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LIVE FOR YOU (舞台) 15

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LIVE FOR YOU (舞台) 15



 ・◆・◆・◆・


「おや?」

 閑散とした通路を疾駆する傍ら、手元のレーダーに新たな反応が浮かび上がった。
 唯一、仲間と合流できるすべを持ちながら不幸にも未だ誰とも合流できていない、彼女。
 銀のポニーテールを尻尾のように振り翳す――銀狐、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナが立ち止まる。

「桂さんに、柚明さん……そしてやよいさんですか。首尾よく合流を果たせたようですね」

 メンバーの中でも随一の非戦闘員であるやよいが、桂と柚明の二人と合流できたのはトーニャにとっても僥倖だ。
 あの二人がついていれば、滅多なことは起きないだろう。肩の荷が下りた心持に、トーニャは微笑を零す。

「……ええ。これ以上の犠牲は好ましくありませんからね。みなさんの士気にも、影響していなければいいのですが」

 が、すぐに表情を辛辣なものに変え、憂いを呼び戻す。

「酷な話ですかね、それも」

 敵本拠地に突入してすぐ、散り散りになってしまった仲間たち。
 その内の何人かは、先ほど施設全体に響き渡ったある報告によって、多大なる影響を受けたことだろう。
 第二十二回目となる、このような状況下でも律儀に進められた、正午を知らせる――放送。
 玖我なつき、山辺美希、ファルシータ・フォーセット、以上三名、戦死の報せ。

「私たちにプレッシャーをかけるための虚言……と判断できれば気が楽なんですがね。
 システム上、そのような真似は許されないはず。なら、これはもう覆らない事実として、受け止めるしかない」

 気持ちの整理をつける意味での、淡々とした独白。
 昼夜問わず皆の前ですとろべりっていたなつきも、
 寺院で出会った頃から因縁を築いてきたファルも、
 お調子ものでムードメーカー的存在だった美希も、
 死んだ。帰らぬ人となった。もうお別れなのだった。

 だからといって、くよくよ悲しんだり、嘆いたり、ましてや泣いたりなど、今のトーニャたちには許されない。
 ここは戦場。そして敵地。明日は我が身を十分に自覚し、四方八方から迫る敵勢に対処しなければならない場。

 ありとあらゆる感情を殺し、実直に行動すべきだ――と、トーニャはクールなロシアンスパイとしての自分に言い聞かせる。

「……さて、と。近くにいるというなら合流しない手はないですね。私も向かうとしましょうか」

 レーダーに浮かぶ三人の反応は、今の離れつつある。
 またもや合流を果たせず、ではいい加減コントだ。
 トーニャは疾駆を再開せんと一歩目を踏み出し、

 二歩目で踏み止まった。

「……あ」

 前方、通路の先の曲がり角から、ひょっこりと顔を出した懐かしい姿。
 自身とは対照的な、相変わらずの金髪。決して扇情的とは言えない、幼稚な裸ワイシャツ。
 ふさふさとした金色の尻尾を、隠そうともせず無防備に晒すその存在へと――トーニャは行き会った。

 ある種、トーニャ最大の標的でもある、彼女に。

(……“狐”はあなたのほうでしたね。そうそう、思い出しましたよ。私は狐ではなく“狸”……そういう配役でした)

 トーニャの眼前に、終生のライバルたる妖狐が現れた。


 ・◆・◆・◆・


 すず――それは武部涼一からもらった、人型としての彼女の名前。
 愛着はあるし、捨てる気も毛頭ないし、その名で呼ばれることを至福と感じさえする。
 だがそれも、彼に限った話。彼以外の大多数にその名で呼ばれると、正直虫唾が走る。
 ゆえに、彼女との邂逅の瞬間、眉間に皺が寄るのはある意味必然と言えた。

「あー、すずたんだ~。こんなところでバッタリだなんて、運命的! トーちん嬉しくて泣けちゃいそう!」

 通路上で偶然対面した、彼女――トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは、裏声全開でそんなふざけた挨拶を放る。
 すずは遠慮のないしかめっ面をトーニャに浴びせ、一言。

「気色わるっ……」

 本心からの不快感を告げた。

「む。練りに練った再会の挨拶をそのような形で一蹴するとは、さすがはフォックスビッチといったところですね」
「…………」
「なんですか、その、私なんかとは口も利きたくないと言わんばかりの表情は。実にすずさんらしい。最高にして最低です」

 減らず口を、と罵る気すら起きない。
 戦場のど真ん中で、敵同士が遭遇した。だというのに、双方に殺気はない。
 あるはただ、嫌悪と侮蔑を込めた眼差し、友愛と親和性を秘めたポーズ、不合致な組み合わせだけ。

