを遺したのだが……目指す到着点は未だ遠い。

「もうちっと、綺麗に書こう、って心がけて書いてみな。これじゃ読めたもんじゃないぜ」
「うぅぅ~、でもこれ、ボールペンだから書き直しもできないですしぃー」

 用いている筆記用具は、あらかじめ支給品として配られていた必要最低限のものだけだ。
 シャープペンシル、消しゴム、定規、下敷き、赤ペン、そういった学生の必須アイテムまでは揃っていない。
 一本限りのノック式ボールペンをカチカチと鳴らしながら、やよいはかんじドリル上のやたら大きな文字を睨みつけた。

「漢字は大きく、ひらがなは小さく、画数の多い字はバランスってものを考えてだな……。
 たとえばやよいの名前だと、高槻の『槻』の字が他より大きくなっちまってるだろ?
 これをもうちょっと小さく書くようにして……そうそう。ほら、全体のバランスがよくなった」

 まっさらなメモ帳に、練習として自分の名前を書き綴ってみる。
 いつもはぶっきら棒なプッチャンだったが、このときばかりは兄として、妹の勉強を見るような態度でやよいに接していた。
 元気が取り得のやよいは、何事も大きく、を信条としている。歌い手としての声の大きさはもちろん、字もとびきり大きく書く。
 それは女の子というよりも男の子の字面と取れ、悪筆の直接的な原因とも考えられた。

「かんじドリルの中身は小学生レベルだからさすがに間違えはねーけどよ、字の汚さに関しては練習あるのみだな」
「むぅ~……そういうプッチャンはどうなんですか? ひょっとしたら、私よりもっと酷いんじゃ……」

 悔しそうに訊くやよいの声に、プッチャンが一笑した。鼻はないが、鼻で笑われたような気がした。
 プッチャンはやよいの右手からボールペンを奪い取り、丸っこい両手で握ってメモ帳に向かう。
 さして苦労もしない風に、「それ以上でもそれ以下でもない」と達筆で、やよいに己の腕前を誇示してみせた。

「人形だからってなめてもらっちゃ困るぜ。このプッチャン様に不得手なことなんてないのさ」
「……うっうー」
「今はその悔しさを噛み締めろ、若者よ。人は皆、偉大なる先人を見本とし、切磋琢磨して成長していくもんさ……」

 ぐうの音も出ないやよいにボールペンを返し、プッチャンは再び、監督役へと戻る。
 普段から家事とアイドル活動の板ばさみに合っていたやよいは、学校の勉強が苦手だ。
 苦手ではあるが、嫌いというわけではない。こうやって誰かの教えを請うことは、むしろ嬉しくもある。

「勉強に関しちゃ、りのの奴も大概だったからなぁ。まったく、俺の周りにゃ手のかかる妹分が多いったらありゃしねぇ」
「りのさんって、プッチャンの妹さんなんですよね? 勉強が苦手……う~ん、なんだか仲良くなれるかもー」
「ちんちくりん二人揃ったって、わざわざ面倒見る手間が増えるだけってもんだ。まあ、たしかに気は合うかもな」

 プッチャンという保護者を失った蘭堂りのも、なんだかんだでまだ生きている。
 あのへっぽこが三度の機会を生き延びたのだ、その幸運はちょっとやそっとじゃ崩れないだろう。
 プッチャンは自信たっぷりに、しかし目線はどこか伏せっていて、やよいはそこが気になった。

「……プッチャン、ひょっとして寂しいんじゃないですか?」
「へ、誰にものを言ってんだよ。むしろ寂しいのはやよいなんじゃないか?」
「私は……一人だったら寂しいかもだけど、プッチャンがいるから、平気ですっ」
「言うねぇ……なんだったら、俺のことを『お兄ちゃん』って呼んでもいいんだぜ?」

 プッチャンの冗談めいた言動に、やよいが閉口した。
 一秒、二秒と沈黙が訪れ、しばらくしてプッチャンが訝しむ。
 やよいはプッチャンから視線を逸らし、左手に手をかけた。

「?」

 なんの抵抗もなしに、プッチャンが外される。
 宿主を失ったプッチャンは、この瞬間だけはただの人形として黙す。
 その、プッチャンに意識がない時間を意図的に作り出したやよいは、

「……お、おにいちゃん……」

 らしくない、か細い声を手元の人形へと放る。
 聞こえてはいない、聞かれるといろいろ困った、ただ言ってみたかっただけ。
 たくさんの妹と弟の面倒を見てきたから、お兄さんやお姉さんのような甘えたい人が欲しかった。

 ――おしゃべりで、おもしろくて、たまに格好いいことを言う人形が、やよいの中のお兄ちゃん象と重なった。

 プロデューサーともお父さんとも違う、兄がいたらこんな感じだったんだろうなぁ、と声なくして胸に抱く。
 やよいは知らぬ間に染まっていた頬の色が薄まるのを十分に待ってから、右手にプッチャンを嵌めなおした。
 覚醒してすぐ、プッチャンがやよいに文句を言ってくる。

「やよいよぉ、外すんならせめて外すって言えよな。いきなりでびっくりしちまったじゃねぇか」
「うっうー、ごめんなさーい」
「いいや、そのうっうーは反省してるときのうっうーじゃねぇな」
「ふぇ!? わ、わかるんですか!」
「ばーか、カマかけてみただけさ」
「うう~、やっぱりプッチャンいじわるです~っ」

 勉強は一時中断され、食堂は一人にして二人の声がいっぱいに広がった。
 更けていく夜に、変わらぬ賑わいが齎される。
 やよいとプッチャンが運ぶ、元気の印。
 それはきっと、奏が思いつめ、真人が扉を潜り、ファルが記憶を取り戻した、その後も。
 永遠の活動力として皆に無償で振り撒き、かんじドリルの成果が活かせる舞台に舞い戻るその日まで――二人の元気は続くのだろう。

(……ちなみに、誰かの手に嵌ってなくても声くらいは聞こえてるんだけどな)

 想いの端で、プッチャンは決して表には出せない気恥ずかしさを味わっていた。



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