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Happy-go-lucky (幸運) 1

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Happy-go-lucky (幸運) 1 ◆Live4Uyua6



紅蒼黒白。時刻に合わせ、色変え揺蕩う水面に一つの遊戯盤。その上に立つ金の楼閣にて、金糸雀は今日の物語を歌い上げる。

黄金を台に滑らせ車輪を回す運試し。銀玉に穴を潜らせ数字を数える力試し。鬼札を暗に伏せ剣札を切る度胸試し。
目まぐるしく入れ替わる赤と黒。金銀砂子を塗した匣の中で、彼と彼女らは右手に剣、左手に貨幣を持ち熱狂の時間を進める。
超越を経て演目も半ば。次なるを突破するに必要とするは大きな幸運。これを掴めと、コロコロと、今はただ番を回す。

しかし、強い光が濃い闇を作るように、幸運は不運を浮き彫りにし、走る者の後には遅れる者がポツンと取り残される。
今目の前にあるものは確かであるからこそ失われる不安を生み出し、進んでいるからこそその足は未来に怯え竦みあがる。
後後を想い次に考えるはその先、未来の舞台。求めるは真実の幸福。それに辿りつけと、願い、今はただ番を回す。

進む。進める。進められる。幸運を手にして彼らは往き、幸福を夢見て彼女らは往く。ゆきゆきて――さてどこに着くのだろうか。




     - ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第四番 「happy-go-lucky (幸運)」 -




四つ目の場面は、四度陽が登るその日に演じられる。
陽が登ってよりその陽が落ちるまで。なので、まずはその陽が登ったその時より、この場面はゆるやかに始まる――……



 ・◆・◆・◆・


新生された星詠みの舞の開始より四日目。
演目が第二の幕へと以降してよりかは一日と半分ほど。時計の針が丁度零を指して日を跨ぎ、それから更に四半日。
先の意味ありげな放送よりの6時間。それを休息に使った者。そうしなかった者。または必要としなかった者。
九条、アル、トーニャ、玲二、深優、那岐。
それぞれに分野別の知者である六人が作戦室の中へと集まり、第四日目明朝6時の放送を前にそれを今かと待ち構えていた。


『――これより、十三回目となる放送を行う。
 新しい禁止エリアは、8時より”E-4”。10時より”A-5”となる。以上だ――……』


そして神崎黎人の声が島内の至る場所へと広がってゆく。だが、今回の内容は前回と違いまた事務的で簡素なものへと戻っていた。



「ふむ。どうやらあちら側はもう妾達に対して言いたいことはなくなったと見える」
「元ご主人様の方は僕達を迎え撃つ段取りが一足先に完成したっていうわけかな?」
「一番地とシアーズ財団の間でどのような取り決めがあったのか……、わからないけど時間稼ぎもそろそろといったところかしら」

アル、那岐、そして九条と言葉を続ける。
主催側より離反する際、神崎を暗殺し儀式を乗っ取ろうと画策していたシアーズ財団の目論見を、九条は一番地へとリークした。
どうやらそれは計算した通りに組織間の対立を煽ることとなったようで、第2のゲーム開始以降、主催側からこちらへの接触は未だにない。
そして、四日目のはじまり。先の十二回目の放送まで来て遂に主催側からこちらへのアプローチがあった。

「”言霊”と言っていたな」
「主催側に与するすずという少女の持つ能力ですね。詳細な説明を要請してもよいでしょうか、トーニャ?」
「詳細というよりも一言で言った方が早いでしょう。あれは暗示。平たく言えば洗脳なのですが、さてやっかいなことに解けません」

続けて、玲二と深優が発言し、トーニャが言霊に関して知っていることを全員に話した。
言霊とは強力な暗示を与える能力。それはかけることは容易く、しかし解除することはひどく困難な至極厄介な代物だと。
すでに一度言霊使いであるすずと出合ったやよい、ファル、プッチャンの3人も言霊を受けており、それは今もなお解けてはいない。

