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LIVE FOR YOU (舞台) 16

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LIVE FOR YOU (舞台) 16



 ・◆・◆・◆・


罅割れたガラスの中に見つけた自分。
自身のものではない血で染められた真っ赤な姿。それは――




今もなお、人を斬った感触は残り、手から離れようとしない。

肉を裂いた感触。
骨を砕いた感触。
内臓を潰した感触。

どれも鮮明な記憶として彼女の――羽藤桂の脳裏に焼き付けられていた。



――初めて人を殺した。



これが一兵士なら誰でも味わう一種の通過儀礼なのだろう。
初めて戦場に立った新兵が敵兵を殺した時に感じる恐怖と罪悪感と高揚感。
だが彼女は兵士でも何でもなく、平和な日常に身を置くただの女子高生――のつもりだった。

だからこの狂気に彩られた島でも誰も傷つけまいと力を振るうことを拒絶し続けた。
例えそれが自らを絶望の舞台に立たせた敵であったとしても、
殺し殺される憎しみの連鎖を止めたいと。彼女はそう願い続けていた。

だがそれは結局のところ過酷な現実からの逃避に過ぎなかったことを思い知らされる。
この世界にはそんな甘い考えではどうにもならない現実が存在する。
そしてその現実を受け入れて力を使ってしまったこと。
かつて吾妻玲二に向けた言葉がひどく空虚だった。

しかし、彼女に立ち止まる時間は残されていない。
否、立ち止まってなんかいられない。
立ち止まり、罪悪感に竦む暇があるのなら少しでもこの力を仲間を守るために使いたい。
今こうしている間にも仲間の生命が危機に曝されている。
だから今は――前だけを見続ける。


 ・◆・◆・◆・


気絶したやよいを背負ったダンセイニを発見してからすぐ、
彼女の手に嵌ったままのプッチャンから事情を聞いた桂と柚明は、廊下を進み手近な医務室へと駆け込んでいた。
ベッドの上へと寝かされたやよいの小さな身体にはいくつも血の筋が走り、見るからに痛々しく
そんなやよいへと、桂は血相を変えて必死に呼びかけを行っている。

「やよいちゃん……しっかりして……!」

だがしかし、やよいがそれに応えることも目を開く様子もない。
一見では爆風による火傷や破片による切り傷が目立つが、しかし懸念は別のところにあった。
充血した瞳や耳。それに吐血したことなどからしてダメージが身体の内側にまで及んでいるのは想像に難くない。
また意識を失っていることから、吹き飛ばされた衝撃で頭などを強打している可能性も考えられる。

「柚明……! 頼む! やよいを……やよいを助けてくれ……!」

ベッドの脇に寄り治療を試みている柚明へとプッチャンが悲壮な声で訴える。
そしてそれを手伝う桂はピンセットで丁寧にやよいの身体から突き刺さったガラス片を取り除き、
化膿しないようにとアルコールで消毒していた。
普通なら飛び上がるような消毒の痛みも昏倒したやよいに届かないのが、安心であり不安でもあった。

もし、このまま目を覚まさなければどうしよう――

桂の胸に浮かび上がる不安の影。
傷は癒えても脳に損傷を負っていたら……?
柚明の月光蝶ですら意識を取り戻さないのならばそんな可能性もある。
この先意識を取り戻さないやよいを最後まで守り抜くことなんて……

(だめだめ! ヘンなこと考えたら! やよいちゃんは絶対目を覚ますに決まってるよ!)