「で、こんな場所でいったいなにを? まさか人材不足のため、あなたも戦闘員として借り出されたんですか?」
「――“黙れ”」

 語る言葉は、力となる。
 妖狐のみが持ち得る絶対服従の力――『言霊』。
 逆らうことは不可能な命令として、すずはトーニャに“黙れ”と告げる。

「無駄ですよ。あなたも学習しませんねぇ。私が耳につけているこのインカム、わかりませんか? 対策は万全です」

 しかしその言霊も、耳に直接届かなければ効果は適用されない。
 初邂逅のときと同じく、トーニャの耳にはおかしな機械が装着されていた。
 そのせいで、こんな初歩的な言霊も憑かせることができない。すずは歯がゆく思った。

「さて、“言霊で部下を自我なき操り人形に変えた”、でしたっけ。まったく、厄介なことをしてくれましたねぇ」
「…………」
「あなたがいなければ、城攻めも随分と楽になっていたでしょうに……こっちは早々に戦死者まで出る始末です」
「…………」
「そのことについて、然るべき始末をつけたいところですが……話す気がないとなると、待っているのはただの虐殺ですよ?」

 調子ぶった態度のトーニャに、すずは内心、苛立ちを募らせるばかりだった。
 しかし彼女の強気にも頷ける部分はある。なにせ、すずとトーニャの実力差は見るも明らか。
 人工とはいえ、戦う術として人妖能力をマスターしているトーニャに、言霊を封じられたすずが勝てる道理はない。
 相手側に、こちらを殺す気があるとすれば――すずの身は武部涼一の顔を再見することなく、むくろと化すだろう。

 傍目から見れば、この状況はピンチなのだ。
 逃げ出すなり、助けを呼ぶなり、そういったことをすずはするべきだった。
 が、すずはなにもしない。むき出しの敵意を、目の前のいけ好かない女に向けるだけ。

 その不遜な態度が、トーニャの失笑を誘った。

「……せっかくの知己との再会です。私としては、腰を落ち着けて話したいのですが。どうですか?」

 選択肢を投げられる。
 この場で死ぬか、話してから死ぬか。
 もしくは、会話の末にこちらの懐柔でも狙っているのか。

 どちらにせよ、すずの選択は既に決まっていた。

「……なら、おあつらえ向きの部屋がある。案内するから、ついてきて」
「やれやれ、やっとまともな言葉を返してくれましたか。いいでしょう、付き合いますよ」

 すずはその場で振り返り、トーニャに背中を見せる。
 トーニャは別段、不意打ちを仕掛けようともしない。
 ただ黙って、すずの後ろをついていく。

「地獄の果てまでね」

 そんな不穏な言葉を漏らしながら。
 心底いけ好かないと思った。


 ・◆・◆・◆・


 ノブ式の扉を潜った先には、夢に描いたような子供部屋の風景が広がっていた。
 四方の壁を埋めるのは、色鮮やかなイラストの数々。兎や小鳥が花畑で戯れている。
 辺りには積み木やジグソーパズル、ぬいぐるみなどの玩具が無造作に散らばっていた。

「これはまた、えらくファンシーなお部屋ですね。いったい誰の趣味なんでしょう」

 すずに案内された“おあつらえ向きの部屋”に入り、トーニャは感嘆。
 敵のアジトにまさかこれほど場違いな一室があるとは、驚きだった。

「あ、大福」

 カーペット敷きの床を土足で歩みながら、トーニャは部屋の中央に置かれた卓袱台の上を見た。
 大福がぎゅうぎゅうに詰まった重箱がある。薄っすらとした赤みは、苺大福と見て取れるだろうか。

「それは命の。別に食べてもいいわよ」
「遠慮しておきますよ。毒でも入っていたらかないませんから」

 のこのこと敵の誘いに乗ってはみたが、トーニャは罠の可能性を捨て切ってはいない。
 おどけた態度の裏では、常に緊張と警戒を。他者を欺き、自分を偽ることは、スパイである彼女の本領だ。
 すずはそんなトーニャに一言、「そう」とだけ言って、部屋の端に置かれたベッドに腰掛けた。

「で、わたしといったいなにを話したいって? さっさと済ませて」
「おお、この清々しいまでに偉ぶった態度。まったくもってすずさんそのもの。懐かしさが込み上げてきます」
「御託はいらない。本当はこうやって顔を合わせているだけでも不快なんだから」
「相変わらず傲岸不遜を絵に描いたような糞キヅネですねぇ。少しは我が身の心配をしたりはしないんですか?」

