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断片集 大十字九郎

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断片集 大十字九郎



「ええい、手順は初めて契約したときと同様だ! ほれ、もう少し寄れ近う寄れ!」

 そう叫ぶアル・アジフの表情はわずかに赤面していた。恥ずかしいのはわかるが、それは俺も同じだ。
 なんせ、隣には羽藤桂もいたんだからな。あの子もあの子でえらい顔を真っ赤にして……そりゃ年頃の娘さんだしなぁ。

 ああ――ほんと――いや――でも、だな。
 正直に話すと、あのときの俺は安心していたのだ。
 おっちゃんや理樹や静留さん、そしてユメイさんときたところで、ようやくアルと再会できた。
 単なる独白だからな。恥じも恐れず言い切ってやらぁ。俺は、アルとの再会を、そしてのあの瞬間を、待ち望んでいたんだ!


 ・◆・◆・◆・


 俺の名前は大十字九郎
 アーカムシティってところで、小さな探偵事務所を開いている。
 その傍ら、悪の秘密結社から街を守るヒーローみたいな副業も……売り上げは赤字だけどな。
 三流探偵兼雇われヒーローの俺が、この島でも皆の救世主になれたかといえば、そんなことはない。

「お、おい。待て、早まるな。おまえがなにをしようとしているのかはわかる。けど、人様の目ってもんが――」

 これだ。これがなかったからだ。
 この島に拉致されてからの俺は、ヒーローとしての資格を失った。
 魔導書アル・アジフと交わした契約を無理やり解消させられ、負けん気だけが取り得のへっぽこ探偵に逆戻り。
 マギウス・スタイルになれなきゃ空も飛べない。デモンベインも呼べない。誰かを守ることだって、難しかった。

 それでも俺は、誰かを生かし、また誰かに生かされながら、ここまで到達して――そして、ようやくのチャンスを得た。
 ヒーローの資格を取り戻す機会。つまり、離れ離れになっていた相棒を見つけたのさ。

「…………ん」

 見詰め合う目と目――恥ずかしさのせいか、女の瞼が自然と閉ざされる。
 触れ合う唇と唇――こちらは強固に、絶対に離さないという念が吐息に込められる。

 接吻。キッス。ちゅー。

 俺、大十字九郎と。
 こいつ、アル・アジフが。
 横で、羽藤桂が見ているにも関わらず。
 解除されていた契約を再びのものとするために、熱い口付けを交わしていた。

 ――ああ、そういや、一度目のときもこんなだったっけか。
 ブラックロッジの奴らに追い回され、退路をなくした俺は、アルに誘われるがままにこうやって、口付けをした。
 魔術は少し齧った程度の俺と、世界最強の魔導書の化身たるアルが契約するには、それが唯一の方法……だったんだろう。
 ひょっとしたら、他にも契約の方法はあったのかもしれないし、俺にも選択権が与えられるべきだったのかもしれない。
 そこは緊急ゆえ仕方なく、ってやつだ。今もそうだ。きっとそうだ。そう思うことにする。
 なんせさっさと済ませて、ユメイさんに対処しなくちゃならねぇからな。

 ……しなくちゃならないはず、なんだけどな。
 ……心なしか、随分と口付けの時間が長いような。
 ……い、一度目のときも、こんなもんだったっか?
 ……初契約と再契約の違いなんだろうか、わからん。
 ……あ、あの、そこんとこどうなんですか、アルさん?

 聞こえてねぇ。俺の眼前で瞼を閉じてそのまんま、もう一分近く停止している。
 横の桂がどんな表情でこちらを見ているのかは、あいにく顔の角度の都合で窺えない。

 ……すまん、正直に言う。恥ずかしい。

「……っ」
「……ぁ」

 契約完了を示す発光はとっくに納まっていて、俺とアルはほどなくして唇を離した。
 至近距離から見詰め合う。やっぱ恥ずかしい。が、俺はすぐに目を逸らすことができなかった。

「……再契約完了だ。と同時に、桂。汝と結んでいた仮契約も解除された」
「え、あ、うん」

 アルは至って平然と……いや、頑張って装ってんだろうな。なんだかんだで長い付き合いだからわかる。
 桂も反応は至って普通……なわきゃない。呆然としている、ってのが正解なんだろうなぁ。ああ。
 ちくしょう、これからユメイさんの目を覚ませるってときに……俺はなに恋する乙女ばりに赤面してんだ?
 これはきっとあれだ、クリスとなつきのせいだ。あの二人に感化されたに違いない。ああそうですとも。そういうことにして。