そんなことを考えていたら治るものも治らない。
絡みつく不安を必死に振り払う。
柚明の治療を信じるしかない桂だった。

「っ……」

やよいの周囲に治療のための月光蝶を展開してる柚明から苦しげな息が漏れる。
相当な集中力を要するのだろうか、額に玉のような汗が滲んでいた。
きっと今の自分の力の大半を治療に注ぎ込んでいるでいるに違いない。
見ると蝶の光が先ほどよりも薄くなっている。
柚明のことだ。このままだと自らの肉体を最低限維持するための霊力すらもやよいのために使ってしまうかもしれない。
それが柚明のやよいに対する贖罪といわんばかりに。

「柚明お姉ちゃん……かなり疲れているけど大丈夫?」
「大丈夫よ……このぐらいどうってことないわ。く……っ」
「…………」

どう見ても大丈夫そうには見えない。
少し休ませてやりたい。しかし今やよいを救えるのは柚明だけ。
だから桂は自らの血を差し出す。
何度傷つけたか覚えていない血の滲んだ手首を柚明の眼前に差し出した。

「はい、やせ我慢はよくないよ」
「……そうね。お言葉に甘えるわ」
「ごめんね柚明お姉ちゃんに任せきりで……わたしは血をあげるぐらいしかできなくて」

桂の手首に静かに唇をあてる柚明。
そして優しく舌を這わせ滲んだ血液を舐め取る。
しばらくして失われた霊力が回復したのか、輝きを失いかけていた月光蝶が再び光を強めた。

「……っはぁ……ありがとう桂ちゃん」
「もういいの?」
「うん、おかげさまで。これでまだまだ大丈夫」
「でも無理はしないでね。疲れたらいつでも血をあげるから」

柚明はこくんと頷き治療を続ける。
やよいに刺さったガラス片はほどなくして全部取り除けた。後は目を覚ますのを待つだけ。
無言で横たわるやよいと治療に勤しむ柚明。後はその光景を見守ることしか桂にはできない。


 ・◆・◆・◆・


柚明によるやよいの治療が続く中、桂は外の様子を確認するため医務室を出ることにした。
静かで広い廊下。そこにはアンドロイドも戦闘員の姿もなかったが、どこか遠くから銃声と爆発音がかすかに聞こえてくる。
きっと仲間達が今も戦いを繰り広げているのだろう。ここらに敵の気配がないのはそのおかげかもしれない。
束の間に訪れた平穏。桂は壁に背を預け天井をぼうっと見つめ、ぽつりと呟いた。

「やよいちゃん……目を覚ます……よね?」
「たりめーだろ、お前が柚明を信じなくてどーすんだよ」
「あはは、そうだね……」

桂の左手へと移ったプッチャンが答える。強がってはいるが彼も不安を隠し切れていない。

「…………」
「…………」

二人とも言葉に詰まり沈黙する。
相変わらずどこかから聞こえる銃声と爆発音。

「本当に……ファルさん達死んじゃったのかな……」

神崎により伝えられたファルと美希となつきの死。
この数日間、殺し合いという現実から逃れ束の間の安息を享受していた。
そのせいで心のどこかで「もう仲間が死ぬことはない」と高を括っていたのかもしれない。
なので今、不意に訪れた厳しい現実により桂の心は喪失感に埋め尽くされていた。

「俺は信じねえ……死体を見つけるまで俺は絶対信じねえぞ……!」

言葉を吐き捨てるプッチャン。
ここで彼女達の死を信じてしまえば、それが本当になるのだとそう言うように。

「だよね……そうじゃないとあまりもクリス君が可愛そうだよ……」

一緒に行動した数日間、桂はクリスとなつきの仲睦まじい姿を何度も見ている。
ファル曰く、クリスは以前とは考えられないほど幸せそうだと語っていた。

「大切な人を失う辛さはわたしもよく知っているから……」
「桂……」

プッチャンは一言だけ桂の名を発しただけで、続く言葉を失ってしまう。
また静かな時が二人の間に流れ、発する言葉を捜しあぐねていたプッチャンはふとあることに気づいた。
桂の着ているシャツの色を変えている茶褐色の染み。
それは、それが何かわかってしまうほどに見慣れてしまった血の色だった。