 トーニャは入り口の近くに立ったまま、間に卓袱台を隔てて、ベッド上のすずに語りかける。

「私のスペックを知らないわけじゃないでしょう? 今すぐにでも、あなたの首をキュッとやることは可能なんですよ?」

 てめぇなんざいつでも殺せるんだよ、という牽制。
 すずは「ふん」と鼻を鳴らし、態度は依然、平静を保つ。

「だから、なに? 言っておくけど、わたしを殺したって意味なんかないわよ」
「おや、それはおかしな話ですね。戦争の最中、敵を屠ることに意味がないだなんて――」
「なんか勘違いしているようだから言っておくけど……わたしは、神崎黎人の味方ってわけじゃない」

 出てきた言葉に、「おや」とトーニャは怪訝な表情を作る。

「妙なことを言いますね。なんですか、那岐さんや九条さんのように、神崎を裏切ってこちら側につく気でも?」
「ふざけたことを言わないで。わたしは神崎黎人の味方ではないけれど、おまえたちの味方というわけでもない」

 すずは敵意を剥き出しにした瞳で、トーニャの顔面を射抜くように見る。

「わたしにとっては、人間なんてみんな敵よ……一人残らず死んじゃえばいいんだ」

 恨みがましい呪詛が込められた、文面どおりの恨み言。
 このすずは、トーニャを知らない平行世界のすず――だとしても、人間嫌いな点は変わっていない。

「……いったいなにを話したいのか、さっきそう訊きましたよね。いいでしょう、お答えします。
 私が話題として挙げたいのはすずさん、なにを隠そうあなたのことなんですよ」

 トーニャはにこやかに、憮然とした顔つきのすずとは対象になるよう、表情に気を配る。

「人間なんてみんな死んじゃえばいいんだ、ですか。矛盾した言葉だとは思いませんか?
 あなたが起こした行動は事実、神崎黎人への協力。毛嫌いする人間の手助けなんですよ。
 真に人間を憎んでいるというのなら、あなたの言霊で片っ端から死ねと命じていけばいいじゃないですか」

 すずは相槌の一つも打たない。黙って耳を傾ける。

「私にはまだ、そのへんの事情が見えてこないんですよ。あなたはなぜ、神崎黎人に協力しているのですか?」

 それは、那岐や九条むつみも知り得ていない、おそらくは本人のみが知っているのだろう繊細な事情。
 このすずは如月双七を知らない。が、境遇は違えどその中身、性格や能力、妖狐の本質までは変わっていないだろう。
 だからこそ、ずっと気がかりだった。人間嫌いのすずが、神崎黎人という人間に協力している理由はなんなのか。

「……そういう盟約だからよ。神崎黎人に協力しろ。わたしはそういう風に言われただけ」
「質問の意図が読み取れていませんか? 神崎黎人に協力しろ。そんな戯言を、どうしてあなたが大人しく聞いているんです?」

 トーニャの知るすずは、間違っても人間の言うことを大人しく聞くタマではない。
 たとえそれなりの利得があるのだとしても、まず人間への不信感、嫌悪感が先に来るのが彼女の性分だ。
 神沢学園生徒会の面々ならともかく、一番地などという得体の知れない組織に加担する理由など、考えられない。

「なにも……知らないくせに……っ」

 訝るトーニャから視線を外し、すずは不快そうに舌打ちをした。

「わたしは“ある女”から神崎黎人に協力しろと言われた。喋れるのはそれだけ。
 女の正体は誰なのか、見返りはなんなのか、全部まとめて他言無用。そういう盟約なの」
「すずさんの口にそこまで堅いチャックを施すだなんて、大層なやり手みたいですねぇ。
 なるほど、薄っすら見えてきましたよ。あなたは神崎以外の誰かと、盟約とやらを交わした。
 その内容は神崎黎人への協力。そして詳細は一切合財他者には語れない。そういうわけですね?」

 すずは脚を組みなおし、短く一言。

「そうよ」

 ちらり、と履いていない部分が見えたが、トーニャは自粛する。

「しかしそうなると、やはり“人間なんてみんな死んじゃえばいいんだ”というセリフは矛盾しています。
 あなたの立場で考えるなら、神崎黎人が敗北してしまっては事でしょう。協力の意味がなくなってしまうのですから。
 ましてや自分は味方じゃない、むしろ死ねばいいだなんて、それは盟約に背くことと同義なのではありませんか?」
「わたしにとって大事なのは、協力したという結果だけ。神崎の生死も、この争いの勝敗も、関係ないのよ。
 現にわたし、もうお役御免なわけだし。ここの人間を言霊で人形に変えたのが、わたしの最後の仕事ってわけ」
「ははぁ。だからあんなところで油を売っていたわけですか。それはたしかに、あなたを殺しても意味なんてありませんね」