「一度、妾が取り込めばその言霊を構成する因子を解析し解呪する方法も見つかるやもしれんが……」
「やめておいたほうがいいだろうね。ああいうものは僕やアルちゃんみたいな理だけの存在にとっては致命傷になりかねない」
「もしアルさんが主の権限を書き換えられたり、那岐くんに再び焔の枷が……なんて考えたくもないわね」

編纂された魔導書や那岐の様な式などは理――つまりは抱える情報と計算式こそがその本質でありまたそれ以外を持たない。
故に”書き換え”を行う言霊という能力はまさに天敵であると言えた。
あえて取り込むことで自身の術理の中でコンパイルしそこに解呪の方法を見出すこともできないではないが、それはあまりに危険だ。

「殺せば解けるというのなら、その言霊とやらを使う狐を狩ればいい」
「しかしキーマンとなる人物を前線に出してくるとは考えられません。おそらくは術を破られないよう保護されるているはず」
「なぁに、それならば事が終わってからゆっくりフォックスハントと洒落込もうじゃありませんか。ふふふ……今から楽しみですねぇ」

トーニャの発言はともかくとして、
主催側がこのような手を打ってきた以上、すずは厳重に守られているか僻地に隠れているだろうと想像できた。
こちら側と直接的な接触がないと予想されるのはありがたいが、しかし結局はその洗脳を解く手段はないに等しいということにもなる。
そして神崎黎人は己の部下に対しその言霊による洗脳を仕掛け、忠実な僕としたと言う。

「交渉や懐柔の類は無意味であると言っておったのう」
「まぁ、考えてなかったわけじゃないんだけど……少なくとも僕が力を取り戻せば一番地を離れる人間もいないではなかったろうし」
「シアーズの研究者にしても命を賭けるほど義理立てしている者は限られていた……のだけど」

神崎の言を信じるならば、そういった者達に対し投降や協力を求めることは最早不可能であろう。
言霊による命令がいかなものなのかは推測しようがないが、本来は非戦闘員である者も人の壁として戦線に出てくることもありえる。
最悪の場合、命を捨てた特攻などを命じることもあるかもしれない。考えたくはないが、ないとも言えないのが現実だ。

「考えようによっては足手まといや裏切り者を囲う必要がなくなったとも言える。事態はシンプルな方がことを進めやすい」
「確かに、主催側としては我々に投降者として足手まといになるような人員を押し付けるという案もありえたでしょう」
「加えてそこに裏切り者がいるかもしれないなどと吹聴されては、今頃こちらがてんやわんやしてということもあったかもしれませんねぇ」

しかしそういう手段を神崎黎人は選ばなかった。言霊を使用したことに関しても別に伏せておいてもよかったはず。
なのにそれを知らせたということは、つまり単純な戦力による勝負で勝てると確信しており、あれは宣戦布告と挑発を兼ねたものだったのだろう。

「罪のあるなしなど量りようもないが、無辜な者共も十把一からげに蹴散らすのは気が滅入るのう」
「勿論。そういう心理効果を狙っての宣言だと思うよ。もっとも、あそこに善良な人間がいたかどうかはちょっとあれだけどね」
「私も含め、シアーズの研究員も皆、非合法かつ非人道的な行為に手を出している。これも業だと割り切るしかないかもしれないわ」

もとよりここに集まった者の大半がそうであったが、更に主催側に従事する人間と言えば縁もゆかりもない者ばかり。
それを打ち倒し、場合によっては死に至らしめるとなると気が滅入る話ではあった。
自らの未来と勝利を掴むために必要なことで、同時に向こう側もそうであると理解していてもなお、そう思わざるをえない。



「どちらにしろ、事が始まればそんな奇麗事を考える余裕はなくなる。それよりもだ――」

そのような感傷とは無縁の亡霊が話題を現実的なものへとシフトする。
元々対決することは決まっていたのだから、今更そこに戸惑いを持っても仕方ない。それはここにいる六人であれば割り切れているであろう。
問題となるのはそうではない。またはそうでないだろうと思われる人物達。そして、それ以前に振るう力を持たぬ者達。

