Happy-go-lucky (幸運) 2 ◆Live4Uyua6
・◆・◆・◆・
高級カジノホテル”Dearly Stars”。
不抜で瀟洒な雰囲気を持つこのホテルも、地上一階のロビーよりひとつの大扉を潜るとその世界は一変する。
不抜で瀟洒な雰囲気を持つこのホテルも、地上一階のロビーよりひとつの大扉を潜るとその世界は一変する。
赤と黒の市松模様を基調にした床や壁。そこに立ち並ぶ豪奢な白金と黄金のオブジェ。白と緑のライン。眩いミラーボール。
悪趣味なまでに装飾華美。悪趣味だからこその豪華絢爛。栄耀栄華の極み――此処こそがこのホテルの本領。
悪趣味なまでに装飾華美。悪趣味だからこその豪華絢爛。栄耀栄華の極み――此処こそがこのホテルの本領。
流れ溢れる金貨を血潮に運と不運を循環させ、蛮勇と機知と絶望と幸福と稚気と忘却で人間を動かし、この”場”に命を吹き込む。
その頂で太陽を指し悦楽を提供するホテルとは逆に、地上一階から地獄の方へと広がるのは堕落を溜め込む巨大な穴倉。
一生の運を贄に刹那の幸運を求めんとする魔宴の間。狂気の沙汰こそを愉悦とする良識を眩ませる賭博場。
その頂で太陽を指し悦楽を提供するホテルとは逆に、地上一階から地獄の方へと広がるのは堕落を溜め込む巨大な穴倉。
一生の運を贄に刹那の幸運を求めんとする魔宴の間。狂気の沙汰こそを愉悦とする良識を眩ませる賭博場。
所謂カジノ。
そんな場所にそんなところとは今まで無縁だった一人の純朴な少年の姿があった。
そんな場所にそんなところとは今まで無縁だった一人の純朴な少年の姿があった。
カラカラと車輪が回る音を引きずり少年――クリス・ヴェルディンはサービス用のワゴンを押してカジノの中を進んでいる。
ワゴンの上には多種多様の飲み物があり、彼の姿はいつかのタキシードであった。
そのきょとんとした表情を除けばこの場において非常にらしい姿と言え、そして今日本日の彼の役割はその姿そのままに給仕である。
ワゴンの上には多種多様の飲み物があり、彼の姿はいつかのタキシードであった。
そのきょとんとした表情を除けばこの場において非常にらしい姿と言え、そして今日本日の彼の役割はその姿そのままに給仕である。
カラカラと車輪を鳴らし、そしてキョロキョロとクリスは首を振り物珍しそうに視線を走らせる。
勿論、彼にこの様な場所での経験などあるはずもなく、目につくものはどれもこれも未知のものばかりだ。
そして、「あっ」と小さく息を漏らしクリスは足を止める。
彼の視線の先には大きな円形の卓があり、その上には競技場の模型と、その模型に比した小さな馬の人形が並んでいた。
勿論、彼にこの様な場所での経験などあるはずもなく、目につくものはどれもこれも未知のものばかりだ。
そして、「あっ」と小さく息を漏らしクリスは足を止める。
彼の視線の先には大きな円形の卓があり、その上には競技場の模型と、その模型に比した小さな馬の人形が並んでいた。
「なつきの暮らす時代では人形で競馬をするのかな?」
覗き込み、精巧さに関心しながらクリスはそうひとりごちる。
ここに来てからより、別世界――おそらくはそのまま未来の世界の文化や技術には驚かされっぱなしだ。
ワゴンから手を離し競馬をモチーフにしたゲームに興味を引かれ、つらつらと考えていると――”お目付け役”から声をかけられた。
ここに来てからより、別世界――おそらくはそのまま未来の世界の文化や技術には驚かされっぱなしだ。
ワゴンから手を離し競馬をモチーフにしたゲームに興味を引かれ、つらつらと考えていると――”お目付け役”から声をかけられた。
「てけり・り」
「あっと、ぼうっとしてちゃいけないか」
「あっと、ぼうっとしてちゃいけないか」
柔らかい触手で背中をつつくダンセイニの声に、クリスはワゴンに手をかけ再び足を進め始める。
彼の後ろを音も立てずについてくるこのダンセイニという生き物もまた文化や技術とは別の意味で不可思議な存在だ。
これに限らずプッチャンという人形や魔法そのものとしか言えないもの。何よりHiMEという存在などなど、ここには不思議が多い。
とはいえ、こちらの方面に関してはクリスは実はそれほど驚きはなかった。何故ならば、故郷の彼の部屋にも――
彼の後ろを音も立てずについてくるこのダンセイニという生き物もまた文化や技術とは別の意味で不可思議な存在だ。
これに限らずプッチャンという人形や魔法そのものとしか言えないもの。何よりHiMEという存在などなど、ここには不思議が多い。
とはいえ、こちらの方面に関してはクリスは実はそれほど驚きはなかった。何故ならば、故郷の彼の部屋にも――
「てけり・り」
「あっと、ぼうっとしてたな……」
「あっと、ぼうっとしてたな……」
再びのダンセイニの声に今度は足を止め、そしてクリスは少しだけ引き返した。どうやら考え事をしてる間に通り過ぎてしまったらしい。
彼におつかいを頼んだ九条との待ち合わせ場所は、今目の前にある雑多に物の並ぶ中でも一際目立つ背の高い機械の前だった。
機械の前面にはこのカジノで使用するメダルを投入する穴があり、話に聞くところによるとそれを代価に新しい道具が得られるとのことだ。
彼におつかいを頼んだ九条との待ち合わせ場所は、今目の前にある雑多に物の並ぶ中でも一際目立つ背の高い機械の前だった。
機械の前面にはこのカジノで使用するメダルを投入する穴があり、話に聞くところによるとそれを代価に新しい道具が得られるとのことだ。
「うーん。たくさんあって、どれがなになのかよくわかんないなぁ……」
景品の名前が羅列されたパネルには500を越える品々が並んでいたが、そのどれもがクリスからはいまいちわからない。
いくらかの武器があるようにも思えるがそれに詳しくはなく、そもそも名前からは検討のつかないものが多い。
食べ物や日用品らしきものの名前は理解できるが、逆にこれらはどうしてここにあるのかそれが理解できなかった。
いくらかの武器があるようにも思えるがそれに詳しくはなく、そもそも名前からは検討のつかないものが多い。
食べ物や日用品らしきものの名前は理解できるが、逆にこれらはどうしてここにあるのかそれが理解できなかった。
「まぁいいか。何を選ぶのかは僕の役割じゃあないし」