 一連の会話の中から、キーワードを選別。
 すず――いや、『言霊』という舞台装置の現状について、推察する。

「本当……こんな茶番、さっさと終わってほしいのよ、わたしは」

 彼女に与えられた役割は、『言霊の使用』という一点に尽きる。
 それ以外に存在価値はなく、戦闘員などでは絶対にありえない、ただ事が終わるのを待つだけの傍観者。
 物語の中から外れた“自称幸運の女神”と同じく、彼女もそういう意味では、既に退場者なのだった。

「それについては同感です。こんなところで時間を取られている暇もない、というわけですな」

 なら、悠長にしている場合ではない。
 こうやって話している間にも、他の仲間たちは生き死にの場を駆け抜けている。
 言霊という厄介な力を有していたすずは、幸いにもこの最終決戦に関しては不干渉を貫く気構えだ。
 憂いが一つ取り除けただけでも収穫と考え、改めて戦地に赴くとしよう。

 と、自己完結。
 トーニャはすずとの因縁に、ここで一応の決着をつける。

「あ、苺大福一個もらっていきますね。こちとらお昼も満足に取れていないものでして」
「……いちいち断らなくていいから。とっとと出てけ」
「おお、ゾイワコゾイワコ」

 卓袱台の上の苺大福を一つ、ひょいっと掴み口に含むトーニャ。
 もごもごと咀嚼しながら、部屋の入り口へと向き直る。

「……うるさい奴っ」

 ドアノブに手をかけたところで、ぼそっとすずが零した一言を、トーニャは聞き漏らさない。
 苺大福の甘ったるい味を十分に堪能した後、これを嚥下。胃に栄養分が落とされていくのを実感。

「……そうそう。訊き忘れていたことが三点ほどありました」

 ドアを開こうとした寸前、トーニャは顔だけをすずのほうに向け、訊く。

「“如月双七”という名前に、覚えはありませんか?」

 含みを感じられない、無機質な問い。

「知らない」

 すずは淡白にそう答えた。

「では、“如月すず”という名前はどうでしょう?」

 同じ調子で、トーニャがまた尋ねた。

「……はぁ?」

 すずは即答を返せず、間の抜けた声を発した。

「これも知りませんか。では、これが三つ目の質問になりますが――」

 トーニャそっと、ドアノブから手を離した。
 全身ですずのほうへと振り返り、口元に指を添える。
 表情は妖艶な色で染まり、今度は含みありげに、もったいぶって質問を口にする。

「――あなたが持っている“すず”という名前。これ、いったい誰にもらった名前なんでしょう?」

 瞬間。
 ベッドに腰掛けていたすずの身が、跳ね上がった。
 悄然とした顔つきで、トーニャの言動に衝撃を覚えている。

 ――ビンゴ。

 トーニャは胸中、来るべき延長戦への期待感に心を躍らせていた。


 ・◆・◆・◆・


「……その」

 トーニャの思いもよらぬ言葉に、気づけば体は勝手に動いていた。
 ベッドの傍、卓袱台を間に置いて、扉の前に立つトーニャの顔を睨み据える。
 姿勢は正しく、口元は微かに笑んだ、挑発的で不敵な佇まい。
 視界に入れておくだけでも苛立たしい、鬱陶しさに溢れた存在感。

「その名前で、わたしを……その名前を呼ぶな!」

 感情を抑えきれず、すずは怒号する。
 トーニャは顔色一つ変えずに、その必死な様を嘲笑った。

「それは命令ですか、“すず”さん? 言霊を封じられた小娘の戯言など、はたして何人が耳を貸すものか」
「またっ……!」
「それとも知らないんですか? 名前っていうのは、呼ぶためにつけられるものなんですよ」

 退室する気はすっかり失せたのか、もしくは最初からポーズだけだったのか、トーニャは扉を背に文言を突きつけてくる。

「“すず”が嫌なら改名してはどうです。ファッキンフォックスなりフォックスビッチなり、素敵な候補はいっぱいありますよ」

 反論する隙を与えない、怒涛の舌回し。
 舌戦は、問答無用で相手を捻じ伏せられる術を持つすずにとって得意分野であるはずなのに。

 黙れ、とでも。
 死ね、とでも。

 好きなように命ずればそれで済むだけの話なのに、叶わない。
 盟約により、ここの職員たちに対して使用を禁じられていたのとは状況が違う。
 言霊が、今一番殺してやりたい女に通じないという、歯がゆさ。