高槻やよい。山辺美希。ファルシータ・フォーセット。問題となるのはこのあたりの人物でしょうか」
「やよいさんはプッチャンがいればとも言えますが……。まぁ、戦力として数えられないというのは正確ですねぇ」

彼女達に加えて、戦うこと――正確には人を殺すことに抵抗がある者もいるなら戦線から外すことを検討しなければならないと玲二は言う。
玲二は殺し屋であり徹底したリアリストでもある。その彼の目的は神崎の殺害と自身の生存。そしてあるかもしれないある可能性の追求のみだ。
ならば戦力として頼りない、それよりも足手まといになる、そんな人間は作戦に加えないでおきたいというのが本音である。

「もっともであるが、その様な夢見の悪いことは妾は嫌であるし他のほとんどもそう言うのではないか?」
「玲二くん向けの言葉を使うならチーム全体のモチベーションに関わることだ。多少のデメリットは受け止めるべきだと僕は思うよ」
「私も昨日の晩に高槻さんとみんな”いっしょ”だと約束しちゃったのよ。まぁ、それだけではないけど彼女達を置いてゆくつもりはないわ」

玲二の提起した問題に対し、三人は全員参加――つまりは”いっしょ”を遵守すると答える。
今現在ここに集まった人間達の団結力は日に日に高まってきている。となれば、それをあえて殺ぐという方はないという考えだ。
不参加者が出れば当人だけでなく、モチベーションの低下は全体へと波及するだろう。ここにいるのは玲二の様なプロばかりではない。

「それでいいと言うのなら俺からは異論はない」
「不参加者を別行動とすると彼らの生命を保証する為に戦力が分散してしまいます。切り捨てるのでなければ同行させるべきでしょう」
「私も子供のお守りをしながらお留守番だなんてまさかでも御免ですからね。ここは”いっしょ”であるべきでしょうとも」

そして玲二を含む対する三人もこれを是とした。
仮に戦力として頼りない者を残してゆくとして、儀式の完遂に必要な生贄である以上それを主催側が見逃すわけはない。
人質として使われることなども考えれば護衛も必要で、となるとただでさえ数に不安のある戦力を分散させることとなってしまう。
そういった大きなデメリットがあることから判断すれば合理の面から見ても全員が同行しているほうが望ましいのは明らかなことだった。

とはいえ、それで戦力足り得ない者を同行させることに対する不安がなくなるわけでもない。
ならばどう対処するのか? 玲二の発した次の言葉に全員がそんなことがあるのかと目を丸くすることになる。

「俺が教官を務めよう。時間はないが少なくともまともに銃を扱えるようには――……なんだ。不服か?」

いえいえとんでもないと全員が首を振る。彼のファントムとしての実力と経歴を知っていればこれほど頼もしい教官はいないだろう。

「俺は自身の目的を達する為に必要なことをしようとしているだけだ。
 任務の前に武器を調達しそれを整備するように、それが俺の――……まぁいい。俺は、地下駐車場にいる」

口ごもり、居場所だけを伝えると玲二は踵を返し足早に部屋を後にした。
那岐のにやけ面に腹が立ったからなのか、それとも準備に時間をかけたいのかその理由は全くもって定かではなかったが。



「じゃあ、私と深優さんは厨房を任せている羽藤さん達の様子を見てくるわ。
 アルさんとトーニャさんは例の件の準備を、那岐くんはまだ起きてない人を起こしてきてちょうだい」

言いながら九条も深優を連れ立って部屋の外へと向かう。
アルとトーニャも椅子から腰を上げ、那岐はもたれていた壁から背中を離すと彼女らに倣い部屋の外へと歩き出した。

「承知した」
「了解です」
「あいあいまん」

こうして早朝のミーティングは終了し、集まっていた六人はまたそれぞれに次の仕事へと部屋を離れ、そこには静寂だけが残った。


 ・◆・◆・◆・


トン、トン、トンと包丁がリズミカルにまな板を叩く音。
青々とした葱が香りよく刻まれている。
どこか広い厨房に似つかわしくない、どこにでもある朝食の調理風景。
そこで三人の少女達が18人分の朝食の準備に取り掛かっていた。