クリスはしゃがみこむと、機械の目の前に置かれた箱の中に手を伸ばしそこから一枚のメダルを摘み上げた。
裏返すとなつきの肌の上にあったものと同じマークが刻まれている。彼女に聞いたところこれはHiMEの証となる刻印らしい。
それがどうしてカジノで使うメダルに印されているのか。クリスには見当もつかなかったが――
裏返すとなつきの肌の上にあったものと同じマークが刻まれている。彼女に聞いたところこれはHiMEの証となる刻印らしい。
それがどうしてカジノで使うメダルに印されているのか。クリスには見当もつかなかったが――
「一枚ぐらいなら……」
――手にしたメダルをなんとなしに近くの派手な筐体の中に入れてみた。
3つ並んだボタンに描かれているのは”握った拳”と”二本指を突き出した手”と”広げた掌”で、その意味はわからなかったが
どれかを押せば当たりなのだろうと見当をつけクリスはこれも適当に一つのボタンを押してみる。
3つ並んだボタンに描かれているのは”握った拳”と”二本指を突き出した手”と”広げた掌”で、その意味はわからなかったが
どれかを押せば当たりなのだろうと見当をつけクリスはこれも適当に一つのボタンを押してみる。
――ピピピピピ、ピピ、ピ……ピ……ピ…………ピロリ~ン☆
少しして、電飾が明滅し軽快な電子音とともに払い出し口から五枚のメダルが飛び出してきた。
結局は会えなかったトルタが恭介という人物と一緒に稼いだものに、不用品を処分して得られたものと合わせて約26000枚のメダル。
今日はこれを元手にこうやってギャンブルをしてメダルを増やし、新しい武器や道具などを増やす計画らしい。
もっともこんなペースではゆっくりすぎるのだろうが……と、クリスは増えたメダルを箱に戻す。
結局は会えなかったトルタが恭介という人物と一緒に稼いだものに、不用品を処分して得られたものと合わせて約26000枚のメダル。
今日はこれを元手にこうやってギャンブルをしてメダルを増やし、新しい武器や道具などを増やす計画らしい。
もっともこんなペースではゆっくりすぎるのだろうが……と、クリスは増えたメダルを箱に戻す。
「――クリスッ♪」
明るく呼ぶ声に振り返ると、彼の恋人であるなつきが駆けてくる姿がそこにあった。
同じく九条から使いを頼まれていた彼女の背にデイパックを見て、クリスはそれがあったかと感心し思いつかなかった自分に苦笑する。
同じく九条から使いを頼まれていた彼女の背にデイパックを見て、クリスはそれがあったかと感心し思いつかなかった自分に苦笑する。
「レイジは何か言ってた?」
「ん? いや、銃を渡しに行っただけだから特に話したりはしてないけど……何かあったのか?」
「ん? いや、銃を渡しに行っただけだから特に話したりはしてないけど……何かあったのか?」
訝しがるなつきにクリスはううんと首を振る。
追求があるかと思ったが、走ってきたなつきは喉が渇いているらしくワゴンの上の飲み物に気をとられたようで、クリスはほっとした。
追求があるかと思ったが、走ってきたなつきは喉が渇いているらしくワゴンの上の飲み物に気をとられたようで、クリスはほっとした。
「これはどこからもってきたんだ?」
「上のレストランからだよ。今日はここに入り浸りになるから、飲み物や食べ物も用意しておいたほうがいいって」
「上のレストランからだよ。今日はここに入り浸りになるから、飲み物や食べ物も用意しておいたほうがいいって」
じゃあ早速ひとつ。と、なつきは一本の瓶を取りそれにそのまま口をつけた。
ああそういえばグラスを用意するのを忘れていたなぁ。とクリスが考えている前でなつきの表情がにわかに怪訝なものへと変化する。
ああそういえばグラスを用意するのを忘れていたなぁ。とクリスが考えている前でなつきの表情がにわかに怪訝なものへと変化する。
「……クリス……これ……」
「の、飲み物じゃなかった……?」
「の、飲み物じゃなかった……?」
なつきは瓶をワゴンに戻すと目を瞑り堪えるように顔を俯かせた。
もしかして飲んではいけないものだったのか? そう考えクリスはなつきの震える肩に手をかけようとし――
もしかして飲んではいけないものだったのか? そう考えクリスはなつきの震える肩に手をかけようとし――
「ん、んむぅ……!?」
――顔を跳ね上げたなつきに唇を重ねられた。
突然のことにどうしてと疑問が浮かび上がるが、しかしそれも口内に無理矢理侵入してきた熱い舌の感触にかき消される。
甘く熱く甘ったるい、舌を伝わり脳まで焼きつかせる唾液の味。眩暈を覚えるほどに甘くて、そしてそれは文字通りに甘いキスだった。
突然のことにどうしてと疑問が浮かび上がるが、しかしそれも口内に無理矢理侵入してきた熱い舌の感触にかき消される。
甘く熱く甘ったるい、舌を伝わり脳まで焼きつかせる唾液の味。眩暈を覚えるほどに甘くて、そしてそれは文字通りに甘いキスだった。
「ぷはっ。 こ、これは…………」
「カクテル用のシロップじゃないか、この馬鹿クリスッ!」
「カクテル用のシロップじゃないか、この馬鹿クリスッ!」
吸い付いていた唇を離し、口を拭うとなつきは水のボトルを取ってそれをぐいと飲み、半分くらいでクリスへと手渡した。
素直に受け取り、クリスも水で甘ったるくなった口をゆすぐ。
漢字や英語、その他の言葉。銘柄などさっぱりわからなかったので適当に飲み物っぽい瓶やボトルを持ってきたが失敗だったらしい。
素直に受け取り、クリスも水で甘ったるくなった口をゆすぐ。
漢字や英語、その他の言葉。銘柄などさっぱりわからなかったので適当に飲み物っぽい瓶やボトルを持ってきたが失敗だったらしい。
「――なつき。どうしてあなたがここにいるの?」
これは困ったね。というところに少し不機嫌な声が届いた。
びくりとするなつきから目を離して振り返ってみれば、仕事を命じた九条の姿と、同じくカジノを調査していたトーニャと深優の姿がある。
びくりとするなつきから目を離して振り返ってみれば、仕事を命じた九条の姿と、同じくカジノを調査していたトーニャと深優の姿がある。
「あぁ……えーと、おつかいは終わったよ。ママ?」
「届け物が終わったらそのままアルさんの所に行って訓練に参加するよう言っていたでしょう?