 トーニャの言動が、すずの苛立ちを一層高まらせていく。

「大事な人にもらった名前なんて、捨ててしまえばいいじゃないですか」

 そして――その一言で絶句した。
 怒りを一時的に諌めた上での、驚愕。
 まるで、こちらの胸の内を見透かしているような。

「おまえ、まさか……」

 おそるおそる、口に出す。
 共通点など、なにもなかった――はず。
 とまで思って、一つだけ、あったことに気づく。

 人妖。

 人と妖怪の狭間をいく、あやかしならざるあやかし。
 目の前のトーニャも、今はまだ会えない“彼”も。
 同じ人妖――だから、どうだというのか。

 考えたところでわからない。
 わからないゆえに言葉にしてしまう。

「……涼一くんのことを、知ってるの?」

 発言自体が、トーニャの仕掛けたトラップだとも気づかずに。
 すずは敵対者に、絶好の考察材料を与えてしまう。

「涼一くん、涼一くんですか。なるほど……それが如月くんの本名だったというわけですね」

 得心がいきました、とトーニャは揚々と頷いてみせる。
 すずは棒立ちの状態で、彼女の挙動に目を見張った。

「ありゃ、急に大人しくなりましたね。言いたいことがあるならどうぞ」
「…………」
「沈黙、と。わからないでもないですが、ここは喋る場面だと私は思いますよ」

 言葉が出てこなかった。
 芽生えてしまった予感を意識すると、どんな発言も地雷となってしまいそうだった。

「質問は三つと言いましたが、追加でもう一つだけ訊かせてください。
 あなたはこの儀式、いえ、殺し合いの実情をどれだけ把握しているんですか?」

 すずは答えない。否、答えられない。
 まるで“黙れ”という言霊が自分に返ってきたかのような、そんなありえない錯覚を覚える。

「その様子ですと、なにも知らないようですね。どこで、誰が、どんな死に方をしたのかも」

 わざわざ頷かずとも、素振りだけでトーニャにはわかってしまうらしい。
 すずの立場は、あくまでもゲストだ。命令されない限りは、直接的関与も避けてきた。
 星詠みの舞という儀式にも、神崎の目的にも、人間同士の殺し合いにも、一切の興味はない。

「かわいそうに。心の底から同情します。せめてもの救いとして、あなたに教えてあげましょう」

 トーニャが、笑った。
 口元だけの微笑ではない、満面の笑み。
 次に飛び出す言葉が恐ろしくなるほどの、前兆。

 逃げ出したい衝動に駆られる。
 もとより、退路などなかった。
 逃げ出すわけにもいかなかった。

 まだ。

 まだ、彼を取り戻してはいないから――

「如月双七……もとい、“涼一くん”は死にました。あなたが加担し、傍観していた、殺し合いの中でね」


 ・◆・◆・◆・


「……うそ」

 傲慢な態度は崩れ落ち、鉄面皮は蒼白に彩られる。
 待ち望んでいた豹変に、トーニャは顔面全体でほくそ笑む。
 かつてのライバルがこんな顔を見せるとは、なかなかにそそられるものがあった。

「うそ、だ……だって、涼一くんはナイアが助けたって……全部終わったら、また会わせてくれるって」
「“ナイア”。ようやくその名前を出してくれましたね。裏で糸を引いていたのは、やはり彼女でしたか」

 理解し、得心し、ようやく納得した。
 すずもやはり、言峰綺礼エルザと同じくナイアに使わされたゲストの立場。
 そしてその境遇を甘んじて受けている理由は――“涼一くん”という人質の存在。

 確信はなかったが、予想はできていた。すずが動く理由など、初めからそれしか考えられなかったのだ。
 涼一くん――それは神沢学園生徒会所属、“如月すず”の兄である“如月双七”の本名に違いない。
 あの兄妹がなんの目的で神沢学園に身を寄せていたのかは知っていたし、如月の姓が偽名であることにも気づいてはいた。

「双七、というのも珍しい名前ですが、いったいなにから取った名前なんでしょう。すずさん、知りませんか?」
「知らない……わたしは、双七なんて……涼一くん、涼一くんは……」
「やれやれ、メンタル面の弱い。そんなにうろたえた素振りを見ると……ますますいじめたくなっちゃうじゃないですか」

 トーニャは、ここぞとばかりに畳み掛ける。

「まとめますよ。あなたが言う“涼一くん”。彼は“如月双七”という名前で、殺し合いに参加していました。
 死亡が発表されたのは第四回放送時点。下手人は衛宮士郎という男。深優さんはその現場に立ち会ったそうです。
 私はここでは如月くんと対面叶いませんでしたが、面識はあるんですよ。通っていた学校が同じでして。
 信じられないかもしれませんが、すずさん。その学校には、あなたも通っていたんですよ。私と同じ制服を着てね」