「桂……怪我でもしているのか? その服の染み」
「どこも――怪我なんてしてないよ――」

桂の感情の消えた声でプッチャンは「しまった」というような表情をする。
怪我をしているのならこんな血の付き方はしないはず。
きっとこの染みは返り血を浴びて……

「すまん桂、触れられたくない所に触れちまった」
「気にしないで。わたしは現実から目を背けない。今自分にできること、自分にしかできないことをやったまでだから」
「けっ……虫も殺せんような小娘が一人前に口を利きやがってよ……そんなモン俺たちゃ野郎の役目だっつーの」
「あ……でもやよいちゃんには隠していて欲しいかな。すぐにバレると思うけど」
「ああ……」
「やよいちゃんは誰にも殺させない。そして誰もやよいちゃんに殺させない。その役目はわたしのものだから――!」
「すまねえ……桂。やよいを守ってやってくれ」

そう言ってプッチャンの顔が不機嫌そうなものに変わる。
怒りと悔しさが入り混じった表情だった。

「どうしたの?」
「ムカツクぜ……自分にできないからってをお前に汚れ役を押し付けてる俺自身がよ……」
「プッチャン……」
「そして何より俺は……やよいにりのを重ね合わせている。
 守れなかった妹の代わりにやよいを守ることで満足しようとしている。糞が……」
「そんなことはないよ……きっとりのちゃんだってそう望んでいるはず」
「俺は――生きてる人間が死者の気持ちを代弁するのは好きじゃない」
「そうだね。
 傲慢なことだと思う……でも、そうすることでわたし達はここまで来れたんだから。
 立ち止まるよりは自己満足でもいいから前に進もう」
「そう、だな……」

遠い目をして宙を見つめる二人。
それぞれの想いを胸にして。

しばらくして医務室のドアが内から開かれ、中から柚明が出てきた。
顔色は悪く、あれからまた相当に疲労したのだと察することができる。
彼女は廊下の壁にもたれかかる桂とプッチャンの姿を見つけると近づき言った。

「やよいさんが意識を取り戻したわ……」
「ほんと! 良かったね、プッチャン!」
「ああ……!」


だが――喜ぶ桂とプッチャンとは対称的に柚明の顔に浮かぶ表情は鎮痛なものだった。


「聞こえるかやよい! やよいッ!」
「もうっ、そんな大声出したらやよいちゃんに迷惑だよ……」
「てけり・り!」
「す、すまねえ。やよいが目を覚ましたんでつい……」

医務室に駆け込む桂。
やよいはベッドに横たわり静かに目を閉じてた。

「もう……プッチャン。ちゃんと聞こえてるよ……」
「やよい……!」

目を開けてか細い声で答えるやよい。
彼女は上体を起こしてプッチャンを探す。
右手にあるはずのプッチャンがなくて軽く困惑している様子だった。

「あれ……プッチャンどこ……?」
「ああ、すまねえ今は桂の左手だ」

プッチャンに触れようとやよいは手を伸ばすが……

「おい、どこに手を伸ばしてるんだよ。俺はこっちだぜ」
「あ……ごめんね」

やよいはまたも手を伸ばすが空しく空を切る。
やよいの肩がかすかに震えていた。

「やよい……まさか――目が見えてないのか!?」

プッチャンの問いかけにやよいは今にも泣きそうな声で答えた。

「目の前が……すりガラスのように真っ白に霞んで、プッチャンの顔も桂さんの顔も柚明さんの顔も見えないよ……」

焦点の合わない虚ろな瞳が振るえ涙に潤む。
しかし、必死に泣くことを堪えてるやよい。
プッチャンも桂もかける言葉が見つからず立ち尽くすだけだった。

「どうして……柚明の治療はうまく行ったんじゃなかったのかよ……」
「爆風で頭を強打したせいで……、一時的なものだと思いますが……ごめんなさい、私の力が足りないばかりに」