いつまでも惚けている場合じゃないんだから、身体を動かして緊張を取り戻してきなさい」
「届け物が終わったらそのままアルさんの所に行って訓練に参加するよう言っていたでしょう?
いつまでも惚けている場合じゃないんだから、身体を動かして緊張を取り戻してきなさい」
邂逅より二日ほど。ぎこちなかった母娘もどうやら慣れてきたらしく、九条の言葉には母らしい戒めが含まれている。
なつきの方はと言うとまだまだ母には甘え足りないといった感じではあるが、一応は現在の状況を弁えているらしく渋々承諾した。
名残惜しげにクリスの手を握り、昼食時にまた会おうと約束し、行こうとしてちらりと母を窺い、一瞥されてようやく慌てて走り出す。
なつきの方はと言うとまだまだ母には甘え足りないといった感じではあるが、一応は現在の状況を弁えているらしく渋々承諾した。
名残惜しげにクリスの手を握り、昼食時にまた会おうと約束し、行こうとしてちらりと母を窺い、一瞥されてようやく慌てて走り出す。
「……さて、一応の報告を聞いておこうかしら」
逃げるようにカジノより去る娘の後姿に肩を竦めると、九条は集まった面々に報告を促す。
「やはり、上階のカジノは使用できそうにありませんね。
破壊のせいかスプリンクラーのせいかは定かじゃないですけれど、どうやらどこかで断線起きているようです」
破壊のせいかスプリンクラーのせいかは定かじゃないですけれど、どうやらどこかで断線起きているようです」
トーニャの言葉を聞いて、クリスはここに来るに際に通り過ぎてきた一階のカジノの惨状を思い浮かべる。
この島が殺し合いの場であったことは確かで、このカジノも例外ではなかったということがありありとわかる酷い有様であった。
横倒しになった機械や、火が出た後を見るにあのフロアがもう用をなさないのは専門知識がないクリスでも確かだと言える。
この島が殺し合いの場であったことは確かで、このカジノも例外ではなかったということがありありとわかる酷い有様であった。
横倒しになった機械や、火が出た後を見るにあのフロアがもう用をなさないのは専門知識がないクリスでも確かだと言える。
「このフロアにあるギャンブルゲームですが、やはり上階のものと比べると娯楽性を優先したものが多いようです。
最奥にある”あの部屋”を除けば全体的にレートも低く、想定以上にメダルを稼ぐのに時間がかかるかもしれません」
最奥にある”あの部屋”を除けば全体的にレートも低く、想定以上にメダルを稼ぐのに時間がかかるかもしれません」
なるほどと頷く九条の横でクリスは改めてこの地下にあるフロアを眺めてみる。
先程の競馬のゲームもそうだが、積まれたメダルをクレーンで掬うものや、可愛らしいぬいぐるみをが挟んで持ち上げるものなど、
ここにあるものは深優の言葉通りに、上階に比べると賭博場というよりかは遊技場のものだといった趣がある。
先程の競馬のゲームもそうだが、積まれたメダルをクレーンで掬うものや、可愛らしいぬいぐるみをが挟んで持ち上げるものなど、
ここにあるものは深優の言葉通りに、上階に比べると賭博場というよりかは遊技場のものだといった趣がある。
「なるほど。とりあえず本格的に動くのは午後になってからね。
それまでは私がもう少し詳しく見て回るので、トーニャさんと深優さんは予定通りに食事の準備に取り掛かってくれるかしら?」
それまでは私がもう少し詳しく見て回るので、トーニャさんと深優さんは予定通りに食事の準備に取り掛かってくれるかしら?」
そう言われてトーニャと深優はカジノを後にし、それを見送ると九条は一息ついてクリスの運んできたワゴンへと目を向けた。
「クリスくんもご苦労様。さっそくだけど私も一つもらおうかしら」
「あの、それは……」
「てけり・り!」
「あの、それは……」
「てけり・り!」
九条は娘が口にしたものと同じ瓶を取ると、クリスが止める間もなくそれを一気に呷り――
――クリスに改めて”飲み物”を持ってくるようにと、口元をハンカチで押さえながら指示しなおした。
・◆・◆・◆・
太陽の光は届かず、所々電気の切れた蛍光灯が照らすのみの無機質な空間。
その場所に、甲高い音、耳障りな音がいくつも響く。
ある意味ではその場所に相応しいとも言える、無機質な機械音、銃声。
ある音は定期的に、ある音は途切れ途切れにと、複数の銃声が無秩序な音楽を作り出し、地下駐車場を彩っていた。
その場所に、甲高い音、耳障りな音がいくつも響く。
ある意味ではその場所に相応しいとも言える、無機質な機械音、銃声。
ある音は定期的に、ある音は途切れ途切れにと、複数の銃声が無秩序な音楽を作り出し、地下駐車場を彩っていた。
機械の楽器の引き手は三人。
先端が少しカールした長い茶の髪の少女、山辺美希。
天然のクセのある髪をツインテールにしている少女、高槻やよい。
そして、腰まで届く銀の糸のような長髪の少女、ファルシータ・フォーセット。
先端が少しカールした長い茶の髪の少女、山辺美希。
天然のクセのある髪をツインテールにしている少女、高槻やよい。
そして、腰まで届く銀の糸のような長髪の少女、ファルシータ・フォーセット。
彼女らの奏でる音声は、明らかな雑音として、その場に居るものの耳に負担を与え続ける。
1つの音楽に沿って奏でるでもなく、さりとて異なるパートによる合唱を目指すでもなく。
少女たちは三者三様に銃を弾き鳴らし、明らかな不協和音を生み出し続けていた。
指揮者も楽譜も無い、ただ好き勝手に打ち鳴らすだけの音楽。
少女たちが行なっている行為、銃の練習は、そのような感想を与える程度の雑なものであった。
1つの音楽に沿って奏でるでもなく、さりとて異なるパートによる合唱を目指すでもなく。
少女たちは三者三様に銃を弾き鳴らし、明らかな不協和音を生み出し続けていた。
指揮者も楽譜も無い、ただ好き勝手に打ち鳴らすだけの音楽。
少女たちが行なっている行為、銃の練習は、そのような感想を与える程度の雑なものであった。
その音楽を聴いているたった一人の聴衆は、壁にもたれながら、特に動く気配は無い。
その聴衆こそ、指揮者たりうる唯一の存在、この場において教官を務める男、吾妻玲二。
元々銃を初めとした武器のエキスパートたるファントムであり、
かつては己の相棒たるキャルに銃を教えた彼は、戦闘能力の無いものたちを集めて、こうして銃の鍛錬を行なっているという訳だ。
その彼だが、今のところは動く気はなく、ただその光景を眺めていた。
スプレーや空き缶などで目標の設定だけ行い、銃の構え方と撃ち方だけを教えてからは、こうして生徒達が撃つに任せている。