ホテルに拠点を移し、最初の朝。
殺し合いが行われて四日目の朝。
ようやく訪れた仮初の平和を噛み締めて。

「とりあえず葱を切るのはこれでよし……柚明お姉ちゃん、鍋の出汁はもう取れてる?」
「うん、煮干と鰹節はもう引き上げてお味噌を入れておいたわ。あとはお豆腐を入れるだけね」
「後は玉子焼きと……碧ちゃーん、魚はもう焼けて―――」

と、桂は厨房に漂う異臭に気づく。
焦げた魚の匂いとかすかに白く霞む視界。
ガスコンロで焼けばそんな臭いはしないはずなのにと、辺りを見回す桂は言葉を失った。

確かに碧は朝食の鮭の切り身を焼いていた。
じゅうじゅうと油が焼ける香ばしい匂い。
油が燃え立ち上る白い煙。

碧はガスコンロではなく、なんと七輪で鮭を焼いていた。

「碧ちゃん……何してるの……」
「にゃははっ、さっき七輪と炭を見つけたんでつい……」

呆れる桂と全く悪びれることなく笑う碧。

「だってさ~、ガスコンロで焼くよりこっちのほうが絶対おいしいじゃん? 炭火焼きだぜ炭火焼きぃ~」
「そうだけど……こんなところで焼いたらだめだよ……」
「いや~最初は秋刀魚を焼くつもりだったけど、さすがに煙がヤバそうだったんで自重したぜい!」
「いや、それ絶対火災報知器にひっかかるよ……ちゃんと換気しないと臭いが染みついちゃうよ……」

秋刀魚を焼いていたらどうなっていたことやらと身震いする桂。
ホテル全体に立ち込める煙でみんながパニックになったらどうしようかとあらぬ心配をする。
そんな桂の心配をよそに碧は次の切り身を七輪に乗せた。

「碧ちゃん」
「にゃにー?」
「七輪は没収! 残りはガスコンロで焼いて!」
「へいへい……」

渋々とした顔で碧は七輪を片付けに厨房を後にする。
桂ははぁっとため息をついて碧の背中を見送っていた。

「もうっ……碧ちゃんたらあんなものどこから持ってきたんだろう……」

碧の破天荒な性格は承知はしていたが、まさか室内で七輪を焚くなんて……
と肩を落とす桂だった。

「変な所で子どもっぽいんだから……ねぇ? 柚明お姉ちゃん」
「あっ……う、うん、そうね」

突然話を振られて戸惑う柚明。

「あれで20歳超えた大人ってちょっと信じられないよ……性格もそうだけど見た目も」
「あはは……まあ確かに見た目は十分高校生で通用するわね……(というかわたしより若く見えるなんて……)」

桂に気取られないよう肩を落とす柚明。
戸籍上は26歳である柚明だが、オハシラサマとして生きてきたこの10年間、成長は止まったままである。
ゆえに実質的には16歳と、現役高校生そのものなのであるが……
元々落ち着いた物腰、鴉の濡れ羽色な艶やかな黒髪、身に纏っていた和服が相まって、
だれも本当は16歳だなんて思ってくれていなかったりするのだった。

「そういえば柚明お姉ちゃんって本当はわたしと同じ16歳なんだよね……碧ちゃんとは大違いだよ」
「え……?」
「ほら……こう落ち着いた……わたしや碧ちゃんじゃあ出せない『大人』の雰囲気だもん。ちょっと憧れるな~」
「そ、それは……(ううっ、それ気にしてるのに……)」

桂にとっては悪意もなく純粋な褒め言葉のつもりなのだろうが、
実年齢以上に老けて見られていると内心ショックな柚明だった。

(…………)

微笑む桂の天真爛漫な姿。
こうして楽しく朝食を準備する光景。
どれも二日前まで考えられなかった平和な時間が流れている。
とても血みどろの殺し合いを行っていたとは思えない和気藹々とした雰囲気。
だからこそ、漠然とした未来への不安が柚明の胸の内に影を落としていた。
今の束の間の平穏もいずれ終わる時が来る。
あと数日の内に決戦の時が訪れる。
果たして何人が生きて生還できるか、自分と桂は生きて帰ることができるのだろうか?