 華麗にスカートを翻す。白を基調とした神沢学園女子制服を、ワイシャツ一枚のすずに見せびらかすように。
 すずは、トーニャのその様子を食い入るように見ていた。

「如月くん、いえ涼一くんの印象について語りましょうか。お人よし、優しい、泣き虫、このへんですか。
 ええ、殺し合いの最中でもその善人っぷりは遺憾なく発揮されていたそうですよ。深優さんがその証人です。
 施設のどこかに監視映像の記録とかないんですかね。どうせ暇してるんなら、今からでも見に行ったらどうで――」

 言い切る前に、すずが動いた。
 覚束ない足取りで一歩、カーペット敷きの床を強く踏む。
 十分に溜めて、二歩。気が動転しているのか、走り出す様子はない。
 ただ、言われたとおり事実を確認する意思はあるらしく、歩む先には部屋の扉があった。
 トーニャはその扉の前に、立ち塞がるようにして君臨している。

「どけ……どきなさいよ……っ」
「凄まじい狼狽っぷりですね。その様子、私の知るすずさんが如月くんに向けていた執着心と、まさしく同等のものです」
「あんたなんて、知らない……! それよりも、涼一くん……涼一くんが生きてるって、確かめなきゃ……」

 すずは今にも吐きそうなくらい、青ざめた顔をしていた。
 なんて嗜虐心をそそる弱りっぷりだろう。
 トーニャはゾクゾクと身を震わせ、つい、我慢しきれず、

「え――?」

 すずの腹に、ローリングソバットを叩き込んでしまった。


 ・◆・◆・◆・


 静寂だった室内が、喧騒に穢される。
 蹴り飛ばされたすずの身は卓袱台を巻き込み、上に載っていた苺大福を撒き散らしながらベッドにまで転がっていった。
 玩具で散らかっていた部屋に、大福の粉が舞う。潰れた苺が、床を汚す。トーニャは構わず、その上を踏み歩いた。

「失礼。蹴ってくれと言わんばかりの狐がいやがりましたので、つい」

 舌が血の味を感じている。蹴り飛ばされた衝撃で口内が切れたらしい。
 直接の打撃を受けた腹部は痛みを訴え、内臓はひっくり返った。口から軽く胃液が零れる。
 傍にあったベッドのシーツを強く握り込み、すずは立ち上がり様にトーニャの顔を睨んだ。

 ――――ヒュン。

 その瞬間のことだった。
 トーニャの背後で、一条の鋼線のようなものが動作。
 目で追うよりも速く、それはすずの左目の前にやって来て――眼球を抉る。

「――がっ」

 左の世界が赤く染まり、視界が半分、消滅した。

「っがああぁああぁぁぁぁぁぁああっ!?」

 獰猛な獣のうめき声、とはかけ離れた、未成熟な少女の絶叫。
 血の滴る左目を手で押さえ、すずはその場で蹲る。
 眼球は眼窩の中で、潰れた苺大福と同じ風になっていた。

「すずさん。先ほどあなたは、“わたしなんか殺しても意味はない”と、そんな風に言っていましたよね。
 それ、残念ながら間違いです。あなたを殺す意味は、ひぃふぅみぃ……五つ。少なくとも五つはあるんですよ」

 這い寄るのは、銀のポニーテールを尻尾のように振り翳す――狸。
 背中の辺りから伸びる、縄にも似た細く長いそれは――人妖能力『キキーモラ』。

「一つ。あなたは私のことなんて知らないかもしれませんが、私はあなたのことをよーく知っているんですよ。
 人間が大嫌いだということも、生かしておいたらなにをしでかすかわからないということも。
 私たちにはまだ、先のステージがあります。厄介者には生きていられると面倒……そういった意味での、始末」

 キキーモラの先端には、鋭角なひし形をした錘のようなものが取り付けられている。
 その先端だけが異様に赤く輝いており、なにかと思えば、すずの目を抉った際に付着した血だった。
 トーニャは手足の所作もなく、己の意思だけを操縦桿として、キキーモラを繰る。
 目にも留まらぬ速さで宙を舞うそれは、ざんっ、とすずの右耳を削ぎ落とした。

「二つ。あなたが一番地の職員に憑けた言霊。これはあなたを殺せば自然と解除されるものなんでしょう?
 なら、ここであなたを殺して、人間の戦闘員だけでも無力化しておけば、後々の攻略も幾分か楽になる」