その聴衆こそ、指揮者たりうる唯一の存在、この場において教官を務める男、吾妻玲二。
元々銃を初めとした武器のエキスパートたるファントムであり、
かつては己の相棒たるキャルに銃を教えた彼は、戦闘能力の無いものたちを集めて、こうして銃の鍛錬を行なっているという訳だ。
その彼だが、今のところは動く気はなく、ただその光景を眺めていた。
スプレーや空き缶などで目標の設定だけ行い、銃の構え方と撃ち方だけを教えてからは、こうして生徒達が撃つに任せている。
(まあ、こんなものだろうな……)
特に歓喜も落胆も覚えず、玲二は判断した。
カジノのには景品として多数の銃器が存在している。非戦闘員にもそれ相応に武装が行き渡るだろう。
しかし持たせただけでは拳銃であろうと機関銃であろうとも、それが目標を破壊しえる威力にならないことは玲二自身がよく知っている。
ならば彼女達にその扱いを教授する者が必要で、彼が銃の教官を勤める事になるのは当然の流れだろう。
(あくまでだが、本人はそれほど乗り気では無い。しかし他に適任も居ないのは事実なので仕方ない)
とはいえ手取り足取りとはせず、一度見本だけで見せてからは生徒の自主性に任せている。
カジノのには景品として多数の銃器が存在している。非戦闘員にもそれ相応に武装が行き渡るだろう。
しかし持たせただけでは拳銃であろうと機関銃であろうとも、それが目標を破壊しえる威力にならないことは玲二自身がよく知っている。
ならば彼女達にその扱いを教授する者が必要で、彼が銃の教官を勤める事になるのは当然の流れだろう。
(あくまでだが、本人はそれほど乗り気では無い。しかし他に適任も居ないのは事実なので仕方ない)
とはいえ手取り足取りとはせず、一度見本だけで見せてからは生徒の自主性に任せている。
(まずは、慣れるのが大切だ)
玲二からすれば彼女達は足手まとい以外の何者でも無いのだが、それでも教えるのを疎かにするというのは彼のプライドが許さない。
最強の名を冠した暗殺者として、何よりかつて彼女に銃を教わったものとして、それだけは譲れない。
そういうわけで、最初はまず狙いの付け方と銃口がブレにくい握り方だけを教えた。
身体に覚えさせるために、各々オートマチックとその銃弾を200発ずつ与えて、それを撃ち終わるまで撃ち続けろとだけ言ってある。
実際に戦闘となる際には、彼女たちには突撃銃であるAK-47を使用させる予定なのではあるが、
流石にズブの素人に使用させては、幾ら世紀の名突撃銃、世界中のゲリラ御用達のAK-47とて役に立たないだろう。
ある程度は普通の銃も使えるようになっていれば、役に立つ時がくるかもしれないのだから。
最強の名を冠した暗殺者として、何よりかつて彼女に銃を教わったものとして、それだけは譲れない。
そういうわけで、最初はまず狙いの付け方と銃口がブレにくい握り方だけを教えた。
身体に覚えさせるために、各々オートマチックとその銃弾を200発ずつ与えて、それを撃ち終わるまで撃ち続けろとだけ言ってある。
実際に戦闘となる際には、彼女たちには突撃銃であるAK-47を使用させる予定なのではあるが、
流石にズブの素人に使用させては、幾ら世紀の名突撃銃、世界中のゲリラ御用達のAK-47とて役に立たないだろう。
ある程度は普通の銃も使えるようになっていれば、役に立つ時がくるかもしれないのだから。
「うーん、見たときは簡単そうに見えたんですが……まるで当りません」
まず、美希なのだが、彼女は銃をあまり怖がっていない。
まあ命中率はたいしたことは無いのだが、それでも徐々に良くなってきてはいる。
この分ならば、突撃銃を持たせれば、防衛と足止め程度は出来るかもしれない。
何よりも、元々殺し合いにもそれほどの忌避感を持っていなかった為か、引き金を引くことに躊躇いが無い。
まあ命中率はたいしたことは無いのだが、それでも徐々に良くなってきてはいる。
この分ならば、突撃銃を持たせれば、防衛と足止め程度は出来るかもしれない。
何よりも、元々殺し合いにもそれほどの忌避感を持っていなかった為か、引き金を引くことに躊躇いが無い。
(可能性は高くは無いが、予備戦力に数えられるかもしれないか……)
かつて玲二自身も撃たれた事があるし、人を撃つことに躊躇いが無いなら充分に役に立つだろう。
「う、うっうー…………まず両手でしっかり握って、それで目標を良く見て、引き金を引く……。目は瞑っちゃダメで、力を入れすぎてもダメで……」
「あー、やよいよぉ、毎回言ってるが確認するたびに酷くなっていってるぞ……」
「あー、やよいよぉ、毎回言ってるが確認するたびに酷くなっていってるぞ……」
やよいはもういろいろと問題外、という感じである。
練習一発目、適当すぎる構えで引き金を引いて、反動で思いっきり転んだのだから。
ただ転んだだけならまだしも、その拍子で上を向いた銃口から発射された銃弾は天井で跳ね返り、
転んだやよいの顔とお下げとプッチャンの作る三角形の丁度真ん中に着弾した。
それで無傷な辺り幸運の星がダース単位で付いているような気がしなくも無いが、
それ以来、弾丸をペイント弾に変えたにも関わらず怯えきっている。
練習一発目、適当すぎる構えで引き金を引いて、反動で思いっきり転んだのだから。
ただ転んだだけならまだしも、その拍子で上を向いた銃口から発射された銃弾は天井で跳ね返り、
転んだやよいの顔とお下げとプッチャンの作る三角形の丁度真ん中に着弾した。
それで無傷な辺り幸運の星がダース単位で付いているような気がしなくも無いが、
それ以来、弾丸をペイント弾に変えたにも関わらず怯えきっている。
ただ、才能はある意味では一番あるのかもしれない。
まず、貧乏だからかなのか、視力はとても良い。
遠くに落ちた硬貨を聞き分ける為か、聴力も発達している。
そして、言うまでも無く銃を撃つには腕力と握力は大事である。
何となくの思いつきで腕相撲行なってみたところ、何故かファルと美希はおろか、玲二相手にも余裕で勝利した。
人知れず落ち込む玲二を他所に、無邪気に喜ぶやよいの姿は、確かに大物の片鱗を感じさせるように見えなくも無かった。
まず、貧乏だからかなのか、視力はとても良い。
遠くに落ちた硬貨を聞き分ける為か、聴力も発達している。
そして、言うまでも無く銃を撃つには腕力と握力は大事である。
何となくの思いつきで腕相撲行なってみたところ、何故かファルと美希はおろか、玲二相手にも余裕で勝利した。
人知れず落ち込む玲二を他所に、無邪気に喜ぶやよいの姿は、確かに大物の片鱗を感じさせるように見えなくも無かった。
(あれは……なんだ……あのぬいぐるみの仕業だったのか?)