頭を下げる柚明にやよいはふるふると首を振る。

「柚明さんは悪くないです……! 私のケガを治すためにこんなにヘトヘトになってるんですから……!」
「……やよいちゃん」
「それにもう少し時間が経てばまた目が見えるようになるんですよね? なら心配しないで下さいっ。……私は大丈夫ですから」

視力を失ってしまっても元気に振舞おうとするやよいの姿。
その健気な姿勢に桂の胸に熱いものがこみ上げる。

「ほらっ、早く急ぎましょう! いつまでもここにいたら見つかっちゃいますよ。よい、しょ……あっ!」
「やよい!」

手探りでベッドから降りようとしたやよいは手をつく場所を誤り、そのまま床へと転げ落ちてしまった。
そして転落したことで方向を見失ったのか、皆を探すようにキョロキョロと頭を動かす。

彼女の目の前を覆う白い闇。
その闇の中でやよいは微かに浮かぶ影をたよりに手足を動かすが、やはりとてもまともに動ける状態ではなかった。

「うっうー……目が見えないと不便です……」

心配かけまいと必死に一人で歩こうとするやよいの姿があまりにも痛々しい。
その居た堪れない姿に桂はやよいの前に歩み寄る。

「えっ……?」

桂がやよいの身体を優しく抱き締める。
背中に回された桂の腕から伝わる温もり。
そして間近に当たる柔らかな吐息と幽かに漂う錆びた鉄の匂い。

「やよいちゃん……無理しないで、ひとりで抱え込まないで……わたし達は仲間だから、ね……?」
「あ――」

桂の言葉が胸を打つ。
自然と瞳から涙が溢れてしまう。

「ひぐっ……怖いです……何も見えなくて、桂さんが側にいるのにその顔も見えなくて……」

堪えていたものがあふれ出る。
失明の恐怖。そして何よりも怖いのが二度とアイドルとしてステージに立てなくなるかもしれないこと。
カタカタと震えるやよいの身体を桂はぎゅっと抱く。

「やだよ……歌えなくなるなんて嫌だよ……ううっ……」
「大丈夫……きっと治るよ……」
「うあぁぁ……あああああああぁぁぁぁ……」

桂はやよいが泣き止むまでいつまでも抱きしめていた。
子をあやす母のように――


 ・◆・◆・◆・


「やよいちゃん……まだ目は見えていない?」
「はい……少しましになった気がしますけど……まだ霞んだままです」

落ち着いたやよいはベッドの上へと戻り、そして再び柚明の月光蝶による治療を受けていた。

「柚明さんごめんなさい……」
「いいのよ、さっきよりは少し良くはなってるんだから。このまま治療を続けましょう」
「でも……ここにずっといたら……」
「その時は、わたしが何とかするから。もし襲われたら……柚明お姉ちゃん、やよいちゃんをお願い」
「ええ、任されたわ」
「じゃあやよいの荷物の中に電磁バリアがあるから使ってくれ、俺達が使うよりは効果あるだろ」

そう言ってやよいの手に戻ったプッチャンが鞄を指差す。
桂は荷物の中から電磁バリアを取り出すとそれを柚明へと手渡した。

「……桂さん。ちょっと見ない間に変わりましたね」
「そう……かな」
「さっき桂さんに抱き締められたときに少しだけど、血の匂いがしたんです。ここで……何かあったんですか……?」
「…………」

やよいに痛いところを突かれ口ごもる。
やはり気づかれていた血と死の匂い。
できる限りやよいには知られたくなったこと、でもいずれやよいの目の前で行うことになる行為。
少し前までやよいと同じ側にいたはずなのに、今はもう境界を踏み越えてしまったことへの後悔は薄れてしまっていた。
あんなにも戦うことを忌避していたというのに。
今は誰かを守るためといえ積極的に戦いに赴こうとしている。