「『書』は魔術師一人に対して一冊が原則。多重契約は許されぬ。とはいえ、仮契約を結んだ際の約束を忘れておらぬぞ。
 本来のマスターである九郎と再会しても、汝を見捨てはせぬ。汝は既に、妾を必要としないほどに力を得てもいるしな。
 なにより、これから当たるのは汝にとって最も縁の深い者……ユメイだ。今後ともに、我らと一層の尽力を――おい、桂!」

 ぺらぺらと捲くし立てるアルの様子が、照れ隠しに必死になっているようにしか見えない。
 本当に、なんだってこんな空気になってんだよ。ああ、ユメイさん……早く来てく……、

「これ九郎、いつまで呆けているつもりだ。桂、汝も気を引き締めよ。微力ながら、魔力の気配が近づいているのを感じる。
 おそらくはユメイが身につけていた魔術礼装によるものだろう……それとは別に、懐かしい空気を感じてもいるがな」

 ハッ、とする。
 アルの表情が、途端に凛々しく変貌していた。
 迫る気配で自然とそうなったのか、いや、瞬時にこういう顔ができるヤツだからこそ、俺はマスターなんてやってんだ。

 ああ、そうだった。

 先に行かせたクリスとなつきの手前、俺がここでへこたれるってわけにもいかねぇよな。
 ごたごたはさっさと終わらせて、教会に行く。
 そんときゃもちろん、アルや桂、ユメイさんも一緒だ。

「……アルちゃん。九郎さん。わたしに力を貸して。ユメイさんと、もう一度話し合うために」

 桂の要求に対し、俺とアルは黙って頷いた。
 ――さあ、こっからが正念場。
 愛と勇気の魔法探偵、大十字九郎様の復活劇の始まりだ。


 ・◆・◆・◆・


 連れ添う相方がいる、ってのはやっぱり幸せなことだと俺は思う。
 クリスの隣になつきがいるように、柚明さんの隣に桂がいるように。
 俺の隣には、アルが立ってるのが一番しっくり来る。

 それは、ここに集まった奴ら全員に言えたことなんだろう。
 誰かしらと隣り合って生きてきた。
 並び立つ者を横に据えて、常に歩幅を合わせながら。
 俺たち十七人はみんな、そんな風に今を並び合って生きている。

 サクヤさん。奏さん。りの。理樹。おっちゃん。静留さん。千華留。
 いろんな人たちからいろんなもん受け継いで、俺たちは今を生きてんだな。
 死んでいったみんなの想い、無駄にはしねぇ。ああ、無駄になんてしてたまるか。

「昼に風呂なんざ、贅沢の極みだよなぁ。数週間分の垢落として、大十字九郎心機一転……ってね」

 教会裏に建っていた寄宿舎、そこにある集団浴場の世話になった俺は、一人外へと出ていた。
 気温は暑いくらいで、風は心地よく、心も晴れ模様。
 礼拝堂でいろいろ話し合ったときは、俺もダウナーな感じになっちまったからな。
 これを機に気持ちの入れ替えを図らねぇと……てなところで。

「アル……は、まだ風呂か? たしか女湯もあったよな」

 再会してすぐに柚明さんの騒動、それから碧のチャイルドに運ばれ、あっという間に教会だ。
 二人でろくに話す時間もなかった。せっかく巡り会えた相棒だってのに、このままは素っ気ない。
 気持ちが高揚している内にあれこれ言い合いたいこともあるんだが……あ。

「屋根の上で見張り番……クリスたちも一緒にねぇ。さすがに人数が多い、か」

 再契約を果たした俺は、今やアル・アジフのオーナーと呼べる人間になったのだ。
 その存在の居所は探すまでもなく、直感的なもので察知することができた。
 不思議といえば不思議、あたりまえといえばあたりまえ、その程度の感覚である。

「……ま、これから先もまだ長いっぽいしな」

 俺は濡れた髪の毛を掻き毟り、足を寄宿舎の屋根ではなく、中へと向けた。
 語らいの時間はまた巡ってくるさ。あいつもいろいろ、考え事をしなけりゃならない身分だろうしな。
 もしあいつが延々悩んでいるようだったら、俺が隣に立ってやりゃそれでいい。
 大十字九郎とアル・アジフの距離は、いまんとこそんなもんでいいはずだ。


「今後もよろしく頼むぜ、アル」



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