一人悩む玲二の頭に、何処かからか『まっちょちょん』という電波が聞こえてきた気がした。
「…………」
そしてファルなのだが、判断がしづらい。
命中率はやよいよりはマシなものの、低い。
ただ、彼女はひどく、『静か』なのだ。
冷静にかつ一定の感覚で銃を撃ち、手つきは悪いが慌てず騒がず弾薬を込め。
まるである種の機械のように延々と動作を続けている。
命中率はやよいよりはマシなものの、低い。
ただ、彼女はひどく、『静か』なのだ。
冷静にかつ一定の感覚で銃を撃ち、手つきは悪いが慌てず騒がず弾薬を込め。
まるである種の機械のように延々と動作を続けている。
(……有望、ではあるが、危険だな)
このまま続くのであれば、彼女は間違いなく一級品になるだろう。
だが、明らかな危うさがその中には感じられる。
だが、明らかな危うさがその中には感じられる。
(精神的なものなのだろうがな)
原因についてはある程度あたりが付くのだが、それは玲二の役割では無い。
彼が今するべきなのは、唯1つ。
彼が今するべきなのは、唯1つ。
「ファルシータ、配った分を撃ち終わったなら休憩だ、水でも飲んでこい」
銃の練習だけだ。
・◆・◆・◆・
私は勿論、銃の事なんてわからない。
ただ1つ言えるのは、私たちは皆ダメだという事。
ただ1つ言えるのは、私たちは皆ダメだという事。
肩に重さを感じる。
銃の反動によるものかしら。
火薬の匂いが少し喉に引っかかる。
気にする必要も無い程の弱いものなのに。
そういえば、昨日今日と発声練習をしていない。
でも、後でしようという気も起きない、一日休んでしまえば、三日間の練習を必要とするのに。
銃の反動によるものかしら。
火薬の匂いが少し喉に引っかかる。
気にする必要も無い程の弱いものなのに。
そういえば、昨日今日と発声練習をしていない。
でも、後でしようという気も起きない、一日休んでしまえば、三日間の練習を必要とするのに。
洗面台に手をかざすと、自動的に水が出る。
便利なのか勿体無いのか良くわからない感想を抱きながら、うがいをするついでに顔を洗う。
そうして、濡れた顔を拭うこともせず、雫が頤を伝うのを感じながら備えつけの鏡を見る。
便利なのか勿体無いのか良くわからない感想を抱きながら、うがいをするついでに顔を洗う。
そうして、濡れた顔を拭うこともせず、雫が頤を伝うのを感じながら備えつけの鏡を見る。
「…………」
そこに映る顔は変わらない、普段どおりの私の顔。
私の心のうちをまるで映さない、便利なだけの顔。
私の心のうちをまるで映さない、便利なだけの顔。
玲二さんの撃つ銃声は、美しい。
人に言えば変に思われる言い方かもしれないけれど、私にはそう思える。
正確なリズムでの連射。
目標に突き刺さる時の変わらない音。
そう考えると、この銃というのはかなり素直な部類の楽器に属するのかもしれない。
単純な音しか出せない代わりに、その音色の違いがはっきりと聞き取れる。
綺麗に当れば綺麗な音を、目標を外れれば異なる音を。
そして、玲二さんはまるでメトロノームのように正確なリズムで、変わらない綺麗な音色を刻む。
人に言えば変に思われる言い方かもしれないけれど、私にはそう思える。
正確なリズムでの連射。
目標に突き刺さる時の変わらない音。
そう考えると、この銃というのはかなり素直な部類の楽器に属するのかもしれない。
単純な音しか出せない代わりに、その音色の違いがはっきりと聞き取れる。
綺麗に当れば綺麗な音を、目標を外れれば異なる音を。
そして、玲二さんはまるでメトロノームのように正確なリズムで、変わらない綺麗な音色を刻む。
「…………」
彼の技術が、天分の才によるものなのか、それとも努力の賜物なのかは、私にはわからない。
努力の賜物ならば、私もいずれはたどり着ける境地なのかもしれない。 その気は無いけれど。
天分の才だとしたら、私にはどうしようもない。
努力では、絶対に埋められない物があるのだから。
努力の賜物ならば、私もいずれはたどり着ける境地なのかもしれない。 その気は無いけれど。
天分の才だとしたら、私にはどうしようもない。
努力では、絶対に埋められない物があるのだから。
「…………」
それは、ずっと昔から判っていたこと。
あの子やクリスさんのような才能は、私には無い。
……それはこの場所でも同じ。
クリスさんは、もっと便利で強力な武器を簡単に使えてる。
私は、ここでも弱い力しか持てない。
勿論そこにはまた別の苦悩が存在しているのだろうけど、それでも私は同じスタートラインにすら立てない。
あの子やクリスさんのような才能は、私には無い。
……それはこの場所でも同じ。
クリスさんは、もっと便利で強力な武器を簡単に使えてる。
私は、ここでも弱い力しか持てない。
勿論そこにはまた別の苦悩が存在しているのだろうけど、それでも私は同じスタートラインにすら立てない。
「…………」
そんな事は、とっくの昔に判っていた。
判っていた、筈なのに。
何もかもが気だるくなってくる。
判っていた、筈なのに。
何もかもが気だるくなってくる。
あのクリスさんはもう私とは何の関係も無い。
だから、気にしなければいいのに。
仮に元の世界に帰って、私のクリスさんに出会えたとして、それを私は肯定できるのかしら?
クリスさんは、私の事を、お互いを利用する事を受け入れてくれた。
その事に不満なんて何1つ無いのに、無いはずなのに。
今のクリスさんが、彼の幸せそうな顔がどうしても私の心にトゲのように残り続ける。
彼女、なつきさんと私のスタートラインは同じだった筈。
いえ、どちらかというなら、私の方がよりゴールに近い位置にいたはずなのに。
私と彼女のゴールは違う、そう、判っているはずなのに。
私の全てを否定されたような気になってくる。
だから、気にしなければいいのに。
仮に元の世界に帰って、私のクリスさんに出会えたとして、それを私は肯定できるのかしら?