そして、その先に訪れる未来は―――
以前から薄々気になっていた不安が現実味を帯びてくる。

『槐の木も無しにどうして自分は存在しえるのか?』

槐を依代として存在するオハシラサマの身体。
元来は実体を持たない霊体であるはずなのに、こうして受肉して存在する自分。
太陽の光の下で実体化するためには膨大な霊力を必要とする。
あの時は桂の血を大量に摂取したため日の光の下でも己の姿を維持し続けていられた。

もし、今の自分がナイアの手によって存在させられていたとしたら。
この島から脱出し、ナイアの手が及ばぬ範囲に行った時、自らの存在が消えてしまうのではないか―――?
ぞっとするものが背中を伝う。

柚明はふらりと眩暈を覚え調理台に手を付いた。

「大丈夫!?」
「ごめんちょっと立ちくらみしただけだから……気にしないで」
「でも……」

柚明の肩が小刻みに震えている。
その背中はひどく小さくて触れれば壊れてしまいそうなほど儚げだった。

「桂、ちゃん……?」

ふわりと柚明の背中に感じる温もり。
桂は柚明の背中に身体をあて優しく抱きとめていた。
桂の鼓動と小さな身体の感触が背中越しに伝わる。

「わたしはここにいるよ。柚明さんもここにいる」

心の内を見透かされたような桂の言葉だった。




「ごめん……柚明お姉ちゃんがすごく辛そうだったからつい……」
「いいの、気にしないで……ありがとう桂ちゃん」

向き合う二人、お互い少し気恥ずかしくて言葉に詰まる。
先に言葉を発したのは桂だった。

「あっそだ、わたしの血……飲む? ほら、昨日は飲めなかったし……」
「えっ……でも」
「大丈夫大丈夫、ちょっとやそっと飲んで貰っても全然平気なんだから、ね?」
「うん……」

そう言って桂は包丁を手に持ち自らの手首にあてがった。
その行動にさすがの柚明も目を丸くする。

「ちょっと桂ちゃん!? そんなことしたら……!」
「平気だよこれくらい、すぐ傷も塞がるし。ちょっと柚明お姉ちゃん調子悪そうだから、たっぷりとね?」
「桂ちゃん……」
「じゃあいくね……つっ!」

刃を手首にあて一気に引く。
赤い筋が真一文字に引かれた刹那、赤い鮮血が溢れ出し床を赤く染める
柚明は一滴もこぼさない様に桂の手首にむしゃぶりついた。

「ぁ……ぅんっ……桂ちゃん……っ」
「んっ……柚明お姉ちゃん……」

傷口を伝う舌と唇の感触にぴくりと身体を震わす桂。
柚明はそんな桂の仕草も気に留めず舌を這わせ赤く熱い粘液を貪る。
口元を真っ赤に汚してただひたすら血を飲み干した。

今ここにある不安を忘れるために。
今だけは何もかも忘れ贄の血のもたらす快楽に身を委ねよう。

どくどくと溢れ出す桂の赤い血。
以前と比べ少し味の変わった贄の血。。
彼女の血肉に宿るサクヤを感じながら柚明はただ一心不乱に桂の血を啜っていた。


 ・◆・◆・◆・


いただきますとごちそうさま。
声を揃えて食事を始め、そしてまた声を揃えて朝食を終えた何人とは数えづらい16の者達は今は別の大部屋に揃っていた。

この場にいないのは一足先に地下駐車場へと向かった吾妻玲二と、何故か起きてこなかったドクター・ウェスト
どちらともに人当たりはよいとは言えず、玲二の不在にクリスや桂は少しほっとしたようなそれでも寂しげな表情を浮かべ、
ドクター・ウェストの不在にはトーニャや九郎があからさまな喜びの表情をその顔に浮かべていた。