 すずの叫喚をバックミュージックに、しかしトーニャは表情一つ変えず、喋り続ける。
 ひゅん――ひゅん――と、二人の周りを恒星のように回り続けるキキーモラ。
 赤みを増した先端の錘は時折、付着した血液を室内に散らした。床や壁に斑点ができる。

「三つ。ある機関が妖狐を欲していまして。せっかくの機会なので、このまま持ち帰りたいという個人的欲望があります。
 ただ、やはり生きたままというのは難しい。なので剥製にでもして、祖国と勲章のために鞄にでも詰めておこうかな、と」

 トーニャの言動など、既にすずの耳には入っていない。左目と右耳から来る激痛が、理性すら奪おうとしていた。
 この痛みをすぐにでも克服しなければ、迫る命の危機は回避できない。そう、本能では理解していても。
 体は思うようには動いてくれない。繰り出されたキキーモラが一閃、すずの喉を裂いた。

「四つ。あなたという舞台装置がなければ、そもそもこんな殺し合いは成り立たなかった。
 如月くんやみんなが死んだのは、つまりはあなたが存在していたからと解釈することができます。
 “なんて迷惑な雌狐だ、死んじゃえばいいよ”。これは嘘偽りない私の本心。というわけで、殺します」

 これではもう、喋ることはできない。
 言霊を憑かせることも。
 涼一くんと楽しくおしゃべりすることも。
 なにもできない。

「五つ。あなたは個人的にムカつきます。これ以上、“如月すずさん”を穢さぬよう――ここで死んでください」

 なにが。
 なにが、いけなかったんだろう。
 わたしなにか、わるいことでもしたのかな。
 わたしはただ、りょういちくんにあいたかっただけなのに。

 想いは報われない。母が人間に殺されたときも、同じような不条理を味わった。
 まったく、人間って。
 野蛮で、凶暴で、醜悪で、自分勝手で、なんて――おっかないんだろう。




 死んじゃえばいいのに。




 最期に勝ったのは、武部涼一への想いではなく、人間への憎しみだった。


 ・◆・◆・◆・


 ぽた、ぽた、ぽた、と。
 心臓の中心を射抜いたキキーモラから、妖狐の血が滴り落ちる。
 トーニャはしばらくそれを宙に浮かべたまま、停止。
 キキーモラを収納しようともせず、ただ黙って立つ。
 物言わなくなったすずの亡骸に、視線を落としながら。

「……さすがに、見知った顔を手にかけるというのは堪えますね」

 所詮は平行世界の存在、と割り切って考えていたつもりだった。
 いくらクールなロシアンスパイといっても、芯には熱い部分もある。
 感情的な面では、やはり――いい気分にはなれない。

「と、感傷の時間はこのへんにしまして。とっとと次のフェイズへと進みましょうか。
 桂さんたちの位置は……あや、やはり離れてしまいましたねぇ。仕方ありませんが」

 手元のレーダーを確認してみるが、他の仲間の反応は綺麗に消えてしまっていた。
 合流の目的は果たせなかったが、すずという一角を切り崩せたのは、一番地攻略の上でも大きな一歩となる。
 彼女の死によって言霊は解除され、無理やり戦闘員に仕立て上げられていた職員たちは自我を取り戻すはずだ。

「後遺症が残るとも限りませんが、命令を聞くだけの殺人マシーンを相手取るよりはマシでしょう。
 これで他のみんなに及ぶ被害も少なくなれば幸いなのですが……」

 基地内をざっと回ってみたところ、警備についているのはほとんどが人間の兵士だ。
 厄介なアンドロイドたちは皆、九郎や玲二たちが引きつけていると考えていい。

「心配してるだけじゃ始まりませんね。気を引き締めなおしまして、再出発といきますかぁ! ……と、その前に」

 トーニャは扉に向かおうとして、またすぐに踵を返す。
 床には血まみれのすずの亡骸が、今も横たえられている――ただし、その姿は先ほどとは別のものに変化していた。

「命を落として、人化が解けたみたいですね。これが妖狐……お偉方が垂涎していたサンプル、ですか」

 人型を成していたすずの身は、本質である妖狐、幼い狐の姿へと戻っていた。

「動物虐待の趣味はなかったんですがね」

 鮮やかな金の体毛は、満遍なく赤い血で汚れてしまっている。
 見かけたのが街の路上だったならば、思わず黙祷せずにはいられない凄惨な死に様だった。
 それを作り上げたのが自分だと踏まえ、追悼の意は述べない。
 ただ、後々のことを考えて、すずの亡骸を自身のデイパックに仕舞いこむ。