クリスさんは、私の事を、お互いを利用する事を受け入れてくれた。
その事に不満なんて何1つ無いのに、無いはずなのに。
今のクリスさんが、彼の幸せそうな顔がどうしても私の心にトゲのように残り続ける。
彼女、なつきさんと私のスタートラインは同じだった筈。
いえ、どちらかというなら、私の方がよりゴールに近い位置にいたはずなのに。
私と彼女のゴールは違う、そう、判っているはずなのに。
私の全てを否定されたような気になってくる。
「…………」
やめよう。
考えれば考えるほど疲れてくる。
特にしたい訳でもないけれど、訓練にでも戻ろう。
考えれば考えるほど疲れてくる。
特にしたい訳でもないけれど、訓練にでも戻ろう。
「おや、ファルさん」
「あら、美希さんも終わったの?」
「ええ、やよいさんはまだまだみたいですが」
「あら、美希さんも終わったの?」
「ええ、やよいさんはまだまだみたいですが」
戻ろうとしたところで、丁度終わったらしい美希さんがやって来た。
「そう……まああの子は真面目みたいだしね」
「むむ、その言い方だと美希は真面目でないように聞こえますが」
「貴女だけじゃなくて、私もよ、わかっているでしょう」
「まあ、それもそうですけどねー」
「むむ、その言い方だと美希は真面目でないように聞こえますが」
「貴女だけじゃなくて、私もよ、わかっているでしょう」
「まあ、それもそうですけどねー」
私、いえ私たちが銃の練習をしたとして、それほど役には立たない。
それは玲二さんだってわかっていること。
もし仮に私たちだけのこして他の皆が全滅したら、銃を習っていてもしょうがない。
だから、私たちはある意味では不真面目だ。
そして、それが必ずしも悪いという訳でもない。
何もかもを完璧にやるよりも、ある程度肩の力を抜いたほうが、上手く行くこともある。
だから、玲二さんも特に何も言ってはこない。
一、二度、重要なところを注意されただけで、全ての動作を確認する必要はない。
やよいさんには、それが無い。
あの子の純真さは、そういう意味では害悪になる事もある。
それは玲二さんだってわかっていること。
もし仮に私たちだけのこして他の皆が全滅したら、銃を習っていてもしょうがない。
だから、私たちはある意味では不真面目だ。
そして、それが必ずしも悪いという訳でもない。
何もかもを完璧にやるよりも、ある程度肩の力を抜いたほうが、上手く行くこともある。
だから、玲二さんも特に何も言ってはこない。
一、二度、重要なところを注意されただけで、全ての動作を確認する必要はない。
やよいさんには、それが無い。
あの子の純真さは、そういう意味では害悪になる事もある。
「まあ、美希たちみたいなやよいさんというはそれはそれで怖いですが」
「……それも、そうかもしれないわね」
「……それも、そうかもしれないわね」
世界の悪意を知らず、ただまっすぐに純粋。
無論、彼女だって色々と見てきてはいるのだろうけど、それでも彼女の明るさは曇らない。
そんな彼女だからこそ、私たちも含めて皆が惹かれる。
無論、彼女だって色々と見てきてはいるのだろうけど、それでも彼女の明るさは曇らない。
そんな彼女だからこそ、私たちも含めて皆が惹かれる。
けれど、時々、その明るさが憎たらしくも思えてくる。
嫉妬だって、八つ当たりだってわかっているのだけれど。
それでも、彼女に問い詰めて見たくなる。
嫉妬だって、八つ当たりだってわかっているのだけれど。
それでも、彼女に問い詰めて見たくなる。
貴女、どうしてそんな無駄な事を頑張れるの、と。
・◆・◆・◆・
「さてさて……やっときました、私の出番。なんだか滅茶苦茶濃い桃色空間によって影が薄く感じたかもしれませんがやっと着た私の出番!
年がら年中いちゃついている馬鹿共に見せ付けてやりましょう! 我が祖国の伝統ある料理を!……ふふふふ」
「トーニャ……やたら気合入っているのはいいですが……貴方がかき混ぜているのは空鍋です」
「……おっと、私とした事が。というかこのネタは二回目な気が……」
「……トーニャ?」
「いえ、しょうもない戯言です」
「そうですか」
年がら年中いちゃついている馬鹿共に見せ付けてやりましょう! 我が祖国の伝統ある料理を!……ふふふふ」
「トーニャ……やたら気合入っているのはいいですが……貴方がかき混ぜているのは空鍋です」
「……おっと、私とした事が。というかこのネタは二回目な気が……」
「……トーニャ?」
「いえ、しょうもない戯言です」
「そうですか」
トントンと規則正しい野菜を刻む包丁の音色。
二人で使うには広すぎる厨房の端から端へ、ただ淡々とリズミカルな音が響き渡っていた。
包丁を操るのは深優で、計ってみれば通常の人間の3倍以上の速さで刻んでいる。
作業台に山ほど盛られていた十八人分の野菜も瞬く間に減っていく。
一方トーニャはというと、ご機嫌な様子でボルシチを煮込んでいる大鍋をかき混ぜていた。
よっぽどこの機会が楽しみだったらしく鼻歌まで混じっている。
手順を進めるごとに入念に味のチェックを行うそのトーニャの顔には普段余り見せない笑顔が溢れていた。
二人で使うには広すぎる厨房の端から端へ、ただ淡々とリズミカルな音が響き渡っていた。
包丁を操るのは深優で、計ってみれば通常の人間の3倍以上の速さで刻んでいる。
作業台に山ほど盛られていた十八人分の野菜も瞬く間に減っていく。
一方トーニャはというと、ご機嫌な様子でボルシチを煮込んでいる大鍋をかき混ぜていた。
よっぽどこの機会が楽しみだったらしく鼻歌まで混じっている。
手順を進めるごとに入念に味のチェックを行うそのトーニャの顔には普段余り見せない笑顔が溢れていた。
「よし、上手くできている……流石ロシアの料理……」
「トーニャ。私に与えられた知識によるとロシア料理はその実、元々多くはウクライナなどの他民族のものであった料理が大半で、
厳密に考えるならばロシア料理と言えるもののは数少な――」
「違います! オマージュです! 勝てば官軍! 早い者勝ち! 言ったもん勝ち! です!」
「そ、そういうものでしょうか……」
「そういうものです!」
「トーニャ。私に与えられた知識によるとロシア料理はその実、元々多くはウクライナなどの他民族のものであった料理が大半で、