――ほんと、玲二さんに会ったら何て言われるかわからないや。


桂はくすりと自嘲の笑みを浮かべる。
だけどやよいにそれを知られてしまうことに負い目があった。
立場は違えどやっていることは神崎達と同じなのだから。
でも隠していても何もならない。桂は目を伏せたままやよいへと言った。

「わたしね。初めて人を殺したの」
「えっ……?」

桂の言葉にやよいの小さな身体が震えた。
彼女にとってそれがいかに重い告白だったのか、それはやよいにも理解できる。
何より事情もあるだろう。それにこんな状況なのだからしかたがいとも自分を言い聞かせることもできる。
だがそれでも、先日まで一緒にご飯を食べて一緒にお喋りを楽しんだしりていた年の近い友人が、
急にどこか手の届かない所に行ってしまった気がして軽い眩暈に襲われた。
同じく仲のよいファルや美希よりもずっとずっと自分に近かった羽藤桂という少女。
それが、いなくなってしまう――

「わたしったら馬鹿だよね。前に玲二さんに酷いこと言ったのに、今はあの人と同じ側に立っている。軽蔑しちゃうよね……」

目の見えないやよいは、否。目が見えないからこそ桂の言葉の中に篭った決意と勇気を感じ取れる。
でも次の言葉を返すことができない。何を言っても人を殺したことのない自分では欺瞞のように思えて。
だけどここで桂を拒絶してしまうと彼女はきっと永遠に手の届かない所に行ってしまう。

一言だけでいい。
なにがあっても友達だよと。
どこに行ってしまっても桂は桂だと。



「桂さ――」



その時、ガラスが割れる大きな音が彼女の言葉を遮った。

「やよいちゃん伏せて!!」

桂の叫び声。
そして腕を掴まれてベッドから引き摺り下ろされる。

次の刹那、閃光。爆発。
少し前に聞いた酷く嫌な音。衝撃波が身体を揺らす。
手榴弾を投げ込まれたんだと理解する。

ややあってたくさんの足音が部屋の中に入り込んできたのがわかった。
そして間髪入れずに鳴り響く銃声。


――ああ、私死んじゃうんだ。


結局奇跡は二度も起きない。
このままみんな死んで全て終わる。
白い闇が広がり――


(あれ……生きてる?)


霞んだ視界の向こうで蒼い人影によって嵐のような銃弾は阻まれている。
身体の上に覆いかぶさる温かく柔らかいもの。

「桂……さん?」
「よかった……やよいちゃんが怪我してなくて」

桂が自分の上にいるのだと知ったやよいは抱きつくように手を伸ばし、そして彼女の背中を濡らしているものに気づく。
ぬるりとした熱い感触。触れると桂は苦悶の声をわずかに漏らした。

「桂さん……! わたしを庇って……! ああ……っ、背中から血がっ」
「あはは……ちょっと背中にガラスが何個か刺さってるみたい……つっ……」
「そんな……!」
「この程度の傷すぐに治るから心配しないで、……柚明お姉ちゃん!」

苦悶の表情を見せたのも一瞬。
桂は力強く声を発すると、電磁バリアを展開して銃弾を受け止めてくれている柚明の名を叫んだ。

「あまり持ちそうにないわ……! 早く……!」

柚明の声に頷くと桂は立ち上がって部屋を見渡した。
マシンガンを構え柚明の張っている電磁バリアへと撃ち浴びせている戦闘員は3人。
破られた窓からも何人かがこちらへと銃口を向けている。気配に頼れば、更に何人もの戦闘員が外に展開しているようだった。
部屋の隅へと視線を走らせる。立てかけておいた子烏丸を取りに向かうには少し遠い。
バリアの中から飛び出せばいい的になってしまうだろう。いかに鬼の力があるとはいえ集中砲火を受けてはひとたまりもない。
手元にある武装はサブウェポンとして懐に入れていたスターム・ルガーGP100。
装弾数六発の回転式拳銃。予備弾薬は荷物の中――これも取りに行く余裕はない。