そんなことはともかくとして、彼らが集まったその大部屋。その目の前には大きなテーブルの上に積み上げられた一つの山があった。

「うっうー! すっごいです。まるでお店が開けちゃいそうですよ」
「まぁ、金に換えるって意味じゃあそれはあながち間違ってない比喩かも知れねぇなぁ」

それは、各自が持ち寄った所謂支給品の数々であった。
刀や拳銃があれば、魔導書や魔装具の類やら、用途のよく解らぬ不可思議なものに、衣装やら食料やら日用品やらやら。
持ち続けていた物。託された物。遺された物。回りまわってきた物。わざわざ拾い集めたもの。数えれば300を下らぬ物品がそこに並んでいた。



「ではこれより支給品の整理にあたり、その意図と目的を説明させてもらいます」

パンと手を鳴らし、九条がざわめく皆の注目を集め、今回の”大支給品整理大会”における意図と目的の説明を開始した。

まず一つに、有用かつ必要な物品ともう使うことのない不必要な物品とを選り分けることがある。
こんなにもの数があれば、さすがに一人で端から端まで目を行き届かせるなどということは不可能に近い。
その為にうっかりと見落とし、必要な物がそれを必要とする人物の手に届かないなどという事態も十分に起こりえるだろう。
故に、そうならないようまずは不必要な物を排除して必要な物を抜き出し、改めてそれを必要とする人に配分する――という意図である。

そしてもう一つは、そこで出た不用品をこのホテルの階下にあるカジノでメダルと交換し、それで新しい物品を購入しようということ。
立地や宿泊施設としての機能もあるが、元々これを行うのを目的としてこのカジノホテルは新しい拠点と定められていたのだ。
勿論。カジノである以上、かつて棗恭介がそうしたようにギャンブルによってメダルを増やすことが可能であり、今回もそれを狙っている。
つまり、不要な支給品を元手に一攫千金を狙い、カジノの景品でこちら側の装備を大増強する――というのが最終的な目的であった。

かくして大支給品整理大会は幕を開ける。
ギャンブルの元手とするならばできるだけ多くの物をメダルに換えたいが、必要な物まで手放さないよう注意しなくてはならない。
逆に必要だと残していたが結局は使わなかったという場合も考えられるだろう。そこらへんの見極めが今回の要だ。

さて、説明を受け各自が積み上げられた支給品の山へと向き直り――それはゆっくりと穏やかに始められた。



「一身であったものの一度は別れ、それが巡り廻ってまた再会を果たす――と言うと少しはロマンティックかも知れませんが」

これにそんな風情はないですねと、トーニャはテーブルの上から一つの短い柄と、一枚の薄い刃を摘み上げた。
その刃に微かに残っている赤色はグッピーこと井ノ原真人の血で、その時一応と彼女が回収したこれはスペツナズナイフの刃である。
柄の方は彼を刺した下手人が持っていたもので、経緯は把握していないが、これは何故かあの西園寺世界の死体の傍にあった。

「そういえばあの頃でしたかねぇ、あなたと出合ったのも。今は慣れましたが最初は随分と驚いたものです」
「てけり・り」

もう使い物にはならないスペツナズナイフを不用品入れの袋に放り込み、トーニャは足元のダンセイニを見る。
この不可解な粘着軟体生物と、あの大馬鹿極まりない筋肉男。思い返せば最初はこの3人(?)で、今はそれが随分と懐かしく感じる。

「……本当に……長い付き合いになっていますね。これからもよろしくお願いしますよ。ダンセイニ」
「てけり・り♪」

少しだけ遠い目をして、そして小さく鼻を鳴らすと、照れ隠しにかトーニャは適当に選り分けた不用品を乱暴に袋へと詰め込んだ。



「あ、あぁ……」

目の前でどさどさと袋に放り込まれる野球道具一式に、碧は彼女らしくない悲しい表情を浮かべ小さな悲鳴を漏らした。
勿体無いと思う。けど、これは必要なんですとはさすがに大きな胸を張って言えたものではなく、ただ無念と涙を呑むしかないのだ。