厳密に考えるならばロシア料理と言えるもののは数少な――」
「違います! オマージュです! 勝てば官軍! 早い者勝ち! 言ったもん勝ち! です!」
「そ、そういうものでしょうか……」
「そういうものです!」
鬼気迫るトーニャの表情に圧倒されつつも、深優はあれだけあった野菜をいつの間にやら全部切り終えていた。
何を作るのか頭の中で手順を再確認し、そしてこれが最も効率がいいだろうと炒め物を作り始めることにする。
だけど肝心の中華鍋が手元にない事に気付き、それが何処にあるかを見つけトーニャに話しかける。
何を作るのか頭の中で手順を再確認し、そしてこれが最も効率がいいだろうと炒め物を作り始めることにする。
だけど肝心の中華鍋が手元にない事に気付き、それが何処にあるかを見つけトーニャに話しかける。
「ふふ……完璧。これで秘蔵の隠し味を……」
「トーニャ。すいません、中華鍋を……」
「……ん? ああ、はいどうぞ」
「トーニャ。すいません、中華鍋を……」
「……ん? ああ、はいどうぞ」
鍋に呪文をかけるように呟いていたトーニャに深優は中華鍋を取るように頼んだ。
コンロの近くの壁にかかっていた中華鍋をトーニャは器用にもキキーモラを使って掴み取る。
そのまま中華鍋にキキーモラを絡ませたまま宙を泳がせ、深優の目の前へとそれを移動させる。
その綺麗かつスムーズな受け渡しに深優は少し驚きながらも感心していた。
コンロの近くの壁にかかっていた中華鍋をトーニャは器用にもキキーモラを使って掴み取る。
そのまま中華鍋にキキーモラを絡ませたまま宙を泳がせ、深優の目の前へとそれを移動させる。
その綺麗かつスムーズな受け渡しに深優は少し驚きながらも感心していた。
「……便利なものですね。キキーモラというものは」
中華鍋に油を敷きながら深優はトーニャのキキーモラに関心を示している。
その深優の言葉にクルクルとキキーモラを回しながらトーニャは深優の方に顔を向けた。
その深優の言葉にクルクルとキキーモラを回しながらトーニャは深優の方に顔を向けた。
「そうですか?」
「ええ、手軽に使っているようで便利に見えます」
「手軽……にね」
「ええ、手軽に使っているようで便利に見えます」
「手軽……にね」
手軽という言葉にピクリと反応し、トーニャの顔に硬いものが浮かび上がる。
苦虫を噛み潰したかのように変わっていく表情に深優は問題が生じたと言葉を重ねた。
苦虫を噛み潰したかのように変わっていく表情に深優は問題が生じたと言葉を重ねた。
「何か気に障ったのでしょうか……?」
「いえ、別に。ただ、これでも扱うのには相当苦労したもので」
「そうなのですか?」
「ええ、そりゃもう」
「いえ、別に。ただ、これでも扱うのには相当苦労したもので」
「そうなのですか?」
「ええ、そりゃもう」
ボルシチの鍋から一旦離れ、串に肉のようなものを刺しているトーニャが憂鬱そうに話す。
いやな昔話を思い出すように。
それでも、興が乗ったのか、その話を話し続けた。
いやな昔話を思い出すように。
それでも、興が乗ったのか、その話を話し続けた。
「んまぁこれは別に最初から付いていた訳じゃないんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、人工的に付けられた後付です」
「そうなのですか?」
「ええ、人工的に付けられた後付です」
ちょんちょんとキキーモラを触りながらトーニャは話す。
深優は中華鍋に野菜を入れながらも興味深そうに話に聞き入っていた。
深優は中華鍋に野菜を入れながらも興味深そうに話に聞き入っていた。
「とはいえ……キキーモラにも感覚やらなにやらがある訳なのでして」
「……」
「いきなり現れた未知の器官といえばいいでしょうか。その感覚が苦痛でなりませんでした」
「……」
「いきなり現れた未知の器官といえばいいでしょうか。その感覚が苦痛でなりませんでした」
串にテンポ良く肉を刺しながらゆっくり思い出すように言葉を紡ぐ。
懐かしくも愉快ではない日々を思い出すように。
懐かしくも愉快ではない日々を思い出すように。
「慣れたと思ったら今度は扱うのにも一苦労で。どうやれば自由自在に使えるのか解らず手探りの一方で」
「…………」
「………………んまぁ、そんな色々な苦労があった末に結構な月日をかけてここまで扱えるようになった訳です」
「…………」
「………………んまぁ、そんな色々な苦労があった末に結構な月日をかけてここまで扱えるようになった訳です」
ヒュンヒュンとキキーモラを振り回してそれをアピールするトーニャ。
そのトーニャが浮かべる複雑な表情の意味を読み取る事ができず、深優は不思議そうにそれを見ていた。
コホンとトーニャは一息ついて
そのトーニャが浮かべる複雑な表情の意味を読み取る事ができず、深優は不思議そうにそれを見ていた。
コホンとトーニャは一息ついて
「まぁ決してお手軽というわけじゃないです。それなりに苦労した上で使えるようになりました。以上」
「……トーニャ」
「ハイハイ、さっさと作業に戻る。珍しく手が止まっていますよ、深優」
「……トーニャ」
「ハイハイ、さっさと作業に戻る。珍しく手が止まっていますよ、深優」
そのトーニャの言葉で手が止まっていたことに気づき、深優はまた作業に戻る。
中華鍋を見事に扱いドンドン野菜を炒めていく。
火の扱い、鍋の扱い、手際のよさはまるで何年も修行を重ねた一流の料理人の様だった。
トーニャはそれをつまらなそうに見ながらくるくるとキキーモラを回し続けている。
回るキキーモラが中空に作り出す車輪をなんとなしに見つめ、
色々思い出し、そして考える。
やがて幾許かの時間が経った後、
中華鍋を見事に扱いドンドン野菜を炒めていく。
火の扱い、鍋の扱い、手際のよさはまるで何年も修行を重ねた一流の料理人の様だった。
トーニャはそれをつまらなそうに見ながらくるくるとキキーモラを回し続けている。
回るキキーモラが中空に作り出す車輪をなんとなしに見つめ、
色々思い出し、そして考える。
やがて幾許かの時間が経った後、
「………………………………さて、私も料理に戻りますか」
何も吐き出すでもなく、ただ一言呟いてトーニャは作業に戻っていった。