「弾は六発……! でもやるしかない……!」
「桂さん!」
「桂!」

やよいとプッチャンの声を背中に桂は床を蹴って電磁バリアの有効範囲から飛び出す。
戦闘員の持つ銃口がそれを追うが不規則な動きには対応できないのか犠牲になるのは棚や壁ばかりだ。
しかし長く避けきれるものでもない。
桂は強く床を蹴ると天上ギリギリの位置で宙返りし、そのまま戦闘員へと肉薄。十分に加速した踵落としを浴びせかけた。
まともに脳天へと直撃をくらった戦闘員は鈍い音を立てて床に崩れ落ち、

そして――

無言のまま感情の色も見せず、倒れた戦闘員の頭へと向けて桂は銃の引き金を引いた。
やよいの耳に今まででと違う銃声が響く。一際大きく痙攣し動かなくなる戦闘員。
すぐさま桂は死んだ戦闘員から拳銃――ベレッタM92と突撃銃――M4カービンを奪い取り、戦闘員の一人に向かって掃射。
タタタタと小気味よい音と共に戦闘員が不恰好なダンスを踊り、白い壁に赤い花が咲き零れる。

「――二人」

静かに、抑揚の無い声で桂は倒した戦闘員の数を数える。
残り一人となった戦闘員。見れば、銃撃は効果なしと判断したのか刀を抜き柚明らへと飛び掛るところであった。
桂に構うことなく戦闘員は床を蹴る。構えた白刃の先には倒れたままのやよいの姿があった。

「やべえ! やよい避けろぉぉ!」

プッチャンが叫ぶがまともに目の見えないやよいにそんなことができるはずがない。
柚明も、ダンセイニもこのタイミングではやよいを庇うことができない。

「させるものかあああああああああああ!!」

咆哮。
人間の限界を超越した瞬発力で桂がその後を追う。

「このおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

難なく追いつくとそのまま戦闘員を後頭部を掴み顔面から床へと叩きつける。
硬いものがぶつかりぐしゃりと砕ける気味の悪い音が響き、その傍で伏せていたやよいが悲鳴をあげた。

「…………」

無言の桂。その顔に感情の色はない。そしてやよいの焦点の合わない瞳が桂を見上げていた。
やよいにはほとんど見えていないはずなのに、その虚ろな視線を桂はひどく痛く感じる。
桂は片手にぶら下げていた戦闘員を力任せに投げ捨てた。
戦闘員は医務室の薬品棚に激突し、そこから下半身を生やしたままピクリとも動かなくなった。



桂の鬼神の如き迫力にプッチャンは絶句していた。
これがあの羽藤桂なのかと、信じられない面持ちで桂の戦いを見守る。

(やよいの目が見えてなくて不幸中の幸いだぜ……さすがにこれはやよいには刺激がキツ過ぎる……)

室内にいた戦闘員達を一瞬で蹴散らした桂は小烏丸を掴み取ると無言で廊下へと飛び出していった。
すぐさまに銃声が幾重にも重なった。
だがしかし、それは間を置かずして少しずつ数を減らしてゆく。
視線を通さない壁の向こうで何が行われているのか、プッチャンには、そして誰からしてもそれは明らかなことだった。



「くっ……!」

床を転がる桂の口から短い悲鳴が零れる。

(脇腹と肩に掠った……でもこのぐらい何ともない……!)