「碧ちゃん、何落ち込んでるだ?」
「え、……ううん。心の清い乙女にはね、時にセンチメンタルになる時があるのよ――って、九郎くん、それ!?」

九郎の声に振り向いた碧は、彼が両手いっぱいに抱える物を見て驚きの声を発した。
彼が抱えていたのは希望の星であり、状況の打破を目指すリトルバスターズの一員であることの証――木彫りのヒトデであったからだ。
拡散し、人の手を渡り歩き広まったこれもいつしか転じ、生き残った者により集められ元々の半分ほどがここに戻ってきている。

「確かにもう使い道はねぇかもしれないけど……これだけは、どうしてもってな」
「うんそうだよ。これはなくしちゃいけない。これは――――その、これ、私に預からせてもらってもいいかな? 九郎くんっ!」
「あ、まぁ……いいけど。でもどうして急に?」
「それは、その、えっとまだ秘密♪ でも悪いようにはしなからさ、お姉さんに預けときなさいってば」

ヒトデを受け取り、いぶかしむ九郎の視線も気にせず、碧は先ほどは逆に上機嫌でそれを自身の鞄の中へと大事そうにしまった。



一言に刀や剣と言っても様々なものがある。
そこいらの家庭で見つけられそうな出刃包丁から、伝説として語り継がれる聖剣まで、種類も、用途も、強さも、価値も、千差万別。
またそれは使い手の方にも同じことが言える。そして、武器はそれそのものと使い手の技量とが一致して初めて真の価値を生み出す。
例えば高槻やよいにハルバードを持たせても使いこなせはしないだろう。逆に羽藤桂に包丁を渡しても包丁の方がその膂力に耐えられない。

「刃物に関してはその使い手、また戦場における用途も限られます。必要とする者の数だけ残して他はメダルに交換してもいいでしょう」
「そうだねぇ。刀を使うとなると……力持ちの君と後は桂ちゃんぐらいかな?」

短刀の類は玲二にと別にし、深優は今虎徹と小鳥丸の2本を残してその他の名刀、業物を何の感慨もない風に袋へと詰めてゆく。
対する那岐はそれを見て勿体無さそうな表情を浮かべていた。中には”伝説の”なんて言葉がつきそうな物まであるのだから。

「では、那岐。その後手に隠している刀も提出して下さい」
「こここ、こ、これは勘弁してよぉ~……」

那岐は白鞘の刀と小さな銅剣を守るように抱え込む。
それは星読みの舞で用いられる霊刀であり、今回で儀式が破綻するのならば最早用はない”弥勒”と”クサナギ”の剣であった。
不要となれば没するのもよしとは那岐も思わないでもないが、それにしてもメダルに換えるなんてのはいくらななんでも不憫な話だろう。

「これは持ち帰って姉上とその処遇を……って、深優ちゃんも”それ”はメダルにしなくていいのかい?」
「いや……これは、如月さんから預かった物で……250枚程度のメダルとは決してその価値が吊り合う物ではありません」

那岐と同じように、深優も幾重もの螺旋が絡まった一本の剣を隠し持っていた。
彼女に人間としての第一歩を踏ませた如月双七の遺品であり……結局は、互いに見逃しあうことで深優と那岐は合意することとなった。



「やれやれ、並べてみれば随分とこれは豪勢なものよのう」

魔導書の化身であり、魔術と怪異のエキスパートと言えるアル・アジフの前には、それに相応しく様々な魔術の道具が集まっていた。
かの名高いアーサー王の剣に、家畜の守護神の名を関した神を縛する鎖。更にはアルと同じ魔導書が三冊に、その他にも様々だ。
アーカムシティに持ち帰り然るべき所に流せばどれほどの金になるか、永く生きる彼女の生を以ってしても使い切れぬほどになるかもしれない。