今は己の身体と一体であるキキーモラを何の感慨も無く静かにしまいながら。
今は己の身体と一体であるキキーモラを何の感慨も無く静かにしまいながら。
・◆・◆・◆・
「攪拌します」
深優がそう呟いて、凄まじい勢いで大量の卵をかき混ぜ始めた。
デザート用のワッフルなどに使う為のものだ。
しかし深優はその作業とは別のことを考えていた。
デザート用のワッフルなどに使う為のものだ。
しかし深優はその作業とは別のことを考えていた。
それは今朝この場所で見た桂と柚明の優しく淫靡な触れ合い。
その後カジノで見たクリスとなつきの愛有る鮮烈な触れ合い。
その後カジノで見たクリスとなつきの愛有る鮮烈な触れ合い。
どちらも深優にとっては見たことがない新鮮なもの。
あれは他者を想い愛し合うからこそ出来る行為なのだろうかと深優は考える。
けれどそれを判断する知識を深優は持っておらずただ困惑するばかり。
ああやって血を吸ったり、熱い熱い甘いキスをするのは人を想う故なのだろうか、それが恋愛なのだろうかと。
恋愛とはつまりああいう行動なのだろうかと考えてしまう。
勿論。決してそんな事はなく特例中の特例で若さゆえの過ち、青い衝動なのだが、それを判断する知識が哀しきかな深優には存在しない。
だから、こう思ってしまう。
あれは他者を想い愛し合うからこそ出来る行為なのだろうかと深優は考える。
けれどそれを判断する知識を深優は持っておらずただ困惑するばかり。
ああやって血を吸ったり、熱い熱い甘いキスをするのは人を想う故なのだろうか、それが恋愛なのだろうかと。
恋愛とはつまりああいう行動なのだろうかと考えてしまう。
勿論。決してそんな事はなく特例中の特例で若さゆえの過ち、青い衝動なのだが、それを判断する知識が哀しきかな深優には存在しない。
だから、こう思ってしまう。
(私は……そのような行為を玲二としたいのでしょうか?)
それが恋愛で、自身に感情があるならば自分は玲二とそういった行為をしたいのかと。
つまりは血を吸ったり吸われたり、熱く熱く甘甘なキスを。
あの玲二と。
あんな行為を……
つまりは血を吸ったり吸われたり、熱く熱く甘甘なキスを。
あの玲二と。
あんな行為を……
「…………………………………………」
ボンッとそんな音が響いた気がした。
深優の顔が瞬間沸騰の如く真っ赤になっている。
正直色々な意味で考えれなかったのだから。
そう、色々な意味で。
途端に色々恥ずかしくなって卵を凄い勢いでかき混ぜ始める。
恥ずかしくて顔が赤くなってまた異様に熱かった。
深優の顔が瞬間沸騰の如く真っ赤になっている。
正直色々な意味で考えれなかったのだから。
そう、色々な意味で。
途端に色々恥ずかしくなって卵を凄い勢いでかき混ぜ始める。
恥ずかしくて顔が赤くなってまた異様に熱かった。
「…………一体全体どうしたんですか。深優。顔が真っ赤ですよ」
「……ト、トーニャ……」
「……ト、トーニャ……」
隣でオーブンを操作していたトーニャが何事かと思って深優に話しかけた。
手には熱い鉄板を持つ為に彼女らしからぬ可愛らしい模様が入っているミトンをはめている。
それでも熱かったのか耳たぶを押さえている。
深優は多少動転しながらもトーニャのほうを向く。
だがそれでも落ち着かず、中々言葉が出てこなかった。
手には熱い鉄板を持つ為に彼女らしからぬ可愛らしい模様が入っているミトンをはめている。
それでも熱かったのか耳たぶを押さえている。
深優は多少動転しながらもトーニャのほうを向く。
だがそれでも落ち着かず、中々言葉が出てこなかった。
「………………はぁ。どうしました?」
「い、いえ」
「落ち着きなさい、はい、深呼吸ー」
「……スー…………ハー………………」
「はい、よし。それでどうしました?」
「い、いえ」
「落ち着きなさい、はい、深呼吸ー」
「……スー…………ハー………………」
「はい、よし。それでどうしました?」
多少は落ち着きを取り戻した深優に向かってトーニャは冷静に問いかける。
深優は視線が揺れ動きながらもやがて口を小さく開いた。
深優は視線が揺れ動きながらもやがて口を小さく開いた。
「トーニャ……少し聞きたいのですが」
「はい?」
「あの……桂や柚明の今朝の行動や、クリスとなつきの一連の行動にどう思われますか?」
「……行動?」
「そ、その吸血とか……く、口移しとか」
「…………………………」
「はい?」
「あの……桂や柚明の今朝の行動や、クリスとなつきの一連の行動にどう思われますか?」
「……行動?」
「そ、その吸血とか……く、口移しとか」
「…………………………」
頬を染めて恥ずかしそうに言う深優。
その言葉に逆に凄い勢いで冷めて行くトーニャ。
やがて呆れたように所感を述べた。
その言葉に逆に凄い勢いで冷めて行くトーニャ。
やがて呆れたように所感を述べた。
「ああ、ただの緊張感の欠片もなく人目も憚らず年中発情中の色恋のおばかさんですね」
「おばかさん……」
「そうです。それ以外に何かありますか?」
「い、いえ」
「では、さっさと完成させましょう。そろそろお昼ですよ」
「おばかさん……」
「そうです。それ以外に何かありますか?」
「い、いえ」
「では、さっさと完成させましょう。そろそろお昼ですよ」
トーニャの冷え切った言葉による一蹴に深優は少し唖然とする。
トーニャはあくまで淡々と。飄々と。
トーニャはそのまま次の料理を作る為に深優の元からはなれる。
深優は不思議そうに未だに頬を染め首を傾げていた。
そんな深優を一瞬見て、トーニャは大きな溜め息を付いて、そして――
トーニャはあくまで淡々と。飄々と。
トーニャはそのまま次の料理を作る為に深優の元からはなれる。
深優は不思議そうに未だに頬を染め首を傾げていた。
そんな深優を一瞬見て、トーニャは大きな溜め息を付いて、そして――
「やれやれ………………深優さんも色恋沙汰多いおばかさん…………ゴホンゴホン。悩み深き恋する乙女でしたか」
わざとらしく、深優に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で心の底から呆れたようにそれを漏らした。
Happy-go-lucky (幸運) 1 | <前 後> | Happy-go-lucky (幸運) 3 |