「……墓など作ってやれないでしょうが、どうか化けて出ないでくださいよ」

 これが、この地で出会ったすずに対して向ける、最後の言葉。
 今度こそ、決着だった。

「さて、では改めて」

 トーニャは、扉のほうへと向き直る。
 ドアノブに手をかけ、軽くこれを捻る。
 ノブを捻ったまま、扉を前に押して開く。
 不意に、押す力に抵抗力が加えられた。
 扉を前に開こうとしても、押し返される。
 はて、とトーニャが違和感を覚える刹那。


「――ウゥ…………アアアアアアァァァァァァァァ!!」


 部屋の外から、咆哮――と同時に、トーニャの眼前にあった扉が蹴破られた。
 咄嗟に飛び退くも、一瞬で破壊された扉の木片が、トーニャへと突き刺さる。
 いや、ここは施設内。扉は木製ではなく、鉄製だった。だというのに。

「あ……ぐっ!?」

 細かく砕かれた鉄の欠片を全身に浴び、トーニャは玩具と苺大福と血痕で満たされた床の上を転がる。

「な、なに……が!?」

 すぐに体勢を立て直そうと、腕と脚に力を込める。
 その途中で、視界がありえないものを捉えた。

 トーニャが潜ろうとした、扉の傍。
 鉄扉を破壊して室内に入ってきた刺客は、異形。
 二足で立つ人型、服装は千切れたベスト、銃器がぶら下がったベルト。
 リアルタイムで爛れ、抜けていく髪に、紫と黒が混じったような禍々しい肌の色。
 角。
 爪。
 牙。
 獰猛な唸り声、左右で違う大きさの瞳、溶解液を思わせるほど酸度の高い唾液。
 肩や膝の辺りは肌が隆起し、骨が飛び出したり、垂れたりしている。
 一歩前に進むと、落ちていた積み木が踏み砕かれた。
 言葉はどう考えても通じそうにない。

「…………」

 トーニャは絶句する。
 こんなものまで控えているとは――いや。
 これは、人間が変質したものだ。オーファンとは違う。
 人為的に作りだしたり、ましてや戦力として当てにするなど、できるはずがない。

「鬼退治は専門外なんですけど、どこに文句言えばいいですかね?」

 目の前に立つあやかしの名は――『悪鬼』。
 憎悪を糧として誕生する、愚かな人間の成れの果て。
 最悪にして最凶の、難敵だった。


 ・◆・◆・◆・


 ――血まみれになって倒れていた人間が、朝の到来を察知したように自然と起き上がる。

 ――肌の色を紫や黒、深い緑に変色させ、体の様々な部分を外に突出させながら、存在自体を変貌していく。

 ――人であることを示す理知的な言葉は消え、代わりに獰猛な獣のうめき声が各所に木霊する。

 このような場景が、多数。

 戦場の状況。少数の精鋭たちと、多数の人形たちによる激しい攻防は、一つの区切りを迎えた。
 機械仕掛けの人形がまだ幾らかの数を残す中、自我を奪われていた人形たちは、ある節目を境に一斉に事切れた。
 彼ら人間の職員たちを、人形の兵士に仕立て上げていた張本人――妖狐のすずが死亡したことによって。

 既に侵入者たちに殺されてしまっていた者も、まだ存命していた者も、皆呪縛から解放された。
 ただし、呪縛からの解放が彼らにとっての安寧とは決して言えず、むしろ状態は悪化する。
 すずが憑けた言霊が解かれたとき――その瞬間を鍵として、ある術式が発動した。

 言霊によって操られていた人間たち、全員の悪鬼化である。

 そんな罠があるとは露知らず、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナはすずを殺害することによりこれを発動させてしまった。
 人間の悪鬼化は闘争本能と戦闘力を肥大化させ、言霊の人形兵士などとは比べ物にならないほどの障害となって立ち塞がる。
 倒すことも、ましてや説得して人間に戻すことも困難な、厄介極まりない敵の出現だった。

 自我を憎悪に喰われた鬼たちが、一番地基地内を暴れ回る。
 生きている者を標的とし、殺し、喰らい、腹を満たすために。
 完全なる無差別破壊、阿鼻叫喚のステージが、ここに完成した。

 誰が死に、誰が生き残るかは、もう誰にも予測できない。
 一番地職員の悪鬼化は、誰にとっても予想外の出来事だったから。
 唯一の例外、言霊と共にこの世を去った、あの妖狐を除いては。


 ――――死んじゃえばいいのに。


 彼女の残した呪詛が、基地の中に浸透していくようだった……――。


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