「ねぇねぇ、アルちゃん。ちょっといいかなぁ……?」
「ふむ、桂ではないか。どうかしたのか?」

ロストページも戻ってきて上機嫌のアルに、桂がおずおずと声をかける。その手に持っていたのは一つの携帯電話であった。

「そういえば、それは元々は汝の所有物であったらしいな」
「うん。だからもう私が持っていてもいいかなぁって。……でも、使うっていうなら無理は言わないよ」
「いや構わぬ。汝の物は汝の手の内にあるが相応しい。誰に憚ることなく持っておるとよいぞ」
「そう? そうか……うん、ありがとうアルちゃん」

自らの所有物が手元を離れ、どことも知れぬ場所や人に使われている。その不安や不快は、アルにすればよく知るところだ。
魔導書の断片と女子高生の携帯電話を同じ物差しで計るのは些か尺があっていない様にも思えるが、
しかし今時の事情と、それが人と人とを距離を隔てて通じ合わせる物であることを合わせて考慮すれば、それは全然そんなことはない。

「そういえば、先ほど腕慣らしをするにはよい場所があると那岐めが言っておったぞ。
 妾は九郎とそこでいくらか勘を取り戻そうと思っているところだが、汝もどうだ? 妾が特別に闘いの術を教授してやろう」
「それって特訓だよね!
 うん……わかった、大丈夫。それじゃあ柚明さんも連れて行くから今日はよろしくね、アルちゃん」

そこに立ち込める魔力のせいか、桂の手首から漂う血の残滓からか、それともまた別の理由にか、不思議とこの時のアルは上機嫌であった。



殺し合いが始まる際に参加者達にそれぞれ配られた支給品。それは基本的にひとつで250枚のメダルと交換される。
だが、全員に等しく宛がわれた物の中にひとつで500枚のメダルと交換できる特別なものがあった――首輪だ。
生きているうちに外そうとすれば爆発してしまう。なので、それを得る為には死体の首をもぎり、その背徳を超える必要がある。
それを考えるならば、首輪がひとつで支給品よりも倍の価値を持たされているというのは納得できるだろう。

「何がどういきるのか……終わってみないとわからないものね。本当にこの世は理不尽」

そしてそんな首輪が彼らの下には6つもあり、ファルはその内の一つを手にとって酷薄な笑みを浮かべていた。
彼女が手にしている首輪には、”岡崎朋也”の名前が刻まれている。
殺したわけではないが、彼女自身が彼の死を冒涜し、そこから得たものである。

「あなたの死が巡り廻って私の糧になる。全くもって皮肉なことよね。あの時は言いそびれたから今度こそ、それじゃあ――」

――さようなら。と、ファルは首輪を袋の中へとストンと落とした。



「じゃあ、これは全部まとめて地下駐車場にいるあの男に届ければいいの?」
「ええ、早速行ってちょうだい。ところで、ここにある資料の取り込みはもう全部終わっているのかしら?」

なつきと九条の親子は揃って、数豊富な銃火器と資料の整理を行っている。
しばらく考えて、銃器はそのエキスパートである玲二に判断を仰ぐことに決定すると、九条は娘にそれを届けるようお使いを命じる。
また数ある資料に関しては、先日のうちになつきがPCの中に取り込んでいたので現物は不要と九条は判断した。

「それじゃあ、行ってきます。ママ」
「寄り道や迷子には気をつけてね。それと終わったらアルさんの所に顔を出しておきなさい」
「は~い」
「返事は短くはいでしょう」

自分やクリスくんといると、どうもあの子は子供になってしまう。
鞄を片手に駆けてゆく娘の背中を見ながら九条は溜息をつき、さてどうしたものかと一人の母親として頭を悩ませた。



そして、そのまま小一時間ほど過ぎた後のこと。
支給品の整理は滞りなく終了し、不要品は地下のカジノでメダルと交換され、彼らは26000枚ほどのメダルを手に入れることとなる。


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