しかし桂はそれをものともせず、低い姿勢のまま戦闘員の前へと詰め寄ると立ち上がり様に思い切り蹴り上げた。
一瞬。宙に浮く戦闘員。
抜刀。一筋の光が真一文字に走り、両断された戦闘員の身体が血の線を引きずりぶっ飛ぶ。

しかし休む間もない。今度は背後から3人の戦闘員らが揃ってマシンガンを連射してくる。
桂はそれを左右に避けるでなく、跳躍することで回避。
そのままバク転の要領で背後へと向きを変えると、逆様の視界の中で取り出した拳銃を両手に容赦なく撃ち放つ。
見惚れてしまいそうな流麗な動きに戦闘員らが対応できるはずもなく、的のような彼らにいくつもの弾丸が突き刺さった。

マズルフラッシュの光に何度も照り返される桂の顔。
甲高い音を立てて床の上に落ちる空の薬莢。
そして桂の足が再び床を踏みしめた時には3人のうち2人が血を噴き床の上へと沈んでいた。

「あと一人……ッ!」

離れた位置にいた最後の戦闘員が銃を乱射する。
だが、叫びながら放たれるそれは避ける必要もなくただ桂の傍を通り過ぎるばかりであった。
すぐに弾丸は底をつき、桂は止めを刺すべくと歩み寄ろうとし――気づいた。

叫びながら――?

この戦闘員は何か違う。
今まで相手した戦闘員は全て無言で、感情が窺えるような仕草を見せなかった。
悲鳴を上げながらマシンガンを放り投げ、震える手でたどたどしく拳銃を抜く姿はこれまでのものと明らかに違う。

違う。この人は言霊に操られてなんかいない――

ドサっと音がして恐怖で顔を引きつらせた戦闘員は簡単に押し倒された。
カチャリと鳴る二つの拳銃。
桂は戦闘員の眉間に銃口を押し当て、戦闘員は桂の腹へと銃口を押し当てていた。
感情を押し殺した声で桂は言う。

「お願い。投降して――」

相手は意志を持った人間。これまでのような操り人形と化した者ではない。
ならばと桂は思うが――

「この……化……物め……」
「っ……!」

初めて聞いた敵である人間の声。
恐怖と憎しみ。黒く濁った怨嗟に満ちた声。
化物という呪詛の言葉が桂の耳に届き心を震えさせる。

「死……ね……ッ!」

ゆっくりとスローモーションになる世界。
戦闘員が拳銃を持った腕に力をこめるのがわかる。

やめて。
それではわたしは殺せない。
お願いだから――

乾いた音がして熱い衝撃が桂の腹部に走った。
熱い鉄棒を身体の奥深くに押し込まれたような感覚。
しかし――人でなくなった桂はその程度の痛みでは死ねない。

「く……ぅ……」
「はは、化物め……ははは、ははははははは」


戦闘員の狂ったような哄笑が桂の耳に突き刺さる。
化物。
化物。
化物。
お前は化物だ。



「ははははははは化物め化物め化物め化物め化物め化物め化―――」



一発の銃声が煩い声を掻き消した。
眉間に穿たれた穴。死んだ人間はもう二度と口をきくことはない。


――殺した。
意志を奪われた人形じゃない。生の感情を持った人間を初めて自らの殺意でもって殺した。
それがひどく悔しくて、桂は自らの拳を堅い床へと打ちつける。
拳から真っ赤な血が滴る。人間のような。しかし、死んだ人間の残した言葉が耳を離れなかった。


「わたしは……化物なんかじゃない……!」






  • ◆・◆・◆・


目を堅く瞑り耳を掌で覆い柚明の足元で震えているやよい。
いつの間にか、耳を塞いでも届いていた銃声は聞こえなくなっていた。

「終わった……の?」
「ああ……終わったぜ」

プッチャンの声でやよいはゆっくりと目を開く。
白く霞んだ世界は治療の甲斐あってか先ほどよりもずっとクリアに見えて、
だからこそ、そこに見たくない赤いモノが見えてしまう。

「うっ……」

部屋に充満した生臭い鉄の匂いに思わず口を押さえる。

やよいのすぐ傍には額を陥没させている戦闘員。それはまるで壊れた作り物のようで。
壁に背を預け崩れ落ちている戦闘員。白い壁と床に前衛的な赤いアートを描いており。
壊れた棚の中に上半身だけを突っ込んでいる戦闘員。まるで悪夢のような光景だった。

「これを桂さんが……?」

やよいが問いかると柚明は無言で頷いた。
息を飲み、やよいはよろよろと立ち上がり部屋の外へと向かおうとする。

「やよいさん……私が肩を貸すわ」

ふらふらとする身体を柚明が支えてくれる。
二人揃って部屋の外へと向かい、そしてそこでやよいは更に凄惨な光景を目の当たりにしてしまう。

足元に転がる半分しかない戦闘員。そこにあったのはあまりにも惨たらしい死というそのままの有様。
折り重なるように血溜まりの中へと沈んでいる戦闘員。暴力こそが絶対の道理であると告げるような。
まるでパズルのピースの様にバラバラにされてしまった部品でしかない戦闘員。殺人の場面であった。

「うぐ……うぇ……」

こみ上げてきたものにやよいは口を押さえて蹲った。
あまりにもここは気持ち悪い。悪夢かと疑うほどに現実味が乏しく、なのに鮮明するぎる。

「桂ちゃん……」

背後の柚明の声でやよいは再び顔を上げる。
視線の先には仰向けに倒れた死体とその傍らで立ち尽くす桂の姿があった。

「桂さん……」

ぶらりと下げた片手に握られた銃の先からはうっすらと硝煙が揺れていて、
桂はやよいに背を向けて死体を見下ろしたままでいる。

「目……良くなったんだ。……でも、こんな姿やよいちゃんに見られたくなかったな」

ぽつりと呟く桂の声は震えていた。
ゆらりと振り向くその姿は先よりも赤色に凄惨さが増していて。
そしてお腹はには一際鮮明な赤の色。じくじくと染み出すそれは紛れもなく桂自身のものだった。

「桂さん……! お腹撃たれて――」
「大丈夫だよ……これぐらい。ほら」

服をまくり撃たれた傷を見せる。
本来なら血が溢れておかしくない銃創からはわずかしか血が流れていない。

「柚明お姉ちゃん……念のため傷口をお願い」
「うん……」

柚明が傷口を治療するため桂へと駆け寄る。
やよいはへたり込んだまま青白い光が桂の傷口を癒す光景を無言で見つめていた。

「こんな化物……嫌いになって当然だよね」

駄目だ……このままでは桂がいなくなる。
全てが終わってしまってもきっと桂は自分の前からいなくなってしまう。
どんなことになっても桂は桂で、大切な友達なのに……、
遠く、その姿が遠くへと行ってしまう。
それはいけない。
行かせてはならない。
一人で行かせては、
見送ってはいけない。
立ち上がり、
やよいは桂の元へ歩み寄り、

そして――


パァンと乾いた音が桂の頬を打つ。


「やよい!?」
「やよいさん!?」

突然の出来事に目を丸くする桂。
その瞳の中に映るのは怒ったような、それでいて泣きそうな顔のやよいの姿であった。

「ふざけないでください……っ!」
「えっ……?」
「ふざけるなって言ったんですっ!
 なんで一人で抱え込んで……! 勝手に私が桂さんを嫌ってるなんて決め付けないで下さい!」
「やよいちゃん……」
「さっき私を庇って怪我までした人が化物のわけないじゃないですか!
 何になったとしても桂さんは桂さんであることに変わらない! 
 私の大切な――友だちです! だからそんなこと……二度と言わないで下さい!」
「ありがとう……ぐすっ」



そう、自分の周りにはこんなにも優しい人達がいる。
例え自分がどんな化物でも、ありのままの姿を受け入れてくれる仲間。
どうしようもなく残酷で絶望的な現実の中で出会ったかけがえのない仲間達。
仲間達を守るためにどんなことがあっても自分は自分であり続けよう。
滲む涙を指で拭きながら胸に想いを秘める桂だった――








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